やぶにらみ生物論49: DNAの修復1
DNAはヌクレオチドがフォスフォジエステル結合を介して連結されていますが(図1)、このヌクレオチド同士の結合は化学的には非常に安定で、加熱・酸・アルカリなどの条件でも壊れません。ジフェニルアミン法でのDNAの化学的定量の際には過塩素酸の存在下でボイルして分解・染色します(1)。
しかし生体内にはDNAを切断・分解する酵素が存在するので安泰とは言えません。また有機塩基は糖鎖やリン酸と比べると化学的に不安定で、加水分解でアミノ基がアンモニアとなってはずれてしまったり、塩基全体が糖からはずれてしまったり、アルキル化・酸化によって構造が変わったりします。これらの化学反応は酵素がなくても進行します。またDNAを合成する際に、間違った塩基(GCまたはATというペアを形成しない)が取り込まれてしまうこともあります。
細胞が本来維持している環境の中でのエラーやダメージ以外にも、外界の放射線や紫外線によって発生するダメージも深刻です。生物は太古の昔から、このようなさまざまな要因によるDNAの損傷を修復するべく知恵をしぼってきました。もちろんDNAの変異が進化をもたらしたことは事実ですが、毎日起きているDNAの損傷は桁違いで、ウィキペディアによると「DNAの損傷は、細胞内における正常な代謝の過程でも1細胞につき1日あたり 50,000~500,000 回の頻度で発生する」(2)となっています。
たった1ヶ所の変異によって、その部分の遺伝子情報によって作られている蛋白質の機能がゼロになったり、発がんの原因になったりすることもあります。ですから生物は様々なDNAの救急システム=DNA損傷修復の機能を持っているわけですが、それ以外にも私たちの体を見てみると、生きている細胞が露出しているのは乳頭くらいで、あとは皮膚表層の死細胞が紫外線から生きている細胞を保護しています。またヒト以外の動物では皮膚に加えて毛皮や甲冑で保護している場合が多くみかけられます。
生物がまだ水中で生活していた頃は、水によって放射線や紫外線が遮蔽されるので、内因的な損傷だけを修復すればよかったのですが、陸に上がったとたんに外界から激しい損傷をうけることになるので、浅瀬で暮らしている時代に十分な準備をしておかないと、上陸は不可能だったでしょう。これは陸地を歩ける足を準備するのと同じくらい重要な段取りだったと思われます。
さて皆さんは昨年(2015年度)のノーベル化学賞を、どんな人が受賞したか覚えているでしょうか? リンダール(1938~)・モドリッチ(1946~)・サンジャール(1946~)の3人です(図2)。
彼らは皆それぞれ別の様式のDNA修復に関する研究で受賞しました(3)。彼らが発見した3種類のDNA修復は、大腸菌(原核生物)もヒト(真核生物)も、関与する因子の名前こそ違いますが、様式は基本的に同じで、おそらく10億年以上保存されてきたメカニズムだと思われます。生物は深海の熱水噴出口周辺で生まれたと思われますが、細菌はかなり早くから浅い海や地上で生きていたに違いありません。ですから彼らは優秀なDNA修復機構を太古の時代から持っていて、その後長い間海中で生活することになった真核生物も、彼らの業績を引き継いでいたということになります。ですからおそらく現在紫外線や放射線による障害を修復するメカニズムとして復活した機構も、進化の途中では別の目的で使われていた時代もあったのでしょう。
ここではノーベル賞を受賞した3人の科学者達の業績をたどってDNA修復の機構をみていきましょう。まずトマス・リンダールは塩基除去修復(base excision repair)という様式を発見しました(4)。例えばグアニン(G)が酸化されて8-オキソグアニン(G*)に化学変化したとします(図3)。
まずこの異常な部位にグリコシラーゼがやってきて、異常な塩基である8-オキソグアニンと糖の結合を切断して、8-オキソグアニンを遊離させます。そうするとDNAに塩基のない空白部分(APサイト、apurinic apyrimidinic site)ができます(図4)。この状態を認識するAPエンドヌクレアーゼというDNA分解酵素がやってきて、AP部位のDNAを切断します(図4)。
DNAを切断する酵素を大きく分けると、一番端から順次内部に切っていく(鎖を短くしていく)酵素群をエキソヌクレアーゼ(exonuclease)と、鎖の内部を切断する酵素群(APエンドヌクレアーゼ AP endonuclease のように特定の部位だけ切断するものから、非特異的に滅多切りするものまでいろいろあります)があります。前者のエキソヌクレアーゼがAPエンドヌクレアーゼで切断されたDNAの断端をみつけて、ひとつヌクレオチドを切り離します(図4)。このエキソヌクレアーゼはヌクレオチドひとつ分だけしか切りません。
ヌクレオチドが切り離されると、専門のDNAポリメラーゼ(真核生物だとDNAポリメラーゼベータ)がやってきて、鋳型に対応するヌクレオチドをひとつ 3'OH に結合させます。例によってこれを 5'P と結合させることはできないので、DNAリガーゼがやってきて結合し、元のDNAへの修復が完成します(図4)。
次はアシス・サンジャールですが、彼はヌクレオチド除去修復(nucleotide excision repair)のメカニズムを解明しました(5、6)。彼はトルコでの裕福な医師生活を捨てて米国で勉強をやり直し、テクニシャンからはじめて、朝9時から深夜3時まで働くというハードワークで成功した人物です。
