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2020年10月31日 (土)

学術を崩壊させる日本政府

国際ニュース雑誌ニューズウィークでも「科学後退国日本」という特集が組まれたくらい、昨今著しく科学力が低下してきた日本ですが、これはもちろん安倍・菅政権の反知性主義と経済政策の失敗によるものです。元々日本には人間が生きていく上で科学が生命線であるという意識が希薄なので、しばらくの間日本が科学の世界で上位にいられたのは、昭和の著しい経済成長のおこぼれでできた研究の成果だったにすぎません。株式に日銀や年金の資金をジャバジャバつぎ込まなければ保たないような国にしたのは自公政権の失策です。

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一番最近の例では新型コロナウイルス感染症の研究でも完全に後れをとっていて、ワクチンすら外国頼みになるという情けない状況にあります。NHKの報道によると「科学技術立国を支えると言われる日本の大学院の博士課程の学生の数は、修士課程から進学する学生が減り続け、文部科学省によりますと、平成15年度のおよそ12,000人から、令和元年にはほぼ半分の5963人まで減りました」。大学における実働部隊は院生なので、その数はもろに業績にひびきます。

こちら

そしてこの衝撃的な表をご覧ください(ソースは文部科学省、ただしニューズウィーク社・NHKが体裁を変えたもの)。研究開発費の停滞ぶりは明らかです。増減のパーセントを表示するグラフなので絶対値は示してありませんが、当然米国は高止まり、日本は低どまりです。中国は科学技術力でいまちょうど米国を抜こうとしているところで、スマホなどでは米国は政治的強権を使って逆転を阻止しようとしています。人口100万人あたりの博士号取得者は、日本は米国やドイツはもちろん韓国にも圧倒的に劣っています。

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自民党は日本学術会議を葬ろうとしていますが、その根底には反知性主義的な政策を国民が受け入れる素地があるという日本のアキレス腱があります。この方針には、より具体的には大学で軍事研究をやらせようという意図があるわけですが、大学での軍事研究は不適切です。そのためには中国やロシアの留学生を拒否しなければなりません。中国はいまや世界最大の科学技術推進国家になりつつあります。そんな国に日本から留学生を送り込めなくなり、差し引き大損害になります。こんな簡単な計算もできないのでしょうか? 大学は本来早稲田大学のように、塀も門もないオープンな施設と思想のもとに運営されるべきものだと思います。

軍事研究は秘密裏に進めなければいけないものであり、大学でやるには無理があります。やはり軍事研究はそれを専門とし、かつセキュリティーが万全に整備された専門の国研でやるべきでしょう。私は軍事研究はその内容を国民にも知らせる必要は無く、他国を威嚇するためではない、本当にわが国が侵略されたときに戦争に勝つための研究であるべきだと思います。専守防衛にこだわる必要はありません。完全に機密が維持されていれば国家を衰弱させるような軍拡競争は起きません。仮想敵国が保有する武器を知っているからこそ軍拡競争が起きるのですから。

 

 

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2020年10月28日 (水)

続・生物学茶話 116: Pax 6の構造と機能

Pax 6というタンパク質の遺伝子の変異によって、無虹彩症やペータース異常という目の病気が発生することは、20世紀から知られていました(1-4)。Pax 遺伝子群はもともとマウスの胎生期に、組織や器官の発生において中心的な役割を果たす遺伝子ファミリーの1グループとして発見されていて(5)、Pax 6 をコードする遺伝子はそのひとつです。Pax 遺伝子群がコードするタンパク質はそれぞれDNAに結合する部位をもっている転写因子であり、転写を調節するという機能によって、発生の過程で組織や器官の位置を決めたり脳の領域わけを行なったりする作用があります。

Pax 6遺伝子をノックアウトすると、目だけではなく脳の異常も発生し死産も増加します。またPax 6は脳の発生過程で、興奮性ニューロンが集中する領域と抑制性ニューロンが集中する領域の境界部位を形成するうえで重要な役割を果たすと考えられています(3,6-8)。Pax 6 の分子構造など詳細は、カール・パボの研究室でエリック・シー(徐勇)らによって明らかにされました(9、図116-1 Biomolecules at Kenyon, Human Pax6 Paired-Domain 分子モデルは参照10より)。シー氏は分子生物学者ですが、世界でも有数のサーチエンジンに成長した Baidu(百度)の創始者のひとりでもあります。

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図116-1 Pax タンパク質の分子構造

一般的に Paxグループのタンパク質はPD(Paired DNA-binding domain)、オクタペプチドモチーフ、ホメオドメインという3つの共通部位を持っていますが(図116-1)、Pax 6タンパク質はオクタペプチドモチーフをもっていません。PDは2つのDNA結合部位からなり、それぞれ3つのαヘリックスが主要な構成要素となっています(図116-1)。ホメオドメインはもうひとつのDNA結合部位です(図116-1)。

Pax 6タンパク質のアミノ酸配列をヒトとマウスで比較してみると、図116-2のように全く同じです(ただしアイソフォームがあって、多少違う配列の分子も存在します)。アカゲザル、ウシ、ラットともアミノ酸配列は一致しており、ゼブラフィッシュとも96.5%の一致です(11、12、図116-3)。これだけ進化的に保存されているタンパク質はまれです。これはもちろん、Pax6がそのわずかなアミノ酸配列の変化も種の存続に関わるくらい構造の保存が必要な、そして重要なタンパク質だということを意味します。

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図116-2 ヒトとマウスのPax 6タンパク質のアミノ酸配列 (UniProt database より)

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図116-3 Pax 6タンパク質構造の普遍性 (NCBI homologene より)

図116-3に示したように、Pax6および類似したタンパク質は鳥類、魚類、両生類、昆虫、線虫にも存在します(11、12)。眼の構造自体は非常に異なっている昆虫とも70%前後のホモロジーが存在することは驚きです。Pax 遺伝子群について脳科学辞典を引用しておきましょう。

脳科学辞典からの引用: 「PAX遺伝子群:Pax 遺伝子群は動物の胎生期に、組織や器官の発生において中心的な役割を果たす遺伝子ファミリーである。脊椎動物ではPax1〜Pax9の9種類が同定されている(表)。Pax遺伝子群はDNA結合ドメインであるペアードドメイン(PD)と呼ばれる領域を共通に持っている。また、Pax遺伝子にはオクタペプチドモチーフ(OP)を持つものや、DNA結合ドメインであるホメオドメイン(HD)、もしくはホメオドメインの一部を持つものがある。このようなドメイン構造の差異から、Pax遺伝子群は4つのサブファミリーに分類される。Pax遺伝子群はヒトやマウスに於いて、病気の原因遺伝子として同定されたものが多い。例えば、眼の発生のマスター制御遺伝子であるPAX6は、無虹彩症の原因遺伝子である。(13) 」(引用終了)

Pax 6タンパク質はペアードドメインとホメオドメインという二つのDNA結合部位を持っており、図116-3に示したように、それは脊椎動物から線虫まで共通の構造です。アシュレイ-パダンらは、この遺伝子が眼が形成される際にまず表層外胚葉に発現し、それを契機としてレンズが形成されるとしました。また彼らはCre-loxP法という時限的遺伝子破壊システムを用いて、Pax 6がレンズ形成や網膜の配置などに必須であることを証明しました(14、15、図116-4)。図116-4に胎仔期マウス(左:9.5日、右15.5日)に発現している位置(紫色)が示してあります。ちなみにアシュレイ-パダンのボスだったグルース(図116-4)は現在沖縄科学技術大学院大学(Oist)のプレジデント/CEOに就任しています。

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図116-4 レンズ形成とPax 6の発現

おそらくPax 6遺伝子は現存するほとんどの動物の共通祖先の時代にすでに存在していたはずで、もともとは眼の発生のために存在した遺伝子ではないと考えられます(図116-5)。眼のある生物は、神経の発生など本来他の目的で存在するこの遺伝子を、眼のために流用したものと思われます。図116-5および図116-6はカリフォルニア大学バークレイ校の教育プログラムの図です。

