やぶにらみ生物論43: DNAの半保存的複製
ワトソン-クリック式DNAモデルをもう一度別の観点で図1(ウィキペディアより 以下同)に示します。中央にATおよびGCの塩基対があり、両側にデオキシリボースがリン酸で連結された鎖(バックボーン)があります。この鎖の端の構造をみると、左側の鎖の上端はデオキシリボースの5の位置にリン酸がつながった形で終了し、右側の鎖の上端はデオキシリボースの3の位置に結合したOHで終了しています。そして下端は左鎖は3ーOH、右鎖は5ーリン酸で終了しています。つまり鎖には方向性があり、両鎖の向きは逆になっています。
5-リン酸で終わっている方を5’エンド(5プライムエンド)、3-OHで終わっている方を3’エンド(3プライムエンド)といいます。DNAは二重らせんの立体構造をとっていますが(図2)、しめ縄とは少し違って、ひと巻きごとに太い溝(major groove)と細い溝(minor groove)が交互に出現します。つまり二回り分がユニットとなって積み重なったような構造になっています。
必ずA-T、G-Cのペアで構成されているということは、遺伝にとっては好都合です。Aの相方Tが細胞分裂で失われても、また相方Tを見つければ元の遺伝情報が保存されることが期待できます。
DNAを合成する酵素は1956年にアーサー・コーンバーグ(1918~2007 図3)によって発見されました(3)。この酵素は
ヌクレオシド3リン酸+DNA(n) → ピロリン酸+DNA(n+1) n:鎖の長さ
という反応を触媒します。DNAの末端にある3’OHがヌクレオシド3リン酸にアタックしてピロリン酸を解離させ、残ったヌクレオシド1リン酸を3’OHに結合させるわけです。これによってDNAの鎖は1ヌクレオチド分だけ長くなり、繰り返しによってさらに長い鎖をつくることができます。この酵素の発見によってコーンバーグは1959年度のノーベル医学・生理学賞を授与されました。酵素の名前は DNA polymerase ということになりました。
ワトソン・クリックが受賞したのは1962年ですから、アーサー・コーンバーグの場合異常に早く受賞したことがわかります。ただコーンバーグの発見した酵素は、大腸菌のゲノムを複製する機能を持つ酵素ではなく、DNAに発生したエラーを修復する酵素だったのです。ゲノムを複製するメインの酵素は1972年になってから、次男のトーマス・コーンバーグによって発見されました(4)。本来なら親子でノーベル賞をもらうべきだったかもしれません。ちなみに長男のロジャー・コーンバーグは RNA polymerase の研究でノーベル化学賞を受賞しています。DNAの複製については別稿で詳述します。ここではメセルソンとスタールの歴史的な実験についてだけふれておきます。
A-T、G-C塩基対の構造をもう一度みてみると(図4)、NとNまたはNとOとの間に水素原子がはさまれています。このような化学結合を水素結合といいます。この化学結合をはがすために必要なエネルギーは、N-H・・・Oの場合8KJ/モル、N-H・・・Nの場合13KJ/モルで(1)、共有結合の場合と比べて1~2桁くらい小さなエネルギーでひきはがせる弱い結合です。例えば水分子のHとOをはがすには、463KJ/モルのエネルギーが必要です(2)。
弱い力で二本の鎖が結合しているのなら、何かジッパーのような機構でDNAの二重らせんがはがされて一重となり、そこからまた相方のらせんが合成されて二重になることが証明されれば、非常に都合良く遺伝情報の複製が説明できます。このアイデアはロマンティックですが証明されなければなりません。
DNAの複製の様式には3つの可能性が考えられます(図5)。ひとつは分散型。両方の鎖に親由来の素材と新しい素材が併存する二重らせんが2本形成されることになります(図5A)。半保存的複製では、すべて親由来の素材でできている単鎖とすべて新しい素材でできている単鎖がまきついてできた二重らせんが2本形成されることになります(図5B)。最後に保存的複製では、両鎖とも親由来のものと、両鎖とも新素材のものとの2重らせんが形成されます(図5C)。
メセルソン(1930~)とスタール(1929~)は大腸菌をN15(重い窒素)の培地とN14(普通の窒素)の培地でそれぞれ培養します(図6、参照5)。それぞれのフラスコから大腸菌を集めDNAの重さを遠心分離で測定すると、N15の培地で育てた場合は茶色で、N14の培地で育てた場合はオレンジ色で表してありますが、当然N15の場合の方が重くて下に沈みます。N14の場合は軽いので上の方の画分に浮いています。
