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2017年8月25日 (金)

やぶにらみ生物論84: DNA塩基配列

フレデリック・サンガーという人(図1)の偉大さは驚異的です。なにしろ生物の主成分である核酸とタンパク質の構成単位(ヌクレオチドとアミノ酸)がどのように配列しているか解析する原理的に全く異なる方法を、両方とも開発したわけですから。彼はまずタンパク質を構成するアミノ酸の配列を解析する手法を開発し、1953年にインシュリンの全一次構造を明らかにして、1958年度のノーベル化学賞を受賞しています。

さらに彼の研究グループは、1977年にジデオキシ法によるDNAの塩基配列解析に成功し(1)、この業績によってサンガーは1980年に2度目のノーベル化学賞を受賞しました。同じ分野のノーベル賞を2回受賞した人は彼以外にはジョン・バーディーン(トランジスタの発明と超伝導理論で2回物理学賞を受賞)しかいませんし、他にノーベル賞を2回受賞した人はマリ・キュリー(物理学賞と化学賞)とライナス・ポーリング(化学賞と平和賞)のみです。

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ジデオキシ法のミソは、通常デオキシリボース5員環の2の位置はHで、3の位置はOHのデオキシヌクレオチジル3リン酸(dNTP)・・・・・の3の位置のOHをHに置換したジデオキシヌクレオチジル3リン酸(ddNTP、図2)を、DNA合成の基質に紛れ込ませることにあります。これまでにも何度も述べているように3の位置にOHがないと、DNAポリメラーゼは鎖を延長できません。したがって運悪くddNTPを取り込んだ場合、DNA合成はそこで停止します。

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ここでdATPにddATPを紛れ込ませたとしましょう。他の3種のデオキシヌクレオチドdTTP、dGTP、dCTPは純粋品でdd型を含みません。そうすると運悪くddATPを取り込んだ場合にだけDNA合成が停止します。従って停止した位置の鋳型の塩基はTということになります。図3の場合、3、9、15番目の位置で停止するのでその位置の鋳型DNAの塩基がTであることがわかります。反応を途中で停止した3種の短いDNA(左端が3’H)は、電気泳動法などによってサイズで識別します。

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新生DNAのサイズを識別するには、鋳型DNAと新生DNAを分離しなければなりません。これにはいくつか方法がありますが、図4のように尿素などを添加して2本鎖のDNAを結びつけている水素結合を引きはがすのが一般的な方法です。尿素は塩基と塩基同士より強力な水素結合をつくることによって、塩基同士の水素結合形成を妨害します。


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高濃度の尿素の存在下で図5のように通電して、DNA断片をポリアクリルアミドゲルの中に誘導すると、ポリアクリルアミドの架橋した立体構造の中で動きにくい高分子のDNA断片は遅く、動きやすい低分子の断片は早く移動し、図3の右図のように分離することができ、かつレファレンスと同時に泳動することによって分子量(鎖長)も決定できます(2、3)。DNAは酸性(マイナスチャージ)なので、電流とは逆方向に移動することになります。

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塩基配列決定を効率的に行うための技術開発は現在に至るまで活発に行われていますが、そのきっかけになったのはジデオキしヌクレオチドを蛍光物質で標識しておくという技術です。この技術を開発したのは誰なのかということに興味を持って少し調べましたが、ちょっと複雑な経緯があるので最後に述べます。実際にはサーモフィッシャーという会社で売っているBig Dye (4)などを使ってシーケンシングは実行されています。

4種のddNTPをそれぞれ別の蛍光色素で標識しておくと、同時にひとつの試験管で反応させても、色つきの生成物を分析すれば一挙に塩基配列が可能となります。さらに図6のようなオートメーションを使えば、簡単に塩基配列のチャートが入手できます。

