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2018年11月20日 (火)

やぶにらみ生物論117: 動物電気への道

イタリアが主導したルネサンスは、17世紀に入ると国家の混乱のうちに終焉を迎え、ガリレオ・ガリレイも失意のうちに亡くなりました。次世代の科学は英国のニュートンやボイル、オランダのホイヘンスらが主導する物理学の時代となりました。生物学の分野では英国のロバート・フック(1635-1703)やオランダのフォン・レーウェンフック(1632-1723)が顕微鏡図譜で業績を上げたくらいで、どちらかといえば停滞していた時代かもしれません。

ただあまり教科書などには登場しませんが、オランダの生物学者ヤン・スワメルダム(1637-1680)については述べておく必要があります。彼は生活のために医師を職業としていましたが、業績から言えば生物学者とよぶのがふさわしいでしょう。

かの有名な哲学者デカルト(1596-1650)は当時生物学の分野にまで進出していて、動物機械論=機械と動物の違いはその複雑さだけである・・・という理論を提出していました。デカルトは中世まで考えられていたような霊魂(スピリット)が神経の中を流れて筋肉を動かすという説を廃し、神経の中を物質(液体または気体)が移動して筋肉に達し、そのはたらきによって筋肉が動くと考えました。

スワメルダムはカエルの神経付きの筋肉の生体標本をつくり、神経をピンセットなどで刺激すると筋肉が収縮することをまず確認し(図1A)、もしデカルト説が正しければ、刺激によって物質が移動するのだから筋肉の体積が増加するはずだと考えました。そこで図1B・Cのように筋肉をガラスの管(下方は密閉、上方は毛細管)に閉じ込め、毛細管の中に水滴をいれて、刺激によって筋肉の体積が増えれば水滴が上昇するという装置をつくりました(1-3)。

そこで図1Bのcをメスでつついたり、より洗練された図Cのように、真鍮のフックで固定した神経を銀線でつついたりしてガラス管の筋肉を収縮させる実験をおこないましたが、いずれの場合も水滴が上昇することはありませんでした(2、3)。デカルト説は証明できませんでした。

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しかし、そこでスワメルダムは昔の霊魂説にもどったかというと、そうではなく、彼は神経伝達は光や音のように瞬時に伝わるメカニズムによると考えました。これはスワメルダムが当時としては非常に先進的な考えを持っていたことを示しています。彼が考案した神経付きのカエル筋肉標本はその後何世紀にもわたって、頻繁に神経と筋収縮の実験に用いられましたし、さらに彼は顕微解剖法という技術も開発しました。しかも彼の最も著名な業績は昆虫の変態の研究や赤血球の発見であって、ここで述べた研究ではないのです(2、3)。

図1のCで興味深いのは、神経を刺激したとき真鍮と銀という2種類の金属が神経に接触していることです。おそらくスワメルダムは後述するガルヴァーニの電気刺激の実験を1世紀前にすでに行なっていたのではないかと思われます(2、3)。

さて、学校というのはもちろん紀元前からあったでしょうし、インドには経典を教える大規模な高等教育機関もあったようですが、現代につながる大学の原点となるような学術研究と教育の最高学府である大学の最初のモデルは、11世紀設立のイタリアのボローニャ大学だろうと言われています(4)。引き続いてパリ大学やオックスフォード大学が設立されました。

ボローニャ大学の校章をみると1088年設立となっています(図2)。日本最古の大学である東京大学の開学が1877年であることを考えると、このイタリアの大学の設立時期は気の遠くなるような昔で、日本では平安時代の話です。ボローニャ大学は現在も健在です。こうしてみると日本ではまだまだ学問が市民権を得ていないというのもうなずけます。なにしろ文部科学省が人文科学は不要といっているほどですから(5)。

ウィキペディアにあった1350年代のボローニャ大学での講義風景をコピペしました(図2)。まじめに講義を聴いているのは2列目までで、後方では雑談したり居眠りしたりしている風景は現在でも変わりません。ルイジ・ガルヴァーニはこの大学で医学と哲学の学位をとり、1762年にスタッフに採用されました(6)。

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ガルヴァーニは1780年代に、カエルの筋肉が2種の金属に同時に触れると収縮するという現象を発見し、1791年に論文をまとめて、発表しました(7)。この現象は異種金属を接続したアークをつくり、その両端を筋肉にあててもおこります(図3)。