ヌクレオチド除去修復は、主にDNAが紫外線によって損傷を受けた場合に発動します。紫外線がDNAに照射されると、DNAの塩基配列上でチミンが二つ並んでいるところで、チミンダイマーが形成されます(図5)。
チミンダイマーが形成されると、周辺のDNAにひずみが発生します。これをUvrA+UvrBの複合蛋白質が認識し、ATPのエネルギーを使ってチミンダイマー周辺のDNAを変形させて塩基同士の結合をひきはがします(図6-2)。するとそこにUvrCがやってきて、チミンダイマーの両側でDNAを切断します(図6-3)。
切断されるのはチミンダイマーの隣接部位ではなく、多少の余裕をみて数ヌクレオチド離れた場所で切断されます。チミンダイマーを含む単鎖DNAは遊離し、DNAにギャップが形成されます(図6-4)。この比較的広いギャップは、ヘリケースによってDNAポリメラーゼがアクセスできるように立体構造が整形され、真核生物の場合DNAポリメラーゼイプシロン(リーディング鎖の複製を行なう酵素)によってDNA合成が行われ埋められます(図6-5)。最後にDNAリガーゼによってDNAの端部が連結されて修復が完了します(図6-6)。
チミンダイマーの除去がうまく行われない場合、色素性乾皮症(xeroderma pigmuntosum)という生命に関わる重要な病気が発生することがあります。この病気は遺伝性で、患者さんは太陽に当たると癌が発生する危険性が高いので、一生暗い部屋で、外出するときは皮膚をすべて被うという気の毒な生活をしなければなりません。
最後はモドリッチですが、その前に一つ述べておかなければならないのは、すべての生物がDNAの複製に用いているDNAポリメラーゼは種類も多くありますが、すべて100%正確にG・C、A・Tのルール通りのDNA合成が可能かというとそうではありません。確率は低いですがエラーが発生して、例えば図7のようにGの対面が誤ってTになったとします。このエラーを放置すると、もう一度細胞分裂が起こった場合、Tの対面はAになって、ずっと先の世代まで間違ったDNAが引き継がれることになります。このようなエラーの修復法をモドリッチが解明しました(7、8)。ミスマッチ修復法と呼ばれています。
ミスマッチが発生した場合、図7-1のようにMutSαというタンパク質がその位置を検出し、結合するとともにATPを使って構造変化を起こしてMutLαと結合します(図7-2)。MutLαはDNAに断点をいれる酵素(エンドヌクレアーゼ)で、ミスマッチの両側にNick(断点)をつくります(図7-3)。
次にExo1という断点から5→3の方向に順次DNAを分解していく酵素(エキソヌクレアーゼ)が、もうひとつの断点までDNAを分解しギャップをつくります(図7-4)。真核生物の場合このギャップは主にDNAポリメラーゼデルタがDNA合成を行うことによって埋められます(図7-5)。そして最後はDNAリガーゼが 3'OH と 5'P を連結して修復は完了します。
以上3種類のDNA修復法について述べましたが、DNAの修復法は他にもあるので次回も続けます。
参照:
1)http://www.sci.keio.ac.jp/eduproject/practice/biology/detail.php?eid=00012
2)https://ja.wikipedia.org/wiki/DNA%E4%BF%AE%E5%BE%A9
3)DNA repair – providing chemical stability for life. THE ROYAL SWEDISH ACADEMY OF SCIENCES, 2015
https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/chemistry/laureates/2015/popular-chemistryprize2015.pdf
4)Tomas Lindahl, Instability and decay of the primary structure of DNA. Nature vol.362, pp.709-715 (1993)
5)http://www.newsobserver.com/news/local/education/article51568735.html
6)Sancar, A. and Rupp, W. D., A Novel Repair Enzyme: UVRABC Excision Nuclease of Escherichia coli
Cuts a DNA Strand on Both Sides of the Damaged Region, Cell vol. 33, pp. 249–260 (1983)
7)Ravi R. Iyer, Anna Pluciennik, Vickers Burdett, and Paul L. Modrich, DNA Mismatch Repair: Functions and Mechanisms. Chem. Rev., vol. 106, pp. 302–323 (2006)
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/cr0404794
8)Lahue, R. S, Au, K. G. and Modrich, P., DNA Mismatch Correction in a Defined System, Science, vol. 245, pp. 160–164 (1989)
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