« サラとミーナ205: 邪魔しないで! | トップページ | 堕落した報道ステーション-トリチウムの放出 »

2018年9月10日 (月)

やぶにらみ生物論112: 背と腹

私達が所属する脊椎動物などの後口動物(deuterostome)では中枢神経系が背側にあるのに対して、昆虫などの前口動物(protostome)では中枢神経系が腹側にあります(図1)。

A_8


この相違について、19世紀にフランスでジョルジュ・キュヴィエとジョフロワ・サンティレール(図2)の論争があり、キュヴィエは両者のボディープランが根本的に異なるとしたのに対して、ジョフロワは裏返っただけで両者は同じボディープランだと主張しました。この論争は西欧ではかなり有名らしく、私は未読ですが本まで出版されています(1)。キュヴィエが優勢だったようですが、ゲーテは持論の「Urform=原型」からすべての動物が生まれたという思想からジョフロワを支持しました。図1の上段の図はある種のUrformです。

A_9

この論争に決着をつけたのは、あの自殺した理研の笹井芳樹らでした(2)。デ・ロバーティスと笹井(図3)はマウスとショウジョウバエという系統的にかけ離れた種において、ボディープランを決定する遺伝子、特に前後軸を決定するHox遺伝子クラスターや背腹軸を決定するSog/Dpp遺伝子に共通点が多いことから、これらは進化的に保存されたものであるとし、後口動物と前口動物の共通祖先としてウルバイラテリア(urbilateria)を想定しました(2、3、図1-左右相称動物の基本型)。キュヴィエ-ジョフロワ論争から言えば、彼らはジョフロワの亡霊をよみがえらせたというわけです。

A_10

彼らのグループは実際にショウジョウバエとアフリカツメガエルのSogとChordinのmRNAには互換性があることなどを実験的に確認しています(4)。口と肛門が同じ扁形動物に所属するプラナリアが脳を持つことを考えると、ウルバイラテリアがすでに中枢神経系を保持しており、後口動物または前口動物が分岐したときに位置がひっくりかえったということは納得できる説明だと思います。

動物が初期発生の頃、基本的な形態形成を行なうための場を形成する分子群は数百以上あるでしょうが、なかでも重要な役割を果たしているのはBMPとその関連因子です。Sog、Chordin、Dpp、BMP4などもその中に含まれています。

BMPを最初に見つけたのはカリフォルニア大学の整形外科医だった Marshall R. Urist (5、図3)で1965年のことでした。もともとは骨の増殖促進因子として発見されたので、bone morphogenetic protein などという名前がつけられましたが、実はこの因子は生理的には骨形成と直接の関係はなく、もっと広汎な作用を持つ因子だということが後に判明しました(6)。

BMPには多くの分子種がありますが、いずれもTGF-βスーパーファミリーに属する分子であり、BMPという名前が付いていなくても関連する分子もあります。このブログでも以前にリストを提供しています(7、図4に再掲)。またBMPをリガンドとする情報伝達系についても若干の記述を行ないました(7)。

A_11

図1または図5でわかるように、基本型からみると後口動物はそのまま中枢神経と消化管の位置関係を保存しており、一方前口動物ではそれらが頭部近傍の1ヶ所でクロスしていることがわかります。すなわち後口動物こそが伝統的なボディープランを維持しており、前口動物は変異体から発展したグループであるという考え方がわかりやすいと思います。

図5をみると節足動物のSOGと脊椎動物のChordinはホモログであり、いずれも中枢神経を誘導する機能に互換性があることが証明されています(4)。ただ初期発生の頃に、節足動物のSOGは腹部に発現し、脊椎動物のChordinは背部に発現するという違いがあります。この発現位置を決める遺伝子の変異によって、位置が逆転したと思われます。このほかに腹背の特徴を制御するDPPとそのホモログBMP4の発現位置も節足動物と脊椎動物では逆転しています(図5)。

A_12


Chordinはシュペーマンとマンゴルトのオーガナイザー(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2464568/)の分子的実体だと注目されましたが、それが本当かどうかは微妙です。初期発生における3軸(前後・腹背・左右)の決定には3次元的に多数の因子が関わっており、人間の知能ではごくおおざっぱにしか把握できなのではないかと思われます。おそらくスーパーコンピュータに数値を入れると、答えが返ってくるというような課題ではないでしょうか。

それはそれとして、Chordinの作用機構についてはかなり解明されているようです。Chordinは分子量約12万ダルトンのかなり大きめのタンパク質で、分子内に4つのシステインリッチドメインを持っていることが特徴です(8、図6)。

