やぶにらみ生物論126: ヒスタミン
ヒスタミンはイミダゾール骨格にエチルアミンの側鎖がついている構造の化学物質で、哺乳動物のほとんどすべての組織に含まれています。アミノ酸のひとつであるL-ヒスチジンから、L-ヒスチジン脱炭酸酵素による脱炭酸反応により生合成されます(1、図1)。
この反応は細菌でも行うことができるものがあることが知られています。細菌がなぜこのような反応をおこなうかについては、一般的には酸性になった細胞内環境を中性にもどす役割が想定されていますが、そのほかの役割もあるようです(2)。人の立場からいえば、細菌が産生するヒスタミンは、ヒスタミン中毒の原因物質なので困りものです。
1907年にウィンダウス(図2)とフォークトによってヒスタミンが化学的に合成されたことが、ヒスタミン研究の出発点となりました(3)。ウィンダウスは1927年にノーベル化学賞を受賞していますが、それはコレステロールやビタミンの研究が評価されたものです。しかしノーベル財団のバイオグラフィーをみると、彼がヒスタミンを発見したことにも少しだけ触れてあります(4)。
合成ヒスタミンが使えるようになったので、デイルとレイドロー (図2)はまず10mgのヒスタミンをカエルの背中のリンパ嚢に注入したところ、カエルは大口を開けて、手足は伸びきり、明らかに中枢神経系の活動が抑制されたことが示されました。次に2mgのヒスタミンをウサギの静脈に注射すると、ウサギは平伏し、心臓の鼓動が不整で弱くなり、さらに2mg追加すると死亡するという結果を得ました。またヒスタミンがアナフィラキシーショックを引き起こすことがあるとも指摘しています(5)。
デイルはレーヴィとともに神経伝達物質(アセチルコリン)を発見したことで有名で、その業績で1936年のノーベル生理学医学賞を受賞しています。このブログでも以前にとりあげました(6)。
ヒスタミンは特定の内分泌器官から放出されるものではないので、ホルモンの定義からは逸脱していますが、主にマスト細胞(肥満細胞)、好塩基球、マクロファージ、神経細胞などが放出し、血圧降下、血管透過性亢進、平滑筋収縮、血管拡張、腺分泌促進、アレルギー反応・炎症の促進などの生理作用を持っている上に、神経伝達物質でもあります(1、図3)。マクロファージの場合だけ、ヒスタミンは細胞質にある顆粒内にストックされずフリーのまま放出されます。
図3に示したマスト細胞や好塩基球ではヒスタミンを含む顆粒が染色されて、はっきり見えます。
ヒスタミンが過剰に作用すると、じんましん・皮膚炎・鼻炎・ぜんそくなどのアレルギー反応や、ひどい場合にはアナフィラキシーショックを引き起こすこともあるので、それらを抑制するための抗ヒスタミン薬はほとんどの人がお世話になっているはずです。
ヒスタミンの受容体は、現在知られているものはすべてGPCR(細胞膜7回貫通型Gタンパク質共役受容体)です(7)。ウィキペディアに美しい説明図がありました(7)。この図の一番左をみると、Gタンパク質(青)と受容体(赤)が離れた位置にあり、ヒスタミンが結合してはじめてGタンパク質と受容体が接近して結合するような印象を受けますが、これは議論の余地があるでしょう。
ともあれ受容体の立体構造の変化を受けてGタンパク質がGDPをリリースしてGTPと結合し、Gαが解離してエフェクター(H2受容体の場合はアデニル酸シクラーゼ)に作用するわけです。これによりアデニル酸シクラーゼは活性化されてcAMPが産生されます。
英語版のウィキペディアをみると、日本語版とは少し異なる解説図がみつかります(8、図5)。左図ではGαだけでなくGβGγもエフェクターに結合するとしています。またGタンパク質は最初から受容体と結合しています。右図では日本語版と基本的に同じ解説になります。いったん受容体から離れたGαが元の位置にもどってくるとすると、受容体と結合しないのなら、GβGγが元の位置にあって目標になる必要があるので、係留用杭(ボラード)となるGβGγは独自に行動することは許されません。
ヒスタミンの受容体は現在4種類が知られており、それぞれの特徴をとりあえずウィキペディアからコピペしておきます(図6)。このあと述べるように、ヒスタミン受容体はヒスタミンと結合すると細胞の脱分極を誘導するはずですが、このメカニズムは私が調べた限りではよくわかりませんでした。イオンチャネル型の受容体はみつかっていないようです。
ヒスタミンが脳神経系に存在することを最初に示したのはクフィアトコフスキで、1943年のことですが、この論文にはフリーでアクセスできます(9)。その後 Garbarg(発音不明)らはヒスタミンが脳の灰白部、特に神経末端に局在していることをつきとめました(10)。ヒトの脳ではヒスタミン系の神経伝達経路は、視床下部外側結節乳頭核から脳全体に投射していることがわかっています(11、図8)。この総説を書いたハースはヒスタミン系神経伝達経路研究の中心人物のひとりで図7に写真を貼っておきました。
ヒスタミン神経系の実在を証明する上で、大阪大学の和田博と門下の渡邉建彦(図7)、遠山正彌らは大きな貢献をしました。彼らはヒスチジン脱炭酸酵素の抗体を作成して、脳におけるヒスタミン神経系の可視化に成功しました(12)。ただヒスタミンを大量に産生するマスト細胞が脳にも存在するのでまぎらわしい点があり、最終的にはマスト細胞を持たないミュータントマウスを使って証明することができたとのことです(12)。
ヒスタミンの作用は図6からも広汎であることがわかりますが、ひとつ注意すべきは免疫反応を促進するため、ぜんそく、じんましん、発熱などのアレルギー反応などを引き起こす悪者として扱われることもよくあります。しかしそれらはあくまでも生体防御反応の結果ですし、ヒスタミンは上記のように神経伝達物質として脳の機能に深く関わっているほか、平滑筋収縮、血小板凝集、胃酸分泌を促進するなどの重要な機能も持ち合わせています。
