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2020年8月30日 (日)

続・生物学茶話 109: キノコ体

セクション108ではアザミウマタマゴバチという極小の寄生蜂について述べてきました。アザミウマタマゴバチはわずか4600個のニューロンで、ちゃんと成長して、変態して、ホストを離れて交尾し、新しいホストを探して卵を産み付けるという彼らなりの人生を全うできるわけですから、体が小さいとはいえ数万個以上の余裕のニューロンをもつ通常の昆虫類が様々な知的活動を行っているとしても不思議ではありません。

昆虫が自分の巣のまわりの景色を記憶して帰巣することを証明したのは1950年代はじめのニコラース・ティンバーゲンでした。ポール・ケニヨンが解説してくれています(1)。ティンバーゲンが実験動物として使ったジガバチ(ツチスガリ)のメスは、人間的感覚で言えばえげつない生物です。まず地面に穴を掘っておき、巣穴が完成すると狩りに出かけます。そしてエサとなる蝶や蛾の幼虫を毒針で刺して麻痺させた状態で巣穴に持ち帰ります。獲物を巣穴に引きずり込み、その上に卵を産み付けます(2)。産み付けられた卵は孵化したあと親が残してくれた生きた獲物(ホスト)を食べて成長し、最後はホストを殺して「さなぎ」になり、やがて成虫になって飛び立ちます。

ジガバチの母親は、捕らえてきた獲物を持ち帰って卵を産み付けるために、自分が用意した穴の位置を記憶しておかないといけません。ティンバーゲンはジガバチが巣穴で休んでいるときに、穴の周りに松かさを置きました(図109-1)。ジガバチは巣から出るときに数秒間巣の周りをぐるぐると飛び回り、「景色を記憶してから」飛び去りました。そのあとティンバーゲンは松かさを取り去り、それを同じ配列で少し離れた他の場所に置きました。やがてジガバチが獲物を捕らえて戻って来ると、本当の巣の入り口ではなく移動した松かさのサークル中心に着地しました。ジガバチは巣の入り口のまわりに松かさがあったことを覚えていたのです。

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図109-1 ティンバーゲンの実験 ジガバチの学習と記憶1

ティンバーゲンはさらに、松のオイルを塗りつけたボードを配置しました。ひょっとするとジガバチは松かさのサークルを形で覚えていたのではなく、松の匂いにひかれたのかもしれません。この場合もジガバチは巣穴の近くに配置した松の匂いのするボードには戻ってこなくて、松かさのサークルの方に戻ってきました(図109-2)。このことからジガバチはやはり視覚で認識した松かさの配置を記憶していたのだと考えられました。

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図109-2 ティンバーゲンの実験 ジガバチの学習と記憶2

ウィキペディアに昆虫の形態図が出ています(3、図109-3)。彼らには哺乳類とは大きく異なる点があります。ひとつは肺がなくて、空気を気管という管で各組織に直接供給しています。したがって主として拡散によって酸素を供給することになるため、大型の生物では非効率になって生存できません。しかも彼らは開放血管系なので強力な心臓の鼓動によって全身に酸素を供給することもできません。

この結果体が小さいので当然脳のサイズも制限されて、小型の脳=少数のニューロンで効率的に個体を制御するべく進化してきました。彼らの中枢神経の構造はプラナリアと同様、腹側に神経索(ヒトの場合は背側にあり脊髄と呼ばれる)が尾部まで伸びていて、頭部では消化管とクロスする形で背側に存在する脳を形成しています(図109-3)。私たち脊椎動物の中枢神経系は消化管とクロスすることなく、背側に脊髄が伸びています。

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図109-3 昆虫の形態と主要な臓器

ここでもう一度動物分類表(4)を眺めてみると、生物の中には数億年もの間、脳を持たずに神経環・神経節程度の神経系で生活してきたグループが多いことがわかります。脳らしきニューロンの集合体を持つ生物はこのような生物群のなかからポツンポツンと生まれています。例えば冠輪動物上門では扁形動物と軟体動物の一部の生物、脱皮動物の中で節足動物などに属する一部の生物が発達した脳を獲得しています(図109-4)。これらはすべて前口動物ですが、もちろん後口動物の脊椎動物も高度な脳を持っています。しかし後口動物すべてが発達した脳を持っているかというとそうではなくて、頭索動物のナメクジウオはわずかな数のニューロンしか持っていませんし(図109-4)、尾索動物は成体になる過程で中枢神経系が衰退してしまって脳を持ちません。尾索動物は進化の過程で中枢神経系が不要な生活様式を選択したため、中枢神経系が退化したといわれています(5)。

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図109-4 さまざまな生物のニューロン数

すなわち各動物門にヒエラルキーがあって脳が徐々に発達してきたわけではなく、各動物門の中の一部のグループがそれぞれ独自に脳を獲得してきたわけです。脊椎動物以外では、軟体動物のタコ・イカ類と節足動物の昆虫類が特に優れた脳を獲得しました。

図109-5はクロオオアリの脳の構造(horizontal section 水平断面図)ですが、西川道子氏の図を模式化させていただきました(6)。昆虫の脳はヒトの脳と比べると随分形態が異なります。なかでも前部にキノコ体(マッシュルーム・ボディー)という奇妙な葉が左右に突出しています。昆虫の脳にキノコ体という構造が存在することは、19世紀の中頃にフランスの生物学者フェリックス・デュジャルダンが記載しています(7、図109-6)。ここでは何が行なわれているのでしょうか?

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図109-5 クロオオアリの脳(水平断面図)

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図109-6 フェリックス・デュジャルダン

ミツバチは脚や触覚が砂糖水に触れると、口吻を延ばして飲もうとします。そこで砂糖水を脚や触覚に触れさせる直前に特定の匂いをかがせることを繰り返すと、その匂いをかいだだけで口吻を延ばすという条件反射を行なうようになります。ところが冷却した針をキノコ体に刺してその活動を抑制すると条件反射は成立しません。このような実験を行なったメンゼルらは、キノコ体が匂いの記憶にかかわっていることを示唆しました(8、9、図109-6)。またショウジョウバエでもド・ベル、ハイゼンベルクらの研究によって、キノコ体を破壊すると記憶の能力を失うことがわかりました(10、図109-6)。

水波とシュトラウスフェルトは壁に模様をつけた小部屋にゴキブリを閉じ込め、床に熱い部分とそうでない部分をつくりました。ゴキブリは試行錯誤をくりかえして熱くない部分に集まります。何度も繰り返しているうちに、ゴキブリたちは短時間で熱くない部分にたどり着けるように学習します。ところが壁の模様を取り去ると、ゴキブリたちは目指す場所になかなかたどり着けなくなります。つまりゴキブリは壁の模様を記憶して場所を覚えていたわけです。ところがキノコ体を脳から切り離すと、いくらくりかえしても壁の模様を記憶できなくなることがわかりました。このことからキノコ体が嗅覚のみならず視覚情報の記憶にもかかわっていることがわかりました(11)。閑話休題。びっくりしたことに現在(2020年8月)の時点で日本語のウィキペディアサイトにはキノコ体の解説がわずか3行しかなく、脳科学辞典に至っては項目そのものがありませんでした。日本の科学の層の薄さが実感されます。キノコ体研究の歴史について詳しく知りたい方は文献(12)が参考になると思います。

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図109-7 キノコ体の研究者達


参照

1)Paul Kenyon., Interactive learning activity: Home location by digger wasps.
http://www.flyfishingdevon.co.uk/salmon/year1/psy128ethology_experiments/wasp_learning_activity.htm

2)ウィキペディア: ジガバチ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%AC%E3%83%90%E3%83%81

3)ウィキペディア: 昆虫の構造
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%86%E8%99%AB%E3%81%AE%E6%A7%8B%E9%80%A0

4)続・生物学茶話103: 動物分類表
http://morph.way-nifty.com/grey/2020/07/post-5fe9c0.html

5)有賀純 脳を捨てた動物たち 理研BSIニュース No.27 (2005)
http://www.brain.riken.jp/bsi-news/bsinews27/no27/network.html

6)西川道子 クロオオアリの脳 Invertebrate Brain Platform
https://invbrain.neuroinf.jp/modules/htmldocs/IVBPF/Ant/Ant_brain.html?ml_lang=ja

7)Dujardin, F., Mémoire sur le système nerveux des insectes. Ann. Sci. Nat. Zool. vol.14: pp.195-206., (1850)

8)Menzel R., Erber J., Masuhr T., Learning and memory in the honeybee. in Experimental analysis of insect behaviour, ed Barton-Browne L. (Springer, Berlin, Germany), pp 195?217. (1974)

9)Martin Hammer and Randolf Menzel., Multiple Sites of Associative Odor Learning as Revealed by Local Brain Microinjections of Octopamine in Honeybees. Learning Memory vol. 5, pp. 146-156 (1998)
http://learnmem.cshlp.org/content/5/1/146.full

10)Belle J.S., Heisenberg M., Associative odor learning in Drosophila abolished by chemical ablation of mushroom bodies. Science vol. 263: pp. 692?695. (1994)
http://science.sciencemag.org/content/263/5147/692?ijkey=3261ad7369a4512a5caec4d6b87f24c323039c90&keytype2=tf_ipsecsha

11)Makoto Mizunami, Josette M. Weibrecht, Nicholas Strausfeld., Mushroom Bodies of the Cockroach: Their Participation in Place Memory., The Journal of Comparative Neurology vol. 402(4): pp. 520-537 (1998)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/%28SICI%291096-9861%2819981228%29402%3A4%3C520%3A%3AAID-CNE6%3E3.0.CO%3B2-K
https://www.researchgate.net/publication/13426406_Mushroom_Bodies_of_the_Cockroach_Their_Participation_in_Place_Memory

12)Nicholas J. Strausfeld1, Lars Hansen, Yongsheng Li, Robert S. Gomez, and Kei Ito., Evolution, Discovery, and Interpretations of Arthropod Mushroom Bodies., Learn. Mem., vol.5: pp.11-37., (1998) Cold Spring Harbor Laboratory Press
http://learnmem.cshlp.org/content/5/1/11.long

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2020年8月29日 (土)

総理は潰瘍性大腸炎で辞任というが

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6月の定期健診で再発の兆候が見られると指摘を受ける。
7月体調に異変
8月再発確定

消化の良い物や流動食かと思いきや(しかもコロナ禍のなかで)

6月19日 「ザ タヴァン グリル&ラウンジ」で会食(虎ノ門のホテル「アンダーズ東京」のレストラン)
6月20日 「ORIGAMI」で会食(永田町の「ザ・キャピトルホテル東急」のレストラン)
6月22日 「和田倉」で会食(丸の内の「パレスホテル東京」の料亭)
6月24日 「たい家」で会食(赤坂の料亭)

7月21日 「シェ松尾 松濤レストラン」で会食(松濤の高級フランス料理店)
7月22日 「銀座ひらやま」で会食(銀座のステーキ料理店)
7月30日 「和田倉」で会食(丸の内の「パレスホテル東京」の料亭でステーキを食べる)