N15の培地で育てた大腸菌を、N14の培地に移して、20分で1回細胞分裂を行うような条件で培養します。20分経過した大腸菌のDNAを分析すると、茶色の位置とオレンジの位置の中間の重さ(密度=densityで測定)の位置(赤)にひとつのバンドが現れました。この結果、親由来のDNAのみでできている茶色のバンドがないことが判ったので、保存的複製ではあり得ません。
次に40分経過してからDNAを分析すると、中間の位置のもの(赤)が50%、軽い位置のもの(オレンジ)が50%になりました。分散型の複製なら、すべてのDNAは同じ重さ(密度)のはずなので、このように2本のバンドができることはあり得ません。
半保存的複製と考えると、図7一番右側に示すように、2回細胞分裂が起こった場合、親由来素材と新素材が1:1の二重鎖が2本と、新素材のみの二重鎖が2本できるので、実験の結果をうまく説明できます。
分散型複製あるいは保存的複製では、図7に示すようにこのような実験結果にはなりません。前者ではどんな場合もバンドは1本、後者では20分では重(茶)1:軽(オレンジ)1、40分では重1:軽3となり、中間の重さのもの(赤バンド)はできません(図7)。
このような結果から、メセルソンとスタールはDNAの複製は半保存的に行なわれると結論しました。そしてジッパーの役割はDNAポリメラーゼ( DNA polymerase )が果たすということになりますが、実際のメカニズムはDNAポリメラーゼ以外にも多くの因子が関与していて、これについてはいずれ稿を改めて述べます。
メセルソンとスタールの実験結果は、DNAの構造が相補的な二重らせんであることとよく符合します。細胞が分裂するときには、DNAの2本鎖が1本鎖にわかれ、それぞれが相方のDNAの鋳型になることによって、遺伝情報の複製が行われると考えると、細胞増殖や遺伝という現象がうまく説明できます。
つまり半保存的複製というやり方によって、生命は自分のコピーをつくることができるのです。大腸菌は何度細胞分裂しても大腸菌です。ヒトも体の細胞のDNAは基本的に同じであり、ですからDNA鑑定が可能なのです。ただヒトのような多細胞生物は、細胞によってDNAという情報集積所からそれぞれ一部の情報だけ読み取っているので、肝臓とか皮膚とか骨とかさまざまな種類の細胞があり得ます。
参照
1)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E7%B4%A0%E7%B5%90%E5%90%88
2)http://mh.rgr.jp/memo/mq0110.htm
3)Arthur Kornberg. The biologic synthesis of deoxyribonucleic acid, Nobel Lecture, December 11, (1959)
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/1959/kornberg-lecture.pdf
4) Kornberg T, Gefter ML. Deoxyribonucleic acid synthesis in cell-free extracts. IV. Purification and catalytic properties of deoxyribonucleic acid polymerase III., J. Biol. Chem. vol. 247 (17): pp.5369-5375 (1972)
5)Matthew Meselson & F. W. Stahl. "The Replication of DNA in Escherichia coli",Proc Natl Acad Sci USA,Vol.44,p.671-682 (1958)
https://en.wikipedia.org/wiki/Meselson%E2%80%93Stahl_experiment
| 固定リンク | 0
「生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事
- 続・生物学茶話254: 動物分類表アップデート(2024.12.07)
- 続・生物学茶話253: 腸を構成する細胞(2024.12.01)
- 続・生物学茶話252: 腸神経(2024.11.22)
- 続・生物学茶話251: 求心性自律神経(2024.11.14)
- 続・生物学茶話250: 交感神経と副交感神経(2024.11.06)
コメント