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2018年11月28日 (水)

ランタナ

Imgion

目  :  シソ目 Lamiales 
科  :  クマツヅラ科 Verbenaceae 
属  :  シチヘンゲ属 Lantana 
種  :  ランタナ L. camara

ランタナをウィキペディアで調べると、「南アメリカ原産。 世界中に帰化植物として定着している。日本では小笠原諸島、沖縄諸島に移入分布している」・・・・・となっています。しかしなんと千葉ニュータウン中央のイオンの南側壁沿いには大量の野生のランタナが咲き誇っていました。11月まで満開でした。

気候変動と共に、様々な南方系の植物が日本に進出してきていて、ランタナも侵略的外来種の代表とされていますが、野生の植物なのにまるで栽培品種のような美しい花を咲かせる植物を、悪者にするのはどうかと思いますね。

気候が変われば住む動植物も変わっていくのは、やむを得ないことのように思います。

いろんな園芸品種があって、育てるのも簡単なようです。
https://lovegreen.net/flower/p104488/

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2018年11月25日 (日)

デンベレの値千金のゴールでアトレチコとドロー

Braugranaバルサの最近の低迷は、はっきり言ってバルベルデがデンベレを使う勇気を持たないためだと思いますが、やはりアトレチコ戦のようなここ一番で彼をスタメンで使うのにはためらいがある・・・というのはわかります。

引き分けなら追い越されないわけですから、安全策のセルジを使いたくなります。それで本当に引き分けに持ち込めたらいいのですが、今回はセットプレーからディエゴ・コスタに頭でたたきこまれてもくろみは失敗。しかも頼りのセルジはハムストリングを伸ばしてラフィーナに交代していました。さあどうするバルベルデ。

ということろで、ようやくバルベルデはふんぎりをつけて終了10分前にデンベレを起用。そうするとなぜか彼がゴール前でフリーになり、GKの股を慎重に狙ってゴール。これはとてつもなく大きなゴールです。ここでアトレチコに首位を奪われると、かなりバタバタすることになったことでしょう。アトレチコのホーム、ワンダ・メトロポリターノで負けそうになったところを追いついたのですから、バルサは万々歳です。

私ならデンベレに「出場時間は45分、この間守備もしっかりやれ。失ったボールは必ず取り返せ。」と言いますね。彼が出場するときははっきりダブルボランチにして、デンベレ-セメドの線をサポートしなければいけません。本当は彼はフリーポジションが一番良いと思いますが、いきなり「メッシ扱い」にするとメンバーから村八分になる可能性もあるので、とりあえず右FWで使うのは仕方がないかもしれません。

メッシも若い頃は無理にドリブルで突っ込んで、よくボールを失っていました。アトレチコ戦をきっかけに、バルベルデがデンベレをスタメンで使う勇気を持つことを期待します。

それにしてもビジャレアルじゃないんだから、このオールイェロウのユニフォームは勘弁して欲しい。

https://www.youtube.com/watch?v=Ys8ved4EUP8

https://www.youtube.com/watch?v=etzlrCdl88o

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2018年11月24日 (土)

JPOP名曲徒然草191: 雨と傘と繋いだ手 by まきちゃんぐ

Imgmaki「雨と傘と繋いだ手」 (作詞・作曲 まきちゃんぐ)は Single Collection 2008-2011 (VAP VPCC-84183) というアルバムに収録されています。裏ジャケの写真は素晴らしい美形です。ただちょっぴりダークな雰囲気もあるかな。

3ヶ月ほど前に、このブログの記事(http://morph.way-nifty.com/grey/2018/09/my-favorite-pho.html)を書くために調べたときには、この曲はほとんどみつからなかったのに、なぜか検索がヒットするようになったので、この機会に紹介します。

こういうストレートな愛の歌が意外とまきちゃんぐらしい感じがします。ただデビュー当時と比べると、人間に余裕が出てきたという雰囲気が感じられる曲です。歩くペースと同じ音楽の進行がいいのかな?

ともあれ、このような脳にこびりつくメロディーを書くというのは、天才にしかできない仕事です。

雨と傘と繋いだ手
https://www.youtube.com/watch?v=zpkwAIH0R3s
https://www.youtube.com/watch?v=rQQqs4lQF0c

まきちゃんねる version 『雨と傘と繋いだ手』
( トークオンリー)
https://www.youtube.com/watch?v=uTJxo5InSrM

cover by riri
https://www.youtube.com/watch?v=x7mCAUt3y68

cover by おかき
https://www.youtube.com/watch?v=-O_URAYHK5Q

cover by 光
https://www.youtube.com/watch?v=LY8k-_kRIyw

================
Live Schedule:
まきちゃんぐpresents 「Little day & Little days  2018」
詳細は→ http://makichang.info/

2018.12.08. Sat  @名古屋クラブアドリアーナ ワンマン

2018.12.09.Sun  @大阪ワンドロップ ワンマン

2018.12.16.Sun  @吉祥寺スターパインズカフェ ワンマン

2018.12.29.Sat  @岡山城下公会堂 ワンマン

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2018年11月23日 (金)