この間 国会出席も記者会見もなし

https://lite-ra.com/2020/08/post-5606.html

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2020年8月28日 (金)

枝野は神津の言いなりになってはいけません

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NHKによると「立憲民主党と国民民主党の合流をめぐって、連合の神津会長は立憲民主党の枝野代表と会談し、新党の綱領案に「原発ゼロ」の実現が明記されていることに労働組合が反発していることを踏まえ、今後の政策論議などでは「原発ゼロ」という表現を使わないよう求めました。」だそうです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200827/k10012587121000.html

連合も組合員の全員投票をしてみればおそらく脱原発派が多いと思いますが、それでもトップが反脱原発なのは電力会社に忖度しているからです。電力会社だって減価償却したいだけで、巨大地震が迫る日本で海岸線の原発を維持するリスク、自民党の「いつかは核兵器保持」の野望をサポートするリスク、は本当のところもう負いたくないはずです。ですから枝野は、神津の意見をいれて原発ゼロの実現をめざすという文言を削除するなど綱領の根幹を変更したりしてはいけません。連合はもはや日本の労働者を代表する組織ではないので、特に忖度する必要もないのです。連合の言いなりで綱領を変更したりしたら、むしろ支持を失ってしまうでしょう。

日本は転換期にあります。これからは農業・観光・ハイテク・科学・芸術中心の国家に生まれ変わらなければなりません。中国と日米の軍拡競争という図式は絶対に避けなければいけません。軍拡競争で得をするのは軍需産業関係者だけです。私が右翼嫌いなのはこれをやろうとするからです。軍拡競争は青天井です。私が米国市民なら、中国が東京を核攻撃したとしても、米国が中国と核戦争をはじめることには反対しますよ。それは自分と世界の死を意味しますからね。

日米安保条約は今のような片務的な形から双務的な形にするとすれば、年がら年中海外に派兵している米国と自衛隊が付き合わなければならないことになるので、廃棄するしかありません。これはこれまでの右翼政権にはできませんでしたが、枝野政権では必ずやらなければなりません。日本はお金を支払って米軍に駐留してもらっているわけですが、港を中国に貸せば向こうがお金を支払ってくれますよ。イタリアはほぼそうしています。

日本はサンフランシスコ講和条約をきちんと守るというスタンスで安全保障政策を進めるべきです。尖閣は条約には書いてありません。個人的には国連が管理する漁業禁止区域にするのがベストだと思います。北方領土は条約ではあいまいですが、ヤルタ会談でロシアの領土と決まったのであれば、日本はそれをおとなしく受け入れた方が良いと思います。ですから本当に解決しなければいけない国境問題は竹島だけです。これは条約に日本領土ときちんと書いてあるので、現況のままではいけません。もし国際社会が竹島は韓国領だと結論すれば、サンフランシスコ講和条約は破棄されたということになり、今までとは全く別の世界になります。

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2020年8月26日 (水)

続・生物学茶話108: 脳のサイズ

ウィキペディアに哺乳類の体重と脳重量のグラフが出ていました(1、図108-1)。脳が巨大だと知能が高いという単純な比例はありませんが(だとゾウやクジラはヒトより知能が高いはず)、グラフの斜めの実線より上ということは体重当たりの脳重量が比較的高いということを意味し、霊長類やイルカが線より上ということは脳/体重比はある程度の指標にはなるのかもしれません。脳化指数=Kx(脳の重さ/体重の2分の3乗)などという指標を考えた人もいますが(2)、それが知能を比較する上できちんとした科学的根拠になるかというとそんなことはありません。通常ネコの脳化指数を1としてKを決めます。ネコを 1 とすると、ヒトは 7.4-7.8 となるそうです。

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図108-1 哺乳類の体重と脳重量

図108-1を哺乳類以外まで拡張したのが図108-2です。種も指定していないので精密な図ではありませんが、魚類を標準とすると(点線で囲まれたブルーの領域)、知能の高そうなヒト・カラス・イカや、無脊椎動物でもアリ・ショウジョウバエ・ミツバチなどは上にきています。ただし脳の機能が非常に高いと思われるタコが上にきていないので疑問は残ります。体重と脳重量についてより詳しくデータを出しているサイトがあります(3)。

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図108-2 様々な動物の体重と脳重量

話は変わりますが、蜂といいますとミツバチやスズメバチのように、社会生活を送る、巣をつくって子供を育てる、人が近づくと刺すというようなイメージだと思いますが、それらは少数派で、多くの蜂は植物や動物に卵を産み付けて、そのまま放置するのです。蜂は世界中に10万種類くらい存在するようで、まだ知られていない種も多いと思われます。昆虫の中では圧倒的な勝ち組のひとつです。寄生する蜂の巨大な学術サイトもあります(4)。

そんな寄生蜂のなかにアザミウマタマゴバチ(Megaphragma mymaripenne)というのがいます。アザミウマという昆虫を見たことがないという人もいるかもしれませんが、それはおそらくサイズが小さくて(体長1mm弱~2mm弱くらい)見逃していたせいで、実はどこにでもいる昆虫です。植物を食い荒らすので、農家の方はよくご存じだと思います。マーチンさんという方が撮影した一種がウィキペディアに出ていたので貼っておきます(図108-3)。

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図108-3 アザミウマの一種 Parthenothrips dracaenae

アザミウマタマゴバチはそんな小さな昆虫であるアザミウマの卵(サイズは成体の数分の1)に卵を産み付ける寄生蜂です(5)。自分で子供を育てるミツバチやスズメバチに比べると凶悪な生活史の生物ですが、ヒトにとってはアザミウマは害虫なので、アザミウマタマゴバチは益虫ということになります。この小さな蜂は体長がわずか0.2mmくらいで、少し前まで世界最小の昆虫と言われていました。体が小さいぶん脳も極小です。このハチの脳にはニューロンがわずかに4600個程度しかありません。ちなみにミツバチの脳には85万個のニューロンがあるのだそうです(6)。多くの寄生蜂も普通このハチより一桁多いニューロンを保有しています。それでも形態は普通のハチと変わらず(羽の形は特殊ですが、図108-4、図108-5)、ちゃんと宿主をさがして卵を産み付け、成虫になったら交尾して子孫をつくることができます。あまりにも体重が軽くて羽ばたくまでもなく風で飛ばされてしまうので、羽は風を受けることと方向舵のような役割しか持たないようです。

驚くべきはアザミウマタマゴバチのニューロンのうち95%が細胞核を失っているということです(7、8)。私達の体にも核の無い細胞は結構あって、表皮・毛髪・赤血球などは核を持っていません(9、10)。表皮や毛髪の核は分解によって(9)、赤血球の核は脱核すなわちある種の細胞質分裂によって核を失います(10)。しかし私たちのニューロンは中枢・末梢にかかわらず、すべて核を持っています。アザミウマタマゴバチはさなぎの時代にはニューロンが核をもっており、羽化するときに核が分解します。彼らは体が小さいために必要最小限のニューロンすら収容できず、窮余の一策としてこのような方法を進化の中で獲得したのでしょう。

核が分解することによって細胞の容積は小さくなり、小さな脳に多数のニューロン(といってもたかだか4600個ですが)を詰め込むことが可能になります。このことは重要な事実を示唆します。つまり空を飛び、えさや水を採取し、交尾し、宿主を探し、卵を産み付けるという活動にはニューロンのDNAは必要ないかもしれないということです。それでも5%の細胞はDNAをもっているので断言はできませんが、おそらく分解しきれなかったというだけで実は機能していない可能性が高いと思います。むしろそこまで特殊な処理を行っても、寄生蜂としての活動を行なうためには、最低でも4600個のニューロンの確保が必要だったと思われます。

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図108-4 極小サイズの節足動物

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図108-5 側面からみたアザミウマタマゴバチ

クモの1種 Anapisona simoni (図108-4)は体長0.6mm、体重5μg以下ほどの小さな生物で、頭に脳が入り切りません。そこで脚や胸まで脳がはみ出しているという報告があります(11-13)。Quesada らによると足の断面の26%が中枢神経系だそうです(14)。このクモは体重の5%を脳の重量が占めており、脳/体重の比率はヒトの2倍です。一般に昆虫の脳は非常に効率の良い構造になっていることが知られていますが、アザミウマタマゴバチやこのクモの脳は、これ以上小さいと種を保存するために必要な数のニューロンを収容しきれないという限界を示していると思われます。

参照

1)Wikipedia: Brain-to-body mass ratio
https://en.wikipedia.org/wiki/Brain-to-body_mass_ratio

2)ウィキペディア: 脳化指数
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E5%8C%96%E6%8C%87%E6%95%B0

3)鳥便り: 脳
http://akaitori3.web.fc2.com/nou.html

4)Information station of parasitoid wasps.
https://himebati.jimdofree.com/

5)http://www.jppa.or.jp/kyokai/dr_takagi/037/mega.htm

6)Dangerous Insects:
http://dangerous-insects.blog.jp/archives/7285835.html/%E3%82%A2%E3%82%B6%E3%83%9F%E3%82%A6%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%83%9E%E3%82%B4%E3%83%90%E3%83%81

7)Wikipedia: Megaphragma mymaripenne
https://en.wikipedia.org/wiki/Megaphragma_mymaripenne

8)Alexey A. Polilov, The smallest insects evolve anucleate neurons., Arthropod Structure & Development., vol. 41, pp. 29-34 (2012)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1467803911000946?via%3Dihub

9)Kiyokazu Morioka et al., Extinction of organelles in differentiating epidermis. Acta Histochem Cytochem., vol.32, pp. 465-476, (1999)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ahc1968/32/6/32_6_465/_article/-char/en

10)Hiromi Takano-Ohmuro, Masahiro Mukaida, Kiyokazu Morioka., Distribution of actin, myosin, and spectrin during enucleation in erythroid cells of hamster embryo., Cell Motil & Cytoskel., vol.34, pp. 95-107 (1996)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/%28SICI%291097-0169%281996%2934%3A2%3C95%3A%3AAID-CM2%3E3.0.CO%3B2-H

11)Rosannette Quesada et al., The allometry of CNS size and consequences of miniaturization in orb-weaving and cleptoparasitic spiders., Arthropod Structure & Development., vol. 40, pp. 521-529 (2011)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1467803911000727

12)William G. Eberhard., Miniaturized orb-weaving spiders: behavioural precision is not limited by small size. Proceedings of the Royal Society B., doi:10.1098/rspb.2007.0675 Published online
http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/download;jsessionid=1C3A5F0462B5FD66E9153209AEE260DC?doi=10.1.1.512.3545&rep=rep1&type=pdf

13)Peter Aldhous, Zoologger: My brain's so big it spills into my legs (2011)
https://www.newscientist.com/article/dn21285-zoologger-my-brains-so-big-it-spills-into-my-legs/#

14)Rosannette Quesada et al., The allometry of CNS size and consequences of miniaturization in orb-weaving and cleptoparasitic spiders. Arthropod Structure & Development., Vol. 40, Issue 6, No. 2011, pp. 521-529 (2011)

