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2019年3月 7日 (木)

やぶにらみ生物論123: アドレナリンとノルアドレナリン

神経伝達物質のうち、まずアセチルコリンについて前稿で述べましたが(1)、生体内にはその他にも多くの神経伝達物質があります。おおざっぱに分類するとアセチルコリン、モノアミン、アミノ酸、ペプチド、その他ということになりますが(図1)、これから順次みていきましょう。

種類は多くても、これらの神経伝達物質はシナプス小胞に蓄えられ、必要な場合にシナプス間隙に放出され、シナプス後細胞の受容体にトラップされることによって情報伝達を行なうというメカニズムに変わりはありません(図1)。

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まずモノアミン類ですが、主要な分子はノルアドレナリン、アドレナリン、ドーパミン、セロトニン、ヒスタミンの5つです。アセチルコリンがコリンの酢酸エステルであるのに対して、これらは水酸基のついているベンゼン環またはインドール環をもつ芳香族で、ローンペアのある窒素を含むアミンです。アセチルコリンの窒素原子は電子を供与できません。ヒスタミンについては後に記すことにします。

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渋谷駅の東口を出て六本木通りを六本木方向に進むと、すぐクロスタワーが見えてきます。クロスタワーの前を通り過ぎて少し歩くと長井薬学記念館というビルがあります。日本薬学会の事務所があるビルですが、この長井という名前は日本の近代薬学の創始者であり、薬学会の初代会頭である長井長義の名にちなんだものです。

長井長義は波乱に満ちたアドレナリン物語の起点となる人物でもあります。上中啓三(図3)は東京大学医学部薬学科に入学し、長井長義の研究室で薬学者としてのスタートを切りました(2)。長井らはエフェドリンの結晶化と構造決定に成功しており、上中もここで有機物質の抽出結晶化の技術をきっちりと身につけることができました。しかも図3に示すようにエフェドリンとアドレナリンの構造は似ており、ほぼ同じ方法で抽出結晶化ができたことが、上中の成功の要因でした。

ちなみにエフェドリンは今でも使われている鎮咳薬で、塩酸エフェドリンやその誘導体が風邪薬によく含まれています。アドレナリンにも鎮咳作用はありますが、医薬品としては主に強心剤として使われます。

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アドレナリンは上中がかかわるよりかなり前にその存在が確認されていましたし(3、4)。1895年にはムーアが血圧上昇作用を持つ副腎抽出物が塩化第二鉄と反応して緑色になるというヴルピアン反応を示すことを確認していました。アルフレッド・ヴルピアン(図3)は19世紀半ばに、副腎が塩化第二鉄で緑色、ヨードで桃色もしくはバラ色を呈することを発見していました。これはカテコール関連物質に特異的な反応で、アドレナリンの同定にも有用でした。

しかし上中が米国の高峰譲吉研究室に留学した頃(1899年)になっても、その構造は明らかになっていませんでした。

当時高峰はタカジアスターゼの製造でパーク・デービス社という大企業とコラボしていて財力があり、9kgという大量の副腎を集めることができたので、上中としては非常に良い条件で仕事を始めることができました(5)。高峰はもともと研究者というよりビジネスマンであり、大学をでたあとしばらく役人をやって、その後現日産化学を設立したりしていました。

アドレナリンの構造決定は世界的な大競争となり、上中-高峰もそこに参入したわけです。米国生化学会の重鎮エイベルもそのひとりで、1899年にはその副腎由来活性因子の名をエピネフリンと命名し、精製と構造決定を試みていましたが、その方法がまずかったので、結局成果は得られませんでした。上中はエイベルのサンプルがヴルパイン反応を示さないことから、それはアドレナリンではないことを確認しました。

上中は渡米翌年の1900年に、はやくも長井研で鍛えた腕で見事にアドレナリンの結晶化に成功し、高峰は世界中の学会で発表を行ないました。そして高峰のスポンサーだったパーク・デービス社は1903年にはアドレナリンを全世界に販売開始しました(5)。

ところが高峰が1922年に亡くなった後、エイベルは高峰らの業績は自分たちの成果を盗んだものだと言い放ち(5、6)、その後100年以上米国と米国の影響が強かった日本ではアドレナリンという名は使われず、エピネフリンが正式名となっていました。日本薬局方でアドレナリンと改正されたのは2006年で、なんと100年以上も間違った名前が使われていました(7)。

上中・高峰の名誉回復のきっかけとなったのは、上中の実験ノートが公開されたことだそうです(8、9)。元岡山大学教授で上中氏と同郷(兵庫県西宮市名塩)の僧侶中山沃氏が、自坊の境内に石碑を建立されています(8、図4)。

上中氏は1916年に帰国しましたが、決してエイベルの中傷でひどい目にあったわけではなく、高峰氏が社長だった第一三共製薬(当時は三共製薬)に入社し、監査役にまで上り詰めるというよい人生だったようです(10)。とはいっても、自動車も走っていない馬車時代に、ホルモンであり神経伝達物質でもあるアドレナリンの精製純化と構造決定をなしとげた上中・高峰が、ノーベル賞の栄誉に浴さなかったというのは残念であり、ノーベル財団の大失敗だったのでしょう。

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アドレナリン(高峰は adrenalin というスペルを用いましたが、現在では adrenaline というスペルが一般的です)はアミノ酸のひとつであるチロシンから合成されます(図5)。ドーパミンやノルアドレナリンは中間生成物ですが、単なる中間生成物ではなく、それぞれ別個の神経細胞で神経伝達物質としての機能を発揮します。