ChordinはTsgというタンパク質と結合しているBMPをトラップし、本来細胞膜のBMP受容体に結合すべきBMPを隔離するという作用を持っています。つまりChordin自体が背側誘導のカスケードを起動するのではなく、BMPが起動する腹側誘導カスケードを阻害することによって、結果的に背側を誘導するということです(9)。

A_13

BMPは様々な形態形成過程で重要な役割を果たすので、いつまでもトラップされていては困ります。BMPをChordinから解放するために、Tolloid というメタロプロテアーゼが用意されています。このタンパク質分解酵素はChordinを切断してBMPを解放します(図6、図7)。

ここでCrossveinless2というタンパク質が興味深い役割を果たします。これがないとショウジョウバエの翅脈がうまくできないというのが名前の由来です。このタンパク質は細胞膜から突き出した糖鎖に結合しており、システインリッチドメインを介してChordin-BMP-Tsg複合体に結合します(10、図7 のピンクで記してある cystein rich domein と CR1)。

したがってCrossveinless2を特定領域に密集させておけば、Chordinが分解されたときに高濃度のBMPが放出されて、効率よくBMPカスケード(BMP→BMP受容体→Smad複合体→転写)を起動できることになります(10)。

A_14

前にも述べたように、腹背軸の決定などの初期発生における3軸決定には多くの因子がからんでいるので、上記のような単純な理論はひとつの切り口に過ぎず、他の側面からも見る必要があります。

たとえば三品はBMPシグナルとFGFシグナルが競合的に働くことで中胚葉誘導時の中胚葉の背腹パターンを制御しているというモデルを提唱しています(6)。


参照

1)Tobey A. Appel, The Cuvier-Geoffroy Debate. French Biology in the Decades Before Darwin., Oxford University Press (1987)
https://global.oup.com/academic/product/the-cuvier-geoffroy-debate-9780195041385?cc=jp&lang=en&

2)De Robertis EM, Sasai Y.,  A common plan for dorsoventral patterning in Bilateria. Nature 380: 37–40. (1996)
https://www.nature.com/articles/380037a0

3)秋山(小田)康子、小田広樹: なぜ今、クモなのか?胚発生が描く進化の道すじ、生命誌ジャーナル 2004年秋号
http://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/042/research_21.html

4)Scott A. Holley, P. David Jackson, Yoshiki Sasai, Bin Lu,  Eddy M. De Robertis, F. Michael Hoffman, Edwin L. Ferguson., A conserved system for dorsal-ventral patterning in insects and vertebrates involving sog and chordin. Nature volume 376, pages 249–253 (1995)
http://www.nature.com/articles/376249a0

5)Marshall R. Urist, Bone: Formation by Autoinduction., Science, Vol. 150, Issue 3698, pp. 893-899 (1965) DOI: 10.1126/science.150.3698.893
http://science.sciencemag.org/content/150/3698/893

6)三品 裕司 BMPシグナルの多彩な機能——初期発生から骨格形成まで Journal of Japanese Biochemical Society vol. 89(3):  pp. 400-413 (2017) doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890400
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2017.890400/data/index.html

7)初期発生と情報伝達1
http://morph.way-nifty.com/lecture/2018/01/post-8af9.html
http://morph.way-nifty.com/grey/2018/01/post-4d71.html

8)Juan Larraín, Daniel Bachiller, Bin Lu, Eric Agius, Stefano Piccolo, and E. M. De Robertis., BMP-binding modules in chordin: a model for signalling regulation in the extracellular space., Development. vol. 127(4):  pp. 821–830 (2000)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2280033/

9)The chordin page.
http://www.hhmi.ucla.edu/derobertis/EDR_MS/chd_page/chordin.html

10)Catharine A. Conley, Ross Silburn, Matthew A. Singer, Amy Ralston, Dan Rohwer-Nutter, David J. Olson, William Gelbart and Seth S. Blair1, Crossveinless 2 contains cysteine-rich domains and is required for high levels of BMP-like activity during the formation of the cross veins in Drosophila., Development, vol. 127, pp. 3947-3959 (2000)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10952893

|

« サラとミーナ205: 邪魔しないで! | トップページ | 堕落した報道ステーション-トリチウムの放出 »

生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/133582/67151512

この記事へのトラックバック一覧です: やぶにらみ生物論112: 背と腹:

« サラとミーナ205: 邪魔しないで! | トップページ | 堕落した報道ステーション-トリチウムの放出 »