 

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2020年8月23日 (日)

まきちゃんぐ特別配信 from 渋谷ジージ

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昨日(22日) まきちゃんぐ特別配信 from 渋谷gee-ge から
がありました。共演は澤近立景氏(ギター)

セットリスト
1.あなたはモルヒネ
2.ちぐさ
3.不器用
4.レディコイヌール
5.愛と星
6.さなぎ
7.シャドウ
8.線香花火(新曲)
9.光
10.ジンジャエールで乾杯
11.あの丘へ行こう
12.花の種まき
13.鋼の心

PV愛と星
https://www.youtube.com/watch?v=XI468c7Hlxk

まだ配信やっているようです(9月5日まで)。
https://twitcasting.tv/shibuyageege/shopcart/17510

オフィシャル
https://twitter.com/makichang_info



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2020年8月22日 (土)

続・生物学茶話107: 脳のはじまり 3

セクション105・106で刺胞動物や扁形動物の神経系について述べてきました。なかでもプラナリアは脳らしきものを装備するまで進化していることがわかりました。しかしこれらの生物群と脊索動物の共通祖先が萌芽的な脳をもっていて、それから私たちをはじめとする様々な生物の脳が形成されたとは到底考えられません。脊索動物と最も近縁な棘皮動物は脳を持っていませんし、脊索動物のなかでも原始的な形態を持つと考えられている頭索動物や尾索動物の場合も微妙です(図107-1)。

おそらくさまざまな門の共通祖先が「脱分極ができてシナプスを持つ神経細胞」を発明し、この細胞がセンサー(感覚性細胞)と運動性細胞をつなぐ役割を行なうことになりました。この後各門に生物は分かれ、それぞれの門の中で脳や神経節すなわち神経細胞の集合体を独自に発展させていったものと思われます。センサーと運動細胞が数個の細胞でつながれていてそれらが互いに制御しているというシステムがあったとすれば、それはすでに本質的には脳と変わりはありません。それが脳らしくないのは、細胞の数量的な問題だけでしょう。

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図107-1 脊索動物門の系統樹

ナメクジウオの遺伝子解読コンソーシアムがナメクジウオの全ゲノム配列の解読に成功しており、この生物と脊椎動物の染色体における遺伝子の並び順(シンテニー)がとてもよく似ていることがわかっています(1、2)。ナメクジウオは私たちと同じ脊索動物門に属し、約30種で頭索動物亜門を構成しています。ホヤなどの尾索類では大規模なゲノムの再構成と脱落が進化の過程で発生しているのとは大違いで、シンテニーが保存されているという事実は、ナメクジウオに極めて近い生物から脊椎動物が進化してきたことを示唆しています(1、図107-1)。カンブリア紀にはナメクジウオにとてもよく似たピカイヤという生物がいました(3)。しかしカンブリア紀にはすでにヤツメウナギに似たコノドント生物や派生的な形態をしたミロクンミンギアなどもいたので、これらの生物が分岐したのはカンブリア紀以前と思われます。

ナメクジウオの形態を図107-2として示しておきます。多分カンブリア紀からほとんど同じ形態で生き延びてきたのでしょう。昔は三浦半島の油壺あたりにもいたようですが、いまや絶滅危惧種です。私も水族館でしか見たことがありません。ただ日本動物園水族館協会のサイトで検索すると、いまや福島海洋科学館・鳥羽水族館・須磨水族園 の3館でしかみられないということでちょっと心配になりました。ナメクジというイメージの悪い名前ですが、写真にみられるような全身半透明のシンプルでイノセントな感じの美しい生物です。プランクトンなどを濾過してエサにしているようです。この生物が私たちの直接のご先祖様だというわけです。

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図107-2 ナメクジウオの形態

脳はそれぞれの門のなかで独自に進化したと思われますが、では脊索動物門ではどのように進化してきたのでしょうか? ナメクジウオは図107-3のように神経索の頭部の部分が少しふくらんでおり、このふくらみは脳室または brain like blister と呼ばれています(4)。これはおそらく萌芽的な脳と言えるのでしょう。尾索動物(ホヤ)の場合、遊泳する幼体ではナメクジウオと同様な神経索と脊索が存在しますが、固着生活の成体では神経索と脊索は退化してしまいます(5)。しかし脊椎動物に進化したヤツメウナギやヌタウナギ(円口類)ではこのふくらみがいくつかのセクションに分かれて役割分担を果たすようになり、ようやく脳らしい構造がみられるようになります(6,7,図107-3)。図107-3の菱脳唇は哺乳類の小脳に相当する部分です(上段のマウスの脳と比較)。形態的にはあまり明瞭とは言えません。

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図107ー3 ナメクジウオの形態と脊椎動物の脳

ヤツメウナギとヌタウナギの脳を背側から見たのが図107-4です。図107-3では腹側に湾曲している脳を伸ばした感じの図です。同じ円口類なのに脳の形態は非常に異なります。おそらくそれぞれの生物の生活様式に応じて必要とされる神経細胞や神経回路は異なり、それに伴って脳の形態もフレキシブルなのでしょう。たとえばヌタウナギの終脳は非常に大きいですが、ここではおそらく主として臭覚に関する情報処理が行われており、この生物が臭覚に強く依存した生活をしていることがうかがえます。一方で視聴覚に関係している中脳はヤツメウナギと比較して極めて貧弱です(図107-4)。実際ヌタウナギの眼は非常に貧弱かない種もあるようで、深海での生活には視覚は不要だった結果、進化の結果としてこのような脳の構造になったと理解できます。

菅原によると、ヤツメウナギには非常に小さな小脳らしき膨らみがありますが、ヌタウナギにはみられず小脳はないそうです。ただし転写因子などの発現解析から、ヌタウナギも祖先生物は小脳を持っていたが、退化した結果現存するヌタウナギにはみられなくなったそうです(8)。ヌタウナギは海底に落ちてきた生物の死骸を食べて生きている生物なので、死骸の匂いさえトレースできれば、エサには困らないことから運動に関わる小脳も不要になったと思われます。図107-4には比較のためにドワーフグラミーの脳を示しましたが、魚類の脳も種によって大きくことなるそうで、脳の形態はその生物の生活様式によって大きく変化することは確かなのでしょう(9)。

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図107-4 ヤツメウナギ・ヌタウナギの脳と魚類の脳

学生時代に私はヤツメウナギの解剖を行ったことがありますが、眼はほとんど魚類と同じくらい発達した立派なものです(もちろん八つあるわけではなくふたつしかありません)。しかし骨は非常に貧弱で、その軟骨成分も魚類とはかなり異なっているようです。またヤツメウナギは免疫グロブリンをもたないとされています(10)。一方で結合組織や筋肉は非常に立派であり、水槽を飛び出すくらいのパワーがあります。ウィキペディアの記事を読んでいて興味深かったのは、ヤツメウナギの歯はなかなか立派なものですが、魚類や私たちの歯とはまったく違っていて、むしろ爪や毛に近い表皮が角質化したものであるということです。ですからその成分はエナメル質ではなくケラチンということになります。このソースは私は未読ですが、小澤幸重氏の書籍です(11)。ヌタウナギも立派な歯を持っていますが、おそらく同じなのでしょう。

私は積極的にヤツメウナギを食べに行こうとは思いませんが、解剖の印象ではよい食材になりそうだとは思いました。浅草の田原町に「八ッ目鰻本舗 」というレストランがあるそうです(12)。かばやきにするとモツのような食感だそうです(13)。ヌタウナギは日本では食材にする習慣は一般にありませんが、韓国ではコチジャン炒めなどにして食材に用いるようです(14)。

参照

1)ナメクジウオゲノム解読の成功により脊椎動物の起源が明らかに 京都大学デジタルコンテンツ
http://www.kyoto-u.ac.jp/static/ja/news_data/h/h1/2008/news6/080612_1.htm

2)Putman et al: The amphioxus genome and the evolution of the chordate karyotype. Nature 453, pp.1064-1071 (2008)

3)ウィキペディア: ピカイア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%82%A2

4)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:BranchiostomaLanceolatum_PioM.svg

5)Wikipedia: Tunicata
https://en.wikipedia.org/wiki/Tunicate

6)菅原文昭・倉谷 滋 円口類から解き明かされる脳の領域化の進化的な起源 ライフサイエンス新着論文レビュー
http://first.lifesciencedb.jp/archives/12168

7)F Sugahara et al., Evidence from cyclostomes for complex regionalization of the ancestral vertebrate brain. Nature, 531, 97-100 (2016)

8)菅原文昭 円口類から探る、脊椎動物小脳の発生プランの進化 ブレインサイエンスレビュー2019 pp.145-165 (2019) クバプロ

9)魚類の脳は種によってかなり大きく相違する
https://www.isshikipub.co.jp/2019/07/04/web-book-brain-08fish/

10)ウィキペディア: ヤツメウナギ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%84%E3%83%A1%E3%82%A6%E3%83%8A%E3%82%AE

11)小澤幸重著 エナメル質比較組織ノート わかばシエン社 2006年刊
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A8%E3%83%8A%E3%83%A1%E3%83%AB%E8%B3%AA%E6%AF%94%E8%BC%83%E7%B5%84%E7%B9%94%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88-%E5%B0%8F%E6%B2%A2%E5%B9%B8%E9%87%8D/dp/4898240321

12)https://tabelog.com/tokyo/A1311/A131102/13020326/

13)https://kurashi-no.jp/I0019234

14)http://www.monstersproshop.com/taste-of-eels-without-anguilla-japonica/

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2020年8月21日 (金)

もうひとつの危機

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蔓延するコロナの脅威の影に隠れていますが、三峡ダムの崩壊はもっと破壊的な効果を世界経済に及ぼす恐れがあります。7月豪雨の危機をぎりぎりで乗り越えたと思っていたのですが、なんとまたもやの豪雨で危機が再燃しているようです。

地図の領域は世界経済の中心であり、多くの世界の企業・日本の企業も拠点を持っていて、ここから撤退するということはあり得ないように思いますが、そのあり得ないことが起こってしまうかもしれません。長江流域は世界的な穀倉地帯でもあります。中国では早くも「食べ残し禁止令」が出ているようです。豪雨が終わることを神に祈りたいと思います。と同時に政府は一刻も早く食料備蓄を進めなければいけません。

News

https://johosokuhou.com/2020/08/21/36011/

https://johosokuhou.com/2020/08/21/35939/

YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=H-gCdL11iCI

https://www.youtube.com/watch?v=i00Jpvy2Xew

https://www.youtube.com/watch?v=jcEnpSiHQ34

https://www.youtube.com/watch?v=dDgbVZhrzFE

 

Live

https://www.youtube.com/watch?v=u2kE7m-cbm8

 

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2020年8月18日 (火)

リスボンの悲劇に思う

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by Luis Miguel Bugallo Sánchez