言論弾圧は忌まわしい時代への回帰を想起させる

Bundesarchiv_bild_14620050119_kurt_クルト・ワイル(写真)について前記事で少しふれましたが、ウィキペディアによると:
「1920年代後半より1930年代初頭には彼の劇場音楽や声楽作品が大衆の間で大流行し、アルバン・ベルク、アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー、ダリウス・ミヨー、イーゴリ・ストラヴィンスキーからも称賛を受け、一躍有名になる。しかし、高名なユダヤ人作曲家であったことから、ナチスの当局から危険視されるようになり、後期の作品の発表時には、コンサートの会場でナチ党員によって組織された暴動が何度も起きた。実際、交響曲第二番の演奏会や「マハゴニー市の興亡」組曲("Aufstieg und Fall der Stadt Mahagonny" 、1930年)の演奏会、、『人質』("Die Burgschaft" 、1932年)、『鏡の湖』("Der Silbersee" 、1933年)などの舞台作品の上演は、ナチス当局による暴力的な干渉のため中断せざるをえなかった。」だそうです。
こちら

実はこれと同じようなことが現代日本でも起こっています。それは香山リカ氏の京都府南丹市での講演会(明日24日開催予定だった)が右翼の脅迫によって中止に追い込まれたという事件です。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181122-00000095-asahi-soci

百田尚樹であっても、香山リカであっても講演会を中止に追い込むことは言論の弾圧であり、忌まわしい時代への逆行を想起させます。講演会の中で誹謗中傷・人種差別・虚偽などの不適切な発言があったときには、それについて批判し、また場合によっては法律で取り締まるべきです。日本はまだ言論の自由を守るための法律(不適切発言に対するペナルティーも含めて)が不備だと思います。政権交代したら枝野は必ずこの種の法律を整備しなければなりません。

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2018年11月22日 (木)

ミヒャエル・ザンデルリンク-都響:2018・11・21@東京文化会館

Img_2コートを着てコンサートに通うのは久しぶりです。本日のコンマスは山本さん、サイドはゆづき。指揮者はミヒャエル・ザンデルリンク。かの大指揮者クルト・ザンデルリンク氏の3兄弟、トーマス・シュテファン・ミヒャエルは全員指揮者というとてつもない家系の3男です。

彼は美男子であるばかりでなく、長身でスタイルもいいのでステージで大変見栄えがします。すでに都響の実力は過去の登壇で知っているので、今回のプログラムはその機能性を最大限発揮させようという意図で組まれたものと推測しました。平日の夜にしては結構盛況の客席でした。

クルト・ワイルの交響曲第2番は、彼がナチスの批判や妨害を逃れてフランスに逃げていた頃に作曲されたもので、暗い焦燥感が感じられる曲ですが、オーケストラの技術が映える曲でもありました。

プロコフィエフのピアノ協奏曲第1番は河村さんの怪腕が冴え渡りましたが、都響の演奏もそれに劣らずエキサイティングでした。私は特に第2楽章冒頭の静かな夜明け前という雰囲気の部分が好きで、この独特の雰囲気を出せるというのは指揮者とオケの素晴らしいコラボならではでしょう。この曲を学生時代に書いたプロコフィエフの天才には脱帽です。

ソリスト・アンコールはプロコフィエフの「作品12-7 10の小品より」。はじめて聴く曲でしたが、なかなかの作品だと思いました。

休憩後のショスタコーヴィチの交響曲第6番。あまり演奏されない曲ですが(私ははじめての実演経験でした)、柳原・小池のフルート・デュエットも美しかったし、私の大好きな南方のイングリッシュホルンもたっぷり聴けて大満足です。久一のティンパニもめちゃくちゃかっこよかったと思います。彼は切れ味の良い演奏をするために筋トレをかかさないそうですが、ひょっとすると河村さんもやっているのかな? マキロンと腕の太さを比較してみましたが、河村の勝利でした。

ミヒャエル・ザンデルリンクよりメッセージ
http://www.tmso.or.jp/j/topics/detail.php?id=1452

ミヒャエルの指揮
https://www.youtube.com/watch?v=z3xpaiw5pJI

クルト・ワイルの Mack the Knife
Ella Fitzgerald - Mack The Knife 1967
https://www.youtube.com/watch?v=84mix8BWVoo

(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=JfzyfOyM_7M

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2018年11月20日 (火)

やぶにらみ生物論117: 動物電気への道

イタリアが主導したルネサンスは、17世紀に入ると国家の混乱のうちに終焉を迎え、ガリレオ・ガリレイも失意のうちに亡くなりました。次世代の科学は英国のニュートンやボイル、オランダのホイヘンスらが主導する物理学の時代となりました。生物学の分野では英国のロバート・フック(1635-1703)やオランダのフォン・レーウェンフック(1632-1723)が顕微鏡図譜で業績を上げたくらいで、どちらかといえば停滞していた時代かもしれません。

