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2020年9月16日 (水)

続・生物学茶話111: クオラムセンシング

細菌は単独で行動する生物とされてきましたが、昔からそうではない場合もあることは知られてきました。たとえばいつもは歯ブラシがあたらないところに、たまたまあたったら赤みがかったフィルム状のシート(歯垢)がとれきたということは多くの人が経験のあることではないでしょうか? それはバイオフィルムと言われるものの一種で、歯周病菌が多糖類を分泌してその中で高密度に増殖している集合体です。バイオフィルムは病院で使われるカテーテルにも発生しますし(1、図111-1)、台所や自然界でも発生します。

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図111-1「カテーテルに生成した黄色ブドウ球菌のバイオフィルム」 走査電子顕微鏡による画像(ウィキペディアより)

バイオフィルムに細菌が住み着くと、自分が分泌した多糖類のシートにくっついて自由に泳げなくなるので(図111-1)、自分でエサを探しに行かなくても自動的に周囲に栄養物質が供給されるような場所でないといけません。このような場所にいったんバイオフィルムが形成されると、他種の細菌なども住み着いて一種の共同体が形成されます。それぞれの細菌が放出する化学物質がかなり濃厚な状態で他の細菌に受け取られる状況が生まれ、相互に物質代謝や行動に影響を与えるような状況が発生します(1、2)。

このような状況を発生させるメカニズムをクオラムセンシングといいます。クオラム(quorum)は議会用語で定足数という意味ですが、一定の領域に定足数以上の数の細菌が集合すると発生する現象という意味です。クオラムセンシングはバイオフィルムができなくても、細菌の密度が高まれば発動します(3、4)。このような現象は古細菌でも(5)、真核生物でも確認されていますし(6)、クオラムセンシングとはやや意味合いが異なりますが、誰でも知っているフェロモンは、クオラムセンシングを誘導する物質であるクオルモンの発展型とも言えます。

クオルモン(オートインデューサーとも言います)は走化性とは異なる細菌のケミカルセンシングの例であり、もうひとつの嗅覚の源泉とも言えるでしょう。クオラムセンシングが最初に注目されたのはある種の海洋性細菌(Vibrio fischeriなど)がコロニーを形成したときに発光するという現象です。刺身用のイカを買ってきて塩水に浸し一昼夜放置すると、表面にくっついていた細菌が増殖してコロニーを形成し発光します(7、図111-2)。このような細菌は深海の魚類などにとってはエサを誘引する上で重宝な存在であり、細菌が住みやすい場所を提供するべく一部の深海魚類が進化した可能性があります。

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図111-2 いか・うに・いくら丼の発光(光っているのはいか、ウィキペディアより)

発光細菌が合成するクオルモンは種によって異なりますが、アシルホモセリンラクトン系の物質がよく使われるようです。たとえば Vibrio fischeri では N-(3-oxohexanoyl-L-homoserine lactone または autoinducer(AI)-1(8、図111-3)が使われます。このクオルモンは細胞膜を拡散によって通過し、受容体を介することなく、他の細胞の細胞質に侵入してルシフェラーゼの合成を促進します。しかし近縁の Vibrio harveyi では4,5-dihydroxy-2,3-pentanedione(DPD)にホウ素分子が取り込まれたフラン系分子である autoinducer(AI)-2 がクオルモンとして使われており(9)、この場合放出された分子は細胞膜のLuxP/LuxQという受容体で認識され、細胞質内情報伝達系を介してルシフェラーゼの合成を促進することになります(10)。このようなクオルモンは異種の細菌によっても放出されることがあり(10)、細菌がヘテロな集合体を形成し、そこで異種による共同作業が行われると考えてもよいと思われます。クオルモンはこの2種(図111-3)に限らず多くの種類があり、様々な細菌が放出し、受容し、遺伝子発現を転換することが知られています。

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図111-3 クオルモンの分子構造の例

菌が高密度になりクオルモンが認識されると、情報伝達系によって LuxO という因子が脱リン酸化され、この結果転写因子 LuxR の発現量が増えてルシフェラーゼが誘導されます(10)。