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図116-5 Pax 6遺伝子の起源

高度に発達した複雑な眼は、脊椎動物・節足動物・環形動物・軟体動物にみられるわけですが、それぞれの眼は図116-6で色分けしてあるように、独立に進化したと考えられています。それでも節足動物と環形動物の眼が似ていたり、脊椎動物と軟体動物頭足類の眼が似ていたりするのは、一つは前記のようにPax 6によって形成されたものであるということ、今ひとつはレンズの素材としてクリスタリンというタンパク質を用いていることと関係があると思われます。クリスタリンについては次のセクションで取り扱います。

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図116-6 高性能の眼を持つ生物は独立に眼を進化させた

 

参照

1)Jordan T, Hanson I, Zaletayev D, Hodgson S, Prosser J, Seawright A, Hastie N, van Heyningen V., The human PAX6 gene is mutated in two patients with aniridia., Nat Genet., Vol.1(5), pp. 328 - 332. (1992)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1302030

2)難病情報センター 無虹彩症
http://www.nanbyou.or.jp/entry/5452

3)Davis LK1, Meyer KJ, Rudd DS, Librant AL, Epping EA, Sheffield VC, Wassink TH., Pax6 3' deletion results in aniridia, autism and mental retardation., Hum Genet., vol. 123(4) pp. 371-378. (2008)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18322702

4)日本小児科学会 ペータース異常
http://www.japo-web.jp/info_ippan_page.php?id=page06

5)Walther, C., Guenet, J-L., Simon, D., Deutch, U., Jostes, B., Goulding, M.D., Plachov, D., Balling, R., and Gruss, P., Pax: a murine gene family of paired box containing genes. Genomics, vol. 11: pp. 424-434, (1991)

6)Jones L1, López-Bendito G, Gruss P, Stoykova A, Molnár Z., Pax6 is required for the normal development of the forebrain axonal connections., Development., vol. 129(21): pp. 5041-5052. (2002)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12397112

7)Laura A Cocas, Petrina A. Georgala, Jean-Marie Mangin, James M. Clegg, Nicoletta Kessaris, Tarik F. Haydar, Vittorio Gallo, David J. Price, and Joshua G Corbin., Pax6 is required at the telencephalic pallial-subpallial boundary for the generation of neuronal diversity in the post-natal limbic system., J Neurosci., vol. 31(14): pp. 5313–5324. (2011) doi:10.1523/JNEUROSCI.3867-10.2011.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3086773/pdf/nihms286466.pdf

8)MGI Alliance of genome resources., Pax6 gene detail.
http://www.informatics.jax.org/marker/MGI:97490

9)H. Eric Xu, Mark A. Rould, Wenqing Xu, Jonathan A. Epstein, Richard L. Maas, and Carl O. Pabo1., Crystal structure of the human Pax6 paired domain–DNA complex reveals specific roles for the linker region and carboxy-terminal subdomain in DNA binding., Genes Dev. vol. 15; 13(10): pp. 1263–1275. (1999)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC316729/

10)Alice Tillman and Alanta Budrys Biomolecules at Kenyon, Human Pax6 Paired-Domain
http://biology.kenyon.edu/BMB/jsmol2019/ABAT/index.htm

11)NCBI homologene 
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/homologene/1212

12)NCBI homologene 
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/homologene?cmd=Retrieve&dopt=AlignmentScores&list_uids=1212

13)脳科学辞典 「Pax遺伝子群」 
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/Pax

14)Ruth Ashery-Padan, Till Marquardt, Xunlei Zhou, and Peter Gruss., Pax6 activity in the lens primordium is required for lens formation and for correct placement of a single retina in the eye.
GENES & DEVELOPMENT vol. 14: pp. 2701–2711 (2000)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC317031/pdf/X3.pdf

15)Ohad Shaham a, Yotam Menuchin a, Chen Farhy a, Ruth Ashery-Padan., Pax6: A multi-level regulator of ocular development., Progress in Retinal and Eye Research vol. XXX. pp. 1-26 (2012)
http://asherypadan.medicine.mytau.org/wp-content/uploads/2013/04/Shaham_Pax6_Review_2012.pdf

 

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2020年10月26日 (月)

J-POP名曲徒然草 208: 君の住む街 by 関取花

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関取花さんはドイツからの帰国子女で、昨年メジャーデビューを果たしたシンガーソングライターです。一度聞くと忘れられないお名前ですが、それをDVDのタイトル(西でどすこい東でどすこい)に使うとは(爆)。しかも「どすこいの日々」という著書まであります🎵。

「君の住む街」はファーストシングルだそうで、実に爽やかでスケールの大きい曲と歌唱に圧倒されます。
https://www.youtube.com/watch?v=JTQt_HmT5-4

カバー: by オオタキトモキ
https://www.youtube.com/watch?v=UDBVg3N5D3g

花さんは Goose house にいたこともあるようです。これはスピッツの「楓」を歌ったもの。大迫力です。
https://www.youtube.com/watch?v=tGwtNyEbvVs

「さらばコットンガール」 ライヴ こんな暗めの歌も歌う
https://www.youtube.com/watch?v=9OvjwxsvZ-w

「汽車のうた」 ジョン・ジョン・フェスティバルと共演
https://www.youtube.com/watch?v=20QND6A-W6Q


公式HP: https://www.sekitorihana.com/

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2020年10月23日 (金)

続・生物学茶話 115: 眼の進化

前項114では視覚の生化学的基盤について述べましたが、ここでは光の入り口である眼の構造について考察してみましょう。眼はカンブリア紀が始まるこ頃から、様々な形で進化したと考えられています。まずマイケル・ランドの説(1)に従って、眼の進化をみていきましょう(図115-1)。図115-1は原図を簡略化し、日本語化しました。

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図115-1 マイケル・ランドによる眼の進化図

ランドの図の根元は扁形動物です。扁形動物は図115-1のaに示されている最も原始的な構造の眼を持っています。レンズも眼房もないシンプルな構造ですが、くぼみがあって、これがシェードとしての役割をはたしているようです。シェードがあれば光が来る方向を感知することができます。

代表的な扁形動物であるプラナリアやコウガイビルの仲間は数億年前からこの地球に生きているわけですが、その後こんなシンプルな眼を進化させることはありませんでした。彼らは捕食されても体の一部が残っていれば全身を再生できるという驚異的な再生力を獲得したため、高度な視覚・素早い運動能力・甲殻などは必要とせず、ゆっくり日陰に移動するという能力があれば生きて行けたというのが、眼を発達させなかったひとつの理由なのでしょう。多くの扁形動物(条虫や吸虫など)は寄生生活をするという道を選びましたが、この場合光がほとんど来ない上に、エサを探す必要もなければ敵に襲われる危険もないので、眼は退化しました。

扁形動物より原始的なグループとされている刺胞動物は、扁形動物よりはずっとアクティヴな自由生活をしてきたので、中にはハコクラゲやアンドンクラゲのように1段階進化したタイプcの眼を持つグループも出現しました。なかでもミツデリッポウクラゲは24個の眼を持っていて、そのうち2個は水晶体を持っているというのですから、これらはもうランドが記載したタイプcを越えてdに近いと思われます(3)。しかも彼らは脳らしきものを持っていないので、神経環で眼からの情報を処理していると思われますが、よほど効率的な処理を行なっているのでしょう。図115-1ではタイプ c+としました。

進化系統樹では扁形動物以降、原口陥入部が口になる旧(前)口動物群と肛門になる新(後)口動物群に分かれますが、前者の場合ヒトと同等な眼を持つ軟体動物の頭足類から、複眼を極限まで発達させた節足動物の昆虫類まで様々なタイプが存在します。複眼は図115-1のタイプb、eですが、eタイプは個々の眼にレンズがついている高級仕様です。*の部分が短いと解像度の高い像が得られ、長いとより明るい像が得られる傾向があります。複眼の場合隣接する眼に入射した光もセンサーにはいってくる可能性が高いので、この結果明るくなるのはいいのですが、一方で解像度は下がる傾向にあります。蛾などの夜行性昆虫は*の部分を長くして、なるべく多くの光をとりこむ仕様になっています。