ただあまり教科書などには登場しませんが、オランダの生物学者ヤン・スワメルダム(1637-1680)については述べておく必要があります。彼は生活のために医師を職業としていましたが、業績から言えば生物学者とよぶのがふさわしいでしょう。

かの有名な哲学者デカルト(1596-1650)は当時生物学の分野にまで進出していて、動物機械論=機械と動物の違いはその複雑さだけである・・・という理論を提出していました。デカルトは中世まで考えられていたような霊魂(スピリット)が神経の中を流れて筋肉を動かすという説を廃し、神経の中を物質(液体または気体)が移動して筋肉に達し、そのはたらきによって筋肉が動くと考えました。

スワメルダムはカエルの神経付きの筋肉の生体標本をつくり、神経をピンセットなどで刺激すると筋肉が収縮することをまず確認し(図1A)、もしデカルト説が正しければ、刺激によって物質が移動するのだから筋肉の体積が増加するはずだと考えました。そこで図1B・Cのように筋肉をガラスの管(下方は密閉、上方は毛細管)に閉じ込め、毛細管の中に水滴をいれて、刺激によって筋肉の体積が増えれば水滴が上昇するという装置をつくりました(1-3)。

そこで図1Bのcをメスでつついたり、より洗練された図Cのように、真鍮のフックで固定した神経を銀線でつついたりしてガラス管の筋肉を収縮させる実験をおこないましたが、いずれの場合も水滴が上昇することはありませんでした(2、3)。デカルト説は証明できませんでした。

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しかし、そこでスワメルダムは昔の霊魂説にもどったかというと、そうではなく、彼は神経伝達は光や音のように瞬時に伝わるメカニズムによると考えました。これはスワメルダムが当時としては非常に先進的な考えを持っていたことを示しています。彼が考案した神経付きのカエル筋肉標本はその後何世紀にもわたって、頻繁に神経と筋収縮の実験に用いられましたし、さらに彼は顕微解剖法という技術も開発しました。しかも彼の最も著名な業績は昆虫の変態の研究や赤血球の発見であって、ここで述べた研究ではないのです(2、3)。

図1のCで興味深いのは、神経を刺激したとき真鍮と銀という2種類の金属が神経に接触していることです。おそらくスワメルダムは後述するガルヴァーニの電気刺激の実験を1世紀前にすでに行なっていたのではないかと思われます(2、3)。

さて、学校というのはもちろん紀元前からあったでしょうし、インドには経典を教える大規模な高等教育機関もあったようですが、現代につながる大学の原点となるような学術研究と教育の最高学府である大学の最初のモデルは、11世紀設立のイタリアのボローニャ大学だろうと言われています(4)。引き続いてパリ大学やオックスフォード大学が設立されました。

ボローニャ大学の校章をみると1088年設立となっています(図2)。日本最古の大学である東京大学の開学が1877年であることを考えると、このイタリアの大学の設立時期は気の遠くなるような昔で、日本では平安時代の話です。ボローニャ大学は現在も健在です。こうしてみると日本ではまだまだ学問が市民権を得ていないというのもうなずけます。なにしろ文部科学省が人文科学は不要といっているほどですから(5)。

ウィキペディアにあった1350年代のボローニャ大学での講義風景をコピペしました(図2)。まじめに講義を聴いているのは2列目までで、後方では雑談したり居眠りしたりしている風景は現在でも変わりません。ルイジ・ガルヴァーニはこの大学で医学と哲学の学位をとり、1762年にスタッフに採用されました(6)。

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ガルヴァーニは1780年代に、カエルの筋肉が2種の金属に同時に触れると収縮するという現象を発見し、1791年に論文をまとめて、発表しました(7)。この現象は異種金属を接続したアークをつくり、その両端を筋肉にあててもおこります(図3)。

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この現象の解釈として次のふたつが考えられます。(A) もともと蛙の筋肉の中に電気が存在していて、それに二つの金属が接触して「電気が流れて」、筋肉が収縮した。(B) 「二つの異なった金属」から電気が発生し、蛙の足に「電気が流れて」筋肉が収縮した。

ガルヴァーニは(A)を選択し、ここで流れる電気を「動物電気」と名付けました。一方アレッサンドロ・ボルタは後者の(B)説を選択し、実際2種の金属を接触させると電気が発生することを、前記事(やぶにらみ生物論116:電池の起源へ寄り道)で記したように、ボルタ電堆などによって証明し、(B)説が正しいことを証明しました(8)。

「動物電気」は実際には存在するのですが、ガルヴァーニの実験では証明できませんでした。しかし彼の実験は、ボルタ電堆にはじまる電池の発明、イオン化傾向の発見、電流と磁場の関係の発見、電磁誘導の発見など思わぬ方向の怒濤のような化学や電磁気学の進展のきっかけをつくったことで、大きな意義のある実験でした。ボローニャ市にはカエルの筋肉の標本を持ったガルヴァーニの彫像があるそうです(図3)。

