やぶにらみ生物論47: DNA複製機構
「DNAの半保存的複製」のところで、1956年にアーサー・コーンバーグがDNAの複製に関わる酵素DNAポリメラーゼを発見したことを述べました。世紀の大発見で、早くも1959年には彼にノーベル賞が授与されたくらいです。ところがそれから10年も経った1969年、DNAポリメラーゼ活性を失った大腸菌の変異株を分離したという驚天動地の報告が Nature 誌に発表されました(1)。これはアーサー・コーンバーグの酵素がなくても大腸菌は増殖できることを意味します。大ピンチに陥ったアーサー・コーンバーグでしたが、その後始末は息子のトーマス・コーンバーグ(1948~)や、共同研究者のマルコム・ゲフター、広田幸敬(1930~1986) らによって迅速に行われました。
ゲフターとトーマス・コーンバーグはすぐに、大腸菌抽出液中にアーサーが発見した酵素( pol I ) 以外に2種類のDNA合成酵素があることを発見し、それらを精製して pol II, pol III と命名しました。当時広田はDNA合成に関する温度感受性変異株を多数分離しており、ゲフターとトーマスは広田との共同研究によって、それらの温度感受性変異株と pol I のダブルミュータントを解析しました。そうすると pol II はどの株でも正常でしたが、ある株で pol III が強い温度感受性を示しました。この株では pol III が高温によって変性してしまったために、DNAが複製できなくなったのです(2)。このことは pol III がDNA複製を担う酵素であることを強く示唆しましたが、この酵素単独では複製能力が低く、DNAの複製はそんなに簡単にいくものではない、すなわち未知因子がかかわっていることも示唆されました。
閑話休題、トーマス・コーンバーグはチェリストでもあり、著名なピアニストのエマニュエル・アックスとベートーヴェンのチェロソナタを見事に演奏している様子が YouTube にアップされています(3)。広田幸敬先生の講義は聴いたことがあります。気さくで親しみやすい方との印象でした。「大腸菌の性因子に関する研究が、ちょっとした差でジャコブの手柄になって非常に残念だった」というようなことを話されていたことを記憶しています。若くして亡くなられたのは誠に残念でした。
さて、ではDNA複製にどんな因子がかかわっているのでしょうか? この後アーサー・コーンバーグ研究室のすさまじい逆襲がはじまりました。多くの有能な若手研究者や学生を集めて、毎月複数の論文が出版されるほどの精力的な研究が進められました。しかもジェラルド・ハーウィッツの研究室も小うるさく参戦してきました。
彼らはまず試験管内無細胞系のDNA合成システムを完成させました。温度感受性変異株は高温下ではこのシステムでも当然DNA合成はできません。これに正常株の抽出液を加えるとDNA合成は回復します。そこで正常株の抽出液をクロマトグラフィーなどによって幾つかの画分に分け、どの画分を加えると回復するか調べます(相補性テスト)。これを繰り返すことによって画分に含まれる成分は減少し、最終的にある精製された1種のタンパク質を加えると回復するということが判明します。別の株で同様な操作を行うと、また別種のDNA合成にかかわるタンパク質が精製されます。このような相補性テストで精製されたタンパク質はそれぞれ DnaX (X は任意のアルファベット)という名前が付けられ、それぞれの機能が解明されていきました。
なぜそんなに多くの因子が必要かということを考える上で、とりあえずDNAポリメラーゼができることを図1に示します。DNAポリメラーゼは2重鎖と1重鎖の両方をの部分を持つDNAにしかアクセスできません。しかも1重鎖(プライマー)の 3'OH が端でない方に露出している必要があります。プライマーの3'OH末端、 鋳型DNA、そしてデオキシヌクレオシド3リン酸が存在したとき、DNAポリメラーゼはデオキシヌクレオシド3リン酸からピロリン酸を切り離し、鋳型DNAに適合したデオキシヌクレオシド1リン酸の5'Pを3'OH末端に結合させて、DNAの鎖長をのばすことができます。これ以外のことはできません。鎖長を連続的に延長させるためには、もちろん dATP、dTTP、dGTP、dCTP の4種のデオキシヌクレオシド3リン酸が必要です。
ですから2重鎖だけのDNAや1重鎖だけのDNAがあってもこの酵素はDNA合成はできません。実際細胞内にはそのようなDNAがまま存在するので(たとえば紫外線でDNAが切れた場合とか、ウィルスが感染した場合とか)、意味のない、あるいは有害なDNAをどんどん増やさないために、DNAポリメラーゼの機能が厳しく制約されていることには生理的意義があります。ただDNAの損傷修復に用いられるDNAポリメラーゼの中には、そのような制約を受けないものもあるようです。
図1ではDNAになっていますが、プライマーは通常RNAです。ですからプライマーをつくるプライメースはRNAポリメラーゼの1種です。RNAポリメラーゼは一般的にプライマーを必要としない酵素です。
