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2017年2月21日 (火)

やぶにらみ生物論62: 酵素2

第二次世界大戦前までに、酵素はタンパク質であり、生命現象に必要なほとんどの化学変化は、酵素によって触媒される反応であることが明らかになりました。大戦後は酵素の作用機構や制御が主要な課題となりました。

エミール・フィッシャーの古典的な「鍵と鍵穴」説の検証と、新しい概念構築の中心になったのはジャン=ピエール・シャンジュー(1936-)でした。シャンジュー(図1)は学生の頃パスツール研究所のジャコブ&モノー研究室で過ごました。彼はそこでタンパク質は固定した形を持つものではなく、基質や様々な制御因子の影響、オリゴマーの形成などによって形を変えるフレキシブルな物質であることに注目し、アロステリック変化という概念を提出しました(1)。この理論はダニエル・コシュランド(1920-2007、図1)らによってさらに発展し、「誘導適合説」などが提唱されました。このあたりの事情を知るには、コシュランドが書いたレビューが出版されています(2)。コシュランドは第二次世界大戦中はマンハッタン計画に参加して、原爆製造の仕事にかかわっていました(3)。

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簡単に説明すると、図2のように「鍵と鍵穴」説ではもともと鍵にぴったり合った鍵穴があることになっていますが、「誘導適合」説では、基質の接近によって酵素が形態(コンフォメーション)を変えて、基質を取り込むということになります。

またこのコンフォーメーションの変化に伴って、ケミカルアタックを行うサイト(catalytic site、図2の赤のサイト) が基質と接近して活動を行うことができるようになります。このサイトは2ヶ所に分かれていて、サイト-基質-サイトという形で電子や原子の受け渡しを行ないます。

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では具体的にトリオースリン酸イソメラーゼを例にとって。酵素反応の機構をみていきましょう(4)。この酵素はジヒドロキシアセトンリン酸(DHAP)をD-グリセルアルデヒド3リン酸(GAP)に代謝するときに利用されます。これはグルコースをピルビン酸に代謝する解糖経路の要所にある重要な反応です。ケトンをアルデヒドに変換する反応のひとつという見方もできます(図3)。

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酵素のポケット(鍵穴)に取り込まれたDHAPは、まずグルタミン酸側鎖COO-の電子をうけとってC1とC2の結合を二重結合化します。このときC1とC2はそのままでは共に5価になってしまうので、C1はHをひとつ手放し、C2は酸素との二重結合を一重結合化します(図4、図5)。

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C2と二重結合していたOの解放された電子はヒスチジン側鎖のNHに攻撃を仕掛け、Hを奪い取ります(図5)。

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Hを奪い取られたヒスチジン側鎖のNはC1からHを奪い返します(図6)。

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C1は酸素との結合が二重結合になってしまうので5価となり、C2との二重結合を一重結合にします。この結果C2は3価となるので、グルタミン酸側鎖のカルボキシル基からHを奪って4価にもどします(図7)。

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因果は巡って、結局GAPが生成され、95番のヒスチジン側鎖と165番のグルタミン酸側鎖も元通りに戻ります。すなわち酵素トリオースリン酸イソメラーゼはもとのままで、DHAP→GAPの化学反応が遂行されました(図8)。

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これはわかりやすいですが単純化された仮説で、実際にはもっとさまざまな活性部位周辺のアミノ酸が反応に関与していると思われます。

さてすべての酵素は基質濃度だけに反応して、役目を果たすのでしょうか? 生命体に必要な生体分子の濃度は制御されているはずなので、基質をほとんど使い切るまですべての反応が進行するということは考えられません。実際酵素には阻害物質を利用して、反応生成物を適度な濃度で管理するという機構がしばしば存在します。

最も単純なのは図9のように、基質と同じ鍵穴にアクセスできる別の鍵があり、その鍵が先にはまってしまうと基質は鍵穴にアクセスできなくなるというメカニズムです。すなわち基質と阻害剤が同じサイトに競合してアクセスしようとするわけですから、どちらがアクセスできるかはそれぞれの濃度に依存します。したがってもし大過剰の基質を投入すれば、阻害剤の影響は無視できる程度に低下するはずです。このような単純競合の場合、アロステリック制御とは言えません。

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しかし図10の場合のように、阻害剤がアクセスする別のサイト(鍵穴)があって、そこに阻害剤がアクセスすると基質の鍵穴が変形して使用不能になるとすると、これはアロステリック制御のひとつであり、この場合基質を大過剰にしても反応は抑制されることになります。この非拮抗阻害と呼ばれる方式ですと、阻害剤が高濃度に存在すると反応が完全に停止するので、反応を再開するには阻害剤が代謝されてしまうことが必要になります。


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阻害の様式にはもうひとつ、不拮抗阻害というのがあり(図11)、この場合フリーの酵素に阻害剤はアクセスすることができず、基質が結合した酵素にしかアクセスできません。阻害剤がアクセスに成功すると、基質結合部位がアロステリック効果により変形して基質が結合できなくなります。阻害剤がアクセスするまでの時間的余裕があるので、基質があればある程度反応は進行し、その後阻害されるということになります。


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阻害剤という反応進行に負の影響を及ぼす因子について述べてきましたが、このような阻害剤による負のアロステリック効果だけでなく、正のアロステリック効果も存在します(図12)。この場合、正のAE(アロステリックエフェクター)が酵素にアクセスすることが引き金になって、基質結合部位が形成され反応が開始します。酵素反応は一般に無制限に進行することは許されず、特定のタイミングで適切な量の反応生成物を得ることを目的としています。細胞外に放出されるペプシンですら、胃に食べ物がないときには放出されないように制御されています。酵素反応をいかに制御するかということは、生命現象の本質と言えるでしょう。

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一連の酵素反応の結果生成された最終反応生成物が阻害因子となって、自らを生成した酵素反応を停止させるという場合があり、これをフィードバック制御といいます(図13)。例えばアスパラギン酸トランスカルバモイラーゼは最終反応生成物であるCTPによって阻害されます(5)。このような負のフィードバック制御が一般的ですが、なかには最終反応生成物が一連の反応を加速させる場合もあり、これは正のフィードバック制御です。途中で神経伝達が関与していますが、オキシトシンが分泌されて子宮収縮=分娩が促進されるような場合がその1例と考えられます。

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参照:

1)Monod, J.; Wyman, J.; Changeux, J. P. On the Nature of Allosteric Transitions: A Plausible Model. Journal of Molecular Biology. vol.12, pp.88-118 (1965). doi:10.1016/S0022-2836(65)80285-6. PMID 14343300.

2)Daniel E. Koshland Jr., The Key-Lock Theory and the Induced Fit Theory. Angewandte Chemie col.33, pp.2375-2378 (1995)

3)https://en.wikipedia.org/wiki/Daniel_E._Koshland_Jr.

4)http://www.proteopedia.org/wiki/index.php/Triose_Phosphate_Isomerase_Structure_%26_Mechanism

5)Berg JM, Tymoczko JL, Stryer L., Biochemistry 5th edn. Section 10.1, W. H. Freeman (2002)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK22460/

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