単眼タイプと複眼タイプの両者を持っている生物もいれば、眼がほとんど退化したような生物もいます。光信号を化学信号から電気信号に変換する機構は進化の過程で1度だけつくられてそのまま使われているようですが、眼の構造の進化はそれほど長い時間を要しないと考えられています。眼という光学装置は、さまざまな系統の動物で個別に進化した結果、結果的に類似した装置を離れた系統の生物が装備することになった場合もあるようです(4)。

少し前まで旧口動物の光受容細胞は微絨毛が進化した装置を持ち、新口動物の光受容細胞は繊毛が進化した装置を持つと考えられていましたが、例外があることが明らかになったので(5、6)、旧口動物・新口動物というようなおおざっぱな分類においても、微絨毛型と繊毛型という別々の戻れない道に別れたとは言えなくなりました。なお繊毛は本来細胞の表面積を増やすためのものではなく、これを動かして細胞を移動させたり水流を起こすためのものです。つまり光受容装置としての繊毛は、後の時代に流用されたと考えられます。

脊索動物門と最も近縁な棘皮動物門は非常にユニークな視覚を持っています。ウニの場合無数の棘と管足があるわけですが、光受容細胞は管足にあり、それぞれの管足は棘で仕切られているので、体全体が特殊な複眼のような構造になっているわけです(7、8)。これにたいして脊索動物門の生物は複眼を棄て、a → c → d という単眼の進化を遂行したようです(図115-1)。両生類より系統樹の上位の生物は基本的に陸上で生活するので、網膜の乾燥を防ぐために透明な被膜(角膜)で被うのは必須で、ここからレンズが進化したと思われます。

脊索動物門の生物は門が成立した当初から眼を持っていたかというと、それは疑問です。カンブリア紀のピカイア(図115-2、参照4より)は眼を持っていません(9)。ピカイアは脊索はもっていますが脊椎は持っていないので、脊索動物門の中では原始的なグループだと考えられます。しかし同じカンブリア紀のハイクイクシスは脊椎動物であり、明らかに眼を持っています(10)。カンブリア紀以前には眼を持つ生物は発見されていないので、短い期間に図115-2のレベル1からレベル4または5あたりまでの進化が進行したと思われます。

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図115-2 脊索動物における眼の進化

現代魚類の眼(11、図115-2)はレベル5くらいで、角膜はありますが光量調節機能を持つ虹彩はありませんし、レンズ(水晶体)の厚みを変えてピントをあわせることはできません。図115-3はヒトの眼の構造です。平滑筋のはたらきによって、光量に応じて自動的に虹彩が開閉して適当な明るさに調節できますし、見たいものの遠近に応じて自動的に毛様体が収縮し、レンズの厚みを調節してピントを合わせることができます(図115-3ではよくわかりませんが、ウィキペディアの水晶体の項目などに解説があります)。また多数の随意筋(横紋筋)によって目玉が向く方向を自在に調節できます(図115-3)。参天製薬のサイトでアニメーションを使ってわかりやすく説明しています(12)。

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図115-3 ヒトの眼の筋肉

哺乳類と頭足類は、図115-1でわかるように系統樹上は離れた位置にありますが、眼はなぜか非常に似た構造になっています(図115-4)。図115-4はウィキペディアから持ってきましたが(4)。頭足類の眼は焦点を合わせるためにレンズを前後に動かすので、この毛様体の付き方ではそれはできそうもありませんが、これに関する情報は発見できませんでした。一つ注目していただきたいのは、図115-4でヒトなど哺乳類の場合視細胞で構成される網膜の外側(光が来る側)に視神経が分布しているのに対して、頭足類の場合網膜の裏側に視神経が分布しています。このことは発生の過程が全く異なっていることを意味しており、両者のルーツが別にあることを示唆しています。もちろん光を受ける細胞が、光が照射される外側にある方が有利かつ自然であり、脊索動物のボディープランの失敗の例と言えます。

もうひとつ言及すべきことは、タコの場合外界側に網膜(ロドプシン集積部位)があるので盲点が発生しませんが、ヒトの場合視神経の束が眼房に出てくるあたりは構造的に網膜が作れないので(図115-4の4)、受光できない盲点が発生します。もうひとつタコの方が優れているのは偏光を検出できると言う点です。ヒトでもなかには偏光が見えるという人がいるそうですが(ハイディンガーのブラシ、13)。

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図115-4 ヒトの眼とタコの眼

ヒトの眼には桿体細胞と錐体細胞という2種類の視細胞があります(図115-5)。ウィキペディアによると眼一つについて、桿体細胞は1億個、錐体細胞は7百万個あるそうです。哺乳類は恐竜と同時代に生まれて生き延びてきたという歴史があるので、恐竜全盛時代には夜行動せざるをえなかったわけです。ですから哺乳類はロドプシンを1種類しか持たない桿体細胞で、モノクロの視界を得るので十分な時代が長かったのです。圧倒的に桿体細胞が多いのは、そういう歴史を背負っているからでしょう。

桿体細胞・錐体細胞共に外側にシナプス形成部位があり、その内側に核があり、さらに内側に内節があります。内接の内端に結合繊毛という部位があり、そこでロドプシンが集積する特殊な棚状の構造が内側に押し出されるようにつくられ外節が形成されます(14)。網膜はその外節がぎっしり並んでいる部分のことです(顕微鏡で見ると層状に見える)。ロドプシンは光情報を化学情報に変換するだけでなく、網膜を形成する外節構造をつくるためにも必要です。

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図115-5 桿体細胞と錐体細胞

ヒトの場合錐体細胞は3種類のロドプシンを発現していて、それぞれどの波長の光に反応するかを図115-6に示しました(15)。生物は最低でも2種類のロドプシンが存在することによって、はじめて色彩を感じることができます。ロドプシンAとロドプシンBの反応のレベルの違いを色という形で認識するのです。ですからAとBが最大に反応する波長が離れているほど色の種類を多く識別することが出来ます。

多くの哺乳類は2種類のロドプシンしか持っていませんが、ヒトは3種類のロドプシンを持っているため白という色を認識できます。宮田隆によれば「南米に住む新世界ザルには色覚に関して興味深い性差がある。オスは2色の色覚しか持たないが、メスには3色の色覚を持つ個体がいる。この色覚に関する性差は、X染色体がメスでは2本あるが、オスでは1本しかないことと関係がある。」 だそうです(16)。旧世界ザルは3色の色覚があるので、3色の色覚はサルの進化の過程で獲得されたのでしょう。これは食べられる木の実が赤い・・・したがって赤い色を認識できれば生存に有利だった、ということと関係があるようです(16)。ヒトよりすぐれた色覚を持っているのは鳥類で、彼らは4種類のロドプシンを持っている上に、そのうちのひとつは紫外線を感知できます(17)。

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図115-6 ヒトの視細胞が感知する光の波長

脊椎動物と同等、あるいはそれ以上に視覚を発達させた動物は節足動物です。カンブリア紀に食物連鎖の頂点に立っていたと言われるアノマロカリスの眼は32,000個の個眼で成り立つ非常に高性能な複眼であったという報告があります(18)。図115-7に現代に生きる節足動物であるトンボとハエの複眼を示します(19)。

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図115-7 昆虫の複眼

複眼に含まれるひとつひとつの眼を個眼といいます。トンボの複眼は約5万個の個眼で構成されています。複眼の場合ひとつの個眼を1画素としたデジタルカメラに例えられますが、5万画素のデジタルカメラは優秀なのでしょうか? 水波誠の本によると(20)、身長と眼の解像度は比例しているというキルシュフェルトの理論というのがあるそうで、それならば体の小さな昆虫の複眼の解像度は悪いとはいえないそうです。ただ多くの昆虫は身長から考えると超高速で飛翔するので、解像度よりむしろ衝突をさけるための情報処理の速さが重要です。実際ハエは一秒間に150回の点滅を認識できるそうです(20)。

