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2019年11月27日 (水)

ヒグチアイxまきちゃんぐ ライヴ@南青山「月見ル君想フ」

南青山界隈は富裕層の住む街で庶民には縁遠いはずなのですが、実は私は学生時代にこのあたりに2軒アルバイト先があったので、なつかしい街です。表参道から歩いて行くと、エイベックスにはもうクリスマスイルミネーションが灯っていました。

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おなじみの南青山マンダラを通り過ぎて1分くらいのところに今夜のライヴハウス「月見ル君想フ」がありました。ここは初めてです。今夜はまきちゃんぐとヒグチアイのツーメンです。

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地下に降りるとフロアにヤマハのグランドピアノが2台対面式に置かれていて、ステージの上にも客席が配置されていました。ここは明らかにベストポジションで、私が降りていったときには、1列目はすでに先着のお客さんが占拠していました。私はフロアの最後列に陣取りました。フロアの様子はヒグチアイさんのツイッターに写真がアップされています。

https://twitter.com/HiguchiAi

1曲づつ交代で歌うというのは出演者にとってはきつい。きつすぎる。意識せざるを得ないので、ともかくお互い自信を持っている曲をぶつけてバトルです・・・まあ、いろいろ思うところはありましたがこれ以上はやめておきましょう。私たちお客も希有の経験をさせてもらいました(実はほとんどのお客はどちらかにしか関心がないので、出演者が意識するほどの問題はありません)。お二人には誠にお疲れ様です。

このホールの音響は本当に素晴らしく、それほど広いフロアではないのですが、大音量でもうるさく感じられず、声も生に近い音をひねり出しているという、非常に注意深くセッティングされていることを感じました。ここと吉祥寺のスターパインズカフェは私が知っている限りベストですね。

まきちゃんぐの歌は「愛の雫」も「赤い糸」も素晴らしかったと思います。ヒグチアイさんは初めてだったので、歌のタイトルもわかりません。すみません。

赤い糸 https://www.youtube.com/watch?v=X9F7Qgr9QE4

はなのたねまき https://www.youtube.com/watch?v=faYSNQTtd4A

 

 

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2019年11月23日 (土)

インバル-都響 ロシア・グレイテスト・ヒッツ@サントリーホール2019/11/23

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土砂降りの土曜日。ショスタコ-ヴィチの祝典序曲以外は3曲ともお気に入りの曲なので、出かけないわけにはいきません。サントリーホールに着くと、早くもイルミネーションが点灯していました。女子高生が目立つので、これは下駄はかせたなと思いました。

とはいえ今日はチケットは結構売れていたのに、天候の関係で来なかった人が結構いた感じでした。空席の分布でわかります。今日のコンミスは四方さんなので、雨はボス矢部のせいではありません。サイドはゆづきの女性コンビ。2Vnトップもエンカナ・小林の女性コンビです。マエストロはエリアフ・インバル。

ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」はソリストがサスキア・ジョルジーニという女性でしたが、強烈なスパンコールのコスチュームで登場。これは「この衣装のような演奏をするよ」という予告みたいでした。

今まで経験したことがないような、軽やか華やかでキラキラとした演奏で意表をつかれました。指揮者もオケもこのピアニストの意図を実現してあげようと、よく考えられた演奏でサポートしていました。指もよく回るし音もクリアでまとめも上手、隅に置けないピアニストですねえ。ソリストアンコールではプーランクの「愛の小径」を演奏してくれましたが、これもなかなかチャーミングな素晴らしい演奏でした。

後半はチャイコフスキーの「幻想序曲 ロメオとジュリエット」と「祝典序曲 1812年」。前者は情感豊かな名曲で、金管咆哮の醍醐味も味わえます。後者はナポレオン退治の勇ましい曲。ほんとに大砲や銃をぶっ放す演奏会もあるみたいですが、私は経験したことがありません。
https://www.youtube.com/watch?v=1KzF1KgaREo

