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2017年7月18日 (火)

やぶにらみ生物論80: 染色体1

ほとんどの細胞は膨大な情報を持つ生命の糸=DNAをそれぞれ抱え込んでいます。これはPCで言えばハードディスクのようなものであり、PCなら外付けもできますが、細胞はそういうわけにはいきません。これはもともと生物は単細胞であったということに起因しています。生物は進化がつくったものであり、過去の蓄積の上に現在があるということからは逃れられません。私達多細胞生物も元はと言えば単細胞生物であり、生涯の一時期ではありますが、精子や卵子の間はいまでも単細胞生物です。

DNAの長さはヒトの場合細胞当たり2mくらいで、これはさまざまな生物の中で、とびきり長いとも言えないくらいの長さです。それでもThompsons さんの計算では、バスケットボールに髪の毛くらいの太さのひもが100kmぶんくらい入っているくらいの感じだそうです(1)。大腸菌ですら細胞の長さの200倍のDNAを抱え込んでいるので、いかにしてこのDNAをコンパクトに収納するかというのは何十億年も前から生物の重要な課題のひとつであったはずです。

細菌には核膜はありませんが、DNAは裸ではなく数多くのタンパク質によって被われていて、真核生物と同様クロマチンのような構造を形成しています。それは昔からヌクレオイド(核様体)として知られていましたが、その実体はよくわかっていなくて、ようやく20世紀の終盤に研究が進み始めました(2)。DNAをコンパクトに収納するだけでなく、遺伝子の発現やDNAの複製などに応じて適切にリモデリングも行うことが明らかになりました(3)。とはいっても細菌のヌクレオイドが真核生物と同様、ヌクレオソームのような構造をとっているかどうかはわかっていません。

そんななかで理研の研究グループは古細菌のAlba2 というタンパク質がDNAを包み込むパイプのような構造をとっていることを解明し、業界を驚かせました(図1、4、5)。ただこの論文を読むと、要旨はもちろん、イントロでも全く細菌のクロマチンには言及しておらず、議論もしていません。読者として非常にストレスがたまるところです。このような構造解明は古細菌でははじめてだと言っているのですが、では細菌ではどうなのか、それと比較してどう違うのか、細菌・古細菌を含めてはじめての業績なのか、そこのところを明確に述べないと原核生物の染色体研究においてこの仕事がどのような位置にあるのかはっきりしません。

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細菌・古細菌にくらべて、真核生物のクロマチンおよび染色体ははるかに詳しく研究されています。DNAは通常ヒストンなどのタンパク質と共にクロマチンを形成して存在しているわけですが、細胞分裂する場合、一時的に凝縮して棒状の構造になります。これを染色体(クロモソーム=chromosome)といいます。クロモソーム(ドイツ語なので chromosomen : 常に複数あるので複数を用語とした)という言葉をはじめて使ったのは Heinrich Wilhelm Gottfried von Waldeyer-Hartz (ハインリッヒ・ウィルヘルム・ワルダイエル、図2)です(6)。彼は解剖学者で、いまでもワルダイエル咽頭輪などにその名を残しています。中西宥によると、これを染色体と訳したのは石川千代松(図2)だそうです(7)。

染色体=クロモソームの定義が明確なのに対して、「クロマチン」はウィキペディアの定義によると「真核細胞内に存在するDNAとタンパク質の複合体のことを表す」としてありますが、これはちょっと同意しがたい定義です。なぜなら細菌や古細菌のクロマチンという使い方ができなくなるからです。かといって単に「DNAとタンパク質の複合体」というのは意味が広すぎて困ります。いまのところ適切な定義はないようです。強いて言えば、「転写や複製を目的としないDNAとタンパク質の複合体」ということで当たらずといえども遠からずでしょうか。日本語訳の「染色質」という言葉もあまり使われません。

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ワルダイエルは染色体の研究を本格的に行ったわけではありませんが、石川千代松は染色体研究の草分けのひとりで(もちろんわが国では初)、アウグスト・ワイスマンの研究室に留学して、共著でエビの染色体の論文を執筆したほか(1888)、帰国後にネギの染色体についても研究しています。世界ではじめて染色体の図を描いたのは、あのメンデルの論文を全く評価せず闇に葬ったことで有名なドイツの遺伝学者カール・ネーゲリ(図2)で、1842年の論文にその図が掲載されています(7、8)。