上述した中で、「電流と磁場の関係の発見」はデンマークの科学者ハンス・クリスチャン・エルステッドの1820年の業績です(9、10)。彼は図4のように金属線に電流を流すと、磁石の針を動かす力が発生することを発見しました。電流と磁場という全く関係のなさそうな現象が、密接に関係していることがはじめて示されたことは、物理学における革命的な発見でした。これはノーベル賞ができるずっと前のことです。コペンハーゲンにはエルステッドの名を冠した公園があるそうです。

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アンドレ=マリー・アンペアはエルステッドの発見を理論化し、ヨハン・シュヴァイガーなどと共に検流計を開発してガルバノメーターと名付けました。もちろんこの分野の発展の契機をつくったルイジ・ガルヴァーニにちなんで命名したわけです(11、12)。エルステッドの発見以来間髪を入れず開発されたガルバノメーターは、さまざまな研究者・技術者によって改良が重ねられましたが、図5は1900年頃開発された D'Arsonval/Weston型といわれるものです。電線と針が一体化して動くようになっています。


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ガルバノメーターの発明によって、ようやく「動物電気」を測定することができるようになりました。最初に動物が電気を発生することをみつけたのはボローニャ大学出身のカルロ・マテウッチでした。彼は1840年頃、正常なカエルの筋肉に電極をあてても電気は流れていませんが、筋肉に損傷を与え、その損傷面と正常面に電極をあてると、ガルバノメーターによって電流が検出さることを発見しました(12、図6)。これがいわゆる損傷電流(current of injury)です。ちょうど損傷電流が流れなくなるように逆方向の電圧を加えると、その値は数十mVでした(14)。

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参照

1)https://en.wikipedia.org/wiki/Jan_Swammerdam

2)Nerve function and “animal spirits”
http://www.janswammerdam.org/nerve.html

3)Matthew Cobb, Exorcizing the animal spirits: Jan Swammerdam on nerve function., Nature Reviews Neuroscience, vol. 3, pp. 395-400 (2002)
http://www.janswammerdam.org/NRN.pdf

4)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%A3%E5%A4%A7%E5%AD%A6

5)人文社会系学部は不要? 文部科学省の通達の背景を専門家が解説
https://benesse.jp/kyouiku/201507/20150726-2.html
https://www.j-cast.com/2015/11/07250008.html?p=all

6)https://en.wikipedia.org/wiki/Luigi_Galvani

7)Luigi Galvani, De viribus electricitatis in motu musculari commentarius. Accademia delle Scienze, Bologna, (1791)
https://web.archive.org/web/20110909013601/http://137.204.24.205:80/cis13b/bsco3/intro_opera.asp?id_opera=23

8)http://morph.way-nifty.com/grey/2018/11/post-7b47.html

9)https://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Christian_%C3%98rsted

10)Hans Christian Orsted (1997). Karen Jelved, Andrew D. Jackson, and Ole Knudsen, translators from Danish to English. Selected Scientific Works of Hans Christian Orsted, ISBN?0-691-04334-5, pp.421-445

11)https://en.wikipedia.org/wiki/Andr%C3%A9-Marie_Amp%C3%A8re

12)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%9C%E6%B5%81%E8%A8%88

13)https://en.wikipedia.org/wiki/Carlo_Matteucci

14)杉晴夫著 「生体電気信号とは何か」 講談社ブルーバックス(2006) p.32

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2018年11月16日 (金)

指揮者 ”U” の想い出

Imgvielle私は都響の演奏会に足繁く通うようになる前は、ずっと故宇宿允人(うすきまさと)氏のオーケストラに通っていました。彼のオーケストラはまるで彼を教祖とする宗教団体のようで、聴衆も彼の信者のような感じでした。

彼は大阪を追い出された後、東京でフィルハーモニア東京を組織し、オリエンタル・バイオフィルハーモニー、フロイデフィルハーモニーと名前を変えて亡くなるまで演奏活動を続けていました。その模様がウェブにアップされています↓
https://www.youtube.com/watch?v=pZETc2uprBY

オケの演奏のうまさから言えば、都響など現在のプロオケとは比べるべくもありませんが、彼の指揮にはやはり聴衆をひきつける何かがあることは、どなたもお感じになるのではないでしょうか。

宇宿允人の世界XII 宇宿允人指揮:ヴィエール室内合奏団
チャイコフスキー「弦楽セレナーデ」 ヴィヴァルディ「四季」
MUCD-012

このCDは彼が指揮者としてかけ出しの頃の記録です。虚飾なく、丁寧で生真面目なスタイルはずっと変わりません。素晴らしい演奏だと思います。ヴィエール室内合奏団の歴史や宇宿さんのひととなりについては、当時その合奏団でヴィオラを弾いていた方の文章がありますのでご覧下さい。長文ですが大変興味深く読ませていただきました。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~sobanoka/solist/usuki.htm

最後の部分だけ引用させていただきました。

引用開始:

・・・・・・・・・・

突きとばされた先生は、翌日学校で、仲間の先生達にすぐに報告した。もともとそういう話は広がりやすいものだから、その日のうちに、関西のすべての音大生に、ビエールフィルからエキストラの依頼があっても行かないように、という指令が飛んだのである。

