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2018年12月15日 (土)

やぶにらみ生物論119: 跳躍伝導

生物にとって神経の伝達速度を上げると、他の生命体より早く知覚し早く行動することができるので、生存にとって明らかに有利です。また周囲からの干渉を遮断・絶縁することや漏電を防ぐことも、正確な伝達には必要なことでしょう。脊椎動物はそのためにミエリン鞘(髄鞘)という神経を被覆する組織を獲得しました(1、図1)。ただし脊椎動物の専売特許ではなく、脳科学辞典によるとエビやミミズも類似した組織を持っているようです(1)。

ミエリン鞘は軸索を完全に被っているわけではなく切れ目があって、その部分をランヴィエ絞輪とよびます(図1)。ミエリン鞘とランヴィエ絞輪はそれぞれルドルフ・フィルヒョウ(2、図1)とルイ・ランヴィエ(3、図1)によって19世紀に発見されました。

すべての神経にミエリン鞘やランヴィエ絞輪があるのではなく、有髄神経に限って存在します(1)。無髄神経では、たとえば皮膚の痛覚神経では伝達速度は1m/秒くらいですが、同じ皮膚でも有髄神経の触覚神経では50m/秒と著しくアドバンテージがあります。伝達速度は有髄・無髄の差以外に、神経線維の太さが関係します(4)。イカの巨大軸索は直径が1mmくらいあり、伝達速度は30m/秒と、無髄神経であるにもかかわらず脊椎動物の有髄神経にも匹敵する高速伝達を行ないます。

A


ミエリン鞘の実体は末梢神経系ではシュワン細胞、中枢神経系ではオリゴデンドロサイトです。シュワン細胞は毛布のような細胞で、軸索に巻き付いています(図2)。オリゴデンドロサイトについては後述します。これらの細胞が何重にも巻き付くことによってミエリン鞘が形成され、有髄神経ができあがります(図2)。ミエリン鞘の一番外側の部分を神経鞘ともいいます。断面をみればミエリン鞘の多層構造がよくわかりますが、これらの層はすべて同じ細胞で連続しています(図2)。

毛布がきちんとたたまれてはがれないようにするためには、高度に硫酸化された糖鎖を持つP0(ピーゼロ)というタンパク質が必要だとされています(5)。ミエリン鞘は単に電源コードのシールドのようなものではなく、神経細胞とさまざまな相互作用を行なって、神経細胞を健全に保つためにも有用であるようです(6)。

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さて今回のテーマは跳躍伝導ですが、これを理解するためにはコンデンサというものを理解する必要があるようです。ウィキペディアにはいろいろなコンデンサを並べた写真がでていました(7、図3)。世界で年間に2兆個も制作されているとのことです。

村田製作所のサイトによると、コンデンサは 1)電圧を安定させる、2)ノイズを取り除く、3)信号を取り出すなどの用途に用いられます(8)。要するに充電式電池のようなものですが、電池が化学式で書けるような化学変化すなわち分子の変化を基盤としているのに対して、コンデンサは分子の整列や分子内での構造変化を基盤とするものです。生物はみずから体内にコンデンサの役割を果たす組織を制作・設置し、神経伝達に使っています。

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コンデンサは絶縁体の両側を2枚の金属板ではさんだような構造になっています(8-10、図4A)。ここに電池を使って電圧をかけると、2枚の金属板にはそれぞれ+および-の荷電が蓄積します(図4充電)。このとき絶縁体内部でも非通電時にはランダムだった分子の並びが整列した状態になり、各分子の内部でも電子密度が偏った状態になります(9)。この状態は電池をはずしても変わりません(図4B、蓄電)。ところが導線を電池の代わりに電球につなぐと、ここに電流が発生し、電球は点灯します(図4C、放電)。

電球が点灯してエネルギーが消費されると、コンデンサにおける金属板の帯電と絶縁体での分子の状態がもとのランダムな状態にもどります(図4A)。ここでまた電池をつなぐと再び充電されます。

図4をよく見ていただくと、絶縁体があるにもかかわらず、あたかも充電時には電池プラス極→導線→金属板→絶縁体→金属板→導線→電池マイナス極、放電時には電球→導線→金属板→絶縁体→金属板→導線→電球と逆回りに電流が流れているような状況が生まれます。

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神経細胞の軸索は図5のようにミエリン鞘で被われており、その切れ目にランヴィエ絞輪があります。このどの部分がコンデンサかというと、それはミエリン鞘と軸索の細胞膜がそれに当たります(図5)。