今回は2つの床の鐘と4つの釣り鐘を打ち鳴らしましたが、バンダの金管も含めて大迫力でした。チャイコフスキーのすごさを堪能しました。

サスキア・ジョルジーニ
https://www.youtube.com/watch?v=2os41GY8NNM

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2019年11月21日 (木)

NOROJOURNEY

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11月中旬になると次年度の都響会員券が届きます。これで私の1年半先のスケジュールが決まります。そんな先の話で、生きてるか死んでるかわからないし、どんな不可避スケジュールがはいってしまうかわからないし、病気になるかもしれないし、損な感じもするのですが、割引率が大きいので何度か行けない場合があっても結局得な場合が多いという結論です。このスケジュールを書き込む手帳が必要なのですが、今年はNOROJOURNEYというクロネコの手帳にしました。

クロパンという、うちで19年一緒に暮らした黒猫がいました。とてもシャイな猫で、当時はこちらも仕事が忙しく、サラやミーナのような親しい関係を築けなかったのが残念で、いまも悔やんでいます。最後の1年は白内障で目が見えなくてかわいそうでした。そんなこともあって、クロネコにはある種の特別な感情がわいてきます。

NOROJOURNEYはGreeting Life社の商標であるだけでなく、本当にNOROという2001年生まれの実在の猫が世界37ヶ国を旅したときの写真を商品にしたもののようです。手帳は手のひらサイズで薄く、ビニールカバーがついています。

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2019年11月18日 (月)

サラとミーナ221:ヒゲだけは立派なミーナ

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ベランダから外を見るミーナ

 

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陽に当たるミーナ ヒゲも太陽に向いています

 

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ミーナを超接写 目を閉じるのでなかなか成功しない

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2019年11月16日 (土)

これはあかんやろ

例の桜を見る会

http://s.kota2.net/1573732598.jpg

これはさすがにあかんやろ(指に注意)

沢尻はワイドショーの視線をそらすためにハメられたのかも

解説 http://www.asyura2.com/19/senkyo267/msg/387.html

 

 

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2019年11月14日 (木)

ほんとに電話かけるのか?

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杉尾秀哉参院議員は「立憲・国民 新緑風会・社民」という会派の議員ですが、国会での質問中に安倍総理に「共産党!」というヤジを飛ばされました。ヤジを飛ばすのは印象操作・イメージ植え付けか、ただ品性下劣なだけなのか? いや、それだけではすまない深層がこの事件にはかくれています。これは安倍総理が会場を混乱させて質問時間を浪費し、都合の悪い質問を回避するためにわざとやったことだと思います。その都合が悪い質問とは・・・

質問時間が無くて、最後に杉尾氏が発した言葉が示唆しています
「報道機関の現場記者やデスクキャップに総理大臣が自ら電話をしてこのニュースを流せ、この論調はおかしい、どうして報道しなかったんだ、こういう電話をしています。はっきり申し上げておきます。」 最後になってしまったので、総理がやったかやってないかの答弁は聞けずじまいです。ヤジが功を奏したわけです。

あのトランプだってツイッターでわめくだけなのに、現場記者に電話をかけるなどと言うのは、やったとすればどうみても職権乱用です。かかってきた電話は録音しているでしょうから証拠はあるでしょう。ただ特定されるとひどい目にあう恐れがあるので、出し方は難しいと思いますが。

もうひとつ言わせてもらえば、安倍政権が決定的にダメなのは公文書・会議議事録の改ざんです。先日も経団連会長の発言を削除したというのが話題になっていましたが、私は団地管理組合の理事会議事録を作成するときに、官庁の議事録を参照したことがあります。数年前までの官庁議事録は発言者のことばを「おはようございます」からはじまって、一字一句きっちりとおそらく録音通り掲載してあり、1時間の議事でもA4で10ページくらいのきちんとしたものでした。でなければあとで自分の発言が記録されていないと抗議されるからだと思います。これならあとで文句をつけられません。

