やぶにらみ生物論56: アミノ酸
しばらく核酸のお話がつづきました。かなりつっこみましたので、このあたりで少しタンパク質の話題にワープしようと思います。核酸とタンパク質は生命現象の両輪であり、バランス良く理解を進めることが必要です。
タンパク質は約20種のアミノ酸からなる生体高分子ですが、まずその構成要素であるアミノ酸のお話から始めましょう。最初にアミノ酸を発見したのはフランスの薬剤師・化学者ルイ=ニコラ・ヴォークラン(1763
- 1829)と彼の助手だったピエール=ジャン・ロビケ(1780 –
1840、図1)です。彼らは1806年にアスパラガスから高純度のアミノ酸を抽出し、その性質を研究してアスパラギンと命名しました(1,2)。またアンリ・ブラコノー(1780
- 1855、図1)は1820年にゼラチンの分解物からグリシンを発見しました(3)。
結局ほぼすべてのアミノ酸が発見されるまでには100年の歳月を要しました。日本のアミノ酸研究者としては池田菊苗(1864 - 1936)が有名です。彼はグルタミン酸の発見者ではありませんが、このアミノ酸のナトリウム塩が「だし」のうまみ成分であることを発見しました(4)。
最初にタンパク質の一次構造、すなわちアミノ酸が並ぶ順番を解明したのはフレデリック・サンガー(1918 - 2013、図2)でした。これによって、アミノ酸のみがつながってタンパク質を構成していることもわかりました。
後にはすでにふれたsnRNAや、補酵素・補欠分子族などを分子に含むものも見いだされましたが、基本的にタンパク質はアミノ酸がつながってできています。
サンガーはこの業績によって1958年のノーベル化学賞を受賞しましたが、後にDNAの塩基配列を決定する方法も開発して、1980年に2度目のノーベル化学賞を受賞しています(5、6)。
サンガーが解明したのはインスリン分子におけるアミノ酸の配列ですが、その前にアミノ酸の略号による表記を図3に示しておきます。3文字を用いる場合と1文字を用いる場合があります。
図3の1文字による表記(例えばアラニンはA、アルギニンはR、・・・)を使ってインスリン分子の構造を示したのが図4です。サンガーが使用したインスリンのサンプルは牛の膵臓から抽出して、何度も結晶化することによって精製されたものです。アミノ酸の配列は動物種によって多少異なります。ですからヒトなどほかの生物のインシュリンのアミノ酸配列が教科書などに出ている場合、この配列とは異なる可能性があります。
インスリン分子は単にアミノ酸がタンデム(直列)につながったものではなく、A鎖(21アミノ酸)・B鎖(30アミノ酸)の2列のアミノ酸が、システインのところでS-S結合(ジスルフィド結合)を形成し、接続された構造になっています(図4)。
タンパク質の構造については後に述べることとして、まずタンパク質の構成要素であるアミノ酸についてみていきましょう。生物に含まれるアミノ酸はいろいろバリエーションはありますが、基本的には図3に示した20種類です。すべてのアミノ酸分子は炭素原子を中心として、これにカルボキシル基(COOH)、アミノ基(NH2)、水素(H)、側鎖が結合しています(図5)。この4つの要素がすべて異なる場合、図6のように鏡像の構造体=エナンティオマー(対掌体)が存在し得ます。4つの要素の中心になる炭素を不斉炭素(アシンメトリックカーボン)と呼びます。
対掌体は光線を当てたときの回折方向が異なるので、以前は光学異性体と呼ばれていました。対掌体のふたつの化合物はそれぞれD体、L体と呼ばれます。アミノ酸の場合、生物はほぼL体のみを用いてタンパク質を合成します。ただ希にD体を使用する場合もあるので、DL変換を行なうアミノ酸ラセマーゼという酵素も存在します(7、8)。
アミノ酸のうちグリシンはRの部分が水素(H)なので、図7のように鏡像を構成する物質は120度回転すると同じになってしまいます。したがって対掌体は存在しません。またプロリンは通常のアミノ酸と構造が異なりますが、対掌体(光学異性体)は存在します(9)。
アミノ酸は側鎖Rの構造によって、異なる性質をもつグループに分類できます。図8に示したのは中性で疎水性のグループです。球形のタンパク質をつくる場合、外側の水と接する部分を親水性のアミノ酸、内側を疎水性のアミノ酸にすれば、うまく球状の分子構造を形成することができます。また細胞膜の外側と内側に親水性、細胞膜内部に疎水性のアミノ酸を配置すれば、細胞膜を貫通するタンパク質のデザインとして好適となります。疎水性のアミノ酸をさらに細かく分類すると、芳香族のトリプトファンとフェニルアラニン、それ以外の脂肪族のグループに分けられます。
次に中性で親水性のグループを図9に示します。1級アミド(CONH2)や水酸基など水と親和性が高い分子パーツを持っています。極性分子グループと分類されることもあります。
極性とは分子の片側に電子が偏って存在することを意味します。水も極性分子で、電子は酸素側に偏っています。したがって水に極性分子を混ぜると、電子が豊富な部位と、足りない部位が引き合ってうまく混合し、溶解度は高くなります。酵素は通常水に溶解した状態で作用するので、特に表層は親水性のグループで被われている必要があります。
図10には塩基性、図11には酸性のアミノ酸を示します。塩基性のアミノ酸は特に核酸との相互作用を行なう上で重要です。酸性のアミノ酸はその反応性の高さを利用するため、酵素の活性中心に位置する場合があります。