バルサは14日にリスボンでFCバイエルンに2:8の壊滅的敗退を喫し、それを受けて17日監督のキケを解任しました。

バルサの老朽化は1昨年くらいからささやかれていて、それはメッシやスアレスが結果的に得点をあげていたことから隠されていましたが、彼らの運動が低下していることがチームに負担をかけるようになっていることは明らかでした。さらにブスケツやラキティッチもフルタイムで働くことはできなくなってきて、しだいにチームの沈没が進行していきました。ピケやウムティティのCB陣も故障が増えてきて、それに拍車をかけます。

ですから今回の屈辱的敗戦で吹き出したバルサ破滅の責任は、キケの解任で済むものではなく、チームの若返りを怠ったフロントや理事会を含めた全体に帰することは明らかです。

誰が次期監督になるかはわかりませんが、ともかくコロナでチームにお金がないので強力な補強ができません。ですからメッシ、スアレス、ブスケツを中心としていたチームの骨格を若返らせるためには、レンタルの選手達をもどすしかありません。特にアラニャー・トディポ・ワゲはもどさないと選手が足りなくなりそうです。

超人ブスケツの存在があってこそのワンボランチシステムだったのですが、彼に代わる人材はいないのでブスケツが出場するときも含めて、今後はダブルボランチシステムとして、いままでのバルサとは全く違ったサッカーに転換しなければいけません。ビダル、ピャニッチ、セルジ、ラキティッチの奮起に期待したい。

CBは大きな心配の種です。ウムティティはコロナにも感染したとききますし、最近のパフォーマンスは決して俊敏とはいえないので、使いたくないですね。そうするとピケとラングレだけというまずい状況です。トディポの成長に期待したいですが、ここはどうしても補強したいところです。良い補強ができれば3バックというオプションもありとなって、システムの可能性が広がります。SBはスーパーじゃないですが、まあ大丈夫でしょう。ワゲは戻すべきですが。

攻撃陣はアンスー、リキ・プッチ、デンベレ、フレンキー、グリーズマン、アラニャーで何とかなるのではないかと思いますが、甘いですかね。まあ好調時のスアレスやメッシの代わりはいないでしょうが、いつまでも昔の夢に浸っているわけにはいかないでしょう。

しかしこのようなチーム沈没のさなかでも、バルサはカンプノウの命名権収入をすべてコロナの研究に寄付するというのは素晴らしい決断だと思います。まさにメスケ・ウン・クルブです。

 

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2020年8月16日 (日)

JPOP名曲徒然草206: オキナワソバヤのネエサンへ by 柴草玲

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コロナ騒動になってから、明らかに買い物も自粛が進んでいます。土日ですらイオン駐車場の屋根のある場所に車を止められるようになりました。昨年まではやけどするくらい熱くなった車内が今年は快適です。

イオンで地元産の素晴らしいゴーヤがあったので買ってしまいました。長さが椅子の座面全部くらいあって色艶も最高で、なかなか見つからない絶品です。普通は裸で積み上げて売っているのですが、これはひとつづつ包んで売っていました。佐部孝一さんという製造者の名前まで記してありました。

ゴーヤと言えば思い出すのが、柴草玲さんの名曲「オキナワソバヤのネエサンへ」。この脱力感、ノスタルジー、生暖かい風、今の季節にふさわしい作品だと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=_bLyLVwcG-Y

南青山マンダラと横浜O-Siteで5日連続配信ライヴを完遂したばかりだそうです。
https://shibakusa.exblog.jp/

ピアノ弾き語り(なんと和服) 「前山にて」 「川辺」
https://www.youtube.com/watch?v=19w_dSTdQVE


 

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2020年8月14日 (金)

続・生物学茶話106: 脳のはじまり 2

セクション105でプラナリアに若干突っ込みましたが、よりシンプルと思われる神経系を持つ刺胞動物に暫時立ち戻りたいと思います。刺胞動物(ヒドラ・クラゲ・イソギンチャク)は海綿動物と違って泳いだりエサを触手で捕まえたりという複雑な作業をする生物です。このような作業を行うためには、かなり多くの細胞が協調し、統合された機能を発揮する必要があります。そのために神経系を発達させて多くの細胞から情報を集めたり、神経系の指令下で筋肉を使って統合的な行動を行なうようになりました。

刺胞動物の中でも遊泳を行わないヒドラは、始原的な神経系を持つという意味で興味深い生物です。彼らは海洋での激しい生存競争から離れて、淡水という辺境で生きることを選びました。プラナリアのように岩陰に隠れるために神経系を発達させるということはなく、隠れないで生活し、触手の毒針でエサを麻痺させて食べるために神経系を発達させたのでしょう。ヒドラとはどのような生物なのか、少し詳しく見ていきましょう? その特徴を特に神経に注目して羅列すると次のようになります。

1.ヒドラには8種類の細胞が存在します。上皮筋細胞・消化細胞・腺細胞・神経細胞・刺胞細胞・間細胞・精子・卵がその全てです。間細胞は自己複製するほか、刺胞細胞・神経細胞・腺細胞などに分化することができます(1)。

2.ヒドラの個体は10万個位の細胞から成り立っていますが、そのうち5~15個の細胞集塊から個体を復元できます。これはプラナリアよりも強力な復元力です(2)。

3.神経細胞は感覚ニューロン・運動ニューロン・介在ニューロン(感覚ニューロンから運動ニューロンへへの情報伝達を中継)・神経分泌細胞を兼任しています(3)。

4.ヒドラの神経細胞には軸索と樹状突起の分化はありませんが、シナプスがあり、神経伝達には方向性があります(4)。

5.神経伝達物質はペプチドですが、刺胞動物特有の多数の分子からなっています。神経細胞の種類によって分泌する神経ペプチドの種類は異なっています(5)。例えば胴体には RFamideペプチドが認められませんが、それより下部の足盤に近い部分には多量の RFamideペプチドが認められるなどです(5)。RFamideペプチドは哺乳動物でもみられる神経伝達物質で、C末に Arg-Phe-NH2 という構造を持つという特徴があります。

6.アセチルコリン・モノアミン類・アミノ酸などペプチド以外の神経伝達物質はおそらく使われていません(6)。

藤澤千笑によると、間細胞には(精子に分化)(卵に分化)(精子+刺胞・神経・腺に分化)(卵+刺胞・神経・腺に分化)の少なくとも4種類の細胞があるそうです(7)。刺胞細胞・神経細胞は失われやすく、常に間細胞の分裂と分化によってこれらを補給しないとヒドラは生きていけないようです。一方でこれらの細胞を間細胞が常に補給できるような良い条件で飼育すると、ヒドラの個体は自然には死なないとも言われています(8)。有性生殖は温度が下がったり、飢餓状態になったときなどに行ないます。それ以外の場合、体細胞の分裂によってポリプを生じて無性生殖を行ないます。

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図106-1 ヒドラの個体全体像(左)と胴体を構成する細胞(右)

藤澤は間細胞の研究過程で、(精子に分化)または(卵に分化)の単能性間細胞しかもたない個体を作成することに成功しました(7)。この個体は刺胞細胞や神経細胞を補給できないため「寝たきりヒドラ」と呼ばれ、無理矢理エサを口からつっこみ、胃の清掃も人が行なうことによって、なんとか生きていくことができます。はからずもなのか計画通りなのかわかりませんが、ヒドラの神経細胞の主要な機能(エサを捕獲する、口で捕食する、胃を動かして消化する)が明らかになったわけです。

Charles N.David はヒドラを単細胞に解離して放射能でラベルしたあと、ラベルした1個の細胞を非ラベルの多くの細胞と再集合させて増殖・分化させる実験系を用いて、ヒドラの間細胞は自己複製して自らとそのコピーを作成する場合と「自己+分化する細胞」に不等分裂する場合があり、後者によってすべての種類の分化した細胞を作成できることを証明しました(9、10、図106-2)。

この全能性の幹細胞は自己複製できるので、不等分裂しなくても幹細胞が枯渇することはないわけですが(分化して消失した細胞の分だけ自己複製によって補充すればよい)、それでも不等分裂するのは、おそらく特定の位置(ニッチ)に幹細胞があることによって、特定の部域に分化した細胞を遅滞なく供給できるというメリットがあるからだと思います。イメージとしては壁に幹細胞が張り付いていて、そこから分化した細胞が生まれて壁紙やフックや掛け時計になるという感じです。

全能性幹細胞が存在することは、生命の存続にとって非常に有利だと思いますが、どうして多くの生物がこのようなメリットを放棄せざるを得なかったかと言えば、様々な特殊機能を発達させようという方向に向かったという事情があるためでしょう。たとえば血液をポンプで全身に高速循環できるというメリットがある閉鎖血管系を持つ私達のような生物は、体が切断されるとたちまち出血多量で死亡するので、全能性幹細胞を持っていても宝の持ち腐れになってしまいます。おそらくカンブリア紀に多くの生物が全能性幹細胞を使った無性生殖を放棄したと思われます。

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図106-2 ヒドラ間細胞の全能性

刺胞動物と扁形動物は全能性幹細胞を用いた無性生殖を放棄しなかった少数派の生物ですが、それぞれのボディプランはかなり違います。刺胞動物はどちらかといえば放射相称、扁形動物は左右相称の生物です。これは私の勝手な推測ですが、扁形動物は刺胞動物と比べると活動力の低い地味な生物で、岩の下に隠れ住んでそんな場所でなんとか生き延びるために脳やさまざまなセンサーなどのラグジュアリーな神経系を持つことになったと思います。プラナリアはひとつの個体の中に多数の幹細胞をもっていて、体を二つに分けるという方法で何十年も無性生殖だけで生き延びられるので、その間に変異したゲノムを持つ幹細胞からバラエティに富む遺伝的背景を持った個体が生まれます(11)。そのためDNAの塩基配列から進化系統の位置を決めることがなかなか難しいグループです。ただプラナリアは数個のような少数の体細胞から1個の個体をつくることはできないので、それなりにヒドラより再生能力は低下しているとは言えます。

扁形動物は肛門をもたない(あるいは口と肛門が同じ)ので、形態学的に見れば前口動物でも後口動物でもない原始的な生物と言えます。しかしセクション103の動物分類表に示したように、遺伝学的研究からは扁形動物は前口動物に近いとされています。毛顎動物と扁形動物は両者とも肛門を持たず左右相称であり、最近の遺伝学的研究によると両者の祖先は意外に進化的に近い位置にあるのかもしれません(12)。

プラナリアの脳は図106-3Aでは腹側神経索の一部が肥大した臓器のように見えますが、実際には図106-3Bのように眼と脳は背側にあって、独立した神経によって腹側神経索と連絡しているにすぎません。プラナリアの脳はまず右脳と左脳に分かれており、それぞれから9対の神経束が周辺に伸びています(図106-3)。それぞれの神経束が収納するニューロン群が集積してドメイン構造(葉、ローブ、コンパートメントなど呼び方はいろいろ)を作っています。

