池谷裕二著 「単純な脳、複雑な「私」」
自粛の日々だからといって、特に本を読みたくなるわけではありませんが、ここ半年くらいずっと編集という事務仕事をやっているので頭がカチカチに劣化してきました。これは脳のリハビリのために読んだ本です。
この本「単純な脳 複雑な「私」」(講談社 ブルーバックス)の著者池谷裕二とは、あのNキャスに出演している池谷裕二です。前回は自分の研究室に学徒動員がかかっていて、学生がウィルス採取やPCR検査をやらされているとブーたれていました。確かにそれで論文が間に合わずに留年になってしまったら、学生も研究室も大変です。同情します。
読み始めてすぐに感じたのは、池谷裕二は天才科学者だということです。私も何人か天才を知っていますが、彼らに共通しているのは話が樹木の幹や枝のように、つながって発展していかないという点です。花から花へ飛び回るような話の進め方で普通の頭脳の人間にはなかなかついていけないところがあります。野村が「長島の言ってることはさっぱりわからん」と言っていたことを思い出しました。私は凡才科学者ですが、文章を書く才能はあるので、私が書いた本の方が圧倒的に理解しやすいです。
にもかかわらず、この本に次々と投入される「花」はみんな美しくて心を揺さぶられます。心は揺さぶられるけれどもちゃんと理解できているわけではありません。特に「脳はノイズをエネルギーや秩序に変換する」というところが、非常に興味深いけれども難解で、未だによく理解できていません。
この本で特に驚いたのは380ページあたりで、黒白の碁盤のようなマス目を歩くお話です。2つのルール1)白のマスにやってきたら、そこを黒に変えて右に進む、2)黒のマスにやってきたらそこを白に変えて左に進む、で歩き回ると、最初はそこいらをランダムに歩き回っているようでも、あるときから一方向に強靱な意図をもったかのように進むことになるというお話で、これには唖然としました。遺伝子は設計図ではなく、ルールだという彼の主張も軽視できないと思いました。
この本は脳科学を基礎から展開してくれる本ではなく、いくつかの名所旧跡に案内してくれて、そこで脳にスパークを与えてくれる本です。著者は中高生向きの講義のつもりで書いていますが、内容は非常に高度なものも含まれていて、もう少し丁寧に説明してほしいというのが本音。多分大学での講義も凡徒にはわかりにくいのではないかという予感がします。ただ天才もそれなりに学習するので、以前に書いた「進化しすぎた脳」とくらべると、この本は格段に内容が豊かになって進化しています。
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