染色体研究の次のエポックはもちろんサットンの染色体説です。これについてはすでに私も紹介しています(9)。サットンの1902年と1903年の論文によって、染色体が遺伝因子の担体であることが明らかになり、さらにモーガンらによって遺伝子は染色体上に直線的に配置されているということが証明されました(10)。

染色体を光学顕微鏡で観察する方法はいろいろありますが、現在でもヒトの細胞の標本からきっちり46本の染色体を識別すること(カリオタイピング)は難しい作業です。実際19世紀から20世紀の中盤まで、ヒトの染色体の数・性決定染色体については長い論争があり、最終的に Joe Hin Tjio と Albert Levan が1956年の論文で46本で性染色体はXY型であることを確定しました(11)。仕事はスウェーデンで行われましたが、Tjio はインドネシア人です。図3にヒト染色体を示します。

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分裂する細胞はS→G2→M→G1→Sという細胞周期のサイクルを繰り返しますが、光学顕微鏡による観察ではM期(分裂期)にしか染色体はみつかりません。もはや分裂しない終末分化した細胞や静止期の細胞では観察できません。M期以外の染色体というよりクロマチンといった方が正確ですが、その構造が観察できるようになったのは電子顕微鏡の技術が発達した後になります。

DNAはすでにS期に倍化されていますが、細胞分裂の際にはその遺伝情報を均等に娘細胞に分配しなければなりません。M期にはDNAは染色体という著しく凝縮した構造体にたたみ込まれ、それぞれの娘細胞に分配されるべく2分されます。その片方を染色分体と呼びます。2つの染色分体は一ヶ所で結合されていて、勝手に分離しないようになっています。その結合部位をセントロメアと呼びます(図4)。セントロメアと言っても染色体の中央にあるわけではなく、さまざまな場所にあります(図4)。セントロメアからクロマチンの端までの距離が短い部分を短腕、長い部分を長腕と呼びます(図4)。

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M期にはセントロメアに多くのタンパク質が集積されて動原体(キネトコア)という構造が形成され、染色分体の分離や紡錘糸(チューブリン線維=微小管)との結合などが行われます(図5)。M期の中期にはきちんと紡錘体が形成され、それぞれの染色体が紡錘糸と結合して細胞中央に整列している=細胞分裂の準備が整っていることがチェックされ(mitotic checkpoint)、OKであれば、動原体にあるコヒーシンによって結合されていた染色分体が、プロテアーゼによるコヒーシン切断によって分離し、それぞれ娘細胞に運ばれます。

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クロマチンにはさまざまな構成要素がありますが、もちろん主成分はDNAとヒストンです。ヒストンというタンパク質はすでに1884年にアルブレヒト・コッセル(図6)によって発見されていましたが、その機能は永年謎でした(12)。1973年に至って、Hewish と Burgoyne は裸のDNAをDNA分解酵素で処理すると不規則に分解されていくのに対して、クロマチンのDNAは一定のサイズに分解されることを示しました(13、図6)。このことはクロマチンがサブユニットから成り立っていることを示唆します。そのサブユニットの存在は Olins 夫妻(14、図6)が電子顕微鏡を用いて証明しました。

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現在ではH2A・H2B・H3・H4という4種のヒストンがそれぞれ2分子づつ、計8つの分子がヌクレオソームという糸巻きのような構造を形成し、DNAはそれをひとつにつき1.65回転しながらその構造体の外側に巻き付いていることがわかっています(図7)。

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ヒストンにはもうひとつH1というグループがあり、これはヌクレオソーム内には存在していません。DNAがヌクレオソームに巻き付く際には出口と入口があるわけですが、その両方の位置でクリップのようにDNAを固定しているようです(15、図8)。ヒトやマウスの場合、ヒストンH1に属するグループの遺伝子は11個知られており、そのうち6個は細胞が増殖する際に発現し、残りは細胞増殖とはあまり関係がないとされています(16)。それぞれ少しづつ構造が異なっており、同じ機能または別々の機能を持つと考えられます。系統樹の上位ほど多くのバリアントがあるとは限りません(図8)。