昆虫の複眼の構造を図115-8に示します。レンズ(水晶体)のすぐ下に視細胞があり、個眼は光がまじらないよう色素細胞のシェードで分離されています。個眼8個(または9個)でひとつのユニットが形成されおり、それらが花弁のように並んだ中央に桿状体というロドプシンが集積した部位が見られます(図115-8)。個眼8個のユニットは最大感知波長が緑・青・紫外の3種類の色素細胞で構成されているので、ユニットごとに色彩を感知することが出来ます(20)。

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図115-8 昆虫の複眼の内部構造

昆虫が色彩を認識できることをはじめて示したのはカール・フォン・フリッシュ(図115-9)でした。彼は若い頃に魚が色を識別できることを証明し、さらにミツバチも色を識別できることを証明しました(20、21)。

図115-9のヒトとミツバチが認識する光の波長を示した図は Webexhibits というサイトからの引用です(22)。これによるとヒトほどはっきりではなくてもミツバチにも赤い色が見えていると思われます。しかし紫外線領域はミツバチにははっきり見えていてもヒトには全く見えていませんので、ミツバチの見ている色彩はかなりヒトとは異なるはずです。図115-9の花の色彩は左がヒト、右がミツバチです(23)。ミツバチの見ている色なんて、ヒトには見えないのだからこのようなプレゼンテーションは意味が無いという向きもあり、ハミルトンも "Because we cannot see UV light, the colours in these photographs are representational, but the patterns are real. " と書いていますが(23)、私はその筋の研究者から、ミツバチには多分図115-9のように見えているという話を聞いたことがあります。

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図115-9 昆虫の色彩感覚 花の写真は左2枚が人が見た色彩、右の2枚がミツバチが見た色彩

鳥は昆虫と同じくらい紫外線領域が見えるので、おそらくミツバチなどと同じ色彩感覚だと思われます。ログミ-というサイトに鳥の見え方を示した記事がありました(24)。この中で、ヒトが精細にみることができる範囲(例えば文字を読んだりする)はせいぜい10度くらいの角度に限定されているという記述があります。実際今私の前にあるモニターの画面の中央を読んでいると、端っこの文字はなにか文字があるということはわかっても目玉か首を動かさないと読めません。ところが、カモメは水平に見えているすべての物を、広角にわたって精細に見ることができるそうです。つまり眼の性能で言えばカモメはヒトよりはるかに優れています。

参照

1)Michael F. Land and Dan-Eric Nillson., Animal eyes. Oxford University Press (2002)
https://books.google.co.jp/books?id=aAZ_YfVoCywC&pg=PA1&hl=ja&source=gbs_toc_r&cad=3#v=onepage&q&f=false

2)続・生物学茶話 113: 単細胞真核生物の眼点
http://morph.way-nifty.com/grey/2020/10/post-f702c4.html

3)ナショナルジオグラフィック日本版2016年2月号 不思議な目の進化
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/magazine/16/012200005/012200001/?img=ph3.jpg&P=2

4)ウィキペディア: 眼の進化
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%BC%E3%81%AE%E9%80%B2%E5%8C%96

5)中川将司,堀江健生、ホヤ幼生の光受容器 -脊椎動物の眼との比較- 比較生理生化学 vol. 26 No.3 pp. 101-109 (2009)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika/26/3/26_3_101/_article/-char/ja/

6)片桐展子 & 片桐康雄. イソアワモチの多重光受容系:(1)4種類の光受容細胞の特徴と光応答 比較生理生化学 25, 4-10 (2008).
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika/25/1/25_1_4/_pdf/-char/ja

7)Ullrich-Lüter EM, Dupont S, Arboleda E, Hausen H, Arnone MI., Unique system of photoreceptors in sea urchin tube feet., Proc Natl Acad Sci U S A. vol. 108(20): pp. 8367-8372. doi: 10.1073/pnas.1018495108. (2011)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21536888

8)ナショナルジオグラフィック日本版2011年5月号 ウニは全身が“眼”だった
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/4200/

9)Morris SC, Caron JB., Pikaia gracilens Walcott, a stem-group chordate from the Middle Cambrian of British Columbia., Biol Rev Camb Philos Soc. May; vol. 87(2): pp. 480-512. (2012) doi: 10.1111/j.1469-185X.2012.00220.x. Epub 2012 Mar 4.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22385518

10)D.-G. Shu et al., Head and backbone of the Early Cambrian vertebrate Haikouichthys., Nature vol. 421, pp. 526–529 (2003)
https://www.nature.com/articles/nature01264

11)裳華房 目のしくみ (Structure of Eye)
https://www.shokabo.co.jp/sp_opt/observe/eye/eye.htm

12)参天製薬 目のピント調節のしくみ
https://www.santen.co.jp/ja/healthcare/eye/products/otc/sante_medical/eyecare/focus.jsp

13)Wikipedia: Haidinger's brush
https://en.wikipedia.org/wiki/Haidinger%27s_brush

14)今西由和 脊椎動物の視細胞をモデルとしたタンパク質輸送および膜構造形成の時間空間的解析 生物物理 vol.56(1),pp. 18-22, (2016)
DOI: 10.2142/biophys.56.018
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/56/1/56_018/_pdf

15)ウィキペディア: 錐体細胞
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%90%E4%BD%93%E7%B4%B0%E8%83%9E

16)宮田隆 眼で進化を視る -その2- (2006)
https://www.brh.co.jp/research/formerlab/miyata/2006/post_000004.html

17)杉田昭栄 鳥類の視覚受容機構 バイオメカニズム学会誌 vol. 31, no.3, pp.143-148 (2007)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sobim/31/3/31_3_143/_pdf

18)ナショナルジオグラフィック日本版2011年12月号 アノマロカリスの眼、レンズ3万個?
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/5336/

19)Wikipedia: Arthropod eye
https://en.wikipedia.org/wiki/Arthropod_eye

20)水波誠 「昆虫-驚異の微小脳」 中公新書 (2006)

21)ウィキペディア: カール・フォン・フリッシュ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5

22)Webexhibits: What colors do animals see?
http://www.webexhibits.org/causesofcolor/17.html

23)Michael Hamilton, A bees-eye view: How insects see flowers very differently to us., (2007)
http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-473897/A-bees-eye-view-How-insects-flowers-differently-us.html

24)ログミー: 鳥には世界がどう見えている? 人間にはない驚きの眼の機能
https://logmi.jp/business/articles/157552

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2020年10月22日 (木)

担々麺の思い出

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このブログでは食べ物の話は出さないことにしているのですが、それでも禁を破って出したくなる商品に遭遇しました。

この味は20年くらい前に職場の近くにあったお店の味を思い出させてくれました。そのお店はごくわずかな時間しか営業していない(1日3時間くらい)上に、担々麺は開店時に並ばないとまず食べられないような幻の一品だったのですが、その味は素晴らしいものでした。

しかしみかじめ料を払わなかったせいか、店で「こんなまずいものくえるか」と暴れられたり、わざと店を出たばかりの客に自転車でぶつかるなどの嫌がらせをうけ、挙げ句の果ては隣に超格安ラーメン店が開店するとかして、結局3年くらいで店をたたみました。実直そうな若い店主と配膳/レジに走り回っていた可愛い奥さんの2人で頑張っていたのですが、今はどうしているのでしょうか?