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図106-3 プラナリアの脳

プラナリアの脳は前後にならんだドメインにわかれているだけでなく、表層と内部でも機能分化がみられ、図106-4のように外側から機械刺激受容(痛圧覚)、化学刺激受容(臭覚)、介在ニューロン、光刺激受容(視覚)の各部域となっています。これは梅園らが部域特異的に発現する遺伝子をマーカーとして色分けしたものです(13)。マーカーとして用いたのは各種ホメオボックス遺伝子の発現です。ホメオボックス遺伝子群は生物の発生における指揮者のような役割を持っており、これらの遺伝子が発現する転写因子がDNAに製造すべき構造タンパク質などの種類を指示します。このほか井上らによれば温度を感知する神経も全身に分布していて、情報は脳に集められ行動が決定されます(14、15)。温度が低い方に、光が当たらない方に移動するというのは辺境生物らしいプラナリアの特性です。

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図106-4 プラナリア脳の役割分化

セクション105「脳のはじまり1」で、欠損すると体全体に脳ができるという ndk遺伝子を紹介しましたが、この遺伝子は体の前後軸(したがって脳の位置)を決定する元締めではないであろうことや、さまざまな遺伝子が前後軸の決定に関与していることが最近明らかになってきました(16、17)。ヒルとピーターセン(図106-5)はプラナリアの体の前後軸を決定しているメカニズムの枢要が wnt と notum の相互の作用抑制によるコラボレーションであることを提唱しました(16)。

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図106-5 エリック・ヒルとクリスチャン・ピーターセン

通常notumは頭部の一部の細胞に、wnt1は尾部の一部の細胞にしか発現していません(図7)。プラナリアの体が切断されると前端に主としてnotum、後端に主としてwnt1が発現し、その後の頭部発生と尾部発生を統括するわけです。wnt1を欠損する個体では尾部は形成されず、本来尾部が形成されるべき位置に頭部が形成されたりします。notumの作用を抑制すると逆の効果となります。なぜ断片の前端と後端でそれぞれnotumとwnt1が発現するのかは謎ですが、wnt1はβカテニンの安定化、したがってその転写因子としての役割をサポートするのに対して、notumはwnt1の作用を抑制するのでβカテニンが不安定化し分解されてしまいます。

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図106-6 プラナリアの前後軸形成

notumとwnt1以外にも前後軸形成に関与する因子は数多く報告されつつあり(17、図106-7)、急速に研究は進展しています。腹背軸の形成に関与する因子も一部明らかになりつつあるようです。前後軸が決定された後にndkなどFGF受容体関連因子、wnt、otx、netrinなどの作用によって脳形成がおこなわれます。

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図106-7 プラナリアの頭部・尾部形成に関与する様々な因子

 

参照

1.C N David and H MacWilliams., Regulation of the self-renewal probability in Hydra stem cell clones.,PNAS February 1, 1978. 75 (2) 886-890;
https://doi.org/10.1073/pnas.75.2.886
http://www.pnas.org/content/75/2/886

2.Ulrich Technau et al., Parameters of self-organization in Hydra aggregates., PNAS October 24, 2000. 97 (22) 12127-12131;
https://doi.org/10.1073/pnas.97.22.12127
http://www.pnas.org/content/97/22/12127

3.阿形清和・小泉修共編 「神経系の多様性 その起源と進化」第1章 p.14 培風館(2007)

4.清水裕 高等動物の消化,循環機構の進化的起源を腔腸動物ヒドラに探す 比較生理生化学 Vo1.20,No.2, pp.69-81 (2003)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika1990/20/2/20_2_69/_pdf/-char/ja

5.阿形清和・小泉修共編 「神経系の多様性 その起源と進化」第1章 pp.22-23., 培風館(2007)

6.宗岡洋二郎 神経ペプチドの比較生物学 化学と生物 Vol. 36, No. 3,  pp. 153-159 (1998)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/36/3/36_3_153/_pdf

7.藤澤千笑 ヒドラ性決定及び性転換における間幹細胞の役割 JAIRO
http://jairo.nii.ac.jp/0201/00000897

8.Ralf Schaible et al., Constant mortality and fertility over age in Hydra., Proc. Natl. Acad. Sci. USA vol.112, pp.15701-15706 (2015)
https://www.pnas.org/content/112/51/15701.short

9.Charles N. David., Interstitial stem cells in Hydra: multipotency and decision-making., Int. J. Dev. Biol. 56: 489-497 (2012)
doi: 10.1387/ijdb.113476cd
http://www.ijdb.ehu.es/web/paper.php?doi=10.1387/ijdb.113476cd

10.http://www.cellbiology.bio.lmu.de/people/principal_investigators/charles_david/

11.西村理 京都大学学位論文 プラナリアDugesia japonicaのゲノム解析による、脳の進化および無性/有性生殖サイクルに関する考察 (2016)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/215189/1/yrigr01554.pdf

12.https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%9B%E9%A1%8E%E5%8B%95%E7%89%A9

13.Umesono, Y., Watanabe, K. & Agata, K., Distinct structural domains in the planarian brain defined by the expression ofevolutionarily conserved homeobox genes. Dev. Genes Evol. vol. 209, pp. 31-39. (1999)

14.Takeshi Inoue, Taiga Yamashita, and Kiyokazu Agata.,  Thermosensory Signaling by TRPM Is Processed by Brain Serotonergic Neurons to Produce Planarian Thermotaxis.,  The Journal of Neuroscience,  vol. 34(47): pp. 15701-15714 (2014)
http://www.jneurosci.org/content/34/47/15701

15.温度を感じる神経系の基本的なしくみ、解明される。 京都大学HP
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/141119_1.html

16.Eric M. Hill, and Christian P. Petersen, Wnt/Notum spatial feedback inhibition controls neoblast differentiation to regulate reversible growth of the planarian brain., Development,  vol. 142:  pp. 4217-4229;  (2015)  doi: 10.1242/dev.123612
http://dev.biologists.org/content/142/24/4217
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4689217/

17.Sushira Owlarn and Kerstin Bartscherer, Go ahead, grow a head! A planarian's guide to anterior regeneration. Regeneration., vol. 3(3)., pp. 139-155, (2016)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27606065

 

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2020年8月13日 (木)

サラとミーナ233: サラとコーヒーの木の夏

Sarah2020

サラはうちに来て10年くらいは割と人間とは距離を置いて生活してきました。それは15年前にシェルターから猫を引き取る際に、どの猫を選ぶかというプレッシャーの中で、私が最も人間と打ち解けそうにない猫(サラ)と人間とべったりの猫(ミーナ)の2匹を選んで引き取ったという経緯があるので、それは当然のことと受け止めていました。

しかし10年目くらいからサラもだんだん私と打ち解けるようになって、今ではべったりと甘える毎日です。でもそうなるとミーナとの優先順位が気になるのです。ただこの暑さでは猫も人もぐったりです。今年は7月いっぱい梅雨だったので8月になるまでエアコンの使用もなく、電気代は節約できました。

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私が育てているベランダ植物はサボテン、ガジュマル、コーヒー、ハイビスカスなどなぜか熱帯植物が多いので、夏は水さえやっていれば平気です。その分冬は室内とりこみになるので大変ですが。京成臼井駅近くの喫茶店のママに訊くと、コーヒーが実をつけるのは3年目からだそうですが、このコーヒーはその3年目です。さて花が咲いて実をつけるのかどうか? 冬は部屋に取り込みになるので、生長は遅いかもしれません。日本でコーヒーを露地栽培できるのは沖縄と小笠原だけでしょう。

昭和の夏にはEPOのこんな歌がありました。YouTube にコメントがついていました「今の時代じゃ有り得ないメロディと編曲。J-Popと呼ばれるジャンルは退化してると思う。」 うーんそうかもと思う今日この頃です。

https://www.youtube.com/watch?v=udmu_k02FRo

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2020年8月11日 (火)

報道ステーション どうした?

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(By Yashveer Poonit)

昨日報道ステーションを見ていましたが、商船三井のタンカーがモーリシャスで座礁して重油が流出したという重大ニュースを取り扱っていませんでした。いったい彼らはどういうポリシーで番組を制作しているのかわかりません。船体が折れる恐れもあるそうで、まずいでしょう。モーリシャスはフランス政府にSOSを出しているようですが、日本はどうするのかさっぱりわかりません。まあいざというときにマスクも防護服もない国ですからなにもできないのかもしれませんが、商船三井の幹部や晋三がマスコミの前に出て世界に陳謝することぐらいできるでしょう。

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2020年8月10日 (月)

続・生物学茶話105: 脳のはじまり 1

さまざまな動物門のなかで海綿動物だけは脳神経系をもっていません。彼らは心臓血管系などの臓器ももっていないので最も原始的な多細胞生物のグループだと考えられています。ただそれは私たちの偏見であって、ここでは述べませんが彼らは彼らなりに何億年もかけて私たちとは全く異なる高度な生き方を進化させてきました(1)。彼らはシーラカンスとは異なり、現在でも大繁栄して南極から熱帯まで世界中の海で生きています。

現存する動物のグループで、最もシンプルな神経系をもっているのは刺胞動物門(ヒドラ・クラゲ・イソギンチャク)と有櫛動物門(クシクラゲ)の生物です。最もシンプルとは言っても、彼らもカンブリア紀あるいはそれ以前から何億年もかけて進化しているので、彼らの生活には必要十分な神経系なのでしょう。ヒドラの触手と私達の手とどちらが器用かというと一概には言えないかもしれません。そもそも彼らの触手には毒針が装備されていて触るだけで生物が麻痺してエサとなり、食べられるのを待つだけになるのです(2)。弓矢や釣り針など道具を使わないとエサがとれなかったヒトと比べると魔術師のようです。

図105-1はヒドラの神経を神経特異的に存在する RFamide peptide(3)の免疫染色で、彼らの神経系を可視化したものです(4-6)。ヒドラの神経細胞は口の周囲に特に密集しています(図105-1B、C)。触手の動きと口の動きを連携してエサをとることが最も神経系の重要な役割なのでしょう。おそらく周口神経環(図105-1B)が口と触手の動きを統合しているのでしょう。小泉らはこれを中枢神経系としています(6)。刺胞動物や有櫛動物には、まだ脳らしき臓器は存在しません。胴体にも神経細胞は存在し、しっかり連絡もしているようですが、口の周囲(図105-1C)に比べると数は少ないようです(図105-1D)。

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図105-1 ヒドラの神経系 A:全体、B:周口神経環、C:口周辺の神経細胞、D:胴体部の神経細胞

図105-2はクラゲの場合ですが、これも図105-1と同様な方法で神経を可視化したものです(5、7)。クラゲの場合、口の周りにも神経細胞の集中はみられますが、むしろ傘と触手の境目に環状に集中している部分があり、いわゆる神経環が形成されています(図105-2)。固着生物であるヒドラと違って、当然ですがクラゲの場合は傘と触手を使って泳ぐことが重要であることが推測されます。神経環は内側と外側の2重構造になっています(図2B)。外側は触手、内側は傘の動きを統合する役割なのでしょうか?