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ヌクレオソームがたがいに近接した位置にあり、さらに高次構造を作っているような場合、ヌクレオソーム間にあるDNAに転写複合体がアクセスできるようなスペースがありません。したがってクロマチンは不活性な状態になります。このようなクロマチンをヘテロクロマチンと呼びます。一方ヌクレオソーム間にある程度のスペースがある場合、転写複合体がDNAにアクセスして pre-mRNA を転写することができます。このような状態にあるクロマチンをユークロマチンと呼びます(図9)。凝縮したヘテロクロマチンをほどいてユークロマチンに変化させることをクロマチンリモデリングといい、このプロセスではATPを加水分解してそのエネルギーが使われます(17、18、図9)。

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DNAがもっともコンパクトに折りたたまれるのは細胞増殖のM期で、染色体を形成するときです。このときヒト細胞に含まれる染色体の全長は230µmとなり、2mの長さのDNAがこのサイズに折りたたまれていることになります。これは約8700倍の長さに折りたたまれたということであり、そのメカニズムや構造の全貌はあきらかになっていませんが、ヒストンの化学修飾がキーポイントであるなどがわかってきており、現在ホットな研究領域です(19、図10)。

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参照

1)http://thompsons.exblog.jp/12917630/

2)Karl Drlica and Josette Rouviere-Yaniv., Histonelike Proteins of Bacteria, MICROBIOIOGICAL REVIEWS,vol.51(3), 301-319 (1987)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC373113/pdf/microrev00050-0009.pdf

3)Martin Thanbichler, Sherry C Wong, Lucy Shapiro., The Bacterial Nucleoid: A Highly Organized and Dynamic Structure., J. Cellular Biochemistry vol.96, pp. 506-521 (2005)
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jcb.20519/epdf

4)http://www.riken.jp/pr/press/2012/20120224_3/

5)Tomoyuki Tanaka, Sivaraman Padavattan, and Thirumananseri Kumarevel., Crystal Structure of Archaeal Chromatin Protein Alba2-Double-stranded DNA Complex from Aeropyrum pernix K1.THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY VOL. 287, NO.13, pp.10394-10402, (2012)

6)Heinrich Wilhelm Gottfried von Waldeyer-Hartz., Über Karyokinese und ihre Beziehungen zu den Befruchtungsvorgängen. Archiv für mikroskopische Anatomie und Entwicklungsmechanik, vol. 32: pp. 1–122. (1888)

7)中西宥 「染色体の研究」 UP Biology シリーズ 東京大学出版会 (1981)

8)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93

9)http://morph.way-nifty.com/grey/2016/10/post-6236.html

10)http://morph.way-nifty.com/grey/2016/10/post-152f.html

11)Joe Hin Tjio and Albert Levan, THE CHROMOSOME NUMBER OF MAN, Hereditas,  vol. 42, pp. 1-6 (1956)

12)網代廣三 ヌクレオソーム発見25周年 蛋白質 核酸 酵素 vol. 45, pp. 721-726  (2000)
http://lifesciencedb.jp/dbsearch/Literature/get_pne_cgpdf.php?year=2000&number=4505&file=BXGPLUSbCJM6Y15Uh4jxPLUSAbLA==

13)D.R. Hewish and L. A. Burgoyne, Chromatin sub-structure. The digestion of chromatin DNA at regularly spaced sites by a nuclear deoxyribonuclease.  Biochem Biophys Res Commun, vol. 52, pp. 504-510 (1973)

14)Olins AL, Olins DE (1974). “Spheroid chromatin units (v bodies)”. Science 183: 330-332. PMID 4128918.

15)https://en.wikipedia.org/wiki/Histone_H1

16)https://en.wikipedia.org/wiki/Linker_histone_H1_variants

17)https://en.wikipedia.org/wiki/Chromatin_remodeling

18)クロマチンリモデリング因子 http://www.ft-patho.net/index.php?chromatin%20remodeling%20factor%20%A5%AF%A5%ED%A5%DE%A5%C1%A5%F3%A5%EA%A5%E2%A5%C7%A5%EA%A5%F3%A5%B0%B0%F8%BB%D2

19)Bryan J. Wilkins et al., A Cascade of Histone Modifications Induces Chromatin Condensation in Mitosis., Science  Vol. 343, Issue 6166, pp. 77-80 (2014)
DOI: 10.1126/science.1244508
http://science.sciencemag.org/content/343/6166/77

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