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サンガー法ではDNAポリメラーゼという酵素を使うので、それなりの不安定性やエラーがあります。マクサム・ギルバート法では化学的に特定の塩基の部分でDNAを切断します。この方が安定性は高いのですが、たとえばギ酸を使用した場合、GとAの両方の塩基で切断されるなど特異性に問題がある(図7)ほか、使用する試薬はすべてDNAを切断する作用を持つ危険な化合物なので、現在ではほとんど使用されていません。

しかしこの方法を開発したウォルター・ギルバートは、フレデリック・サンガーと共に1980にノーベル化学賞を受賞しています。テクノロジーで授賞すると、それより便利なテクノロジーが出現した途端に使われなくなり忘れ去られるというリスクがありますが、ギルバートの場合もそれに近いような状況です。アラン・マクサムに至っては写真もみつかりませんでした。

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ジア・グオはサンガー法をさらに発展させました。彼はddNTPにとりはずしのできる蛍光色素を結合させ、さらに3’OHも付け外しができるようなシステムを開発しました(5、図8)。反応開始後最初に結合したddNTPを同定し、色を確認してから蛍光色素をとりはずして、さらに3’Hを3’OHにして次の反応を行うというプロセスを繰り返すことによって、理論的には無限の長さのDNAシーケンシングをオートメーションで行うことが可能となりました。

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もうすこし具体的に書けば

1)DNAの断片を作成し、断片末端にアダプターを結合させる。

2)PCR法(次回か次々回で述べる予定)で大量にDNA断片を複製したのち精製する。

3)DNA断片のアダプターを相補的配列を持つオリゴDNAで補足し、補足したDNAを増幅してクローンを作成する。

4)可変型蛍光標識ターミネータ(それぞれddNTPに代替する)4種を入れてフローセルでDNA合成を行わせる。

5)フローセル内でDNAクローンにとりこまれた最初のターミネータを蛍光励起法で同定する。

6)いったんDNA断片端の蛍光をはずし、3’OHを付けてDNA鎖を伸長させる。

7)4、5、6のステップを n回繰り返して、長さ n の断片のシーケンシングを実行する。

8)数百万個の断片を大量並列的に解析するので、高速でシーケンシングすることが可能になった。

9)各断片の塩基配列を、コンピュータを用いてアライメント(図9、後述)を行い、断片化する前の全DNAの配列を決定する。

10)DNAライブラリーごとに、別のアダプターを結合させておけば、3のステップでクローンごとにどのライブラリーのDNAか識別できるので、一気に複数のライブラリーのDNAを解析することが可能です。

ここでアライメントという言葉が出てきましたが、これはDNAシーケンシングで得られたDNA断片のデータをもとに、より長いDNAの塩基配列を決めるプロセスのことで、図9で説明しますと、5つのDNA断片セットをそれぞれサンガー法で解析して、より長い青色のDNAの全塩基配列が明らかになって、それをコンティグ1としますと、同様にコンティグ5までのデータを得て、それぞれの末端の配列を比較することによって各コンティグの並び方を決め、さらに長いDNAの配列を確定します。このような作業をアラインメントといいます。

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シーケンシングの技術は日進月歩で、イルミナ社の「次世代シーケンステクノロジーのご紹介」というパンフレットをみると、図10のような進歩の歴史が書いてありました(6)。

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新しい情報はオミックスクラブ(7)などで知ることができます。私が少し興味をひかれたのは、電子顕微鏡を用いたDNAシーケンシングで、この場合dNTPは重金属でラベルしておき、1本鎖DNAを視野にきれいに並べて、視野の広さ分の塩基配列を一気に読み取るというやり方です(8)。しかしサンプルを重ならないようきれいに並べるというのは、電子顕微鏡レベルでは非常に難しい技術で、成功寸前まで行きながら資金ショートで倒産した会社もあるようです。