この担々麺はそのお店の味とそっくりなのです。麺の感触も同じです。インスタント食品でこんな懐かしい味に出会えるとは本当に驚きました。挽肉はさすがにインスタントなりのものでしたが、その点を除けば本当に素晴らしいと思います。

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2020年10月20日 (火)

サラとミーナ 236: 冬の棲み家

サラはこたつがあまり好きではありません。閉所恐怖症なので布団や毛布に潜り込むこともしません。猫ハウスも閉所だと思うのか利用しません。しかしちょっとひらめいてハウスを縦にしたらどうだろうとやってみると、ジャーン

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入居したじゃありませんか! 天井に余裕があることが彼女にとっては大事なことだったのですね。

しかしそれをみつけたお節介ミーナが早速やってきました。

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ひとしきりサラをなめ回して出て行きました。

ミーナは布団も毛布もこたつも猫ベッドもすべてOKなので、冬の棲み家には困りません。

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2020年10月18日 (日)

福島第一原発の汚染水

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福島第一原発(ウィキペディアより)

トリチウムは放射性物質ですが、飛程が短いので通常は分子レベルの距離でしか有害ではありません。しかし弱いとは言っても分子レベルでは確実に周辺の分子を破壊する能力があります。なにしろ水素を含む化合物のすべてに侵入できるので、もちろんDNAやヒストンにも分子の一部として侵入します。DNAを破壊してもさしあたって害がないのは、生物がDNA修復機能をもっているからです。たとえDNAが破壊されて修復に失敗しても細胞が「ふけ」や「あか」となって排出されたり、細胞が死ねば問題ないのですが、修復機能は完全ではないので一定の確率で変異は発生し、運が悪いと癌になるかもしれません。

体細胞ではなく生殖細胞のDNAに変異が起こると、遺伝病が発生する可能性があり、それは子々孫々まで保存されます。原発から出るトリチウムはたいした量ではないのですが、核燃料再処理工場(ラ・アーグやソープなど)からでるトリチウムは桁違いに多く、しだいに海が汚染されて、当然突然変異の確率は高まります。福島の場合は原発事故で出たトリチウムですから、普通の原子炉で出る量とはやはり桁違いです。トリチウムは自然界にあるといっても、これだけ大量に捨ててりゃ自然界の量も増えます。

https://cnic.jp/9010

海産物を食べなきゃいいだろうというのは甘くて、なにしろ水素のかわりですから、雲になり雨になり植物に降り注ぎます。まちがいなく陸海を問わず、時代とともに汚染が進んで突然変異の確率は増加するでしょう。しかしそれを確実に証明するのはなかなか骨が折れるというのは、すべての公害問題で同じで、水俣病のように確実に証明された頃には多数の被害者がでているのです。橋下や吉村がやれ東京湾や大阪湾に放出だと言っていますが、そりゃすぐにわかる害ではないので何でも言えます。しかしDNAを破壊する能力がある放射性物質なのですから、危険な物質であることは明らかなのです。

トリチウムについてのひとつの救いは、150年くらい保管しておくとほぼ放射能はゼロになるということです。保管はできないことではありません。プールを造って保管する方が、海に捨てるよりよほどマシです。トリチウム水の放出は人間だけでなく、地球上のあらゆる生物に対する罪であり、避けるべきでしょう。

報道ステーションのコメンテーターが、アルプス処理水のなかにトリチウム以外の放射性物質があると心配する人もいると、とぼけた解説をしていましたが、別に心配性の人がそんなことを言っているのではなく、東電が調べてそう言っているのです。


農と食の周辺情報|白井 洋一より
http://www.foocom.net/column/shirai/17224/

おそまつだったトリチウム水処理の公聴会 トリチウムしか残らない前提崩れる。

2018年8月19日、共同通信は「基準値超の放射性物質検出、トリチウム以外」と報じた。
東京電力によると2017年度に汚染水浄化後の測定で、ヨウ素129が1リットルあたり62ベクレル検出され、排水基準値の9ベクレルを上回っていた。他にも排水基準値以下だが、ルテニウム106やテクネチウム99も検出された。8月末には公聴会が開かれるが、トリチウム以外の存在はほとんど知らされておらず、議論もされていないと記事は問題点を指摘した。

確かにトリチウムの放射線はガラス・紙などで遮蔽できます。ですからタンクに接近しても害はありません。しかし分子レベルの距離では強い破壊力を持ってDNAなどを破壊します。トリチウムはタンパク質・脂質・DNAなどあらゆる生体物質にとりこまれるので、その害は計り知れません。

それだけではなく、トリチウムは下記の様に、ベータ線を放出してヘリウムに変わります。生物のDNAの2重鎖は水素を媒介としたゆるい結合を行っているということは、分子生物学の一丁目一番地です。

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このようにして放射能を持つトリチウムが安全なヘリウムに変わったとたんに、その部域のDNAが壊れて、突然変異が発生する恐れがあるというのがトリチウムの特異な毒性です。私は若い頃先輩に連れられて、私自身はあまり公害などに関心はなかったのですが、公害問題の専門家である宇井純氏(故人)の研究室を訪問してお話を伺う機会がありました。そこで彼が言ったのは「きちんと証明できていないから公害だとは断定できない という科学者が最大の敵だ」ということでした。私は科学的真実を主張することが殺人を幇助する可能性があるということに戦慄しました。昔のことですがこのことはよく覚えています。

トリチウムの恐怖(前編)
http://nucleus.asablo.jp/blog/2013/05/04/6799143

トリチウムの恐怖(後編)
http://nucleus.asablo.jp/blog/2013/05/04/6799155

NPO法人 食品と暮らしの安全基金
トリチウム(三重水素) 浄化水を放出するな!水蒸気も怖い!
http://tabemono.info/report/former/genpatu5.html

汚染水に含まれる 『トリチウム』の害は 本当はどうなのか
http://ryuma681.blog47.fc2.com/blog-entry-895.html

トリチウムを減らす方法がないわけじゃない
https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_06-03-05-04.html

 

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2020年10月15日 (木)

続・生物学茶話 114: 真核生物型ロドプシン

ハインリッヒ・ミュラー(1820-1864)は江戸時代に生きたドイツの解剖学者ですが、運のない人でゲシュタポの長官に同姓同名の人がいて、検索しても後者ばかりヒットしてなかなかたどりつけません。彼はビュルツブルグ大学で仕事をしていましたが病弱で、転地療養していたイタリアでたまたま網膜に興味を持って、様々な生物で顕微解剖学的な研究を行いました。1851年にカエル網膜の桿体に赤い色素が存在することを報告したことが有名です。彼は網膜の研究を書物にまとめようと計画していましたが、44才で亡くなったために実現しませんでした(1、2)。

ミュラーの発見を引き継いだのはフランツ・ボール(図114-1)でした。彼ははカエルを暗いところに置いておくと網膜が赤くなり、光を当てると褪色に変化することから光感受性物質(ロドプシン)の存在に気が付きました。なんと彼もミュラーと同様病弱で、ドイツからイタリアに転地療養しているときにこの発見をしました(3)。彼は研究結果を 「Sull'anatomia e fistologia della retina」という28ページの論文に記載しており、現在フリーで読むことができます(4)。彼はミュラーより短命で、わずか30年しか生きられず、仕事はウィルヘルム・キューネに(図114-1)引き継がれました。キューネはこの色素をロドプシン(Rhodopsin) と命名しました。ロドプシンの遺伝子構造はネイサンスとホッグネスによって1982年に(5)、cDNAの構造とアミノ酸配列は1982年および1988年にロシアの生化学者ユーリ・オヴチニコフ(図114-1)らによって報告されました(6、7)。オヴチニコフは学生時代にレスリングのチャンピオンになるくらい強健な身体を誇っていましたが、なんとこのロドプシンの論文が発表された年(1988年)に病没しています(8)。

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図114-1 真核生物型ロドプシンの発見者たち

マッキオンらはオヴチニコフらによって明らかにされた真核生物のロドプシンの構造を美しいビジュアルで表現しました(9、図114-2 ウィキメディアコモンズより)。これはウシのロドプシンですが、ヒトのロドプシンとはアミノ酸が3カ所異なっているだけです(9)。真核生物のロドプシンはGタンパク質共役受容体(GPCR=G protein-coupled receptor)のひとつであり、他のGPCRと同様にαヘリックス部位を用いて細胞膜を7回貫通しています。細胞質側に4ヵ所分子が露出している部分があり、ここでGタンパク質などと反応して情報伝達を行います(図114-2)。結果的にGαに結合しているGDPをGTPに変換させ、GαとGβγを分離させることになりますが(10)、その詳細なメカニズムはまだ研究途上にあります。