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図105-2 クラゲの神経系 A:全体、B外側および内側神経環

刺胞動物は2胚葉動物であるにもかかわらず、立派な筋肉を持っていて触手を自在に動かしています。この筋肉は3胚葉動物の筋肉とは異なり、皮膚を兼ねた役割を果たしています。おそらく独自に進化したものなのでしょう(8)。

現存する生物の中では、プラナリアが最も最初に脳らしき臓器を獲得したと考えられています。彼らは腹部神経索と脳からなる中枢神経系をもっています(9、図105-3)。図105-3は阿形らが Proprotein convertase 2 という神経特異的に存在する蛋白質分解酵素のmRNAを染色して、腹側から神経組織を可視化したものです。ここで明らかなように、プラナリア頭部に神経細胞が集中した脳らしき構造が見えます。

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図105-3 阿形らにより可視化されたプラナリアの神経系

理研の セブリア、小林ら(図105-4)によって、プラナリアの脳形成と関連があると思われる nou-darake(ndk) が発見されています(10)。この遺伝子の発現を阻害すると、頭部だけでなく体の各所に脳ができてしまいます(図105-4)。遺伝学では、その遺伝子が欠損するとどのようなことが起こるかということを遺伝子名にすることが多いので、この遺伝子は「脳だらけ(ndk)」と命名されました。セブリア氏 はカタルーニャ人で、現在はバルセロナ大学生物学部の教授です(11)。

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図105-4 脳だらけ遺伝子の発見

普通に考えれば、ndkは脳の形成を阻害する因子なので、頭部には少なく尾部に多いはずだと思われますが、実際には頭部に多く尾部に少ないという驚くべき分布になっています(図5)。なぜでしょう? ndk遺伝子がコードする蛋白質は、FGF受容体ファミリーと相同性のある、2つのイムノグロブリン細胞外ドメインをもつ1回膜貫通型蛋白質ですが、細胞内ドメインにはキナーゼ活性は存在していないとされています(12)。このことからFGF受容体に結合して脳形成を促す因子が、とりあえずndk蛋白質に結合して頭部に局在することになり、その後なんらかの機構によってFGF受容体に受け渡されて脳形成が行なわれると考えられているようです(9)。

ただ図105-5ではndk遺伝子の発現を阻害した場合、咽頭より後部の脳形成活性は急激にゼロとなっていますが、図105-4のように尾部端まで脳らしきものが見られる場合もあるようで、一筋縄ではいきそうにもない感じもします。実際最近では研究が進展して、頭尾の決定にはwnt遺伝子がより決定的な役割を果たしており、様々な関連遺伝子も報告されるようになりましたが、詳細は次セクション「脳のはじまり2」で述べる予定です。

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図105-5 脳だらけ遺伝子発現を阻害した場合

プラナリアの脳というのは何をするために必要なのでしょうか? ひとつはプラナリアは眼をもっていて、光を当てるとそこから逃げて暗い安全な場所に移動しようとします。このためには眼という感覚器官からの情報を解析して、筋肉を逃避という行動に向けて統合的に動かさなければなりません(9)。もっと重要なのは、エサから出る化学物質を検知して、エサに接近する行動をとらなければなりません(13)。また体がさまざまな構造体に接触することを感知し、安全な場所に移動したり、エサの場所を記憶したりするのでしょう。この他全身の温度感知細胞の情報を脳に集めて、低温の方向に移動するという行動も知られています(14)。

それではプラナリアを頭部と尾部に切断すると、頭部はエサの場所を覚えて居るけれども、尾部は忘れてしまうということになるのでしょうか? この疑問についてショムラットとレビンは非常に洗練された実験で答えを出しました(15)。

プラナリアは光を避けて暗い方に移動する性質があり、またオープンスペースを避けて壁際など狭い場所に潜り込む傾向があります。ショムラットとレヴィンはシャーレの縁を除く大部分を削りザラザラにして、そのスペースに出て行ったらエサがあるという状況を学習させます。さらにそのエサにスポットライトを当てて、光があってもそこにエサがあることを学習させます。学習していないプラナリアはシャーレの縁ばかりをぐるぐる回ってなかなかエサにたどりつきませんが、学習したプラナリアは短時間でエサにたどりつきます(図105-6)。学習効果は少なくとも2週間は認められました。

驚くべきは切断した尾の方から頭を再生した個体も、切断される前の学習効果が完全に失われてはいなかったことです。これはプラナリアの神経索か末梢神経に記憶が残っていることが示唆されます。これは脳をもたないヒトデが景色を覚えているということを考えると、それほど不思議なことではないかもしれません。あるいはプラナリアは情報の統合や行動の決定は脳で行なうにしても、記憶は脳と神経索でシェアしているのかもしれません。脳で行なうことすべてを神経索も一部行なっている可能性、さらには末梢神経が記憶に関与している可能性もあります。

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図105-6 プラナリアの学習と記憶

京都大学の西村はプラナリアの中枢神経系の発生に関わる82個の遺伝子を同定し、このうち91%が同じ扁形動物である住血吸虫のゲノムにも相同配列が存在することを確認し、プラナリアは住血吸虫との共通祖先から分岐する以前に中枢神経系を獲得していたことを示唆しています(16)。またこのうち3分の1は住血吸虫では発現が検出されなかったことから、寄生生活を続けるうちに住血吸虫は多くの遺伝子が機能を失い退化したものと思われます。

プラナリアは自切によって無性生殖を繰り返すうちに、その全能性幹細胞に多数の変異が発生するそうです(16、17)。そうすると無性生殖を繰り返す中で、環境に適応した幹細胞が選択されて(細胞レベルでのクローニングと言えます)、その遺伝子が有性生殖によってまた子孫に伝達されるというシステムが存在することになり、これはわれわれのような有性生殖しか行なわない生物にくらべて、環境に適応しながら種を保存するという目的からみると、圧倒的に有利であることは明らかです。ただそれでも種が保存されているのがむしろ不思議な感じがしますが、それはやはり有性生殖の段階が歯止めになっているのでしょう。

参照

1)世界の不思議 海綿 
https://ameblo.jp/jiyon7125/entry-10192505717.html

2)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%89%E3%83%A9_(%E7%94%9F%E7%89%A9)

3)大杉知裕、脊椎動物の脳におけるRFamideペプチドの起源を探る—円口類からのアプローチ—、比較内分泌学 vol.36, no.136, pp. 31-38 (2010)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nl2008jsce/36/136/36_136_31/_pdf

4)https://invbrain.neuroinf.jp/modules/htmldocs/IVBPF/Hydra/hydra-nervous-system.html

5)小泉修 神経系の起源と進化: 散在神経系よりの考察、比較生理生化学 vol.33, no.3, pp. 116-125 (2016)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika/33/3/33_116/_pdf

6)Koizumi O. et al, The nerve ring in cnidarians: its presence and structure in hydrozoan medusae., Zoology (Jena). vol.118, no.2 pp. 79-88. (2015)
doi: 10.1016/j.zool.2014.10.001. Epub 2014 Nov 8.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25498132

7)小泉修 刺胞動物の神経系 Nervous System of Cnidaria、Invertebrate Brain Platform
https://invbrain.neuroinf.jp/modules/htmldocs/IVBPF/Hydra/Cnidaria-nervous-system.html

8)Patrick R. H. Steinmetz et al., Independent evolution of striated muscles in cnidarians and bilaterians., Nature vol. 487, pp. 231–234 (2012)
doi:10.1038/nature11180

9)Umesono Y and Agata K., Evolution and regeneration of the planarian central nervous system. Dev Growth Differ. 2009 Apr;51(3):185-95. doi: 10.1111/j.1440-169X.2009.01099.x
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19379275

10)Francesc Cebria, Chiyoko Kobayashi (equal contribution) et al., FGFR-related gene nou-darake restricts brain tissues to the head region of planarians.Nature vol. 419, pp. 620-624 (2002) doi:10.1038/nature01042
https://www.researchgate.net/publication/11085010_FGFR-related_gene_nou-darake_restricts_brain_tissues_to_the_head_region_of_planarians

11)http://www.ub.edu/planaria/

12)小林 千余子 et al., プラナリア頭部に特異的に発現する721HH遺伝子の役割
http://www2.jsdb.jp/kaisai/jsdb2002/edpex104.bcasj.or.jp/jsdb2002/abst/PD3-094.html

13)下山せいら プラナリアの摂食行動の解析; 摂食を誘起する化学物質の探索と定量的投与 つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2011) 10, 40
http://www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol10No1/TJBvol10no1_ver20110217.pdf#search=%27%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%AE+%E8%84%B3%E5%86%8D%E7%9B%A4%27

14)https://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2014/11/20141120_01.html

15)Tal Shomrat, Michael Levin, An automated training paradigm reveals long-term memory in planaria and its persistence through head regeneration
Journal of Experimental Biology 2013 : jeb.087809 doi: 10.1242/jeb.087809 Published 2 July 2013
http://jeb.biologists.org/content/early/2013/06/27/jeb.087809
http://jeb.biologists.org/content/jexbio/early/2013/06/27/jeb.087809.full.pdf

16)西村理 京都大学学位論文 プラナリアDugesia japonicaのゲノム解析による、脳の進化および無性/有性生殖サイクルに関する考察 (2016)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/215189/1/yrigr01554.pdf

17)Nishimura O. et al., Unusually Large Number of Mutations in Asexually Reproducing Clonal Planarian Dugesia japonica.
PLoS One., vol.10(11) (2015) :e0143525. doi: 10.1371/journal.pone.0143525. eCollection 2015.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4654569/

 

 

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2020年8月 9日 (日)

ピーター・グルース博士

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ピーター・グルース沖縄科学技術大学院大学長談

県民を守ると同時に沖縄の繁栄を実現するためには、ただ一つの方法しかありません。1に検査、2に検査、3に検査です。私は、県が最新の技術を駆使して、新型コロナウイルス陽性者を早期に特定するための検査能力を高めることを強く求めます。これにより、県民を守り、沖縄県にとって、数カ月先、数年先までかかる費用を節約することにもなるでしょう。今すぐに検査を導入することで、第3波、第4波の発生を抑制・防止することができ、大きな経済的ダメージから沖縄を救うことができます。沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、沖縄県の取り組みを引き続き全力で支援していきます。

ソース:
https://news.yahoo.co.jp/articles/e9ed69ca65e398e190830745f7e8892aaaec907e

(写真 OIST home page より)

ピーター・グルース氏の提言を実現するためには沖縄だけの力ではおそらく不可能です。あらゆる抵抗を乗り越えて最新のPCRの技術をとりこみ、コロナを終息させないと経済の復活もないのですが、残念なのは現在の政権にはそこまでの才覚はないと思われることです。なんとかならないモノでしょうか。結局ワクチン待ちですか。気長な話ですねえ。ウルトラCは児玉龍彦博士を沖縄に呼んで、政府とは無関係に話を進めるという手でしょうか。彼とグルース氏が手を組めばコロナと戦えるかもしれません。

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2020年8月 7日 (金)