ところでddNTPに4種の蛍光物質を結合させてシーケンシングを効率的に行うというアイデアはもともと伏見譲のアイデアで、1982年10月の第20回日本生物物理学会で発表されたそうです(9)。1983年に研究を実際に担当していた土屋政幸は修士論文を発表しました(9)。当然ネイチャーかサイエンスに発表すべき研究結果でしたが、伏見は十分な自信を持てないという理由でそれをしませんでした。それでも1983年に特許は申請しました。ところが1984年になって、当時の科学技術庁が「国から研究資金をもらっておいて、特許はないんじゃないですか」という横やりが入って、伏見は特許申請を取り下げるということになりました。結局カリフォルニア工科大学のグループ(Mike Hunkapiller, Tim Hunkapillar, and Applied Biosystems)が1984年に申請した特許が結局最終的に有効となって、伏見は完敗となりました(10)。

この話はこれで終わりではなく、このアイデアは Hunkapillar 兄弟のものではなく自分のものだという同じ研究室にいた人物が現れたのです。それは Henry Huang という人で、裁判をおこしましたが敗北しました(10)。そういうわけで、4種の蛍光物質でddNTPをラベルしてシーケンシングするというアイデアは誰のものなのかは霧の中で、特許だけが厳然と残るという結果になりました。

私は基礎研究に多額の公的資金が投入されているのは事実なので、当時の科学技術庁の横やりはもっともだと思います。特許争いに大きなエネルギーをそそぐくらいなら、さっさと公表して誰でも使えるようにしたほうがよいと思いますし、国際社会が基礎科学の分野では特許至上主義から抜け出すべきだとも思います。研究者は研究資金とポストで処遇されるべきでしょう。

これに対する反論は、研究者といえども前に特許というニンジンをつるしたほうが、一生懸命走るという考え方に基づいています。それはそうかもしれませんが、上記の理由の他、特許獲得には大きなエネルギ-が必要ですし、ダークな側面がつきまとうということも事実です。最後に伏見譲先生はこのような方です(11)。

参照

1)F. Sanger, S. Nicklen, and A. R. Coulson, DNA sequencing with chain-terminating inhibitors., Proc. Nati. Acad. Sci. USAVol.74, No.12, pp.5463-5467,(1977)
http://www.pnas.org/content/74/12/5463.full.pdf

2)Heike Summer, René Grämer, and Peter Dröge, Denaturing Urea Polyacrylamide Gel Electrophoresis (Urea PAGE).,  J Vis Exp.,  vol. 32., p. 1485. (2009)
doi:  10.3791/1485
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3329804/

3)Denaturing Polyacrylamide/Urea Gel Electrophoresis
https://tools.thermofisher.com/content/sfs/manuals/MAN0011970_Denaturing_PolyacrylamideUrea_Gel_Electrophoresis_UG.pdf

4)https://www.thermofisher.com/order/catalog/product/4337455

5)Jia Guo et al, Four-color DNA sequencing with 3′-O-modified nucleotide reversible terminators and chemically cleavable fluorescent dideoxynucleotides, Proc. Natl. Acad. Sci. USA,  vol. 105 (27), pp.9145-9150 (2008)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18591653

6)jp.illumina.com/technology/next-generation-sequencing.html

7)http://omics-club.blogspot.jp/

8)http://omics-club.blogspot.jp/2013/08/20130820.html

9)岸宣仁著 「ゲノム敗北 知財立国日本が危ない!」 ダイヤモンド社 (2004)
https://books.google.co.jp/books?id=IVRKAAAAQBAJ&pg=PT36&lpg=PT36&dq=%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E6%B3%95&source=bl&ots=c7UnsDbmjl&sig=3ssOCV3KUo0X6Hk0RbxgfyWqNdY&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwjWkbvHtezVAhXKp5QKHXrIBc04ChDoAQhIMAc#v=onepage&q=%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E6%B3%95&f=false

10)https://plaza.rakuten.co.jp/cozycoach/diary/200412260000/

11)伏見譲 http://cpis.soken.ac.jp/Lab_note/Hushimi.html

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