ランヴィエ絞輪には多数のナトリウムチャネルが集中していて、これがいわば図4の電池のような役割を果たしているわけです。ここに刺激がきて一時的にチャネルがフリーパス状態になると、ナトリウムイオンが軸索に流れ込み、これらはミエリン鞘に被われた部分のマイナスチャージにひかれて移動し、電流が流れます。一方外側はナトリウムイオンが減少するので、ミエリン鞘の外側からランヴィエ絞輪の方向に電流が流れます。神経標本の周囲の電解液が導線の役割を果たします。

電流が隣のランヴィエ絞輪に届くと、隣のランヴィエ絞輪のナトリウムチャネルが開放されます。このようにランヴィエ絞輪から隣のランヴィエ絞輪へと刺激は伝達されます。ランヴィエ絞輪につつまれた部分の軸索には、ほとんどナトリウムチャネルはありません。つまりチャネルの開放部位が順次軸索内でドミノ倒しのように移動しなくても、ランヴィエ絞輪単位でステップワイズに(飛び飛びに)神経伝達が行なわれます。これが跳躍伝導です。このシステムによって、有髄神経は前述のような桁違いの高速伝達を可能にしました。

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慶應義塾大学の田崎一二らは第二次世界大戦前に、図6に記したような方法などで、実際にミエリン鞘というコンデンサから発生する電流を測定し、跳躍伝導を証明しました(図6)。

杉晴夫によると(9)、第二次世界大戦中に彼らが論文をドイツの雑誌に投稿したところ、ベルリンが廃墟になっているにもかかわらず、ちゃんと雑誌に印刷発表されたそうです(10、11)。日本ではほとんどの学術雑誌は戦争で休刊せざるを得なくなりました。図6は簡略化したものなので、詳細を知りたい方は文献10、11をあたってください。

田崎一二の業績も含めて、跳躍伝導などについてはすでにやぶにらみ生物論102でも述べていますが(12)、記述が足りなかったのであらためて仕切り直しました。重複する部分が発生しましたがご容赦下さい。田崎一二は戦後まもなく渡米し、米国に帰化して97才までNIHで働いていました。これはNIHのレコードだそうです(13)。

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イカなどは巨大神経線維をつくって神経伝導の速度をはやめましたが、脊椎動物は有髄神経による跳躍伝導のシステムをつくることによって、細い神経線維でも高速な伝達速度を確保することに成功しました。このことは脳を発達させる上で非常に重要なエポックだったと思われます(9)。なぜなら脳にそんな太い神経が鎮座すると、脳に多くの情報を詰め込むための容量が損なわれてしまいます。

脳ではシュワン細胞に代わって、オリゴデンドロサイトというグループのグリア細胞がミエリン鞘を形成します(14、15、図7)。ひとつのオリゴデンドロサイトがいくつもの軸索のミエリン鞘をかけもちするところが、末梢でのシュワン細胞とは違うところです(図7)。

A_7


参照

1)http://humancell.blog.jp/archives/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AF%E3%83%B3%E7%B4%B0%E8%83%9E.html

2)https://en.wikipedia.org/wiki/Rudolf_Virchow

3)https://en.wikipedia.org/wiki/Louis-Antoine_Ranvier

4)神経線維の信号伝達のスピード
http://web2.chubu-gu.ac.jp/web_labo/mikami/brain/12/index-12.html

5)T. Yoshimura et al., GlcNAc6ST-1 regulates sulfation of N-glycans and myelination in the peripheral nervous system., Scientific Reports vol. 7, Article number: 42257 (2017)
https://www.nature.com/articles/srep42257

6)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB

%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E7%97%85

7)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B5

8)村田製作所 コンデンサとは?
https://www.murata.com/ja-jp/campaign/ads/japan/elekids/compo/capacitor

9)杉晴夫 「生体電気信号とはなにか」 講談社ブルーバックス (2006)

10)Ichiji Tasaki und Taiji Takeuchi, Der am Ranvierschen Knoten entstehende hktionsstrom und seine Bedeutung fiir die Erregungsleitung., Pflügers Archive vol.244, pp. 696- (1941)
https://link.springer.com/article/10.1007%2FBF01755414

11)Ichiji Tasaki und Taiji Takeuchi, Weitere Studien über den Aktionsstrom der markhaltigen Nervenfaser und über die elektrosaltatorisehe Übertragung des Nervenimpulses.,  Pflügers

Archive., vol. 245, pp. 764-782 (1942)
https://science.nichd.nih.gov/.../Myelinated_nerve_fiber.pdf

12)http://morph.way-nifty.com/grey/2018/04/post-a2b0.html

13)NIH record - mile stones - Biophysicist Tasaki Leaves Extraordinary Scientific Legacy
https://nihrecord.nih.gov/newsletters/2009/02_20_2009/milestones.htm

14)https://en.wikipedia.org/wiki/Oligodendrocyte

15)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%AB%84%E9%9E%98

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