池田譲 著 「タコの知性 その感覚と思考」

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学生時代によく学食の昼食時間に遅れてしまうことが多くて、そうするとA定食(マグロ刺身)、C定食(日替わり)が売り切れで、残っているB定食(たこ酢)を食べることになります。しかしその後タコは非常に頭の良い生物であることが分かって、犬・猫・サル・イルカなどと同様食材としては好ましくないと思って、なるべく食べないようにしています。この池田譲氏の本は、タコがどう頭が良いのかをいろいろな視点で教えてくれます。著者は農学系の人ですが、食糧資源としてのタコ・イカの研究ではなく、むしろ純生物学的な観点から軟体動物の研究を続けてきた方で、現在は琉球大学理学部で教鞭をとっておられるようです。

学術的な観点で面白かったのは、よく動物の知能を解析する際に図形記憶というのを使うのですが、サルなどはよく画に描かれたさまざまな図形を識別するとされています。タコはある意味ヒトの眼を上回る素晴らしい眼を持っているので、さぞかしいろいろな図形をうまく識別できるだろうと著者も思っていたらしいですが、その実験はうまくいきませんでした。ところが画ではなく立体にして触らせると、タコは様々なかたちを識別できるそうです。専門家はこれをクロスモーダルな認識と言うそうです。つまり画像と触感の両者を統合した形で認識するという意味で、タコはヒトとは異なるクロスモーダルな世界に生きているようなのです。

私がもう一つ面白かったのは、蛸壺を等間隔で並べて1匹ずつタコを住まわせて置いたとき、端の一匹が蛸壺を移動させると(タコは自分の家を持ち歩きます=道具を使うことができます)、間隔が縮まったと思った隣のタコは住処を抱えて移動し、もとの間隔にもどすというのです。その結果別のタコの住処に近くなることは気にしません。しかし近寄られたタコはそれが気になるのです。そして下図(本の図をモディファイして私が作成)のように玉突き方式で次々と転居して、結局最初の間隔にもどるように全員移動することになります。

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これはタコの縄張り間隔の認識を示すものと思わます。しかしこれを社会的行動というのはどうかと思います。逆に単独で生きるという生き方を保障する行動だと思いますよ。ただ同性であっても近隣のタコと「交際」したり、他の個体の卵を育てるということは、この本の記述からそういうこともあるのだろうと納得しました。

最後に爆笑したのは、いつもやっているエサの解凍が不十分だったときに、エサをもらったタコが激怒してヒトに投げ返したという行動です。このとき体色のリング模様も点滅させていたそうです。タコは皮膚の色や模様をいろいろ変化させることができますが、これは人で言えば表情のようなもので、気分や感情によって変化させるのだそうです。

タコは8本も腕があり、それぞれ無数の吸盤がついていて個別にこれらをコントロールして二枚貝の貝殻を開けたりできるそうで、腕が2本しかなくて指も5本という私たちとは全く別世界の複雑な情報処理をタコはできることになります。

なので人間はピアノを弾くとき最大10の音しか同時に出せませんが、タコは4つの鍵盤を使って数百の音を出せるでしょう。ただたたいたときでなく、吸い付けたときに音が出るように構造を変えなければいけませんが。

池田譲著 「タコの知性 その感覚と思考」 朝日新書761 朝日新聞出版(2020)

 

 

 

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2020年8月 5日 (水)

mosh and dive って何?

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私は若い頃からライヴハウスは好きなのですが、ダイブはともかくマッシュ(mosh)という言葉の存在は、コロナが流行した今年まで知りませんでした。私が知っているライヴハウスは、椅子に座って小さな机にスコッチを置き静かに音楽を楽しむ感じだったので、いったいダイブとかマッシュをやるライヴとはどんなものか想像もつきませんでした。

なのでこれをやってる瞬間を録画しているYoutube映像がないか探してみました。そうこれがダイブなのか・・・。でもこれやってるのはお客ですよね(よく見ると黒い影が背中から客席に飛び込んでいます)。勝手にステージに上がって飛び込むというのはめちゃくちゃ勇気いるよね。すごいわ。でもこれいい曲。

ジッタリン・ジン 自転車
https://www.youtube.com/watch?v=mnXsdNmc7jc

そして次はマッシュ。これはすごい。あまりにすごすぎて係員が真っ青になって飛び出し、ライヴを中止させています。でもジッタリン・ジンは中断にくじけず、頑張っています。ドンチャラミーってなんのことかと思いましたが、どうも Don't you love me という意味らしい(今初めて見たのでファンの方にはすみません)。それにしてもライヴハウスも無茶な商売やってましたね。そら報いもくるわ。

ジッタリン・ジン やけっぱちのドンチャラミー
https://www.youtube.com/watch?v=77Q-6pI3keU

まきちゃんぐラジオでも話題になっていましたが、この曲「夏祭り」は聴き覚えありました。大ヒットした曲ですね。今年のうちらの団地の夏祭りは中止です。

ジッタリン・ジン  夏祭り
https://www.youtube.com/watch?v=BFvdvIFsvPg

そりゃコロナには最悪だと思いますが、果たしてマッシュやダイブが復活する日はまたくるのでしょうか?

 

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続・生物学茶話104: プラナリア

ヒトは異常に脳神経系に依存して生きている生物です。腕力・スピード・敏捷性・攻撃装備・防御装備すべてショボいレベルですが、それでも動物の頂点に君臨していられるのは脳神経系の優秀さによるのでしょう。それ故にヒトは高等生物とか下等生物というカテゴリーを脳神経系が発達しているかどうかで判別しています。しかしこの地球上で生きていく上で脳神経系が必須かというとそうでもなく、例えば海綿という生物は脳神経系がなくても、幾度となく起こった大絶滅時代を乗り越えて5億年以上も生き延び、大繁栄しています。そもそも植物には脳神経系が存在しません。

とはいえ動物進化の非常に初期から神経細胞という特殊な細胞が出現してきたことも確かです。神経が形成されるためには2胚葉(外胚葉・内胚葉)が分化して、その外胚葉が必須ですが、無胚葉の生物であるカイメンも「くしゃみ」ができるという報告があります(1、2)。これは神経らしい組織が形成される以前から電気信号による情報伝達が行なわれ、組織的な反応がみられたということを示唆しており、興味深い知見です。さらにカイメンどころか単細胞生物であるゾウリムシも、物体に衝突して方向転換したり、捕食者から逃げようとするときに膜電位変化を利用しているという報告があり、神経の萌芽はすでに単細胞生物でもみられるようです(3)。

最もシンプルな神経系を持っている生物は刺胞動物と有櫛(ゆうしつ)動物です。前項「103生物分類表」を参照して下さい。2胚葉性の生物である刺胞動物と有櫛動物は散在神経系という中枢の無い神経系を持つとされています。刺胞動物のひとつであるヒドラの神経系の図(コトバンクより)を図104-1に示しました。「ヒドラの神経系は、どこかを触るとその刺激は全方向に広がり体が縮む。この神経系にはシナプスによる方向性の規定がない。」などと現在でも記載されることがありますが、アンダーソンとスペンサーははやくも1989年に、そんなことはなく、ヒドラやハチクラゲの神経系にもちゃんと方向性を規定するシナプスが存在することを証明しています(4)。小泉修によると、「刺胞動物の散在神経系は、神経系の要素の全てを持ち合わせている」そうです(5)。

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図104-1 さまざまな動物の神経系

神経系のシステムは、発達した中枢神経系をもつ脊椎動物、小さくても優秀な中枢神経系をもつ節足動物、中枢神経系をもたない刺胞動物、などすべての生物で基本的に同じルールで作動しているので、ルーツはひとつと思われていましたが、ひとつ例外があることが報告されています。それは刺胞動物と近縁とされている有櫛動物(クシクラゲ類)で、このグループのニューロンでは他の生物で発現しているニューロン特異的な遺伝子が発現されていなくて、かつ神経伝達物質も他の生物とは全く異なるということです(6)。おそらくこのグループは同じクラゲという名前がついていますが、刺胞動物とはかなり離れた進化的位置にある生物なのでしょう。

図104-1をみると、扁形動物のプラナリアは、明らかに散在神経系を逸脱して規則的な神経系をもっていることがわかります。見た目いわゆるはしご型神経系をもつとされる環形動物や節足動物より「はしご」らしくみえますが、体節をもたない生物なのではしご型とはいわず、かご状神経系とよびます(5)。シンプルですが非常に美しい神経系だと思います。プラナリアにも脳があり、これはカエルの発生初期に一過性に現われる神経系の分布パターンに似ているそうです(7)。

プラナリアの主要な神経系は腹側にあり、このタイプの神経系は扁形動物・線形動物・環形動物・節足動物・軟体動物などに共通しています。一方主要な神経系を背側にもつのは尾索動物・頭索動物・脊椎動物です。後者の神経系は管状神経系と呼ばれています(図104-1、カエル)。前者のなかでも、イカの神経系などはとてもはしご状という言葉とはかけはなれた構造で、むしろ脊椎動物に近いような構造になっています(図104-1、イカ)。

脊椎動物に近縁な門である棘皮動物の神経系は、なんと中枢神経系・脳をもっていないので散在神経系とされています(図104-1、ヒトデ)。しかしヒトデは腕の先端に眼をもっていて、周りの景色を認識しているそうなので、脳らしきものがないからといって、極めて機能が低いとはいえないようです。珊瑚礁から1メートル離しておいても景色を判別して直線的に帰ることができるので、当然記憶もあるのでしょう(8)。見た目未発達なようでも、実際には周口神経環が脳の代わりをしているのかもしれません(図104-1、ヒトデ)。

さて脳の研究を行なうにあたって、最もベーシックな材料としてプラナリアは適切そうに見えます。神経系の構造も「かご状」と名付けられているとはいえ、実際にははじご状でガングリオンもなく、シンプルで解析しやすい素材と思われます。プラナリアという生き物は水槽で熱帯魚を飼育している人達にはお馴染みらしく、特に有害とは思われないのですが水槽に妙な虫が張り付いているのは美観を損ねるので、様々な駆除剤や道具が発売されています(9)。

プラナリアは扁形動物門のウズムシ綱に属していますが、他の綱の扁形動物はほとんどが寄生虫です(図104-2)。そもそも硬い皮膚もなく、攻撃手段も毒もない生物なので、普通に自然の中で生きていくのは困難だったのでしょう。そのような仲間の中で、どうしてウズムシ綱の生物、たとえばコウガイビルやプラナリア(図104-2)の仲間だけが他の生物に寄生しないで生き延びられたのでしょう? それは彼らが驚異的な再生能力を持っていることが大きな要因だったと思われます。すなわちコウガイビルやプラナリアは、たとえば捕食者に半分に食いちぎられても、その部分が食べられているうちに残りの半分が逃げ延び、再度フルの体を再生できる能力によって生き延びてきたと考えられるわけです。