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図114-2 ロドプシンの分子構造

ロドプシンはオプシンという図114-2に描かれたタンパク質と、補因子であるレチナールからなっています。私たちは植物が合成するβ-カロテンを栄養として摂取し、アルコール構造のレチノールを経て、アルデヒド構造のレチナールを生合成します(図114-3)。真核生物型ロドプシンの成分である11-シス-レチナールはオールトランスレチナールからATPを消費して合成されます。11-シス-レチナールは光照射によってオールトランスレチナールに変換し、この結果ロドプシンの構造変化がおこることを契機として視覚が得られることになります。11-シス-レチナールとオールトランスレチナールは光照射と生化学反応経路によって相互への変換を別経路でサイクリックに繰り返していて、いわゆるレチノイドサイクルを形成しています。詳細を知りたい方は文献11などをご覧ください。

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図114-3 レチナールの生合成とレチノイドサイクル

図114-4にウィキペディアの網膜の模式図をコピペしましたが、この左端の図でわかるように、私たちの眼の網膜では光は神経細胞の方から照射して奥の方(上側)の桿体細胞や錐体細胞に届く構造になっています。これは全く不合理な配置で反対側から光が来るべきなのですが、脊椎動物にとってこの逆向きの構造は大きな進化の失敗で、実際タコなどの軟体動物では光が直接センサーに照射する構造になっています(12)。私たちは2種類の光センサー細胞を持っていて、ひとつは桿体細胞、いまひとつは錐体細胞といいます(図114-4)。これらの細胞の外節の細胞膜は多重に折りたたまれており、多数のロドプシンを搭載できるような構造になっています(図114-4)。

桿体細胞は498nmの波長の光を感じ取れるセンサーで、色の識別はできません。その代わりに感度は高く夜間の微弱な光も感知します。錐体細胞は420nm(青)、534nm(緑)、564nm(赤)の波長の光を感じ取れる3種が存在し、色彩を判別することができます(13)。しかし光量には鈍感で、夜間にはほとんど光を感知できません。恐竜と同時代の哺乳類は夜行性の種が多かったので、色彩感覚はあまり発達しませんでした。人を含むサル類の一部は熟れた実を探すために赤と緑を識別する必要があり、3種類の錐体を持つようになったとされています(14)。

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図144-4 哺乳類の網膜の構造と光センサー細胞

視覚を実現するためには、光センサーで感知したシグナルを電気信号に変換する必要があります。その手順を大まかに言えば次のようになります(図144-5、ウィキペディア文献15より)。

1.ロドプシンが光照射を受けると、前述のようにオプシンと13-シス-レチナールの複合体(ロドプシン)が解離し、オプシン+オールトランスレチナールとなります。

2.オプシンは3量体G蛋白質であるトランスデューシンを活性化します。この結果トランスデューシンは結合していたGDPを失い、代わりにGTPを結合します。

3.トランスデューシンのα サブユニットにGTPが結合すると、α サブユニットはβγ サブユニットから解離し、GTPを結合したまま単独行動をとります。

4.α サブユニット-GTP複合体はフォスフォジエステラーゼを活性化し、その結果細胞内の cGMP(サイクリックGMP) はすみやかにGMPに転換し、cGMPの濃度が低下します。

5.この結果 cGMP の作用で開いていたナトリウムチャネル(CNGチャネル)が閉鎖されます。

6.ナトリウムチャンネルが閉鎖されているにもかかわらず、カリウムチャネルは開いているのでカリウム(細胞内の濃度が高い)が細胞外に放出され、細胞は過分極状態となります。これが視細胞における光応答です。その後のcGMP濃度回復過程で脱分極がおこります。詳細を知りたい方は文献15~17を参照して下さい。

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図144-5 ロドプシンを用いた光情報伝達経路

細菌のロドプシンは大変バラエティーに富んでいたわけですが(18、19)、真核生物型ロドプシンはGPCRというひとつの型のみです。藻類やカビには細菌型ロドプシンを持つ者もいますが、多くの真核生物はGPCR型ロドプシンのみを残して他は捨て去ったものと思われます。ただ最初の真核生物やその祖先の古細菌がどのようなロドプシンを持っていたかは不明です。

参照

1)Nicholas Wade, Marco Piccolino & Adrian Simmons., Portraits of European Neuroscientists., Heinrich Muller
https://neuroportraits.eu/portrait/heinrich-m%C3%BCller.html

2)Wikipedia: Heinrich Muller(physiologist)
https://en.wikipedia.org/wiki/Heinrich_M%C3%BCller_

3)Nicholas Wade, Marco Piccolino & Adrian Simmons., Portraits of European Neuroscientists., Franz Christian Boll
https://neuroportraits.eu/portrait/franz-christian-boll

4)Franz Christian Boll, Sull'anatomia e fistologia della retina, Reale Accademia Del Lincei AnnoCCLXXIV (1876-1877)
https://wellcomecollection.org/works/uqmyxp4x/items?canvas=1&langCode=ita&sierraId=b22339723

5)Jeremy Nathans and David S. Hogness, Isolation, sequence analysis, and intron-exon arrangement of the gene encoding bovine rhodopsin., Cell vol.34, pp.807-814 (1983) DOI:https://doi.org/10.1016/0092-8674(83)90537-8
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6194890/

6)Yu. A. Ovchinnikovf, Rhodopsin and bacteriorhodopsin: structure-function relationships., FEBS lett., vol.148, pp.179-181 (1982)
https://febs.onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1016/0014-5793%2882%2980805-3

7)Yu. A. Ovchinnikovf et al, Octopus rhodopsin Amino acid sequence deduced from cDNA., FEBS lett., vol.232, pp.69-72 (1988)
https://febs.onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1016/0014-5793%2888%2980388-0

8)Yuri Ovchinnikov Memorial Lecture (1990)
http://www.science-connections.com/books/moderntrends/trends9/001%20-%20Lecture/Yuri%20Ovchinnikov%20Memorial%20Lecture.pdf

9)Richard McKeone, Matthew Wikstrom, Christina Kiel, Elizabeth Rakoczy, Assessing the correlation between mutant rhodopsin stability and the severity of retinitis pigmentosa., Molecular Vision, vol.20, pp.183-199 (2014)
http://www.molvis.org/molvis/v20/183

10)脳科学辞典:ロドプシン
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%AD%E3%83%89%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%B3

11)佐藤慎哉 錐体特異的な視物質再生過程での11-シス選択性 生物物理 vol.57(5),pp.240-243(2017)DOI: 10.2142/biophys.57.240
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/57/5/57_240/_pdf

12)ウィキペディア:目 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%AE

13)ウィキペディア:錐体細胞
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%90%E4%BD%93%E7%B4%B0%E8%83%9E

14)光と色の話 第14回 ヒトの色覚と動物の色覚 シーシーエス株式会社
https://www.ccs-inc.co.jp/guide/column/light_color_part2/vol14.html

15)Wikipedia: Visual phototransduction
https://en.wikipedia.org/wiki/Visual_phototransduction

16)https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2012/03.html

17)Stefano Costanzi, Jeffrey Siegel, Irina G. Tikhonova,1and Kenneth A. Jacobson., Rhodopsin and the others: a historical perspective on structural studies of G protein-coupled receptors., Curr Pharm Des. vol.15 (35): pp. 3994?4002. (2009)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2801150/

18)続・生物学茶話 112: 光を感じるタンパク質
http://morph.way-nifty.com/grey/2020/09/post-453128.html

19)東京大学物性研究所 井上研究室 HP
https://inoue.issp.u-tokyo.ac.jp/research.html

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2020年10月12日 (月)

楽界の巨星墜つ

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弘田三枝子さんとともにJPOPを創始した筒美京平氏が、まるで彼女の後を追うように死去されたそうです。
心よりご冥福をお祈りします。

彼が作曲した曲のオリコンヒットチャート1位は39曲あるそうです。

「渚のうわさ」
https://www.youtube.com/watch?v=FzqdQ6VEeIg
https://www.youtube.com/watch?v=LXZoBRnsF0U

数知れぬ彼の名曲の中でも、私が最も印象に残っているのは南沙織の曲です。

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「潮風のメロディー」
https://www.youtube.com/watch?v=4wi_w6LixCU
https://www.youtube.com/watch?v=e7OLlgRdH-U
https://www.youtube.com/watch?v=4x33At6lNJs

