やぶにらみ生物論120: ギャップ結合チャネル
多細胞生物が出現したのはいつなのかはわかりませんが、単細胞生物が多細胞になるためには、ともかく細胞分裂がおこったときに2つの娘細胞が離れないでくっついているためのメカニズムを構築することが重要でした。その上で生殖細胞を分化させ、生殖細胞は本体から分離しなければなりません。
細胞を接着させる機構は、図1に示すようにいくつかあってそれぞれ特徴がありますが(1)、ここでは興奮の伝達というブログの流れから、ギャップ結合とその構成要素であるコネクシンに着目します。図1・図2にみられるようにギャップ結合部位にはトンネルがあって、分子量約1000以下の水溶性低分子はここから隣接した細胞に移動することが可能です。
ギャップ結合の構造は1967年にレベルとカルノウスキーによって発見されました(2)。 この構造にギャップ結合(Gap junction)という名前を与えたのは、ブライトマンとリーゼとされています(3)。これが細胞と細胞を結ぶトンネル様の構造であることは、X線解析や電子顕微鏡観察によって1970年代に明らかにされました(4)。また構成タンパク質であるコネクシンも報告されました(5)
細胞興奮(アクションポテンシャル)の本質はイオンの移動ですから、このトンネルを通してイオンが移動すれば興奮も隣の細胞に移動します。神経伝達の基本はシナプスですが、これはいったん細胞から出たシグナル分子が隣接細胞のレセプターを介して情報の受け渡しをおこなうプロセスであり、制御可能で正確な伝達ではあっても時間を要します。
これに対して、たとえば心臓のように多くの細胞が常時連動して興奮すべき器官では、関連する細胞がギャップ結合で連結していて、イオンや電子が直接移動することによって興奮の伝達を行なうことができれば、非常に効率的です。ギャップ結合はこのような目的にふさわしい構造です。
図2にギャップ結合の大まかな構造を示します。トンネル部分を分子が通過することからギャップ結合チャネルとも言われます。チャネルとは水路という意味です。6分子のコネクシンというタンパク質が集合してパイプのような構造を形成し細胞膜を貫通します(6)。この6量体をコネクソンといいます。
コネクソンは隣接細胞のコネクソンと結合してギャップ結合チャネルを形成します(図2)。ギャップ結合チャネルは細胞と細胞を接着させる機能と、細胞から細胞への分子量約1000以下の分子の移動をサポートするというふたつの機能を持っています。他の細胞接着構造は細胞間の分子移動をサポートしていません(図1)。
ヒトやマウスにはそれぞれ20のコネクシン遺伝子があり、それに対応して20種のタンパク質がコネクシンとして機能しています。同じタンパク質6個が集合してコネクソンを形成することもあれば(ホモマー)、別種のタンパク質が集合してコネクソンを形成することもあります(ヘテロマー)(図3)。ホモマーのコネクソン同士が結合してギャップ結合チャネルを形成することもあれば、ヘテロマーとホモマー、ヘテロマーとヘテロマーという組み合わせの場合もあります(7、図3)。
図4にギャップ結合の電子顕微鏡写真を示します(8、東京医科歯科大学講義資料より)。細胞と細胞の間には通常10~20nmくらいの隙間があるのですが、ギャップ結合部位では2~4nmに狭まっており、多数のギャップ結合チャネルが存在して留め金のように細胞と細胞を接着させています(9)。
前田らはギャップ結合を構成しているコネクシンが電位の変化によって分子構造を変化させ、チャネルを閉鎖できることを示しました(10、11、図5)。このことによってギャップ結合を介した興奮伝達も、アクションポテンシャルのように一過性であることが可能になります。
随意筋である骨格筋は数千個の筋細胞が融合してできたシンシチウム(多核細胞体)であり、ひとつのニューロンのアクションポテンシャルがシナプスを介してシンシチウムに伝えられると、このひとつのシグナルによって数千個の細胞に相当するシンシチウムが統合された筋収縮を行なうことができます(12)。
一方不随意筋からなる心臓は個々の細胞が個別に連携して筋収縮を行なう必要があります。19世紀には心臓の収縮は神経によって支配されるという神経原説と、心臓自体に自動収縮能があるという筋原説が対立していましたが、エンゲルマン(図6)はカエルの心筋を分断しても、ごく一部の筋束で繋がっていれば分断された双方が同調して収縮することから、筋原説を提唱しました(13)。
田原(図6)は心臓の刺激伝達系を詳しく解析し、刺激は房室結節に発し、房室束からプルキンエ線維に伝えられて心臓全体が動くことを示しました(14、図7)。田原の発表の翌年には、房室結節の上流に洞房結節という組織があり、ここがシグナルの源泉すなわちペースメーカーであることがキースとフラックによって発見されました(15、図6、図7)。田原としては大魚を逸したということで、大変残念だったことと思います。
前記したようにコネクシン(コネキシン)には多くの種類があり、それぞれトンネルのサイズや特異性、どのくらいの電位差で開閉するかなどに違いがあります。図7のようにそれぞれが組織特異的に分布しています(16)。心臓の中でも部位によって各分子の局在が異なります。いずれにしても神経によって直接活動が制御されていない心臓の活動は、ギャップ結合チャネルによって統合されることによって秩序のある収縮が行なわれていると考えられています。
無脊椎動物にもコネクシンに相当するタンパク質は存在し、イネクシンと呼ばれています。しかしイネクシンが分子進化によってコネクシンができたわけではなく、脊索動物が持つコネクシンは別系統の4回膜貫通タンパク質から進化したと考えられています(17、図8)。
脊索動物にはコネクシン以外に、イネクシンに近縁のパネクシンというタンパク質が存在し、これはカエルなどではギャップ結合チャネルをつくりますが、哺乳類ではつくりません。では何をやっているかというと、細胞と外界とを結ぶ膜チャネルとして機能しています。コネクシンも連結するコネクソンがない場合、膜チャンネルをつくることもあります(17)
ギャップ結合チャネルには興奮の伝達以外にも重要な働きがあることが知られています。ある細胞にある化学物質が情報を伝えたとします。その情報を核に伝えるシグナル因子がつくられた際に、その細胞とギャップ結合をしている細胞にはそのシグナル因子が伝わり、同じ遺伝情報が発現されることになります。
このことは生物がその発生過程のなかである臓器を作る場合、ギャップ結合でつながっている細胞群がその臓器に分化し、つながっていない細胞群は別の臓器に分化することを意味します(17)。ですからギャップ結合チャネルは多細胞生物が形態形成をおこなう上で有意義なツールだと言えるでしょう。
