やぶにらみ生物論103: プラナリアの再生
神経系の進化を見ていく前に、生物の分類と進化を復習しておきましょう。動物門と進化について図1を示しますが、この図のオリジナルは調べましたがわかりませんでした。多分米国の大学で教育用に作成したものだと思います。私が若干改変して、日本語訳もつけました。この様にパネルにしてあると、いかにもこれで確定というようにみえますが、実は現在でもあいまいな部分もあるので、これからの科学の進歩に応じてこのパネルも進化するべきものです。字が細かいですが、クリックすると拡大できます。
このパネルをみると非常にインテリジェントで高等な生物と、原始的な生活をずっと続けている生物があるようにみえます。しかし今生きている生物はすべて数十億年の進化を経て生き残っている生物なので、一見単純で原始的と思われる生物であっても、それなりに幾度もの大絶滅時代を生き抜き、環境に適応しながら子孫を残してきた強者ばかりなので、どれが高等生物でどれが下等生物などとは言えません。
むしろホモ属などは最近地球に現われた新参者なので、地球環境の変化には弱いグループかもしれません。実際ホモ属で生き残っているのはサピエンスだけで1属1種という情けない状況です。ただ遺伝子も生活も比較的保守的に維持してきたグループと、大幅に変更してきたグループは存在します。
多細胞動物は大きく分けて無胚葉・2胚葉(内胚葉と外胚葉)・3胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)の3つのグループに分類できます。無胚葉の生物ではそれぞれの細胞の役割分担はありますが、組織らしいものはありません。神経も形成されません。2胚葉の生物は体の内側(内胚葉)と外側(外胚葉)に別の細胞群を配置し、内側は主に消化管で栄養をとるために存在し、外側は皮膚と感覚器官、そして神経を形成します。3胚葉になるとこれに中胚葉が加わり、骨・筋肉・血管などを形成します。
神経が形成されるためには2胚葉が分化して、その外胚葉が必須ですが、無胚葉の生物であるカイメンも「くしゃみ」ができるという報告があります(1、2)。これは神経らしい組織が形成される以前から電気信号による情報伝達が行なわれ、組織的な反応がみられたということを示唆しており、興味深い知見です。さらにカイメンどころか単細胞生物であるゾウリムシも、物体に衝突して方向転換したり、捕食者から逃げようとするときに膜電位変化を利用しているという報告があり、神経の萌芽はすでに単細胞生物でもみられるようです(3)。
まあそれはさておき、図1の2胚葉性の生物である刺胞動物と有櫛動物は散在神経系という中枢の無い神経系を持つとされています。刺胞動物のひとつであるヒドラの神経系の図(コトバンクより)を図2に示しました。「ヒドラの神経系は、どこかを触るとその刺激は全方向に広がり体が縮む。この神経系にはシナプスによる方向性の規定がない。」などと現在でも記載されることがありますが、アンダーソンとスペンサーははやくも1989年に、そんなことはなく、ヒドラやハチクラゲの神経系にもちゃんと方向性を規定するシナプスが存在することを証明しています(4)。小泉修によると、「刺胞動物の散在神経系は、神経系の要素の全てを持ち合わせている」そうです(5)。
神経系のシステムは発達した中枢神経系をもつ脊椎動物、小さくても優秀な中枢神経系をもつ節足動物、中枢神経系をもたない刺胞動物などすべての生物で、基本的に同じルールで作動しているので、ルーツはひとつと思われていましたが、ひとつ例外があることが報告されています。それは刺胞動物と近縁とされている有櫛動物(クシクラゲ類)で、このグループのニューロンは他の生物で発現しているニューロン特異的な遺伝子が発現されていなくて、かつ神経伝達物質も他の生物とは全く異なるということです(6)。おそらくこのグループは刺胞動物とはかなり離れた進化的位置にある生物なのでしょう。
図2をみると、扁形動物のプラナリアは明らかに散在神経系を逸脱して、規則的な神経系をもっていることがわかります。見た目いわゆるはしご型神経系をもつとされる環形動物や節足動物よりはしごらしくみえますが、体節をもたない生物なのではしご型とはいわず、かご状神経系とよびます(5)。プラナリアにも脳があり、これはカエルの発生初期に一過性に現われる神経系の分布パターンに似ているそうです(7)。
プラナリアの主要な神経系は腹側にあり、このタイプの神経系は扁形動物・線形動物・環形動物・節足動物・軟体動物などに共通しています。一方主要な神経系を背側にもつのは尾索動物・頭索動物・脊椎動物です。後者の神経系は管状神経系と呼ばれています(図2、カエル)。前者のなかでも、イカの神経系などはとてもはしご状という言葉とはかけはなれた構造で、むしろ脊椎動物に近いような構造になっています(図2、イカ)。
脊椎動物に近縁な門である棘皮動物の神経系は、なんと中枢神経系・脳をもっていないので散在神経系とされています(図2、ヒトデ)。しかしヒトデは腕の先端に眼をもっていて、周りの景色を認識しているそうなので、脳らしきものがないからといって、極めて機能が低いとはいえないようです。珊瑚礁から1メートル離しておいても景色を見て直線的に帰ることができるので、当然記憶もあるのでしょう(8)。見た目ショボくても、周口神経環が脳の代わりをしているのかもしれません(図2)。
さて脳の研究を行なうにあたって、最もベーシックな材料としてプラナリアは適切そうに見えます。神経系の構造も「かご状」と名付けられているとはいえ、実際にははじご状でガングリオンもなく、シンプルで解析しやすい素材と思われます。プラナリアという生き物は水槽で熱帯魚を飼育している人にはお馴染みらしく、特に有害でも無いと思うのですが、水槽に妙な虫が張り付いているのは美観を損ねるので、様々な駆除剤や道具が発売されています(9)。