「哀愁のページ」
https://www.youtube.com/watch?v=tQ8DlP-UEtk
https://www.youtube.com/watch?v=gPL1q2Dpa44

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2020年10月11日 (日)

都響スペシャル2020(10/11)

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コロナですべての定期が消滅した都響ですが、スペシャルで頑張っています。楽団員も非常に張り切って演奏している感じです。コンマス四方さんも怖いくらい細いピンヒールで登場。サイドはボス矢部が務める豪華版。

本日の指揮者は梅田さん。だいぶ髪は白くなりましたが、コリオラン序曲からして異様に気合いが入っている感じがしました。ソリストはおなじみの田部さん。田部さんはボス矢部やダンディ古川と室内楽(トリオ)をやっているくらいで息もぴったり。これ以上ないと言うくらい、巨匠の風格すら感じられる素晴らしいコンチェルトを聴かせてくれました。

それにしても隣席が開いている(ソーシャルディスタンス)というのは信じられないくらいゆったりとした気分でコンサートを楽しめます。これが最後かもしれません。池袋の芸劇は飲食物の販売は禁止、飲料水の噴水すら閉鎖していました。たしかにこれは危そうですが、水のペットボトルくらい販売していてもよさそうな気がします。

休憩後のドボ7も、この曲が内包するバイタリティーを余すところなく表現した梅田-都響渾身の名演だったと思います。曲目が決まるまでずいぶん時間がかかってはらはらしましたが、それだけのことはありました。梅田さんは都響としっくりくる相性だと思いますよ。

こんな曲です(ドヴォルザーク交響曲第7番)
https://www.youtube.com/watch?v=7eXoWNa_ghk

 

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2020年10月10日 (土)

日本学術会議への政府の人事介入

Gakujutsu

自民党・下村博文政調会長:
「日本学術会議から政府に対する『答申』が2007年以降、出されていない。活動が見えていない」

広渡清吾・東京大学名誉教授:
「答申がないというのは、あなた方(政府)が諮問しなかったからですよ ということだけなんですよ」

下村という男は、報道によればかなりダーティなキャラなのでしょう

https://togetter.com/li/791311

しかし今回の件については彼は自民党の駒のひとつで、根拠のないバッシングで国民の「税金泥棒」というイメージを引き出し、日本学術会議を潰しにかかる戦術にかんでいるだけなのでしょう。

政府は欧米の科学アカデミーは民間の資金で運営と言っていますが、英国・ドイツ・ルーマニアでは全額政府または州政府の資金です。多くは30~80%が政府・地方自治体の支出でまかなっており、「欧米は民間資金による運営」というのは政府のフェイク情報流布によるイメージ戦略です。欧米の科学アカデミーに政府がお金を出しているからと言って、人事に介入しているわけではありません。

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/18pdf/1813.pdf

https://note.com/nathankirinoha/n/n7785cb04c697

国際学術誌「Nature」も特集を組んで、今回の日本政府の人事介入を批判しています
科学誌「ネイチャー」 日本学術会議の任命見送り 社説に掲載 (NHK)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201009/k10012656551000.html

反知性主義はスターリニズムへの回帰であり、このような政府は一刻も早く退場してもらわなければいけません。

お時間のある方は是非 田村議員の質疑応答を ↓

https://www.youtube.com/watch?v=Y8JNjY8x2cE&feature=youtu.be

私の個人的印象ですが、質問を受けている大塚官房長も法制局も菅政権のやり方はおかしいと思っているように感じました。

菅野完よ 死ぬな
https://tanakaryusaku.jp/2020/10/00023795

 

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2020年10月 8日 (木)

続・生物学茶話 113: 単細胞真核生物の眼点

単細胞の真核生物も細菌や古細菌と同様もちろん神経や脳はないのですが、光を感じるシステムを持つ生物が数多く存在します。進化の過程で光合成細菌を共生させてとりこんだ真核生物は、葉緑体(クロロプラスト)を保有しているので、自分の細胞膜のロドプシンを使ってエネルギーを産生する必要はありません。しかし葉緑体に仕事をさせるために、光が当たる場所に移動する必要があります。

光に反応する(走行性をもつ)単細胞真核生物でよく知られているのはユーグレナ(ミドリムシ)とクラミドモナス(コナミドリムシ)です(図113-1)。このほか渦鞭毛藻なども光に反応します。しかしこれらの生物は、実は動物と植物くらい離れた分類群に所属しています。クラミドモナスはプランタ(Plantae)という、いわゆる植物スーパーグループに所属するボルボックス目クラミドモナス科の生物です。しかしユーグレナはそもそもプランタではなくエクスカヴァータ(Excavata)という別のスーパーグループに所属し、ユーグレナ藻類でひとつの門を形成しています。渦鞭毛藻はまたこれらとはかけ離れたアルヴェオラータ(Alveolata)というスーパーグループに所属し、渦鞭毛藻という門を形成しています。

これだけ離れた分類群でありながら、これらの生物は1)葉緑体を保有し、2)鞭毛を使って移動することが可能で、3)赤い眼点をもっている、という見た目に明らかな3つの共通点があります(図113-1)。また外からから栄養を摂取する従属栄養と、葉緑体を使う独立栄養を併用して生きている種が多いようです。これは葉緑体を持っているとはいえ、活発に動く生物なのでATPの量が独立栄養だけでは足りないからだと思われます。これらの生物は光に集まる性質を持っています。それは彼らが光合成を行なうことから目的にかなった行動です。景色や生物を認識するための眼はカンブリア紀にできたと考えられていますが(1、2)、それよりずっと以前から、明るい場所に移動して光合成を行なうために、明るさを測定するための道具として眼がつくられたことは容易に想像できます。

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図113-1 ユーグレナとクラミドモナス

眼点は反射板だけの場合と、反射板とセンサーからなる場合があります。ユーグレナの場合は前者で、センサーは鞭毛の基部にある傍鞭毛体(副鞭毛体)に集中しているようです(1、3、図113-1、図113-2A)。伊関らはユーグレナの傍鞭毛体にある光受容蛋白質をFADを含むフラビンタンパク質と同定し、このタンパク質がアデニル酸シクラーゼ活性を持つことを報告しています(1)。フラビンタンパク質を光センサーとして用いているのはミドリムシだけではなく、多くの植物で光屈性や気功の開閉などに関わっているフォトトロピンもフラビンタンパク質です(4、5)。数億年にわたる植物の進化の過程で、フラビンタンパク質は光センサーとして連綿と引き継がれてきたというわけです。

クラミドモナスの場合眼点は反射板とセンサーからなっており、若林らによると「このカロテノイド色素顆粒は空隙を挟んで2〜3層を成している。屈折率の異なる物質から成る積層は,光学の分野で四分の一波長板と呼ばれる光反射板として機能する(Foster and Smyth, 1980; Morel-Laurens and Feinleib, 1983)。そしてその直上の細胞膜にチャネルロドプシンが局在している」とのことです(6)。ですから細胞の外側から来た光は反射されてセンサーが検知しますが、内側から来た光は反射板で遮蔽されてセンサーに届きません(図113-2B)。したがって散乱光によるバックグラウンドを下げることができて、光が来る方向をはっきりと検知することができるわけです(6、7、図113-2)。おそらくランダムに回転して、ある閾値以上の光量をとらえればそちらの方向に進む、というような単純なメカニズムでも走光性を確保できるでしょう。これは傍鞭毛体で光を検知するユーグレナの場合も同様と考えられます(図113-2A)。

クラミドモナスで光を感知するタンパク質はカチオンチャネルロドプシン(CCR)で、バクテリオロドプシンの一種です。すなわち古細菌から真核生物へとひきつがれたタンパク質です(8、9)。光照射によってオールトランスレチナールが13-シス-レチナールに変化し、これによって7回膜貫通ロドプシンのコンフォメーションが変化して、カルシウムなどのカチオンが細胞膜を通過して細胞に取り込まれ脱分極がおこります。これがシグナルとなって鞭毛の活動が制御されるわけです。

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図113-2 眼点はセンサーと反対側から入射する光を遮蔽する