ところが最近は森友学園事件などで明らかになったように、政府に都合の悪い記述は削除する、改ざんする、などの決してやってはいけないことが日常的になりつつあるようです。そりゃあ実名が出て都合が悪いような内容は、情報公開時に黒塗りするようなことはあり得るとしても、削除や改ざんは決して許されるものではありません。官僚ももちろんやりたくてやっているわけではなく、官邸の指示があるからこそやっているはずです。忖度だけで削除や改ざんなど怖くてできるはずがありません。これだけでも完全にアウトです。政治をやる資格はありません。

どうしてこんな政権が長い間続いているのか、私には全く理解できません。

参照

https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_litera_10099/
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191108-11080802-nksports-soci
https://togetter.com/li/1428540
http://www.asyura2.com/19/senkyo267/msg/321.html

https://www.asahi.com/articles/ASL317533L31UTIL060.html

http://www.tatsumi-kotaro-jump.com/parliament_question/%E6%94%B9%E3%81%96%E3%82%93%E5%87%A6%E5%88%86%E8%BB%BD%E3%81%99%E3%81%8E%E3%82%8B-%E3%80%8C%E6%A3%AE%E5%8F%8B%E3%80%8D%E6%96%87%E6%9B%B8%E3%80%80%E8%BE%B0%E5%B7%B3%E8%AD%B0%E5%93%A1%E3%81%8C%E8%BF%BD/

 

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2019年11月12日 (火)

インバル-都響 ショスタコーヴィチ交響曲第11番@東京文化会館2019/11/11

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いよいよインバル都響のシーズンがやってきました。私は病院で風邪を移されたせいか、土日と非常に体調が悪く、病院通い以外は伏せっていましたが、このコンサートにはなんとしても行きたかったので、回復に努めようやく月曜日に外出最低限まで回復しました。コンタック咳止めを服用して東京文化会館に!

ずっと晴れの天気の中で、ぽつんと雨降りの今日のコンマスはボス矢部ということで、彼の雨雲を呼び寄せる霊力は素晴らしい。サイドはマキロン。指揮者インバルは80才を超えても全く老人ぽくなく素晴らしい体力です。

タコ11は一昨年の芸劇ミッチー大阪フィル以来です。今日は前半もフランチェスカ・ダ・リミニで、人間の暗黒面に焦点を当てた非常に暗く怖い音楽を集めた感じです。「1812年」ではなく、こちらの曲目にしたのは正解だと思います。「1812年」は23日のプロムナードで演奏するようです。都響のハーモニーはいつにも増して分厚く濃厚な印象を受けました。やはりインバルの統率力はすごいものがあります。

タコ11はフランチェスカ・ダ・リミニのようなホラーじゃなくて、現実に存在した「血の日曜日」のドキュメンタリー音楽なのが想像を絶するところで、ダイナミックレンジも広く、とてもCDを家で聴いていたのではダメな音楽です。インバル-都響はその地獄の世界に聴衆をたたき込み、貴重な経験をさせてくれたと思います。

今日はいつもの南方と選手交代した大植のイングリッシュホルンの冷えびえとした音色が見事でした。その他全員非常に集中し頑張った演奏だと思いました。


☆ 引用されている音楽

夜は暗い
https://www.youtube.com/watch?v=E5tdvbRtSgY

同士は斃れぬ
https://www.youtube.com/watch?v=fa6BswG-dU8

おお皇帝 吾等が父よ
https://www.youtube.com/watch?v=JR-nG_ecsZo

ワルシャワ労働者の歌
https://www.youtube.com/watch?v=qtslGbYKMoQ


参照

https://www.youtube.com/watch?v=JycVywv5myU

https://www.youtube.com/watch?v=4Pudaf862qM

 

 

 

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2019年11月 9日 (土)

「大丈夫です」ってどういう意味?

