« 最も危険なクラシコ | トップページ | まきちゃんぐ@南青山マンダラ »

2017年12月23日 (土)

やぶにらみ生物論97: 体軸形成

生物学のさまざまなジャンルの中で発生という現象、すなわち1個の卵=ひとつの細胞が分裂を繰り返すと同時に形態を形成し、機能を分化させ、最終的に1個の生物に至るという驚異のプロセスは最も興味をひくと思われますが、最近はiPS細胞や遺伝子編集などに主役を奪われがちです。しかし発生生物学の分野はまだまだ謎だらけで、解明すべきことは山積されています。

iPS細胞を分化させるというのは興味深いですし有益ですが、自分が操作しているプロセスの大部分がブラックボックスでは、どこをどうしてどう改善するなどという科学的な思考を抜きにしたトライアンドエラーだけになってしまいます。

生物学の教科書に必ず出てくるクシクラゲという海洋生物がいます(図1)。水族館に行けばたいてい実物をみられます(1、2)。クラゲと呼ばれている生物には大きく分けて二つのグループがあり、ひとつは刺胞を持つミズクラゲなどの刺胞動物門、いまひとつは刺胞を持たないフウセンクラゲなどのクシクラゲ類が属する有櫛(ゆうしつ)動物門です。最近このクシクラゲで、生物学の根幹をゆるがすような大発見がありました。動物が生きていく上でエサを食べて消化し排泄するというのは基本です。これまでクラゲの仲間は口からエサをとって、排泄も口から行なうというのが常識でした。

ところがプレスネル、ブラウニーら(図1)のグループは、クシクラゲが肛門を持つことを発見したのです(3、4)。どうしてこんなことがわかっていなかったというと、クシクラゲを飼育する際に、あまり彼らが好む、あるいは適したエサを与えていなかったので口から吐き出したのを排泄したと勘違いしていたわけです。これには私も腰が抜けるほどびっくりしました。彼らはエサの小魚のDNAに赤い色素の遺伝子を導入し、肛門から赤い排泄物が排出されるのを確認しました。

肛門のあるクシクラゲの図を描いてみると(図1)、口があってのどがあって胃があって肛門があって、泳ぐための櫛板(繊毛の束)があり、エサをつかむための触手もあり、基本私達と大して違わないような気もします。すでにカンブリア紀にはもっと進化していた仲間の種もいたようです(5)。

A_8


さてクシクラゲが教科書に出てくるのは、その卵が典型的なモザイク卵だからです。モザイク卵というのは図2のように受精卵がふたつの細胞に分裂したときに細胞を分けると、それぞれの細胞からできてくる個体は、本来8つあるはずの櫛板がそれぞれ4つづつしかないという結果になります。4つの細胞ができてから分けると、それぞれ2つの櫛板をもつ不完全な個体が発生します(6)。

すなわち未受精卵のうちにどの部分がどう分化するかという設計図が書き込まれていて、あとで修正できないということです。ですからクシクラゲに親と同じ完全体の双子はいません。ヒトで言えば、左手と左足だけの子と右手と右足だけの子が生まれるようなものです。

これに対してウニの卵は2細胞期、または4細胞期に細胞を分けると、それぞれ普通の形態をもつ幼生(プルテウス)が発生します。このような卵を調節卵と言います。ヒトの場合も一卵性双生児が存在しますから調節卵と言えます。もちろん調節卵といえども、発生のどこかのステージで分化は決定されるので、モザイク卵と調節卵の違いは分化決定のタイミングが早いか遅いかの違いに起因します。

A_9

生物の形をおおざっぱにみると、前後(口側と肛門側)、背腹、左右という3つの軸が基本になっています。両生類-爬虫類-鳥類-哺乳類を含む生物グループの卵は、発生の際に細胞がダイナミックに動き回るので、軸形成のメカニズムの研究においては難解な応用問題であり、基本的な問題を解決する素材としては不向きです。頭の良い人々はショウジョウバエを材料として課題に取り組みました。

エドワード・ルイスはいわゆる「ホメオティック遺伝子群」によって生物の形態が定められることを発見しました(7)。彼はまた広島・長崎における被曝の影響についても詳細な研究を行ないました。この方面の業績はジェニファー・カロンによってまとめられています(8)。ニュスライン=フォルハルトとヴィーシャウスはエドワード・ルイスのショウジョウバエの発生に関する仕事を発展させ、多数の突然変異体を分離して発生に関与する遺伝子を包括的に分析し、その機能を解明しました(9、10)。これらの業績によって3人は1995年度のノーベル生理学医学賞を受賞しました(図3)。