驚くべきことに渦鞭毛藻門に属するワルノヴィアは単細胞生物であるにもかかわらず、多細胞生物が持つ眼と同様な角膜・レンズ・網膜を持つオセロイド(単眼型眼点)を持っています(10、図113-3)。レンズの外側はミトコンドリア由来の膜(私たちの眼のアナロジーで言うと角膜)で保護されており、内側にはレチノールを持つプラスチドがあります。Gavelis らはこれらの2つの細胞内共生体によってオセロイドが形成されたと報告しています(11、12)。

渦鞭毛藻もロドプシンを持っているようですが、光センサーの詳細は未解明のようです。オセロイドは光の強さとおおまかな方向を知るだけにしてはあまりにも豪華な細胞器官です。オセロイドが何の役に立っているかというのは謎ですが、餌の存否や位置を知るための道具として使っているという可能性はあるようです(11)。ワルノヴィアの眼はさすがに私たちの眼とは関連は無く、相似器官だと思われます。

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図112-3 ワルノヴィアの眼(オセロイド)

バクテリオロドプシンあるいはマイクロバイアルロドプシンのタンパク質スーパーファミリーは、構造的には7回膜貫通という共通構造を持ちますが、機能的にはプロトンポンプ、アニオンポンプ、カチオンポンプ、光センサー、グアニリルシクラーゼ等多彩な機能を持ち、細菌・古細菌・真核生物にまたがって広大に分布する巨大ファミリーであることが知られています(13)。古細菌のものはアーキロドプシンともよばれます。真核生物のものはチャネルロドプシンなどと機能別によばれてる場合が多いようです(13)。

参照

1)伊関峰生 ミドリムシにおける光センシングの分子機構 Jpn. J. Protozool. Vol. 40, No. 2. , pp. 93-98 (2007)
http://protistology.jp/journal/jjp40/093-100Iseki.pdf

2)アンドリュー・パーカー 眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く 草思社 (2006)

3)ウィキペディア: ユーグレナ藻
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%8A%E8%97%BB

4)Masayoshi Nakasako, Kazunori Zikihara, Daisuke Matsuoka, Hitomi Katsura, Satoru Tokutomi., Structural Basis of the LOV1 Dimerization of Arabidopsis Phototropins 1 and 2., Journal of Molecular Biology 381 (3), 718-733 (2008)
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2008/080821/

5)ウィキペディア: フォトトロピン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%88%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%94%E3%83%B3

6)若林憲一,植木紀子,井手隆広 クラミドモナス走光性における眼点カロテノイドの役割 植物科学最前線 9:90 (2018)
https://bsj.or.jp/jpn/general/bsj-review/BSJ-review-9B%2046-108.pdf

7)植木紀子、若林憲一 緑藻クラミドモナスの走光性と細胞レンズ効果 藻類の「眼」の赤い色の役割
化学と生物 vo.55, no.6, pp.366-368 (2017)

8)Oleg A. Sineshchekov, Kwang-Hwan Jung, and John L. Spudich., Two rhodopsins mediate phototaxis to low- andhigh-intensity light in Chlamydomonas reinhardtii, Proc Natl Acad Sci USA, vol. 99, no. 13, pp.8689?8694 (2002)
www.pnas.orgcgidoi10.1073pnas.122243399

9)Elena G. Govorunova, Oleg A. Sineshchekov, Hai Li, and John L. Spudich, Microbial Rhodopsins: Diversity, Mechanisms, and Optogenetic Applications., Annu Rev Biochem., vol.86, pp.845?872. (2017) doi:10.1146/annurev-biochem-101910-144233.
https://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev-biochem-101910-144233

10)http://feynmanino.watson.jp/5741_ocelloid.html

11)Gregory S. Gavelis, Shiho Hayakawa, Richard A. White III, Takashi Gojobori, Curtis A. Suttle, Patrick J. Keeling & Brian S. Leander., Eye-like ocelloids are built from different endosymbiotically acquired components., Nature vol.523, pp.204–207 (2015)

12)Thomas A. Richards & Suely L. Gomes, 微生物の「眼」はどうやってできたのか., Nature digest Vol. 12 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2015.151031
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v12/n10/%E5%BE%AE%E7%94%9F%E7%89%A9%E3%81%AE%E3%80%8C%E7%9C%BC%E3%80%8D%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%86%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B/68010

13)Wikipedia: Microbial rhodopsin
https://en.wikipedia.org/wiki/Microbial_rhodopsin

 

 

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2020年10月 7日 (水)

クリスパー-Cas9でノーベル化学賞

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受賞したのは右の2人 シャルパンティエとダウドナです。バンフィールドはダウドナをこの分野に引き込んだ人ですが、選考からは漏れました。まあおいしいところを持って行った2人が受賞した感じです。このメカニズムの発見に大きな役割を果たしたボロティン、バランガウ、ブロウンズらは漏れました。最近のノーベル賞は実用重視に傾いている感じがします。

写真は私の記事「クリスパー」から載せているのでマル6という番号が振ってあります。クリスパーについてはわかりやすい記事を書いておりますので、興味のある方はご覧ください ↓ 。

http://morph.way-nifty.com/lecture/2020/01/post-a69fb5.html

 

 

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2020年10月 6日 (火)

サラとミーナ 235: Coming soon

Imgsarah

 

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2020年10月 4日 (日)

愛機の突然死に呆然

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これは2012年にうちにやってきた日のドスパラ新品PCです。ウィンドウズ10に切り替わったときに、キャリーに積んで秋葉原まで運び、OSの入れ替えとHDDからSSDへの換装をおこないました。それ以来調子よく動いていたのですが・・・・・。

原因は @nifty にあります💢。アンチウィルスソフトを入れ替えてくれとの指示がきて、いままでのカスペルスキーのニフティ版から別のソフトに入れ替えた途端にフリーズして、2度と立ち上がらなくなりました。おそらくバイオスが破壊されたのでしょう。ありがちなこととはいえ大被害です。

現在仮システムでアクセスしていますが、ちゃんとバックアップを立ち上げてセットアップをやりなおさないとブログの正常な運営ができません。@nifty もこのようなトラブルがあちこちで起きているようで、つながりにくくなりました。鋭意再構築しようとおもっていますが、多少時間がかかるかもしれません。

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2020年10月 1日 (木)

言論統制が学問の世界にも

菅義偉政権がいよいよその凶悪な牙を学問の世界に向けてもみせてきました。安倍・菅政権はこれまでもマスコミの言論を制圧してきましたが、しだいにエスカレートしてきたと思われます。

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首相就任から1カ月も経たないうちに、さっそく菅義偉首相が強権的な“人事介入”をおこなっていたことが判明した。「学者の国会」とも呼ばれる日本学術会議が推薦した新会員候補の6人を、菅首相が任命しなかったというのだ。しかも、菅首相が任命しなかった学者のなかには、安保法制や共謀罪を批判してきた学者も含まれているというのである。

(リテラより https://lite-ra.com/2020/10/post-5658.html

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日本学術会議とは政府から独立した機関として設立されたものであり、政府が干渉することによってその活動の趣旨がスポイルされるということを政権は考えなければなりません。

日本学術会議とは
http://www.scj.go.jp/ja/scj/index.html

安保法制とは
https://www.nichibenren.or.jp/activity/human/constitution_issue/ikenkokoku.html

共謀罪とは
https://www.nichibenren.or.jp/activity/human/complicity_secret/complicity.html


2020092001_01_1

(写真は赤旗電子版より)

田中龍作ジャーナル  https://tanakaryusaku.jp/2020/10/00023744

学術会議(210人)は6年の任期で3年ごとに半数(105人)が変わる。学術会議の会員は、同会議の推薦に基づき首相が任命する。日本学術会議法7条がこれを定める。首相に拒否権はない。

はずされた6人

小沢隆一東京慈恵会医科大学(憲法学)、岡田正則早稲田大学(行政法学)、松宮孝明立命館大学(刑事法学)、加藤陽子東京大学(歴史学)、芦名定道京都大学(キリスト教学)、宇野重規東京大学(政治学)

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