困ったのは、ビエールフィルの各パートの責任者である。彼らは演奏日程が決まると、ひと月以上も前から、すべての演奏会に必要なエキストラを集めるために、毎晩、電話の前に釘づけになっている。それが急に、どこに電話をしても、断られる
ようになったのである。

その原因がU氏の暴力事件にあると知った時、彼らの怒りは頂点に達した。オーケストラ内の混乱は、収拾のつかないものとなり、もはや音楽のできる状態ではなくなった。

数年前からオーケストラの経営をまかされ、事実上のオーナーであったO氏は、この状態を見かね、思いきってU氏に辞任を促したのである。

まもなくU氏は、個人所有で、ビエールフィルのレパートリーの大半を占めていた、楽譜類をすべてまとめて、東京に帰っていった。昭和五十六年の終わり頃である。

年があらたまると同時に、ビエールフィルは名称を関西フィルハーモニー管弦楽団と改め、常任指揮者に若手の小松一彦氏を迎えて、再発足した。

その後の成長ぶりは、誰もが目をみはる程で、今や、名実共に大阪第二のオーケストラとして、大阪の地にしっかりと根をおろした感がある。さらに最近は、大阪府の運営する吹奏楽団が、新たに弦楽器奏者を採用して、第三のオーケストラとして活動を開始している。

大阪を追われ、大阪を捨てたU氏が、大阪に残した功績は大きいのである。と同時に、私の心の中に残していった音楽の置き土産も、はかり知れず、私の生涯の貴重な財産となることであろう。

その後、U氏の消息はほとんど聞かないが、わずかにもれ聞くところによれば、U氏がたまたま神戸に出てきた時、大阪の知人に電話をして、大阪にはもう二度と降りたくない、と漏らしたそうである。

引用終了

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2018年11月13日 (火)

やぶにらみ生物論116: 電池の起源へ寄り道

ヒトという生物にとって分子生物学の観点から見た生命現象はバックグラウンドであって、脳という電気信号の巨大な集積体が私達の意識を形成し、私達はその中で生きているわけです。ですから電気について考察することは生物、特にヒトを理解する上で避けては通れないことだと思われます。

元素の水溶液中におけるイオン化傾向は、元素の酸化されやすさの指標でもあり(1)、化学の一丁目一番地です。私は「金借るな、間借りあてにすな、水餡食い過ぎ銀ブラ禁」とおぼえましたが、最近では「リッチに貸そうかな まああてにすんな ひどすぎる借金」という語呂合わせが流布しているようです(2)。後者の方が正確かもしれません(図1)。

最も酸化されやすい元素の一つであるリチウムは、海水中だけでも2300億トンあるそうですが(3)、人間が製造した物を除いては、単体では地球上に存在しません。意外なことに金も海水中に50億トンも存在するそうです(4)。金はほとんど単体で存在します。ともあれ私達生物も化学の法則に則って生きているので、このイオン化傾向のリスト(図1)は重要な意味を持っています。

A


ここで少し電池の話に寄り道してみましょう。後述するように、私達の体を構成するひとつひとつの細胞もある種の電池です。電池は金属によってイオン化傾向が異なるということがその原理と深く関わっています。電池の発明によって、私達は電気を人工的に製造し使用することが可能になったのですが、ではその電池を発明したのは誰なのでしょうか? 一般的にはアレッサンドロ・ボルタが1800年に発表したボルタ電堆が最初と言われていますが、それはおそらく違います。

1936年にイラクの首都バグダッドの近郊で、鉄道の敷設を行なっていた作業員が奇妙な容器を発見しました(5)。調べてみるとそれは図2のような電池で、パルティア国またはサーサーン朝ペルシャで製造された物であることがわかりました(5、6)。パルティア国とは紀元前約250年から紀元後224年まで現在のイラン・イラクおよび周辺を支配していた国家で(7、図2)、サーサーン王朝はその領地を引き継ぎ、紀元後650年位まで続きました(8)。

この電池は1~2ボルトくらいのパワーがあり、おそらく金または銀メッキを行なうために使われたのではないかといわれています(5、6)。さらにもっと以前の時代の古代エジプトでも金メッキは行なわれており、おそらく電池が使われたのではないかと考えられています(9、10)。

A_2

近代になってからは、ボルタの電堆(voltaic pile)が最初に発明された電池として有名です(11、図3)。これは銅板-電解液(希硫酸または食塩水)に浸した紙-亜鉛板のセットを1ユニットとして、多数このユニットを積み上げた物です。希硫酸電解液の中では、Zn → Zn2+ plus  2e- および 2H+ plus 2e- → H2 という反応が起きて、亜鉛イオン(Zn2+)は隣接する上方の銅板の方に、電子(2e-)は隣接する下方の電解液の方に流れるので、電流は下から上に流れることになります。

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ボルタが電堆を発表したのは1800年頃ですが、江戸時代の蘭学者宇田川榕菴は、1830年代から40年代にかけて出版されたその著書「舎密開宗(せいみかいそう」の中で、ボルタ電堆を紹介しています(図4)。電気分解を行なっているような図です。

