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2020年9月29日 (火)

続・生物学茶話 112: 光を感じるタンパク質

私たちの目の網膜にあるロドプシンは19世紀からその存在が知られていましたが、細菌にもロドプシンが存在することが分かったのは20世紀も後半になってからです(1)。ただ色素を持つ微生物が存在することはずっと昔から知られてきました。この項目を執筆するためにいくつかの文献に当たりましたが、複数の文献に聖書の「出エジプト記」からの引用がありました。エジプトに移住して迫害されていたユダヤ人の指導者モーゼは、ファラオやエジプト人に罰を与えるため蛇の杖でナイル川の水面をたたくと、水面はたちまち赤く変わり水は飲めなくなったというお話です。

また遙か昔から塩田で塩を製造していた人々はいるわけで、彼らは飽和に近い塩溶液が赤くなることは知っていました。たとえば1596年に出版された李時珍の「本草綱目」にも記載があるそうです(2)。塩漬けした魚に赤い斑点(ピンクアイ)が現れることも漁業関係者にはよくしられていました。このピンクアイの原因が微生物であることは1922年にハリソンとケネディーによって解明されましたが、彼らはこの微生物が古細菌だとは認識していませんでした。20世紀の中頃にこれが古細菌に属する高度好塩菌であることがわかり、Elazari-Volcaniによって Halobacterium salinarum という学名が与えられました(3)。図112-1はサンフランシスコ湾近傍の赤く着色した塩湖です(写真は参照文献4より)。

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図112-1 高度好塩古細菌によって赤く着色したサンフランシスコ湾の塩湖

ワルサー・ステケニウス(Walther Stoeckenius)は哺乳類の細胞を使って、電子顕微鏡などの手法で細胞膜の構造を調べていたのですが、なかなか仕事が進まないのに業を煮やして、研究材料をこの赤い細胞膜を持った高度好塩菌 Halobacterium halobium に変更し、化学者のディーター・エスターヘルト(Dieter Oesterhelt)と共に仕事を進めることにしました(図112-2)。この決断はめざましい成果をもたらしました。

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図112-2 ステケニウスとエスターヘルト

哺乳類の細胞から純度の高い細胞膜画分を得ることは当時なかなか困難な作業でしたが、高度好塩菌は塩濃度を下げると簡単に崩壊し、なにしろ細胞膜に色が付いているというわけですから、ショ糖密度勾配法などで分画することによって紫色の膜分画が容易に精製されます(図112-3)。この膜分画に含まれるタンパク質は、その大部分が私たちの目の網膜にあるロドプシンと類似した1種類のタンパク質でした(5)。

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図112-3 高度好塩菌の細胞膜画分の精製 

(s://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S0076687915003493-f07-01-9780128030486.jpg)

このタンパク質は真核生物のロドプシンと同様、オプシン様タンパク質と補因子(発色団)であるレチナールからなっていますが、それはロドプシンに含まれる11-シス-レチナールではなく、オールトランスレチナールでした(図112-4)。エスターヘルトとステケニウスはこのタンパク質をバクテリオロドプシンと名付けました(6)。ロドプシンとバクテリオロドプシンは進化的に無関係とされていますが、バクテリオロドプシンは古細菌以外に系統的に遠く離れた細菌や真核生物にもみられており、水平伝播した可能性もあるのでそう簡単には結論できないともいわれています(7)。特に数千種類におよぶ海洋性真正細菌がプロテオロドプシンとよばれる類似タンパク質を持っていることから(8)、おそらく真正細菌から分岐してから間もない当時の多くの古細菌もロドプシン系のタンパク質を持っており、分子の大部分を構成する7本のα-ヘリックスが膜を貫通するという共通の構造が存在していたはずで、両者が進化的に無関係であるとは信じがたいことです。

おそらく真核生物の祖先の古細菌や高度好塩菌は海洋性真正細菌のなかから特殊に分化したグループなのでしょう(9)。真核生物と近い古細菌を調べれば、より私たちのロドプシンに近いものが見つかるのではないでしょうか? なにしろバクテリオロドプシンは分子量が26,000くらいしかなくて、その中で7本も膜を貫通するα-ヘリックスがあるわけですから、その他の部分はごくわずかしかありません。α-ヘリックスを構成するアミノ酸はどのアミノ酸でも良いわけではなく偏りがありますが、逆にα-ヘリックスさえできればどんなアミノ酸の並びでも良い部位が多いとも考えられます。