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最近私もよく使うようになった日本語に「大丈夫です」というのがあります。でも何か違和感がつきまとっていて、この原因を解明したくなりました。

この言葉がよく使われるのは、相手の親切なオファーを断るときです。

例えば

「席を譲りましょうか?」「大丈夫です=No」
「クーポン出しましょうか?」「大丈夫です=No」
「スプーンつけましょうか?」「大丈夫です=No」
「お金を少し融通しましょうか?」「大丈夫です=No」

でも
「ちょっとお金が足りないから、払っておいてくれますか」「大丈夫です=Yes」
「明日の5時に有楽町でお会いしましょう」「大丈夫です=Yes」
「君はフルート奏者だけど、今度はピッコロを吹いてほしい」「大丈夫です=Yes」

つまりオファーした人が損をする場合はNo
得する場合やオファーした人の都合に合わせる場合はYesとなるようです。

状況によって意味が正反対になるというのは気持ち悪いですが、ですから状況が不明な場合は使ってはいけない言葉になります。

たとえば「結婚してくれませんか」というオファーは、微妙です。「大丈夫です」と答えるとYesなのかNoなのかよくわかりません。

日本語の「はい」は本来「あなたの意見に同意またはしたがいます」という意味であって、Yesではありません。

たとえばあなたが日本人だった場合、
「あなたは日本人じゃないですよね」と訊かれたら、「いいえ、日本人です」
「あなたは外国人じゃないですよね」と聞かれたら、「はい、外国人ではありません」

というのが正しい使い方です。英語の影響でだんだん「はい」「いいえ」が相手に関係なく、自分本位の「Yes」「No」になっていくのは残念です。

「大丈夫です」というのも、その場の状況で意味が変わるというのは日本的で奥ゆかしいと考えていいのかな?

 

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2019年11月 8日 (金)

病院通い

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船橋の病院で口腔外科の手術をしました。まあ生きているといろんなことがあるものです。なんとか終了しましたが、しばらく病院とおつきあいしないといけません。

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2019年11月 6日 (水)

プレビュー2 第4章 生命を構成する物質 61.酵素 I

現在このあたりまで進行中です。いろいろあって順調に進んでいるとはいえませんが、少しづつ進めています。

 

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図61-1
ルネ・レオミュール
(1687~1757)

 酵素を誰が発見したのかというのは、特定の人物を指定することがやや難しい問題です。歴史をたどっていくことにしましょう。
 1752年、フランスの科学者ルネ・レオミュール(René-Antoine Ferchault de Réaumur、図61-1)は、消化されなかった食べ物を吐き出す習性があるトンビに目を付け、金網で囲った肉を食べさせて、はき出した金網の中の肉が溶けていたことを確認ました。さらにスポンジ(当時のことですから海綿)を食べさせて、はき出したスポンジから胃液を集め、その胃液に肉片を浸すことで肉片が溶けることも観察しました(1-2)。この結果からレオミュールは、胃液には肉を分解する物質が含まれると考えました。
 レオミュールという人は偉大な昆虫学者で、全六巻からなる大著「昆虫誌」(3)を出版しました。もちろんフランス語ですが、オープンライブラリーで閲覧可能なようです。
 レオミュールの観察を受け継いだのは、イタリア人のラッザロ・スパランツァーニ(Lazzaro Spallanzani, 図61-2)というとてつもない科学者でした。彼はレオミュールの実験をさまざまな動物で追試し、吐き出した海綿中に消化を行う物質があることは間違いないという確信を持ちました。それからが彼の異常なところで、1776年に同じ実験を自分自身の体を使って追試してみようと考えたのです。といっても思いつきでやってみたのではなく、イヌやヘビに布袋を飲ませようとしてかみつかれるなどの困難に直面した後の苦渋の決断だったようです。

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図61-2
ラッザロ・スパランツァーニ
(1729~1799)