宇田川榕菴は岡山県最北部の津山藩に所属していましたが、そのような辺境の地にありながら、世界でも先進的な研究の勉強や実験をよくやっていたものだと驚かされます。このウィキペディアに掲載されていた肖像画に記してある名前は榕菴とはなっていないので、信じていいのかどうか私にはわかりません。

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希硫酸の中に銅板と亜鉛板を入れると、銅には何の変化もありませんが、亜鉛はイオン化してZn++の形で溶解し、亜鉛板には電子が取り残されます。両者は静電気で引きつけ合うので、亜鉛イオンは板の外側、電子は板の内側に集合して自由に動けない状態となります(図5)。これを電気的二重層といいます。

この状態は細胞と似ています。細胞は表層のイオンポンプで常にナトリウムをくみ出しているので、外側にNa+が集合し、内側に電子が集合するという状況になっています(図5)。このような状況では電流は流れませんが、電池の場合は導線などで銅板と亜鉛板をつなぐ、細胞の場合はイオンチャンネルの穴を開放するなどの操作によって、電気的二重層は崩壊し電流が発生します。

A_5
ボルタ電池の銅板と亜鉛板を導線でつなぐと、亜鉛板の電子は陽極(銅板)に移動し、亜鉛イオンは電解質溶液中に解放されて、そこで硫酸と反応して硫酸亜鉛と水素イオンを生成します(図6)。水素イオンは陽極に集積した電子と反応して水素分子を形成し、泡となって空中に放出されます。これがボルタ電池の原理です。

なのですが、ボルタ電池で起こっていることを科学的に正確に説明するのはなかなか困難なことらしく、歴史的に重要ではあっても、あまり教科書に使うのにはふさわしくないという考え方もあります(12)。

A_6


確かにダニエル電池の場合、時間による反応の変動が少ないので実用的であるだけでなく、説明も容易でしょう(図7)。基本的に陽極では銅が析出し、陰極では亜鉛が溶出するということです。この電池を発明したジョン・フレデリック・ダニエルの本職は気象学者で、湿度計や温度計の開発にも大きな業績を残しました(13)。

A_7


参照

1)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E5%8C%96%E5%82%BE%E5%90%91

2)https://juken-mikata.net/how-to/chemistry/ionization-tendency.html

3)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%82%A6%E3%83%A0

4)金のこれまでの採掘量と地球に残された埋蔵量
https://nanboya.com/gold-kaitori/post/amountof-gold-extraction/

5)When Was the Battery Invented?
https://batteryuniversity.com/learn/article/when_was_the_battery_invented

6)バグダッド電池
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%B0%E3%83%80%E3%83%83%E3%83%89%E9%9B%BB%E6%B1%A0

7)パルティア国
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2

8)サーサーン朝
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E6%9C%9D

9)http://xanadu.xyz/850/

10)メッキとは何か
http://www.geocities.jp/hiroyuki0620785/k0dennsikotai/51c3mekki.htm

11)Giuliano Pancaldi: Volta, Science and culture in the age of enlightment. Princeton Univ. Press. ISBN 978-0-691-12226-7 (2003)
https://books.google.co.jp/books?id=hGoYB1Twx4sC&pg=PA73&redir_esc=y&hl=ja#v=onepage&q&f=false

12)坪村宏: ボルタ電池はもうやめよう 一 問題の多い電気化学分野の記述 化学と教育 vol.46, no.10, pp. 632-635 (1998)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/46/10/46_KJ00003520589/_pdf

13)https://www.britannica.com/biography/John-Frederic-Daniell


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2018年11月10日 (土)

サラとミーナ209: 首輪を新調

Img_2687猫たちの首輪を新調しました。

いつも通りの脱出首輪で、サラは元と同じ柄ですが、ミーナは柄を変えて、イメージチェンジをはかりました。

脱出首輪は普通の首輪と比べて、非常に耐久性がないのにはいつもがっかりします。1年も経つとヨレヨレになってみっともない感じです。なんとかなりませんかねえ。

Img_2699
めずらしくサラとミーナがタワーに共存。タワーはひとつのテリトリーらしく、片方が居ると片方は遠慮してめったに上がらないのですが、このときはたまたま共存。びっくりしました。

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2018年11月 9日 (金)

都響の将来像

Tokyo_bunka_kaikan01_1920東京都交響楽団の将来像に関する有識者懇談会 第1回議事録が公開されています。
こちら

都響の将来を決める重要な懇談会です。

ここで大野監督は次のように述べています
「東京都交響楽団は、ただいま東京文化会館の地下室の練習場で常時練習をしておりまして、東京文化会館で公演はしているんですけれども、東京文化会館で、例えばリハーサルが舞台の上でできるわけではありません。東京文化会館というのは別の組織でございまして、非常に人気の高いホールでもありますので、なかなかそういう意味では、東京都交響楽団が東京文化会館との共同作業として定期演奏会などを共催するというような形は、また取るに至ってはおりません。そしてそれは、繰り返しますけれども、日本の多くの、ほとんどと言ってもよろしいと思いますけれども、オーケストラの現状でもあります。---中略---ステージで練習できるのが、これに勝ることはないのでありまして、そこでいろいろなニュアンスとか、バランスとか、そういうことが空間的な観点からも、音響的な観点からも、これに越したことはないのであります。」