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図104-2 扁形動物

プラナリアの再生能力について、最初に詳しい研究を行なったのは John Graham Dalyell という人物で、1814年に研究結果をまとめて本:「Observations on some interesting phenomena in animal physiology, exhibited by several species of Planariae」 にしており、現在フリーで読むことができます(10)。さすがに200年前の古めかしい英語なので、辞書をひきながらでないと読めませんでした(図104-3)。

彼は"the Society of Arts for Scotland" のプレジデントを務めたほどの人で、むしろ文学者であり(11)、この本の序文でも自分は自然科学者ではないし、自然科学者の手も借りていないが、記述はありのまま観察したことであり、不十分であっても真実であると述べています。ダリエル氏の肖像画を探しましたが見つかりませんでした。

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図104-3 ジョン・グラハム・ダリエルの研究を記した著書

その後、プラナリア再生研究者として意外な人物が登場します。それは以前にこのサイトでも取り上げた(12)遺伝学者のトーマス・ハント・モーガン(図104-4)で、彼はショウジョウバエの遺伝学にのめりこむ以前の若い頃、プラナリアの再生実験をやっていて、論文を少なくとも11遍は書いているそうです。The node (the community site for and by developmental biologists)が忘れられた古典論文のひとつとして取り上げていました。

モーガンとチャイルドは再生に必要な物質の勾配という概念を提出し(13)、それは一世紀以上の年月を経て、Reddien, Almuedo-Castillo、梅園、阿形(図104-4)、その他多くの研究者達の努力によって証明されました(14-17)。プラナリア切断と再生の様子は理研のサイトから拝借しました(図104-4)。プラナリアの再生の動画をアップしているサイトがあります(18)。

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図104-4 プラナリア再生の研究者達

そのメカニズムの概要は、図104-5のようにERK蛋白質とβ-カテニン蛋白質は体の前後軸に沿って相反する活性勾配を形成し、その結果、体の異なる領域(頭、首、腹と尾)が再生できるということだそうです。ERK蛋白質(細胞外シグナル調節キナーゼまたは古典型マップキナーゼ)は蛋白質中のセリンまたはスレオニンをリン酸化する酵素ですが、転写制御因子などが活性化されることにより、細胞質から核に移行して遺伝子発現に影響を及ぼします。

梅園によると「プラナリアの幹細胞はERK蛋白質の活性化によって, もともと頭部の細胞に分化するように指令されますが, nou-darake 遺伝子や Wnt/ß-カテニン経路が ERK蛋白質の活性化レベルを抑制することによって, その指令を首や腹や尾部の細胞へとそれぞれ運命転換させていると結論づけました」だそうです(19) 。Nou-darake 遺伝子については次のセクションでとりあげる予定です。そのほかにも頭部・尾部の再生を制御する因子はありそうですが、そう遠くない時期に全容が解明されるのではないでしょうか。


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図104-5 プラナリア再生のための2つのシグナル(青:ERK、茶:β-カテニン)

 

ヒトの場合臓器の機能を代替する組織を作成するには、通常さまざまな人為的操作を行なってES細胞とかiPS細胞を作成しなければなりません。しかしプラナリアは体内に多数の自動的に機能を発揮する多能性幹細胞をもっていて(20)、体が切断されるとそれらが活性化して増殖・分化を繰り返し、新しい個体をつくりだすことができます。幹細胞がどのような種類の細胞に分化するかは図104-5のような因子の濃度勾配などによって決定されるというわけです。

ヒトも体中に多能性幹細胞を埋め込んでおけば、切られても再生できるかというと、それは無理です。血液循環で細胞に栄養供給を行なっている生物は、ヒトに限らず再生する前に出血多量で死亡します。

参照

1)Danielle A Ludeman, Nathan Farrar, Ana Riesgo, Jordi Paps and Sally P Leys., Evolutionary origins of sensation in metazoans: functional evidence for a new sensory organ in sponges. BMC Evolutionary Biology vol. 14., no. 3., (2014)
https://bmcevolbiol.biomedcentral.com/track/pdf/10.1186/1471-2148-14-3
https://doi.org/10.1186/1471-2148-14-3

2)脳のない海綿動物も“くしゃみ”をする national geographic
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8741/

3)Eckert, R. and Naitoh, Y. (1972) Bioelectric control of locomotion in the ciliates. J. Protozool. 19:237-243.

4)Peter A. V. Anderson, Andrew N. Spencer., The importance of cnidarian synapses for neurobiology., Developmental Neurobiology vol.20., no.5, pp. 435-457 (1989)

5)小泉修 神経系の起源と進化:散在神経系よりの考察 比較生理生化学 vol. 33, no.3, pp.116-125 (2016)

6)Leonid L. Moroz et al., The ctenophore genome and the evolutionary origins of neural systems., Nature vol. 510, pp. 109–114 (2014) doi:10.1038/nature13400
http://www.nature.com/articles/nature13400

7)阿形清和 プラナリアの脳は何を語るのか 生命誌24号
https://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/024/ex_2.html

8)ヒトデの目はみえていた National geographic (2014)
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8726/

9)プラナリア駆除
https://www.amazon.co.jp/gp/search/ref=sr_gnr_fkmr0?rh=i%3Apets%2Ck%3A%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%A2&keywords=%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%A2&ie=UTF8&qid=1524371589

10)John Graham Dalyell, Observations on some interesting phenomena in animal physiology, exhibited by several species of planariae. Archibald Constable & Co. Edinburgh (1814)
https://www.biodiversitylibrary.org/item/40487#page/11/mode/1up
https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=uc2.ark:/13960/t3hx16x5z;view=1up;seq=9

11)Online Books by John Graham Dalyell
http://onlinebooks.library.upenn.edu/webbin/book/lookupname?key=Dalyell%2C%20John%20Graham%2C%201775%2D1851

12)http://morph.way-nifty.com/grey/2016/10/post-152f.html

13)Morgan, T.H. (1898) Experimental studies of the regeneration of Planaria maculata. Archiv fur Entwicklungsmechanik der Organismen 7, 364-397
http://thenode.biologists.com/forgotten-classics-t-h-morgan-planarian-regeneration/research/

14)Meinhardth, H (2009) Beta-catenin and axis formation in planarians. Bioessays 31: 5-9.

15)Umezono et al. The molecular logic for planarian regeneration along the anterior-posterior axis. Nature vol. 500, pp. 73-76 (2013)
http://www.kyoto-u.ac.jp/static/ja/news_data/h/h1/news6/2013/130725_1.htm

16)Almuedo-Castillo M, Salo E, Adell T., Dishevelled is essential for neural connectivity and planar cell polarity in planarians. Proc Natl Acad Sci USA vol. 108: pp. 2813-2818 (2011)

17)Petersen C.P., Reddien P.W. Wnt signaling and the polarity of the primary body axis. Cell vol. 139: pp. 1231-1241. (2009)

18)プラナリアの再生
https://www.youtube.com/watch?v=vXN_5SPBPtM&feature=youtu.be

19)http://www.sci.u-hyogo.ac.jp/life/regeneration/LRB/research_yu.html

20)Rink J.C., Stem cell systems and regeneration in planaria., Dev Genes Evol., vol. 223(1-2): pp. 67-84. (2013) doi: 10.1007/s00427-012-0426-4. Epub 2012 Nov 9.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23138344

 

 

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2020年8月 4日 (火)

これしかないでしょう

Pcrreuter

ソース 
https://twitter.com/KamiMasahiro?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor

これは香港に用意されたPCR検査場だそうです。私たちが今使える武器はPCR検査しかないんですから、それで戦うしかないでしょう。ちまちまやってたんじゃだめなんですよ。東京ビッグサイトや幕張メッセクラスの会場で、少しでも風邪っぽいという人を自主的に集めてPCR検査を行い、陽性者は選手村に隔離という作戦がベストだと思います。広大な会場だと、やり方次第で3密は避けられるでしょう。街の集団検診や会社の定期検診でやるのもいいですね。うちの市では今年も夏に集団検診をやるそうですが、そこでどうしてPCR検査をやらないのか不思議です。

go to キャンペーンはタイミングがずれています。失敗に終わるでしょう。私もご先祖様には誠に申し訳ないですが、墓参りは今年はあきらめました。

PCR検査 世界158位の検査数が示す体たらく 総力挙げた体制整備が急務(長周新聞8月1日)
https://www.chosyu-journal.jp/shakai/18149

「PCR検査をたくさんやってその感染源を調査するなんてことやっていたら、すぐに保健所がパンクする」などということを言って、PCR検査に反対している人がいますが、別に大量のPCR検査しなくても、感染者の数が増えてくれば追跡が不可能になるのは当たり前で、今の日本の状況だって多くは追跡できていないのです。追跡で済むステージはとっくに過ぎています。

 

 

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2020年8月 1日 (土)

コウモリウィルス研究の第一人者 石正麗

Photo_20200801155601

石正麗氏(写真 from Chinese state media GCTN)は武漢ウィルス研究所の研究者で、一時コロナウィルス漏洩の犯人と疑われていましたが、私はもし武漢の研究所から漏洩したなら、肖波涛教授の指摘のように武漢疾病予防管理センターの可能性の方が高いと思いました。武漢ウィルス研究所は世界的に有名なハイレベル研究機関で、ウィルスの取り扱いは厳重に行われていると思われるからです。SARSウィルスなど、恒常的に多数の危険なウィルスを取り扱っているので、研究者だって命は惜しいわけですから、いい加減な管理で研究ができるわけがありません。

http://morph.way-nifty.com/grey/2020/02/post-f079d5.html

石正麗(シー・ジェンリー)博士はバットウーマンと言われるように、コウモリが持つウィルスの世界的権威であり、2019年12月30日に研究所に妙な肺炎の患者の検体が持ち込まれたとき、上海で会議をしていました。博士は急いで武漢に帰って分析をはじめました。すぐにこの検体に含まれるウィルスがコロナウィルスの仲間であることはわかりましたが、きちんと分析しているうちに市中感染が広がって、4月には中国で3000人を上回る死者が出てしまいました。

博士のグループはすでに数百種のコウモリ媒介ウィルスを発見しており、大半は無害だそうですが、そのうち数十種はSARSウィルスの仲間で人の組織でも増殖して危険だということがわかりました。博士のグループは2015年に雲南省のコウモリ洞窟の近くにある村の住人200人の血液を調べて、うち6人がコロナウィルスの抗体を持っていることを確認しています。2019年に研究所に持ち込まれた検体のウィルスは、雲南省のコウモリから同定していたウィルスとゲノム配列が96%一致していました。雲南省の感染者が武漢を訪問すれば、当然感染を広げる可能性はあります。

コロナウィルスはヒトだけでなく多くの動物に感染するので、現在流行しているウィルスの発生源が何であるかはわかりません。センザンコウが中間宿主だという説もあります。多くのウィルス研究者達が懸念しているのは、コロナウィルスが豚にも感染するということです。豚とヒトは免疫系がよく似ていて、ウィルスが行き来しやすいそうです。

https://www.scientificamerican.com/article/how-chinas-bat-woman-hunted-down-viruses-from-sars-to-the-new-coronavirus1/

 

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