やぶにならみ生物論64: 制御タンパク質他
数回にわたってタンパク質とは何かをざっくり述べてきましたが、最後に「制御因子他」のジャンルに属するものについてふれておきましょう。
酵素などは基本的には作られる量と壊される量によって制御されています。その他に他の酵素によって修飾されたり、ビタミンや生成物などの低分子物質によっても制御されます。しかし中にはわざわざ自分の活性を制御する専門のタンパク質が遺伝子として存在するようなラグジュアリーな酵素も存在します。ODC(オルニチン脱炭酸酵素)はそのひとつです。
オルニチンはすでに述べたように(1)、尿素サイクルに含まれる物質で、アンモニアを解毒し排出するうえで重要な位置にありますが、それ以外にODCによってオルニチンはプトレシンに代謝されます。
H2N-(CH2)3-CH(NH2)-COOH(オルニチン) → H2N–(CH 2)4–NH2 (プトレシン)+ CO2
プトレシンを起点として、いわゆるポリアミン類-スペルミジン・スペルミンが合成されます。ポリアミンは精液に多量に含まれますが、その機能は細胞増殖、イオンチャンネルの制御、DNAの安定化など多岐にわたっており、まだ完全には解明されていません(2)。ポリアミンは多すぎても少なすぎても生物が生きていく上で障害になるので、ODCの活性は厳密に制御されなければなりません。余談ですが、そういう意味ではオルニチンをサプリメントとして摂取するのは、体に負担をかけることになるのではないかと危惧されます。
そこで登場するのがODCアンチザイムという制御因子で、このタンパク質がODCに結合することによって、ODCは迅速に分解されます(図1、参照3)。結合状態での分子形態なども報告されています(4)。ODCアンチザイム自身がODCを分解するわけではなく、あくまでもODCの形態(コンフォメーション)を変化させて、タンパク質分解酵素が見つけやすいターゲットにするということです。
アンチザイムとは違うアロステリックモデュレーターとして機能する因子にもふれておきましょう。図2のように細胞膜を何度も貫通するタンパク質は数多く存在しますが、それらは外界からのシグナル(例えばホルモン)を受けて、分子形態が変化し、細胞内に出ている部分を使って外界からきたシグナルを細胞内に反映させるべく仕事をします。このような機能を正方向(+)あるいは負方向(-)に導くためのタンパク質性制御因子が存在します(図2、参照5、6)。このような制御因子(アロステリックモデュレーター)は膜貫通タンパク質等に結合することによって、その構造を変化させ、機能に影響を与えています。
制御因子のなかにはDNAと結合して転写を制御しているものもあります。これらは通常転写因子(transcription factor)とよばれています。例えばbZipというタンパク質は、C末側でαヘリックスがロイシンなどを介して結合してダイマーを形成し、N末側ではトングのようにDNAをはさんで転写を制御します(図3)。2本のαヘリックスがジッパーのように重なりあって結合している部位をロイシンジッパーといいます。
またZif268(またはEGR1)という転写因子は、分子内にジンクフィンガーという部位(図4A)を3ヶ所持っており、その特異な構造を使ってDNAに結合します(図4B)。ジンクフィンガーというのは名前の通り亜鉛原子を抱え込んだ構造で、図4Aでは2つのシステインと2つのヒスチジンが亜鉛原子と結合しています。2つのβシートと1つのαヘリックスを含んだ構造が亜鉛原子によって安定化されているようです(図4B 参照7)
ロイシンジッパータンパク質やジンクフィンガータンパク質は数多く存在し、またそれぞれがさまざまな遺伝子を発現させるために必要なので、機能によって分類や命名ができないため、酵素などと違って暗号のような名前になっています。タンパク質分子をいくつかの領域に分けて、それぞれをドメインとよぶことがあります。その場合ロイシンジッパードメインとかジンクフィンガードメインなどとよばれます。
もうひとつ、bHLH(basic helix-loop-helix)というドメイン(図5A)をもつ転写因子について述べておきます。このドメインは図5Aのように、2つの短いαヘリックスがループ状の構造でつながっています。このグループを代表する転写因子はMyoDです。MyoDはE12という別の転写因子とヘテロダイマーを形成して2本足のような構造をつくり、塩基性アミノ酸を使ってDNAと結合します(図5B)。
MyoDは R.L. Davis らが発見した元締め的転写因子で、筋肉形成という極めて複雑なプロセスにゴーサインを出すマスター制御因子とされています(8、9)。発生の途中で未分化細胞を筋細胞に分化させるだけでなく、例えば筋トレをしたときもこれが発現して筋肉が増強されると考えられています。将来工場で細胞を分化させて食糧を製造するというようなことがあるとすれば、MyoDはキーファクターとして使われるかもしれません。