つまり東京文化会館の大ホールでリハをやらせてくれと言っているわけですね。ところがこの懇談会の委員の一人はこれに反応して「そもそも練習して演奏会もできるみたいな、特定のオーケストラのための素晴らしい専用ホールを、東京のような土地で得られるわけがないのではないか。いったいいくらかかるのだろう?誰が建設費や維持費を負担するのだろう?田舎に本拠地を移せば可能かもしれませんが、楽団員も定期会員もたとえば多摩の山奥とかに専用ホールができたら通ってくるだろうか。そんなことをいろいろ考えてみるべきでしょう。」などと発言しているのです。

専用ホールを新たに建ててくれなんて誰も言ってませんよ。こういう「人の話をねじ曲げて否定し、マイナスイメージを醸成する」ような人が委員を務めているのです。公演スケジュールを決めるときに2日づつホールを予約すれば、1日はリハに使えるというお話しです。東京文化会館の大ホールは決してぎっしり予約で満杯というわけではないですし、なにしろ東京都の施設ですから都響が2日予約することに違和感はありません。それをやらせてもらえない、あるいは賃料に配慮がないというのは組織に問題があります。

都響も野球やサッカーでやっているようなファームをつくったらどうでしょう。ユースオケでもいいと思います。準団員という称号だけでもいいかもしれません。非常勤職員とはいえ、リハーサル室は無料で使えて、指揮者の付く練習ができるというのは若い音楽家にはメリットがあると思います。学校、施設、病院、僻地、離島などでの公演、都響が今ほとんどやっていない東部地域(墨田区・江東区・江戸川区・葛飾区・足立区)での公演、本公演へのエキストラ参加などには当然報酬が出ます。もしこの様な場所でしばしば公演することがオーケストラの存続に必須であるならば、このシステムでやるべきでしょう。

都響は今でも室内楽とか美術館との抱き合わせで無料音楽会をやっていますが、年に2回くらいは上野水上音楽堂でフルオーケストラの無料または投げ銭コンサートをやったらどうですかね。都知事好みの○○フェスティバルというような名目でもいいでしょう。クラシック音楽を聴くにはにはまだ敷居があるように思います。まず生で聴いてもらうことでしょう。それにどんな商売にも宣伝は必要です。

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2018年11月 7日 (水)

都響-小泉-レイ・チェン:ブラームス・マチネ@東京芸術劇場2018・11・07

Img都響のブラームス・マチネに行ってきました。ステージを眺めるとあれれ!? 非常に違和感があります。なぜだろう? よくみると勝山(クラリネット)がバッサリ髪切ってるじゃありませんか。さらに大和加奈が1stヴァイオリンに移籍していました。

本日の指揮はマエストロ小泉、コンマスは矢部ちゃんでサイドは四方さん。首席奏者総出演の最強シフトです。ソリストのレイ・チェンはまだ20才代ですが、欧米でも引っ張りだこの人気ヴァイオリン奏者です。

ブラームスのVnコンチェルトは、ともかくソリストの演奏が際立って素晴らしくて圧倒されました。ポスターでは見た目ちょい悪のような風貌ですが、精緻な演奏ではあっても決して優等生的ではなく、独自の豊かなニュアンスで聴衆を自分の世界に引き込んでいく強力な磁力を持った演奏家です。ブラームスの音楽が持つポエジーを強く感じさせてくれるところに特徴があります。

都響も彼に合わせるというスタンスを取らざるを得ませんが、このような演奏家は希有なのでどうつけたらいいのか、ちょっと戸惑った感じもありました。広田氏などは明らかに意識していて、第2楽章の冒頭など特段に情緒豊かな演奏を繰り広げていました。

後半のブラームス交響曲第4番は私も大好きな曲で、小泉-都響の手堅い演奏でたっぷり楽しめました。ひとつだけ注文をつけるとすると、第一楽章の冒頭、ひっかく感じじゃなくて、もう少しひそやかでやわらかくスタートできないかなと思うんですね。

レイ・チェンの演奏

ワルチング・マチルダ
https://www.youtube.com/watch?v=4c364LnyOU4

https://www.youtube.com/watch?v=BmDVH2rWinM

勝山大輔
https://www.youtube.com/watch?v=E4sN2PwbmNk

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2018年11月 4日 (日)