脳でのヒスタミンのはたらきのなかで、特に注目すべきはその覚醒維持作用です。ヒスタミン神経系は、眠らせようとするアデノシン-GABA系の神経系と拮抗しており、覚醒を維持するために重要なはたらきがあります(13、14)。三島先生の記事を引用すると「脳を最も強力に覚醒させる神経伝達物質の一つであるヒスタミンは結節乳頭核から大脳に投射されている。腹側外側視索前野はその結節乳頭核の活動を抑え込むことで眠気(睡眠)を誘発する。アデノシンは自身が産生されたクモ膜下腔のすぐ近くにある腹側外側視索前野を活性化し、結果的に眠気をもたらす(13)。」ということになります。
ですから抗ヒスタミン剤(ドリエルなど)を投与されると、当然眠くなります(15)。この薬を服用した場合は、翌日も眠くなる可能性があるので、車の運転をしないなど行動には十分注意する必要があります(16、17)。睡眠を誘導するアデノシン-GABA系神経を抑制しても目が覚めるわけですが、カフェインにはそのような効果があります。
参照
1)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3
2)小栁喬 細菌たちよ,アミノ酸をなぜ脱炭酸する? 生物工学 第 95巻 第9号(2017)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/CFQW7HJS/9509_biomedia_3.pdf
3)Windaus A, Vogt W. Synthese des Imidazolyl-athylamins. Ber. Dtsch. Chem. Ges. vol.40, pp.3691-3695 (1907)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/cber.190704003164
4)Adolf Windaus Biographical MLA style: Adolf Windaus Biographical. Nobe lPrize.org. Nobel Media AB 2019. Mon. 13 May 2019.
https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/1928/windaus/biographical/
5)Dale HH, Laidlaw PP. The physiological action of beta-iminazolylethylamine. J Physiol., vol.41(5):pp.318-344 (1910)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1512903/
6)http://morph.way-nifty.com/grey/2019/02/post-e2ed.html
8)https://en.wikipedia.org/wiki/G_protein-coupled_receptor
9)Kwiatkowski H. Histamine in nervous tissue. J Physiol vol.102: pp. 32-41, (1943).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1393435/
10)Monique Garbarg, Gilles Barbin, Jean Feger, Jean-Charles Schwartz., Histaminergic Pathway in Rat Brain Evidenced by Lesions of the Medial Forebrain Bundle.
Science Vol. 186, Issue 4166, pp. 833-835 (1974) DOI: 10.1126/science.186.4166.83307
https://science.sciencemag.org/content/186/4166/833?ijkey=7306dedf001ced6e0be14ccae7aea614ae2907&keytype2=tf_ipsecsha
11)Helmut L. Haas, Olga A. Sergeeva, AND Oliver Selbach., Histamine in the Nervous System., Physiol Rev vol.88: pp.1183-1241 (2008); doi:10.1152/physrev.00043.2007.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18626069
12)T.Watanabe and H.Wada (eds), Histaminergic neurons: Morphology and Fundtion. CRC Press (1991) Boca Raton, Florida
13)三島和夫 睡眠の都市伝説を斬る ナショナルジオグラフィック
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/403964/082900048/?P=3
14)筑波大学 報道資料 睡眠と覚醒を制御する神経回路を解明 ~視床下部睡眠中枢と覚醒中枢の神経接続の解明~ (2018)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/PVA09UPG/180717sakurai-3.pdf
15)エスエス製薬 睡眠改善薬のメカニズム
https://www.ssp.co.jp/condition/insomnia/mechanism/
16)https://kotobank.jp/word/%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E6%94%B9%E5%96%84%E8%96%AC-187116
17)https://www.min-iren.gr.jp/?p=5526
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