転写因子にはこれらの他にも非常に多くの種類があり、きりがありませんが、細胞がそれぞれ特徴を出すためにどの道を行くか決めるハンドルのようなものです。ノーベル賞の山中4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)もすべて転写因子です(10)。これらはいったん来た道を逆行して元に戻るプログラムを進行させる因子とも言えます。
最初に「制御因子他 」と書きましたが、「他 」というのは例えばヘモグロビンです(図6)。ヘモグロビンは(グロビン+ヘム)x4で構成されるタンパク質で、グロビンも含めると真核生物のみならず、酸素を利用する生物には細菌も含めて広範囲に分布しています(11)。このタンパク質は酵素でも、構造タンパク質でも、制御因子でもなく、酸素や二酸化炭素を運搬する担体として使われています。
そのほかにもリボソームというタンパク質製造マシーンではRNAと共に100種類近いタンパク質がそのパーツとして働いています。メッセンジャ-RNAを製造する工場であるスプライソソームなどでも多くのタンパク質がそれぞれ役割を果たしています。すなわち酵素・構造タンパク質・制御因子以外にも重要な役割を担っているタンパク質は数多く存在します。
参照
1)http://morph.way-nifty.com/grey/2016/05/post-8705.html
2)栗原新、ポリアミンのとても多彩な機能、生物工学会誌 vol.89,p.555 (2011)
https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/8909/8909_biomedia_3.pdf
3)村上安子, 松藤千弥、迅速なポリアミン制御を可能にするオルニチン脱炭酸酵素の分解系、化学と生物 Vol. 39, No. 3, pp.171-176 (2001)・・・アンチザイム
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/39/3/39_3_171/_pdf
4)Hsiang-Yi Wu et al., Structural basis of antizyme-mediated regulation of polyamine homeostasis. Proc Natl Acad Sci USA, vol. 112 no. 36, pp. 11229–11234 (2015)
http://www.pnas.org/content/112/36/11229.full.pdf
5)Lauren T. May, Katie Leach, Patrick M. Sexton, and Arthur Christopoulos, Allosteric Modulation of G Protein-Coupled Receptors
Annual Review of Pharmacology and Toxicology Vol. 47, pp. 1-51 (Volume publication date 10 February 2007)
http://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev.pharmtox.47.120505.105159
6)J.N. Kew, Positive and negative allosteric modulation of metabotropic glutamate receptors: emerging therapeutic potential., Pharmacol Ther. vol.104(3), pp. 233-244 (2004)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15556676
8)Robert L. Davis, Harold Weintraub, Andrew B. Lassa, Expression of a single transfected cDNA converts fibroblasts to myoblasts.
Cell, Vol.51, Issue 6, pp. 987–1000 (1987)
9)Ma, P.C.,Rould, M.A.,Weintraub, H.,Pabo, C.O.Crystal structure of MyoD bHLH domain-DNA complex: perspectives on DNA recognition and implications for transcriptional activation. Cell vol.77, pp. 451-459 (1994)
10)iPSビズ ヤマナカファクターとは http://ips 細胞.biz/dic/30.html
11)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%A2%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%93%E3%83%B3
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