図1から想像できるように、DNAの複製は DnaX タンパク質群やさまざまな酵素などのお膳立てや後始末があって、はじめて可能になるわけです。コーンバーグらが研究を続けていくと、pol III 以外の多くの種類のタンパク質や酵素がDNA合成にかかわっていることがわかってきました。DNAポリメラーゼIII (pol III) 自体も、現在では多くのタンパク質が結合したDNAポリメラーゼⅢホロ酵素のかたちで、DNA複製を実行することがわかっています(図2 ウィキペディアより)。図2で pol III (コア酵素)は α と表示されています。
DNAは通常2重らせん構造をとっているので、上記したようにDNAポリメラーゼがアクセスすることは不可能です。ですからまずDNAの鎖をほどいて1本鎖の塩基側を露出させ、かつ酵素がアクセスするに十分なスペースをつくらなければいけません。
DNAはある決まった位置から複製が開始されます。開始位置領域には oriC という名前がつけられ、そこに大腸菌の場合8つの DnaA タンパク質の結合部位(TTATCCACAなど)が存在し、ここに DnaA が結合することによって、周辺に存在するATリッチな部分の2重ラセンをほどき、DnaB と DnaC がアクセスできるようにします。DnaB (helicase) と DnaC は協力してDNAの単鎖構造を安定化させ、DNA複製のお膳立てをします(参照5、図3)。
こうして作られたアクセス可能な部位にDNA複製酵素がやってきて、すぐに複製を開始するかというと、そのような生物は見つかっていなくて、ほとんどの生物ではまずプライマーという短いRNA(生物によってはDNA)が作成され、そこを起点としてようやくDNA複製が開始されます(図1)。
大腸菌の場合、まず塩基の数にして11±1のRNAフラグメント(プライマー)がプライメース(primase)という1種のRNAポリメラーゼによって作成され、その3’末からDNA複製がはじまります。
プライマーのRNAフラグメントは後に別の酵素によって取り除かれます。この別の酵素というのが RNase H やアーサー・コーンバーグが発見したDNAポリメラーゼ I(pol I)だとされています。このときには pol I はRNAを分解する酵素としても働くという2面性を持った特異な酵素です。そうして取り除かれたあとの空白をDNAで埋め戻し、最後に残された5'Pと3'OHの断点をDNAリガーゼ(DNA ligase)で接続してようやくDNA複製は完了します(5)。DNAの合成はDNA複製のときだけではなく、DNAがダメージをうけたときにも行われます。アーサー・コーンバーグの酵素はそのような際にはDNAポリメラーゼとしても作用します。
大腸菌の場合ゲノムはサーキュラーで複製開始点はひとつですが(図3)、真核生物ではゲノムはリニアで多数の複製開始点があります(図4)。酵母で複製開始点を同定したデータをみますと、一定間隔であるわけでもないし、いっせいに複製が開始されるわけでもないようです(6)。DNA複製が行われている部分のことを replication bubble とか replication eye などと呼ぶことがあります。
参照:
1)Paul de Lucia, John Cairns, Isolation of an E.Coli strain with a mutation affecting DNA polymerase. Nature vol.224, pp.1164-1166 (1969)
2)Malcolm L. Gefter, Yukinori Hirota, Thomas Kornberg, James A. Wechsler, and
C. Barnoux. Analysis of DNA Polymerases II and III in Mutants of Escherichia
coli Thermosensitive for DNA Synthesis. Proc Natl Acad Sci U S A. vol.68,
pp.3150-3153 (1971)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC389610/
3)https://www.youtube.com/watch?v=81rk7_I4-zY
4)http://www.sc.fukuoka-u.ac.jp/~bc1/Biochem/replicat.htm
5)Molecular Biology of the Gene. 7th edn., J.D.Watson et al., Cold Spring Harbor Laboratory Press (2008)
6)大阪大学大学院升方研究室 研究紹介
http://www.bio.sci.osaka-u.ac.jp/bio_web/lab_page/masukata/research/index.html
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