プラナリアは扁形動物門のウズムシ綱に属していますが、他の綱の扁形動物はほとんどが寄生虫です(図3)。そもそも硬い皮膚もなく、攻撃手段も毒もない生物なので、普通に自然の中で生きていくのは困難だったのでしょう。そのような仲間の中で、どうしてウズムシ綱の生物、たとえばコウガイビルやプラナリア(図3)の仲間だけが他の生物に寄生しないで生き延びられたのでしょう? それは彼らが驚異的な再生能力を持っていることが大きな要因だったと思われます。
すなわちコウガイビルやプラナリアは、たとえば捕食者に半分に食いちぎられても、その部分が食べられているうちに残りの半分が逃げ延び、再度フルの体を再生できる能力によって生き延びてきたと考えられるわけです。
プラナリアの再生能力について、最初に詳しい研究を行なったのは John Graham Dalyell という人物で、1814年に研究結果をまとめて本:「Observations on some interesting phenomena in animal physiology, exhibited by several species of Planariae」 にしており、現在フリーで読むことができます(10)。さすがに200年前の古めかしい英語なので、辞書をひきながらでないと読めませんでした。
彼は"the Society of Arts for Scotland" のプレジデントを務めたほどの人で、むしろ文学者であり(11)、この本の序文でも自分は自然科学者ではないし、自然科学者の手も借りていないが、記述はありのまま観察したことであり、不十分であっても真実であると述べています。プラナリアの再生について彼が記載していることの一部を図4にコピペしました。肖像画を探しましたが見つかりませんでした。
その後、プラナリア再生研究者として意外な人物が登場します。それは以前にこのサイトでも取り上げた(12)遺伝学者のトーマス・ハント・モーガン(図5)で、彼はショウジョウバエの遺伝学にのめりこむ以前の若い頃、プラナリアの再生実験をやっていて、論文を少なくとも11遍は書いているそうです。The
node が忘れられた古典論文のひとつとして取り上げています(13)。
モーガンとチャイルドは再生に必要な物質の勾配という概念を提出し(14)、それは一世紀以上の年月を経て、Reddien, Almuedo-Castillo、梅園、阿形(図5)、その他多くの研究者達の努力によって証明されました(15-17)。プラナリア切断と再生の様子は理研のサイトから借用しました(図5)。プラナリアの再生の様子をアップしているサイトがあります(18)。
そのメカニズムの概要は、図6のようにERK蛋白質とβ-カテニン蛋白質は体の前後軸に沿って相反する活性勾配を形成し、その結果、体の異なる領域(頭、首、腹と尾)が再生できるということだそうです。ERK蛋白質(細胞外シグナル調節キナーゼまたは古典型マップキナーゼ)は蛋白質中のセリンまたはスレオニンをリン酸化する酵素ですが、活性化されることにより、細胞質から核に移行して遺伝子発現に影響を及ぼします。
梅園のサイトの記載をコピペすると「プラナリアの幹細胞はERK蛋白質の活性化によって, もともと頭部の細胞に分化するように指令されますが, nou-darake 遺伝子や Wnt/ß-カテニン経路が ERK蛋白質の活性化レベルを抑制することによって, その指令を首や腹や尾部の細胞へとそれぞれ運命転換させていると結論づけました」だそうです(19) 。Nou-darake 遺伝子については次の記事でとりあげる予定です。そのほかにも頭部・尾部の再生を制御する因子はありそうですが、そう遠くない時期に全容が解明されるのではないでしょうか。
ヒトの場合臓器を作成するには、通常さまざまな人為的操作を行なってES細胞とかiPS細胞を作成しなければなりません。しかしプラナリアは体内に多数の自動的に機能を発揮する多能性幹細胞をもっていて(20)、体が切断されるとそれらが活性化して増殖・分化を繰り返し、新しい個体をつくりだすことができます。幹細胞がどのような種類の細胞に分化するかは図6のような因子の濃度勾配などによって決定されるというわけです。
ヒトも体中に多能性幹細胞を埋め込んでおけば、切られても再生できるかというと、それは無理です。血液循環で細胞に栄養供給を行なっている生物は、ヒトに限らず再生する前に出血多量で死亡します。
参照
1)Danielle A Ludeman, Nathan Farrar, Ana Riesgo, Jordi Paps and Sally P
Leys., Evolutionary origins of sensation in metazoans: functional evidence for a
new sensory organ in sponges. BMC Evolutionary Biology vol. 14., no. 3.,
(2014)
https://bmcevolbiol.biomedcentral.com/track/pdf/10.1186/1471-2148-14-3
https://doi.org/10.1186/1471-2148-14-3
2)脳のない海綿動物も“くしゃみ”をする national geographic
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8741/
3)Eckert, R. and Naitoh, Y. (1972) Bioelectric control of locomotion in the ciliates. J. Protozool. 19:237-243.