A_10


そしてドリーヴァーとニュスライン=フォルハルトはついに形態決定の端緒となると思われる物質ビコイド(bicoid)にたどりつきました(11、図4)。ショウジョウバエの未受精卵にはすでに母親の遺言のようなビコイドmRNAの「頭部では濃く尾部では薄い」という濃度勾配が形成されており、受精とともにこのmRNAは翻訳されてビコイドタンパク質が合成されます。ビコイドタンパク質は胚の後方部位の特徴を表現するためのコーダルmRNAに結合して、その機能を阻害します。ビコイドタンパク質の濃度は頭部(前方)では高いので、コーダルmRNAの翻訳は行なわれませんが、尾部では低いのでコーダルmRNAの翻訳がさかんに行なわれることになり、尾部の特徴が現われることになります(図4)。

一方ナノスmRNAはビコイドと逆に「頭部で薄く尾部で濃い」という濃度勾配が形成されています。受精とともにナノスタンパク質がこの勾配にしたがって合成され、前方部位の特徴を表現するためのハンチバックmRNAに結合して、その機能を阻害します(12)。ナノスタンパク質の濃度は尾部(後方)では高いので、ハンチバックmRNAの翻訳は行なわれませんが、頭部では低いのでハンチバックmRNAの翻訳がさかんに行なわれることになり、頭部の特徴が現われることになります(図4)。コーダルやハンチバックのmRNAには濃度勾配がなく、その翻訳はビコイドタンパク質やナノスタンパク質によって制御されているわけです。

ここで注意しておきたいのは、ショウジョウバエの場合胚発生の初期には細胞分裂は行なわれず、核だけ分裂して卵全体に分布し、その後核が卵表層に移行してから仕切りができて細胞が形成されるという経緯をたどります。したがって胚発生初期においては細胞の移動や細胞間の物質輸送などは考慮せず、純粋にmRNAとタンパク質の濃度勾配で説明できるところがミソです。

A_11


さて前後軸に続いて腹背軸についてみていきましょう。前後軸があり海底を這って移動する生物は、腹側には移動手段(足など)、背側には防御手段(硬い皮膚やトゲなど)があることがベストで、そのような必要性から背と腹が分化してきたのでしょう。

ショウジョウバエでは、Robin L. Cooper 氏が作成した図(13、図5)をお借りして説明しますと、まず初期胚の腹側でシュペッツレというホルモン様の物質がトールという細胞膜の受容体に結合し(14)、これがシグナルとなってペレというタンパク質分解酵素が活性化されます。ペレはドーサルに結合して不活化していたタンパク質カクタスを分解し、ドーサルが活性化されます。活性化されたドーサルは核に侵入し、腹形成に必要な遺伝子を活性化します。活性化されたドーサルの濃度が低い背側では別の遺伝子が活性化されて背が形成されます(15、図5)。

ドーサルというのは「背中」のという意味なので、その濃度が濃いと腹が形成されるというのは奇妙な印象を受けるかもしれませんが、ドーサルという遺伝子を欠損させると腹側も背中のような生物ができあがるので、遺伝学の習慣として「背中ばかりにさせる遺伝子」としてドーサルと命名されたわけです。赤眼を形成させる遺伝子も、欠損すると白眼になることからホワイトと命名されています。

A_12

昆虫などとは系統樹でいえば別の幹に分かれた両生類-爬虫類-鳥類-哺乳類を含む生物グループでは軸決定の詳細は判明していませんが、βカテニン-Wntシグナル経路が重要な役割を果たしていることはわかっています。カエルの場合腹背軸の決定が最初に行なわれますが、これには未受精卵における物質の配置の他に、精子が卵に侵入する位置がかかわっています。

カエルの未受精卵は図6の一番左側の写真のように、上部にはメラニン色素があり、下部には卵黄があるのでその不均一性は明らかです。メラニン色素は保護色、卵黄は比重のためとされています。重要なのは下部の表層にディシェベルドという情報伝達タンパク質が局在していることです。受精するとその表層が約30度回転して、ディシェベルドの位置も30度ずれます(図6)。精子はかならず卵の上部から進入するので、ほぼその進入位置の反対側がずれたディシェベルドの位置となり、その周辺が背側になります(15、図6)。

ディシェベルドはWnt(ウィント)情報伝達経路という多くの生物にとって大変重要な経路をはたらかせ、この経路がはたらくと通常は単独分子の状態ではすぐに分解されてしまう β-カテニンが分解されなくなり(脱リン酸化される)、核に侵入してTCF/LEFファミリーの転写因子を活性化して、その転写因子が様々な背側形成遺伝子を活性化します(16)。