 スパランツァーニはまず布袋にパンを入れて飲み込み、排泄された布袋の中からパンが無くなっていることを観察しました。次に竹を削って木筒をつくり、そのなかにパンや肉片を入れ、小さな穴を開けた木筒を布袋に入れて飲み込みました。出てきた木筒の中の食物はなくなっていました。
 これによって胃ですりつぶされて食物が粉々になったためになくなったわけではないことが証明されました。木筒に骨を入れた場合は、消化されずにそのまま出てきました。このような実験を多数繰り返して、スパランツァーニは胃には鳥類の砂嚢のように食べ物を粉々にする作用はなく、胃液に含まれる因子によって食べ物が消化されるのだという確信を持ちました。
 しかしもう一押し、胃液を取り出して、その中で食べ物が消化されるのを見たいと思うのは、科学者として必然のなりゆきでしょう。そこからがまた彼の凄いところで、指をノドに突っ込んで自分の胃液をはき出すトレーニングをして実行したのです。そして実際に自分の胃液の中で肉が消化されるのを観察しました。それは腐敗とは違うことも確認しました。さらに前記の肉片の入った木筒を飲み込み、しばらくして吐き出すという名人芸も会得し、中を調べてみると肉片が消化されかかっていました。

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図61-3
「自分の体で実験したい」Leslie Dendy and Mel Boring 著 梶山あゆみ訳、紀伊國屋書店(2007)

 スパランツァーニが一連の自分の体を使った人体実験から得た結論は、「消化は機械的粉砕や微生物による腐敗や発酵ではなく、胃液が促進する通常の化学反応だ」 というものでした。彼の功績は「自分の体で実験したい」という本に詳しく記してあります(4)。この本の表紙を図61-3に示しました。布袋を飲み込みつつあるスパランツァーニの姿が表紙になっています。
 私も購入して通読しましたが、この本にはスパランツァーニ以外にも、自分をモルモットにして命がけで実験をした大勢の科学者の業績が記されています。命を落とした人もいるということで合掌・・・・・。
 18世紀におけるレオミュールやスパランツァーニの偉大な実験にもかかわらず、多くの科学者が酵素の存在を確信するまでには、さらに1世紀もの長い時間が必要でした。19世紀に入ると、まずパヤン Anselme Payenとペルソ Jean Francois Persoz (図61-4) が、麦芽抽出液からデンプンをグルコースに分解する酵素を分離しジアスターゼと名付けました(1833年、5)。これは現在ではアミラーゼと呼ばれています。

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図61-4
アンセルム・パヤン
(1795~1871)とジャン・フランソワ・ペルソ(1805~1868)


 スパランツァーニの研究もいくつかの研究室で引き続き発展しました。1834年ヨハン・エベールは乾燥させた胃の粘膜から消化能力のある溶液を調製することに成功しました。その溶液で処理すると、卵白アルブミンは溶けてしまうだけではなく、検出できなくなりました。細胞説で有名なテオドール・シュワンはエベールの実験結果に注目し、1836年に胃液に含まれる成分がアルブミン以外のタンパク質も分解することを確認して、ペプシンと命名しました。しかしそのペプシンを精製することはできませんでした。19世紀の生化学で優勢だったのは、パスツールが証明した「生物は生物からしか生まれない、そして発酵や腐敗は微生物によって行われる」という考え方で、消化もやはり微生物の作用あるいは何らかの生命力によると思われていましたが、一方でパヤン&ペルソらの酵素の作用による有機物の化学変化もまた無視できないという隔靴掻痒の状況にありました。

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図61-5
エドゥアルト・ブブナー
(1860~1917)

 そうした中で、1897年エドゥアルト・ブフナー(Eduard Buchner, 図61-5)がすりつぶした酵母をろ過した抽出液(無細胞抽出液)の中で、糖が発酵してアルコールと二酸化炭素になることを発見したことは大きな衝撃でした(6)。すなわち生きた細胞がいなくてもアルコール発酵が行われることが証明されたことになります。
  これは大変重要な実験でした。なぜならこれで生気説は否定され、有機物の生成や分解も普通の化学変化にすぎないという考え方が勝利したからです。ブフナーは1907年にノーベル化学賞を受賞しました。しかしその10年後に第一次世界大戦で従軍し、戦死しました。