ミニ救助

A0001_002518今日京成線に乗っていたら、ふたつ離れた席の見知らぬおばちゃんが突然私に倒れかかってきて、助けてくれと言うのです。

そして「次の駅で降りますか?」と訊くと、そのまま倒れ込んで吐いてしまいました。意識が途切れているようです。

向いに座っていた乗客の1人が車掌に知らせに行ってくれたので、私は次の駅で彼女を抱きかかえて降車させました。

駅のホームに寝かせていると、車掌が駆けつけてくれて、駅員も来たので私は席に戻り、電車は数分遅れで発車しました。

まあそれだけのことなのですが、それで思い出したのは、学生時代丹沢大山に登山しているとき、突然道ばたの崖をよじ登ってきた2人の登山者が現れたとこのことです。どうやら沢登りをしていて最後に道に迷って、なんとか登山道にたどりついたようでした。沢登りをしているとありがちなことです。

ところがそのうちの1人の顔が真っ青で息も絶え絶えだったので、これは救助しないと命が危ないかもしれないという状況でした。携帯電話もない時代だったので、麓と連絡することも出来ません。

そこで同行登山者数人であたりの木の枝を集め、みんな上着を脱いでつなぎ合わせて担架をつくり、電話のあるヤビツ峠まで下ろしました。担架はにわか造りですし、道が滑るので非常に危険な救助でした。

私が人生で人の救助をしたのはこの2回だけです。

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2018年11月 2日 (金)

管理人からのお知らせ

A1180_001239このブログのアネックスのひとつである、「生物学茶話@渋めのダージリンはいかが」の増補改訂にとりかかりました。

http://morph.way-nifty.com/lecture/

多少わかりやすくなるかもしれません。この改訂は「やぶにらみ生物論」には反映されません。

ココログはいろんなスタイルを選べますが、ここでは右カラムのスタイルにしています。右カラムのタイトルは白い押しピンでとめてありますが、このうち「カテゴリー」または「バックナンバー」のタイトルをクリックすると、2006年にこのブログをはじめて以来のすべての記事にアクセスできます。

カテゴリー別に古い過去記事にアクセスしたい場合、カテゴリーピンの下の各カテゴリーをクリックするか、上記の「カテゴリー」をクリックし、例えばさらに「にゃんこ」をクリックして記事を表示させ、下端までスクロールすると古い記事にアクセスできます。

記事をひとつづつ古い方から順番に読むには、記事の最下部にある「固定リンク」をクリックすると読みやすいかもしれません。固定リンクにすると記事はひとつだけ表示され、一つ前または次の記事に進むには、最下部の前の記事名または後の記事名をクリックします。

「ドメイン内で検索」で、下のボックスに入力して検索してもヒットする確率は低いと思います。これはココログの昔からの弱点です。むしろグーグルで「渋めのダージリンはいかが  and 検索したい言葉」で検索した方が、圧倒的にヒットする確率は高いです。

では どうぞごゆっくり

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2018年11月 1日 (木)

日本はどうなってしまうのか?

1280pxbank_of_japan_headquarters_in日本経済新聞によると、イオンの筆頭株主は実質日銀(左の写真)になったそうです。

私はイオンに依存して生活しているので、これは見逃せない情報です。政府の指示によってこっそり遺伝子組み換え食品を食べさせられたり、食べ物は日本の製品ではなく、TPP11の国のものを食べるように誘導されたりすることはありがちだと思います。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO32284120W8A620C1000000/

年金を投入するだけでは間に合わなくて、日銀がETFを購入して無理矢理株価を高止まりさせようとしているわけです。政権を維持する目的のためにこのようなことをやっているうちに、もうやめられない状況になってしまいました。

これは世界初の実験であり、まさしく私達国民は安倍=黒田のモルモットになっているのです。実験するなら、実験の目的と道程、成功したらどうなる、失敗したらどうなるなどの情報をきちんと提示してほしいものです。

このままいくと日本の多くの企業が実質国営になり、日本は国家が上から社会主義を推進する国家社会主義の国になりつつあるんじゃないですか。それが良いことか悪いことかは私にはわかりません。しかし一つ言えるのは、知らず知らずのうちにそうなってしまうというのは容認できないということです。

安倍政権の一番の問題は、国民を籠絡しながら、知らないうちに自らが目指す方向の政策を実現していくという政治手法です。移民という言葉を使わないで外国人の移住を促進するとか、インフレという言葉を使わないで日銀がジャブジャブお金を刷るとか、政府の統計を改竄する、議事録を改竄する、みんなそうです。

論語の中にこんな話があります。
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孔子はある小さな国の政治をやってくれないかと頼まれました。しかしその国には予算は少なく、軍隊も弱い状態でした。弟子である子路は心配して、孔子に「そんなところで、先生は何をなさるのですか」とききました。すると孔子は

必也正名乎。名不正則言不順、 言不順則事不成。
(かならずや名をたださんか。名正しからざれば則(すなわ)ち言(げん)順(したが)わず、言順わざれば則ち事成らず)

という有名な言葉で答えました。この意味は「私はまず言葉を正しく定義する。もし言葉の定義が正しくなければ、何を言っているか意味がわからない。何を言っているかわからなければ、何事もできなくなってしまう」 
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政府には自分たちがやっている政策を、正しく定義された言葉で正直に語って欲しいと思います。

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