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この現象の解釈として次のふたつが考えられます。(A) もともと蛙の筋肉の中に電気が存在していて、それに二つの金属が接触して「電気が流れて」、筋肉が収縮した。(B) 「二つの異なった金属」から電気が発生し、蛙の足に「電気が流れて」筋肉が収縮した。

ガルヴァーニは(A)を選択し、ここで流れる電気を「動物電気」と名付けました。一方アレッサンドロ・ボルタは後者の(B)説を選択し、実際2種の金属を接触させると電気が発生することを、前記事(やぶにらみ生物論116:電池の起源へ寄り道)で記したように、ボルタ電堆などによって証明し、(B)説が正しいことを証明しました(8)。

「動物電気」は実際には存在するのですが、ガルヴァーニの実験では証明できませんでした。しかし彼の実験は、ボルタ電堆にはじまる電池の発明、イオン化傾向の発見、電流と磁場の関係の発見、電磁誘導の発見など思わぬ方向の怒濤のような化学や電磁気学の進展のきっかけをつくったことで、大きな意義のある実験でした。ボローニャ市にはカエルの筋肉の標本を持ったガルヴァーニの彫像があるそうです(図3)。

上述した中で、「電流と磁場の関係の発見」はデンマークの科学者ハンス・クリスチャン・エルステッドの1820年の業績です(9、10)。彼は図4のように金属線に電流を流すと、磁石の針を動かす力が発生することを発見しました。電流と磁場という全く関係のなさそうな現象が、密接に関係していることがはじめて示されたことは、物理学における革命的な発見でした。これはノーベル賞ができるずっと前のことです。コペンハーゲンにはエルステッドの名を冠した公園があるそうです。

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アンドレ=マリー・アンペアはエルステッドの発見を理論化し、ヨハン・シュヴァイガーなどと共に検流計を開発してガルバノメーターと名付けました。もちろんこの分野の発展の契機をつくったルイジ・ガルヴァーニにちなんで命名したわけです(11、12)。エルステッドの発見以来間髪を入れず開発されたガルバノメーターは、さまざまな研究者・技術者によって改良が重ねられましたが、図5は1900年頃開発された D'Arsonval/Weston型といわれるものです。電線と針が一体化して動くようになっています。


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ガルバノメーターの発明によって、ようやく「動物電気」を測定することができるようになりました。最初に動物が電気を発生することをみつけたのはボローニャ大学出身のカルロ・マテウッチでした。彼は1840年頃、正常なカエルの筋肉に電極をあてても電気は流れていませんが、筋肉に損傷を与え、その損傷面と正常面に電極をあてると、ガルバノメーターによって電流が検出さることを発見しました(12、図6)。これがいわゆる損傷電流(current of injury)です。ちょうど損傷電流が流れなくなるように逆方向の電圧を加えると、その値は数十mVでした(14)。

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参照

1)https://en.wikipedia.org/wiki/Jan_Swammerdam

2)Nerve function and “animal spirits”
http://www.janswammerdam.org/nerve.html

3)Matthew Cobb, Exorcizing the animal spirits: Jan Swammerdam on nerve function., Nature Reviews Neuroscience, vol. 3, pp. 395-400 (2002)
http://www.janswammerdam.org/NRN.pdf

4)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%A3%E5%A4%A7%E5%AD%A6

5)人文社会系学部は不要? 文部科学省の通達の背景を専門家が解説
https://benesse.jp/kyouiku/201507/20150726-2.html
https://www.j-cast.com/2015/11/07250008.html?p=all

6)https://en.wikipedia.org/wiki/Luigi_Galvani

7)Luigi Galvani, De viribus electricitatis in motu musculari commentarius. Accademia delle Scienze, Bologna, (1791)
https://web.archive.org/web/20110909013601/http://137.204.24.205:80/cis13b/bsco3/intro_opera.asp?id_opera=23

8)http://morph.way-nifty.com/grey/2018/11/post-7b47.html

9)https://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Christian_%C3%98rsted

10)Hans Christian Orsted (1997). Karen Jelved, Andrew D. Jackson, and Ole Knudsen, translators from Danish to English. Selected Scientific Works of Hans Christian Orsted, ISBN?0-691-04334-5, pp.421-445

11)https://en.wikipedia.org/wiki/Andr%C3%A9-Marie_Amp%C3%A8re

12)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%9C%E6%B5%81%E8%A8%88

13)https://en.wikipedia.org/wiki/Carlo_Matteucci

14)杉晴夫著 「生体電気信号とは何か」 講談社ブルーバックス(2006) p.32

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