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図61-6
ジョン・ハワード・ノースロップ
(1891~1987)

 最終的に酵素がタンパク質であるということが証明されたのは20世紀も深まってからでした。1919年に米国の化学者ジョン・ノースロップ(John Howard Northrop, 図61-6)はペプシンを単離して結晶化し、それがタンパク質であることを証明しました(7-8)。ノースロップは1946年にノーベル化学賞を受賞しています。
  結論的に言えば、酵素の発見は誰がというより、ここで述べた科学者達を中心とした多くの科学者達が、200年近くの歳月をかけてなしとげた業績です。
 酵素の作用機構についてはすでに1894年からエミール・フィッシャーが「鍵と鍵穴」説を発表しており(9)、現在でも当たらずといえども遠からずという評価を受けていて、説明にはよく用いられます。すなわち酵素には基質(=鍵)を凸とすると凹の形態を持った鍵穴があり、そこに基質を収納すると基質がケミカルアタックを受けて生成物に変化するという考え方です(図61-7)。

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図67-7
エミール・フィッシャーの鍵と鍵穴説

 

 この過程を、レオノア・ミカエリスとモード・メンテン(図61-8)は次のような化学式で表現しました。

酵素 (E) + 基質 (S) ⇔  酵素基質複合体 (ES) → 酵素 (E) + 生成物 (P)
E: enzyme,  S: substrate,  ES: enzyme-substrate complex,  P: product

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図61-8
レオノア・ミカエリス
(1875~1949)とモード・メンテン
(1879~1960)


 ここで重要なのはE+S⇄ ESの1段階目の反応は可逆的なのに、2段階目のES→E+Pという反応は不可逆的だということです。もしそうでなければ、デンプンを分解してブドウ糖を生成しエネルギー源として利用しようとしても、ブドウ糖がある程度たまるとデンプンに逆戻りしてしまうという不都合が発生します。ただし生成物が少量で良い時などには、フィードバック制御という別プロセスで酵素に阻害がかかり、反応が停止するということはあります。
 酵素は触媒の1種ですが、金属触媒などを用いた無機化学反応と違って、基質濃度を上昇させてもあるところで頭打ちになってしまいます。基質濃度を横軸、反応速度を縦軸としてグラフを描くと図61-9のようになります。

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図61-9
基質濃度と反応速度

基質濃度を上げても、比例的に反応速度が上昇することはなく、頭打ちになる。

1913年にミカエリスとメンテンは、このグラフを数式で表現する、ミカエリス・メンテンの式を発表しました(10、図61-10)。

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図61-10
ミカエリス・メンテン式


 図61-9において、最大反応速度はVmax、その2分の1の反応速度で反応が進行しているときの基質濃度をKmとしています。ミカエリス・メンテン式において、[S] = Km とすると、v = 0.5 x Vmax となります。ミカエリス・メンテン式の導出のしかたについて興味がある方はサイト(11)を参照して下さい。
 本稿でもうひとつ触れておきたいのは、酵素が化学変化の過程において、活性化エネルギーを低下させるということです。物質Aは自然に自由エネルギーが低い物質Bに変化していくことは、熱力学の第2法則が示していますが、それでも物質Aが存在しているのは、物質Bに変化するために要する時間が無限大に近いことによります。酵素は物質A(基質=S)が物質B(生成物=P)に変化するために必要な、活性化エネルギーのレベルを下げる作用を持っています(図61-11、赤線)。このことによって変化に必要な時間を著しく短縮することができるので、生命現象に必要な化学変化を現実的な時間で実行することが可能になるわけです。

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図61-11
酵素はSがPに変化するために必要な中間段階の自由エネルギーレベルを引き下げる効果を持つ