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図112-4 光照射によるレチナールの分子構造の変化

細菌や古細菌には神経も脳もありません。従って視覚によって周辺にある物の形を認識しているわけではありません。ではバクテリオロドプシンはどのような役割を果たしているのでしょうか? エスターヘルトとステケニウスは早くも1973年の論文で、光照射によってこのタンパク質が構造変化を起こし、プロトンを細胞内から細胞外へ排出するプロトンポンプの役割を果たしていることを示唆するデータを発表しています(6、図112-5)。この構造変化のきっかけとなるのは、光照射によってタンパク質内のオールトランスレチナールが13-シス-レチナールに変化することです(8、図112-4)。ちなみに視物質のロドプシンでは光照射によって11-シス-レチナールがオールトランスレチナールに変化します(図112-4)。細胞内のプロトン濃度が低下すると、細胞内外のプロトン濃度差を利用して、細胞膜のATP合成酵素がATPを合成することができます(図112-5)。すなわちバクテリオロドプシンを持つ細菌・古細菌は光照射によって化学エネルギーを生成することができるわけです。ただシアノバクテリアなどの場合のように二酸化炭素の固定とはカップリングしていないので、光合成細菌とは呼ばれません。光栄養細菌というジャンルにはいるようです。

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図112-5 バクテリオロドプシンはプロトンポンプとして機能する

その後の研究で細菌や古細菌のロドプシン系タンパク質には非常に多くの種類があり、プロトンポンプ以外にもナトリウムポンプや塩素ポンプをはじめその機能は驚くほど多岐にわたっていることが明らかになりました(10)。このことからお気づきのように、ある種の細菌のロドプシンを真核生物の細胞膜に発現させると、光照射によって電気信号を発生させ、神経を制御できるかもしれません。この方面を含めて細菌のロドプシンは現在も活発に研究されています(10、11)。しかしこの種の研究は使いようによっては極めて危険であると考えられます。光によって外部から人の行動をコントロールできるわけですから、科学を使った催眠術・マインドコントロールのようなもので、研究は慎重に進められなければなりません。

高度好塩菌の膜タンパク質の研究などというのは、奇妙な趣味を持った科学者達の遊戯だと思われるかもしれませんが、実はこの研究が細胞膜機能研究の革命的進展に直接つながることになりました。このようなことは科学の世界ではよくあることです。ヘンダーソンとアンウィン(図112-6)はバクテリオロドプシンが細胞膜の中にどのような形で組み込まれているかを解明しました(12)。7本のα-ヘリックスがそれぞれのつなぎ目で折れ曲がり、7回細胞膜を貫通する形のこのタンパク質がトライマーの形で存在していることがわかったのですが(図112-7)、このことがこの種の膜貫通タンパク質が外界の刺激をうけてコンフォーメーションを変え、細胞内にシグナルを送るというユニバーサルなメカニズムを解明する端緒となり、その後の生物学の発展に及ぼした功績は計り知れません。リチャード・ヘンダーソンは今年(2020年)亡くなりましたが、2017年にノーベル化学賞を受賞しています。ナイジェル・アンウィンはスクリプス研究所の名誉教授で存命です。

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図112-6 ヘンダーソンとアンウィン


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図112-7 バクテリオロドプシンの立体構造と細胞膜における配置

 

参照

1)ウィキペディア: 細菌ロドプシン
https://en.wikipedia.org/wiki/Microbial_rhodopsin

2)ウィキペディア: 高度好塩菌
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%BA%A6%E5%A5%BD%E5%A1%A9%E8%8F%8C

3)NCBI Taxonomy Browser txid2242, Halobacterium salinarum
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/Taxonomy/Browser/wwwtax.cgi?mode=info&id=2242

4)Wikipedia: Microbial rhodopsin
https://en.wikipedia.org/wiki/Microbial_rhodopsin#/media/File:Salt_ponds_SF_Bay_(dro!d).jpg

5)Oesterhelt D. and Stoeckenius W., Rhodopsin-like protein from the purple membrane of Halobacterium halobium., Nature New Biology, vol.233, pp:149-152 (1971)

6)Oesterhelt D. and Stoeckenius W., Functions of a new photoreceptor membrane., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.70, No.10, pp.2853-2857 (1973)

7)Grote M., and O'Malley M. A., Enlightening the life sciences: the history of halobacterial and microbial rhodopsin research., FEMS Microbiol Rev vol.35, 1082-1099 (2011)

8)神取秀樹 ロドプシンの分子科学 Molecular Science of Rhodopsins
MOLECULAR SCIENCE 5, A0043 (2011)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/molsci/5/1/5_1_A0043/_pdf

9)好塩古細菌型ハロロドプシンを持つ海洋細菌の発見
東京大学大気海洋研究所 News
https://genedynamics.aori.u-tokyo.ac.jp/%E5%A5%BD%E5%A1%A9%E5%8F%A4%E7%B4%B0%E8%8F%8C%E5%9E%8B%E3%83%8F%E3%83%AD%E3%83%AD%E3%83%89%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%92%E6%8C%81%E3%81%A4%E6%B5%B7%E6%B4%8B/

10)東京大学物性研究所 井上研究室HP
https://inoue.issp.u-tokyo.ac.jp/research.html

11)脳科学辞典: 光遺伝学
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%85%89%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%A6#.E3.83.8F.E3.83.AD.E3.83.AD.E3.83.89.E3.83.97.E3.82.B7.

12)R. Henderson & P. N. T. Unwin, Three-dimensional model of purple membrane obtained by electron microscopy.,
Nature vol.257, pp.28–32 (1975)
https://www.nature.com/articles/257028a0

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