クオラムセンシングは発光細菌のような特殊な細菌だけが持っているシステムではなく、細菌集団が別の細菌を寄せ付けないための毒素の合成であるとか、細胞増殖のポジティブフィードバックやバイオフィルム形成とか、胞子形成とかさまざまな場面で多くの種が普通に使っているシステムであることがわかってきています(4、5、10)。私が驚いたのは、フレデリック・グリフィスが発見した肺炎菌の形質転換(11)、すなわち菌から菌へのDNAの受け渡しという現象にクオラムセンシングのシステムが関与しているという報告です(10、12)。このクオルモンは細胞膜のヒスチジンキナーゼComDと細胞内レスポンスレギュレーターComEによって感知および情報伝達が行なわれ、最終的にDNAの取り込みに働く遺伝子群の発現を誘導します。

乳酸菌が体に良いというのも、クオルモンが悪玉大腸菌の遺伝子発現に干渉するためという報告もあります(13)。大毛淑恵・為我井秀行は面白い表現をしています(14)・・・「同種の細菌であっても受容できるホモセリンラクトンが異なる点だ。さまざまな長さのアシル鎖を持つホモセリンラクトンを使い分けることで、同種間で“内緒話”が行われているかのようである。また、その内緒話を妨げる物質を出す細菌もいるため,細菌の世界にも何らかのコミュニティーが存在するようだ。」。そしてさらに植物の中にはこのホモセリンラクトンをGタンパク質系受容体で感知して、土の環境を制御している種があるようです(14)。結局のところ私たちが持っている情報伝達系、つまり情報伝達因子を細胞膜の受容体で感知し、受容体に結合している細胞質のタンパク質のリン酸化や脱リン酸化を介して転写因子を制御し、目的の遺伝子発現の制御を行うというシステムとさして変わらないシステムはすでに細菌が発明していて、古細菌や真核生物はそれを受け継いだということは明らかです。

参照

1)ウィキペディア: バイオフィルム
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%A0

2)ウィキペディア: クオラムセンシング
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0

3)Fuqua WC, Winans SC, Greenberg EP., Quorumsensing in bacteria: the LuxR-LuxI family of cell densityresponsive
transcriptional regulators. J Bacteriol vol.176, pp.269-275 (1994)

4)Kai Papenfort, and Bonnie Bassler., Quorum-Sensing Signal-Response Systems in Gram-Negative Bacteria., Nat Rev Microbiol., vol.14(9), pp.576-588 (2016)
doi:10.1038/nrmicro.2016.89.

5)Amandeep Kaur1, Neena Capalash and Prince Sharma., Quorum sensing in thermophiles:prevalence of autoinducer-2 system., BMC Microbiology vol.18, pp.62-79 (2018)
https://doi.org/10.1186/s12866-018-1204-x

6)Sajad Ahmad Paddera, Rajendra Prasadb, Abdul Haseeb Shaha., Quorum sensing: A less known mode of communication among fungi., Microbiological Research vol.210, pp.51-58 (2018)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0944501318300363?via%3Dihub

7)ウィキペディア: 発光バクテリア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BA%E5%85%89%E3%83%90%E3%82%AF%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2

8)Eberhard A. et al., Structural identification of autoinducer of Photobacterium fischeri luciferase., Biochemistry vol.20, pp.2444-2449 (1981) doi: 10.1021/bi00512a013.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7236614/

9)Chen X et al., Structural identificationof a bacterial quorum-sensing signal containing boron. Nature vol.415, pp.545–549. (2002)

10)中山二郎 細菌の世界における細胞間ケミカルコミュニケーションとその分子メカニズム 腸内細菌学雑誌 vol.25, pp.221-234 (2011)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim/25/4/25_4_221/_pdf/-char/ja

11)生物学茶話@渋めのダージリンはいかが41: 遺伝情報を担う物質は何か?
http://morph.way-nifty.com/lecture/2016/10/post-0804.html

12)Cheng Q, Campbell EA, Naughton AM, Johnson S, Masure HR. The com locus controls genetic transformation
in Streptococcus pneumoniae. Mol Microbiol vol.23, pp.683–692. (1997)

13)Jelcic I, Hufner E, Schmidt H, Hertel C., Repressionof the locus of the enterocyte effacement-encoded regulator of gene transcription of Escherichia coli O157:H7 by Lactobacillus reuteri culture supernatants is LuxS and strain dependent. Appl Environ Microbiol vol.74, pp.3310–3314. (2008)

14)大毛淑恵、為我井秀行., 日常にシンデレラ 生物工学 vol.90, p.136 (2020)
https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9003/9003_biomedia_5.pdf

 

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