参照
1)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E8%83%9E%E6%8E%A5%E7%9D%80
2)J. P. Revel, M. J. Karnovsky., Hexagonal array of subunits in intercellular junctions of the mouse heart and liver. J. Cell Biol., vol.33 C7-C12 (1967)
3)M.W. Brightman and T.S. Reese., Junctions between intimately apposed cell membranes in the vertebrate brain. J. Cell Biol., vol.40, pp.648- 677 (1969)
4)J.C. Saez et al., Plasma membrane channels formed by connexins: Their regularion and functions. Physiol. Rev., vol. 83., pp. 1359-1400 (2003)
https://www.physiology.org/doi/pdf/10.1152/physrev.00007.2003
5)Daniel A. Goodenough., Bulk isolation of mouse hepatocyte gap junctions. Characterization of the principal protein, connexin., J Cell Biol. vol.61(2): pp. 557–563. (1974)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2109294/
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2109294/pdf/557.pdf
6)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%8D%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%B3
7)Gulistan Mese, Gabriele Richard and Thomas W. White., Gap Junctions: Basic Structure and Function., J. Invest. Dermatol., vol. 127, pp. 2516–2524 (2007); doi:10.1038/sj.jid.5700770
8)東京医科歯科大学講義資料 細胞膜
http://www.tmd.ac.jp/artsci/biol/pdf/cellmemb.pdf
9)https://en.wikipedia.org/wiki/Gap_junction
10)Shoji Maeda, So Nakagawa, Michihiro Suga, Eiki Yamashita, Atsunori Oshima, Yoshinori Fujiyoshi & Tomitake Tsukihara., Structure of the connexin 26 gap junction channel at 3.5 A resolution
Nature 458, 597-602 (2009)
http://www.protein.osaka-u.ac.jp/achievement/papers/connexin-26-gap-junction-channel-structure
http://ipr.pdbj.org/eprots/index_ja.cgi?PDB%3A2zw3
11)前田将司 ギャップ結合チャネルの構造基盤 日本結晶学会雑誌 52巻 第1号 pp.25~30、(2010)
12)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E8%83%9E%E4%BD%93
13)https://en.wikipedia.org/wiki/Theodor_Wilhelm_Engelmann
14)Tawara S : Das Reizleitungssystem des Saeugertierherzens. Eine Anatomisch-Histologische Studie ueber das
Atrioventrikularbuendel und die Purkinjeschen Faeden. Gustav Fischer Jena, (1906).
15). Keith A, Flack M., The form and nature of the muscular connections between the pri-mary divisions of the vertebrate heart. J Anat Physiol, vol. 41, pp. 172–189. (1907)
16)九州大学学術情報リポジトリ 柴田洋三郎 「ギャップ結合:コネキシン分子の多様な発現 : 『田
原結節』の分子解剖学」 (2010)
https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/16985/fam101-1_p001.pdf
17)Eric C. Beyer and Viviana M. Berthoud., Gap junction gene and protein families: Connexins, innexins, and pannexins., Biochim Biophys Acta., vol. 1860(1), pp. 5–8. (2018) doi:10.1016/j.bbamem.2017.05.016.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28559187
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5704981/pdf/nihms885096.pdf
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