A_13


哺乳類における体軸決定はより複雑でここでは述べませんが、興味のある方は文献を参照して下さい(17-19)。カエルと同様Wntシグナルが関与していることは間違いないでしょう。ケンブリッジ大学の Ivan Bedzhov らのグループは、マウス胚の前後軸は母親から残されたシグナルによらないで決まると主張しています(20)。

参照

1)海遊館日記 http://www.kaiyukan.com/blog/2013/01/post-58.html

2)えのすいトリーター日誌 http://www.enosui.com/diaryentry.php?eid=02647

3)Jason S. Presnell, Lauren E. Vandepas, Kaitlyn J. Warren, Billie J. Swalla, Chris T. Amemiya, William E. Browne
The Presence of a Functionally Tripartite Through-Gut in Ctenophora Has Implications for Metazoan Character Trait Evolution
Curr. Biol., Volume 26, Issue 20, p2814–2820, 24 October 2016
http://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(16)30931-

4)肛門の起源の定説白紙に、クシクラゲも「うんち」
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/082400314/

5)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E6%AB%9B%E5%8B%95%E7%89%A9

6)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%82%AF%E5%8D%B5

7)Lewis Edward. A gene complex controlling segmentation in Drosophila. Nature. 1978;277(5688):565-570. doi:10.1038/276565a0.
http://sns.ias.edu/~tlusty/courses/landmark/Lewis1978.pdf

8)Jennifer Caron, Edward Lewis and radioactive fallout. The impact of caltech biologists on the debate over nuclear weapons testing in the 1950s and 60s. (2003)
https://thesis.library.caltech.edu/1190/1/LewisandFallout.pdf

9)Nüsslein-Volhard C, Wieschaus E (October 1980). "Mutations affecting segment number and polarity in Drosophila". Nature. 287 (5785): 795–801. doi:10.1038/287795a0. PMID 6776413
https://web.stanford.edu/class/cs379c/archive/2012/suggested_reading_list/supplements/documents/Nusslein-VolhardandWieschausNATURE-80.pdf

10)The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1995
https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/1995/

11)Driever, W., Nüsslein-Volhard, C., "The bicoid protein determines position in the Drosophila embryo in a concentration-dependent manner".,  Cell. vol. 54: pp. 95–104. (1988) doi:10.1016/0092-8674(88)90183-3.
http://www.mbl.edu/physiology/files/2014/06/Driever-1988.pdf

12)Irish V, Lehmann R, Akam M., The Drosophila posterior-group gene nanos functions by repressing hunchback activity. Nature., vol. 338 (6217)  pp. 646-648(1989). DOI: 10.1038/338646a0
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2704419

13)Robin L. Cooper,  Chapter 8: Development of the Fruit Fly Drosophila melanogaster
http://web.as.uky.edu/Biology/faculty/cooper/Population%20dynamics%20examples%20with%20fruit%20flies/08Drosophila.pdf#search=%27drosophila+development%27

14)Miranda Lewis et al., Cytokine Spätzle binds to the Drosophila immunoreceptor Toll with a neurotrophin-like specificity and couples receptor activation., Proc Natl Acad Sci U S A. 2013 Dec 17; 110(51): 20461–20466.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3870763/

15)東中川徹・八杉貞雄・西駕秀俊編 ベーシックマスター 「発生生物学」 第6章 オーム社 2008年刊

16)https://en.wikipedia.org/wiki/Wnt_signaling_pathway

17)吉田千春 マウス胚の前後軸決定におけるシグナル因子の挙動とその役割 上原記念生命科学財団研究報告集22(2008)
https://ueharazaidan.yoshida-p.net/houkokushu/Vol.22/pdf/096_report.pdf#search=%27%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%82%B9+%E5%89%8D%E5%BE%8C%E8%BB%B8%27

18)大阪大学 生命機能研究科  発生遺伝学グループ 体軸の始まり(前後軸形成からのアプローチ) 
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/hamada/%E5%89%8D%E5%BE%8C.html

19)平松竜司・松尾 勲 マウスの胚における前後軸の形成は子宮から胚への力学的な作用により開始される (2013)
http://first.lifesciencedb.jp/archives/7892

20)Ivan Bedzhov et al., Development of the anterior-posterior axis is a self-organizing process in the absence of maternal cues in the mouse embryo.
Cell Research vol. 25, pp. 1368-1371. (2015) doi:10.1038/cr.2015.104
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4670986/pdf/cr2015104a.pdf

|

« 最も危険なクラシコ | トップページ | まきちゃんぐ@南青山マンダラ »

生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: やぶにらみ生物論97: 体軸形成:

« 最も危険なクラシコ | トップページ | まきちゃんぐ@南青山マンダラ »