図11に示したプロリンは特異なアミノ酸で、アミノ基がありません。その代わり5員環のNHがアミノ基の役割をしていて、他のアミノ酸のカルボキシル基と反応して結合することができます。これによってアミノ酸鎖の角度を変えることができるので、球形分子などを形成するときには重要な役割を果たします。タウリンはカルボキシル基を持たず、代わりにスルホン基(-SO3H)を持っていますが、タンパク質には含まれず単独分子で機能します。
植物のような独立栄養生物はすべてのアミノ酸を自前で合成できますが、従属栄養生物はアミノ酸をエサとして取り込む必要があります。ヒトの場合一般に、図12に示される9種類のアミノ酸を外界から摂取する必要があります(10、11)。
ヒスチジンは体内で作られますが、急速な発育をする幼児の食事に欠かせないことから、1985年からこれも必要なアミノ酸として加わるようになりました(12)。なお、アルギニンは体内でも合成され、成人では非必須アミノ酸ではありますが、成長の早い乳幼児期では体内での合成量が十分でなく不足しやすいため、準必須アミノ酸とされています。
一般に肉食動物は自分とほぼ同じアミノ酸バランスの食事なので栄養的には優れていますが、それを続けていると次第にアミノ酸合成を行なう酵素に進化的欠陥が発生し、必須アミノ酸が増える可能性が高くなります。図13で猫とヒトを比較していますが、アルギニン・チロシン・システインなどについては、ヒトと比べて猫は要求性が高くなっているようです。
また猫はタウリンを合成できません。タウリンは、心臓の筋肉や目の細胞に多く含まれ、タウリンの欠乏は 網膜の異常(失明につながることもあり) 拡張型心筋症(発病すると死に至る…)や子猫の発育異常 免疫不全 などの原因になります(13、14)。
とはいえ草食動物でも羊がシステインを合成できないなどということもあり、腸内細菌にアミノ酸合成を行わせる(草食動物の腸は長い)場合もあって、必須アミノ酸のお話もそう単純ではありません。アブラムシはその細胞内にブフネラという細菌を飼っていて、必須アミノ酸をつくらせているというような極端な場合もあります(16)。シロアリはなんと窒素固定細菌を腸内に飼っていて、空気中の窒素からアミノ酸をつくらせているそうです(17)。
参照
1)http://www.a-creation.jp/basic/history/
2)http://andantelife.co.jp/aminoacids/aminoacids.htm
3)https://glycine-corp.com/2016/08/11/what-is-glycine/
4)大越 慎一:うま味の発見と池田菊苗教授、東京大学理学部広報
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/treasure/02.html
6)Antony O. W. Stretton、The First Sequence: Fred Sanger and Insulin、Genetics
vol.162, pp.527–532 ( 2002)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1462286/pdf/12399368.pdf
http://www.genetics.org/content/162/2/527
7)山根隆 D-アミノ酸の効率的合成に関係する酵素の構造と機能 Japanest NIPPON (2011)
http://japanest-nippon.com/jp/mbinfo/mb_detail1.php?cid=1&id=12
9)http://www.tennoji-h.oku.ed.jp/tennoji/oka/OCDB/Protein/proline.htm
10)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%85%E9%A0%88%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%8E%E9%85%B8
11)馬渕知子 タンパク質を構成する9種類の「必須アミノ酸」とは?
http://www.skincare-univ.com/article/011704/
12)山口迪夫 食事:ヒスチジンが必須アミノ酸と考えられる理由
http://www.nutritio.net/question/FMPro?-db=question-bbs.fp5&-lay=main&-Format=detail.htm&hatugenID=97&-Find
13)岩田麻美子 猫の栄養学講座 タンパク質
https://allabout.co.jp/gm/gc/69259/all/
14)http://lifecuration.link/post-2725-2725
15)http://www.weblio.jp/wkpja/content/%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A4%E3%83%B3_%E7%BE%8A
16)理化学研究所 プレスリリース(2009)
http://www.riken.jp/pr/press/2009/20090310_2/
17)理化学研究所 プレスリリース(2015)
http://www.riken.jp/pr/press/2015/20150512_2/
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