酵素と基質が結合することによって(ES)、反応中間段階に到達するための活性化エネルギーが少なくなる(赤線)。


参照

1)ウィキペディア: ルネ・レオミュール
2)http://contest.japias.jp/tqj2005/80064/kousohakkenn.html
3)René-Antoine Ferchault de Réaumur, Memoires pour servir a l'histoire des insectes. A Paris : De l'imprimerie royale (1734) 
https://archive.org/details/memoirespourserv01ra
4)「自分の体で実験したい」 原題:Guinea Pig Scientists、 Leslie Dendy and Mel Boring 著 梶山あゆみ訳、紀伊國屋書店 (2007)
5)A. Payen and J.-F. Persoz, "Mémoire sur la diastase, les principaux produits de ses réactions et leurs applications aux arts industriels" (Memoir on diastase, the principal products of its reactions, and their applications to the industrial arts), Annales de chimie et de physique, 2nd series, vol. 53, pages 73–92 (1833)
6)Eduard Buchner, “Alkoholische Gärung ohne Hefezellen (Vorläufige Mitteilung)”. Berichte der Deutschen Chemischen Gesellschaft. vol. 30,  pp. 117–124 (1897)
7)Northrop J.H., Crystallin pepsin., Science vol. 69,  p. 580 (1929)
8)P. A. Levene, J. H. Helberger, CRYSTALLINE PEPSIN OF NORTHROP, Science Vol. 73, Issue 1897,  pp. 494 (1931) DOI: 10.1126/science.73.1897.494
https://science.sciencemag.org/content/73/1897/494.1.long
9)Emil Fischer, Einfluss der Configuration auf die Wirkung der Enzyme. Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft, Volume 27, pp. 2985–2993 (1894)
10)Michaelis, L.,and Menten, M., Die kinetik der invertinwirkung, Biochemistry Zeitung vol. 49, pp. 333-369 (1913)
11)ウィキペディア: ミカエリス・メンテン式

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2019年11月 3日 (日)

熊木杏里 コンサート「人と時」

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昨日熊木杏里のコンサート「人と時」に行ってきました。場所は日本橋三井ホール。私が知っているだけでもここで3回コンサートをやっているので、おなじみの場所です。

当日券を売っていたのでちょっと心配しましたが、大盛況で(3回やったうちでも一番だと思います)、これなら中国の巨大マーケットもあるし、当分ヤマハで行けそうだなと安心しました。

ただ登場したクマッキーはやせこけていて、体調が悪いのかとも思いましたが、声は十分出ていましたし、何よりとても楽しそうにしていたので、まあ大丈夫かな? バンド編成は、ギター・ピアノ・ドラムス・ベース(コントラバス)・ヴァイオリン・チェロが出入り自在でやっていました。
https://www.instagram.com/p/B4Y8uiRJmxg/

今回は音響も非常に良くて、おそらくプロデューサー兼コントラバス&ベース奏者の森田晃平氏がきちんと調整したのではないかと推測しました。彼のアレンジの素晴らしさはCDでよくわかりましたが、コンサートもなかなかのものでした。とくに「春の風」をボレロでかましてくれたのには度肝を抜かれました。

私がアルバム「人と時」で一押しの「いつかの影法師」をなかなかやらないので、ちょっと心配しましたが、なんとアンコールの3曲目で演奏。この曲ほんとに好きです。

「どれくらい?」はライヴだと盛り上がりますね。CDではここまでいい曲とは気がつきませんでした。

それにしてもとても素晴らしいコンサートでした。

セットリスト

1.home
2.Best Friend
3.それがいいかな
4.新しい私になって
5.傘
6.あわい
7.君
8.蛍
9.生きかけとして
10.説教と楓
11.雨が空から離れたら
12.私が見えますか?
13.どれくらい?
14.春の風
15.風船葛(ふうせんかずら)

アンコール
1.亡き歌
2.雪
3.いつかの影法師

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