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アドレナリンとノルアドレナリンは細胞ごとに棲み分けている場合も多いですが、機能的には類似しており受容体は共通です。その受容体とはもうこのブログでも何度も登場してお馴染みの、7回膜貫通型3量体Gタンパク質共役型受容体(GPCR=GTP-binding protein-coupled receptor )です(1、11、図6)。アドレナリン・ノルアドレナリンをトラップするGPCRには、α型とβ型の2つのタイプがあり、それぞれがさらにいくつかのサブタイプに分かれています。

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GPCRは生物が発明したタンパク質の中でも最大級に重要なタンパク質であり、「薬のすべてがわかる!薬学まとめ」によると、「医療に用いられている薬の約半数は、直接的もしくは間接的にGPCRを標的としている。世の中にある薬の半分はGPCRが関わっているということである。」・・・だそうです(11)。細胞を家に例えればGPCRはポストに例えられるでしょう。注意すべきは、同じ手紙が投函されても家に住んでいる人(Gタンパク質)によってとる行動は異なるということです。

α型には3量体Gタンパク質のαサブユニットがGqのもの(α1型)とGiのもの(α2型)があり、α1型はアセチルコリン受容体のM1、M3、M5型の場合と同様に、GqがPLC(フォスフォリパーゼC)を活性化し、PLCがイノシトール4,5-ビスリン酸をイノシトール3リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DAG)に分解し、IP3はERからのカルシウム放出、DAGはプロテインキナーゼCを活性化します。これらの反応が筋収縮などの引き金となり、下記のリストのような反応を引き起こします(12)。これらは生物が活発に活動するあるいは戦闘態勢にはいるための準備といえます。

眼: 瞳孔散大筋 収縮
血管平滑筋: 収縮
肝臓: グリコーゲン分解 血糖上昇
膵臓: β細胞 分泌抑制
膀胱: 括約筋 収縮
唾液腺: 粘稠性増加、少量分泌
脂肪細胞:脂肪分解促進

α2型はシナプス前細胞にも存在し、放出されたアドレナリン・ノルアドレナリンをトラップして、これらの情報伝達因子が後細胞や作動細胞にいかないように抑制する役割があります。α2型はアセチルコリン受容体のM2、M4型と同じく、共役するGタンパク質のαサブユニットはGiであり、これはアデニルシクラーゼの活性を阻害してcAMPのレベルを低下させ、cAMP依存性プロテインキナーゼの活性を抑制するほか、グリコーゲンや脂肪の分解を抑制する、心筋を弛緩させる、血小板を活性化するなど、生物が休養・食事・睡眠などを行なうのに適した状態を維持するはたらきがあります(6、12)。

β型は共役するGタンパク質のαサブユニットがGsであり、GsはGiと正反対にアデニルシクラーゼを活性化する作用を持ち、cAMPの濃度を上昇させます。したがってβ型はα2型とは正反対の生理作用をもたらします。心筋を収縮させ、異化代謝を活性化しますが、平滑筋は弛緩させます。腸を動かすのは平滑筋ですが、食事している場合じゃないということでしょうか。β型にもサブタイプがありますが、ここでは述べないことにします。

アドレナリンの特徴は神経伝達物質であると同時に、副腎髄質から分泌されるホルモンでもあるということです。これはあまり好ましいこととは思えませんが、何が起こるかは受容する細胞のGタンパク質によるというメカニズムが優れていて、特に問題は発生しません。

参照

1)やぶにらみ生物論122: アセチルコリンによる神経伝達
http://morph.way-nifty.com/grey/2019/02/post-5a95.html

2)上中啓三:wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E4%B8%AD%E5%95%93%E4%B8%89

3)Vulpian, E.F.A., Note sur quelques reactions propres a la substance des capsules surrenales. Comptes rendus hebsomadarires des seances de

l'academie des sciences, vol.43., pp. 663-665 (1856)

4)Napoleon Cybulski: wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Napoleon_Cybulski

5)山嶋哲盛 アドレナリンの発見と高峰譲吉
https://www.slideshare.net/waii/ss-4357821

6)アドレナリン(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%B3

7)山野ゆきよし メルマガ 「アドレナリン」もう一つの名誉回復
https://blog.goo.ne.jp/yamano4455/e/385f8411bf242d68e525efcb2ef29a4a

8)中山 沃(なかやま そそぐ) 上中啓三のアドレナリン実験ノート
教行寺所蔵となった経緯
http://www.chemistry.or.jp/know/doc/isan002_article.pdf

9)山下愛子 上中啓三 : アドレナリン実験ノート Adrenaline Research Note of Uyenaka Keizo (1900)
https://ci.nii.ac.jp/naid/110007577369

10)三共(株)『三共六十年史』(1960.12) 渋沢社史データベース
https://shashi.shibusawa.or.jp/details_nenpyo.php?sid=3750&query=&class=&d=all&page=14

11)薬のすべてがわかる!薬学まとめ  Gタンパク質共役型受容体(GPCR)
http://kusuri-yakugaku.com/pharmaceutical-field/pharmacolory/receptor/membrane-receptor/gpcr/

12)管理薬剤師.COM
https://kanri.nkdesk.com/hifuka/sinkei25.php

 

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