4)Peter A. V. Anderson, Andrew N. Spencer., The importance of cnidarian synapses for neurobiology., Developmental Neurobiology vol.20., no.5, pp. 435-457 (1989)
5)小泉修 神経系の起源と進化:散在神経系よりの考察 比較生理生化学 vol. 33, no.3, pp.116-125 (2016)
6)Leonid L. Moroz et al., The ctenophore genome and the evolutionary origins
of neural systems., Nature vol. 510, pp. 109–114 (2014)
doi:10.1038/nature13400
http://www.nature.com/articles/nature13400
7)阿形清和 プラナリアの脳は何を語るのか 生命誌24号
https://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/024/ex_2.html
8)ヒトデの目はみえていた National geographic (2014)
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8726/
10)John Graham Dalyell, Observations on some interesting phenomena in animal
physiology, exhibited by several species of planariae. Archibald Constable
& Co. Edinburgh (1814)
https://www.biodiversitylibrary.org/item/40487#page/11/mode/1up
https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=uc2.ark:/13960/t3hx16x5z;view=1up;seq=9
11)Online Books by John Graham Dalyell
http://onlinebooks.library.upenn.edu/webbin/book/lookupname?key=Dalyell%2C%20John%20Graham%2C%201775%2D1851
12)http://morph.way-nifty.com/grey/2016/10/post-152f.html
http://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=86091564&blog_id=204154
13)Morgan, T.H. (1898) Experimental studies of the regeneration of Planaria
maculata. Archiv fur Entwicklungsmechanik der Organismen 7, 364-397
http://thenode.biologists.com/forgotten-classics-t-h-morgan-planarian-regeneration/research/
14)Meinhardth, H (2009) Beta-catenin and axis formation in planarians. Bioessays 31: 5-9.
15)Umezono et al. The molecular logic for planarian regeneration along the
anterior-posterior axis. Nature vol. 500, pp. 73-76 (2013)
http://www.kyoto-u.ac.jp/static/ja/news_data/h/h1/news6/2013/130725_1.htm
16)Almuedo-Castillo M, Salo E, Adell T., Dishevelled is essential for neural connectivity and planar cell polarity in planarians. Proc Natl Acad Sci USA vol. 108: pp. 2813-2818 (2011)
17)Petersen C.P., Reddien P.W. Wnt signaling and the polarity of the primary body axis. Cell vol. 139: pp. 1231-1241. (2009)
18)プラナリアの再生 https://youtu.be/vXN_5SPBPtM
19)http://www.sci.u-hyogo.ac.jp/life/regeneration/LRB/research_yu.html
20)Rink J.C., Stem cell systems and regeneration in planaria., Dev Genes
Evol., vol. 223(1-2): pp. 67-84. (2013) doi: 10.1007/s00427-012-0426-4. Epub
2012 Nov 9.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23138344
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