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2016年10月29日 (土)

やぶにらみ生物論42: 二重らせん

アーウィン・シャルガフ(1905年~2002年 図1)は現在のウクライナで生まれたユダヤ人です。ベルリン大学で研究をしていましたが、ナチの台頭でフランスに逃れ、さらにニューヨークのコロンビア大学に職を得て、40年間勤めました。

シャルガフはもともと核酸の研究者ではありませんでしたが、1944年に発表されたエイヴリーの論文の結論「遺伝物質はDNAである」(やぶにらみ生物論41に詳述)に「筆舌に尽くしがたい衝撃」を受け、それまでやっていた研究を全部やめて核酸の研究にのめりこんでいきました(1)。

発表された当初、多くの研究者がエイヴリーの論文に衝撃を受けたというわけではなく、シャルガフによればほとんどの科学者が関心を持たなかったそうです。それは彼の言葉によれば「みな権力の回廊で自らのコマ廻しに忙しすぎたので見逃してしまったから」ということになりますが(1)、当時の知識では、DNAの種特異性がわかっていなかったので、あまり重要なことではないとみんな注目しなかったのでしょう。

180pxerwin_chargシャルガフにとって幸運だったのは、ちょうど1944年にペーパー・クロマトグラフィーという分析技術が報告され、DNAに含まれる4種の有機塩基をきれいに分離することができるようになった上に、同時期に紫外線分光光度計が売り出され、各塩基の検出も簡単にできるようになったことです。

シャルガフと共同研究者達はこれらの先進的な技術を使って、様々な生物のアデニン(A)・グアニン(G)・シトシン(C)・チミン(T)の量を測定し、それらの比率が生物の組織・器官では同じですが、種によって様々に異なることを示しました(図2)。

これは当時主流であったエイヴリーのテトラヌクレオチド仮説の理論には相反するものでした。しかし彼はさらに研究を進めて1950年に、

A=T、G=C、しかし A=G=C=Tではない

という驚くべき法則を発表しました(2)。

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生物種によってA・G・C・Tの割合はまちまちですが、AとTの比率およびGとCの比率は極めて1に近いということがわかりました。シャルガフもこのことを論文に書くのは怖くて、結局校正の段階で追加して発表したそうです。

この発表は主にDNAの構造をX線解析によって研究していた人々の注目を集め、実際英国のウィルキンスをはじめ何人かの研究者にDNAのサンプルを譲渡したそうです(1)。

シャルガフは1952年に英国のケンブリッジ大学に行って、ジェームス・ワトソン(1928年~)とフランシス・クリック(1914~2004)(図3 ウィキペディアより)にこの法則について説明したそうですが、その時の詳しいいきさつは文献(1)に詳述してあります。ワトソンの著書にもこのことは書いてあって、シャルガフの法則はDNAの分子モデルを考える際に大いに参考になったと思われます。

シャルガフはこの時に二人かららせん構造についての話しを聞いていたのですが、彼はDNAの特異性に関してはトポロジーが重要だとは思っていたものの、らせん構造については余り興味を持たなかったようです。

シャルガフはAとT、およびCとGが構造的に隣接しているという考え方を以前にしていたことがあるが、それは廃棄したとこの会談で述べたことを記してします(1)。その廃棄した理由が、本の説明(1)では私にはよくわかりませんでした。ワトソンとクリックも廃棄する十分な理由はないと考えたと思います。

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結局この会談はシャルガフが、ワトソンとクリックはふたりとも化学のど素人だと判定した段階でうまくいかず、気まずく終わったようです。シャルガフのもっと重要な用はパリでの国際会議で、そこではハーシーとチェイスがDNAが遺伝物質であるという決定的な証拠を示し(詳細はやぶにならみ生物論41に記述)、いよいよDNAが分子生物学の主戦場となることは明らかになりました。

その頃英国ではDNAの構造研究の中心は、ワトソンとクリックがいたケンブリッジ大学ではなく、ロンドン大学のモーリス・ウィルキンス(1914~2004)の研究室でした。そこでは若手研究者だったロザリンド・フランクリン(1928~1950)とボスのウィルキンスが激しく仲違いをして、プロジェクトがうまくいっていませんでした。

その間隙を縫ってワトソンとクリックはDNAの3重らせんモデルを考案し、フランクリンに見てもらったのですが、リン酸がらせんの内側にあると水分子を置くスペースがなくなると即座に否定され、彼女におもちゃを使って遊んでいるバカ者共という印象を与えてしまったのです。これでふたりはDNAの研究から手を引かされるという羽目に陥りました(3)。

しかし二人にとって、ここで思わぬ幸運が舞い込んできました。それは1953年に当時生体物質の構造化学では第一人者であるライナス・ポーリング(1901年~1994年)が、二人が考案したものに近い間違った3重らせん構造のモデルを提出したことでした。しかも彼のモデルではリン酸基がイオン化しておらず、それじゃあ核酸は酸じゃないのかというおまけまでついていて、これでワトソンとクリックは俄然勢いづきました。

彼らはロンドン大学のグループにもう一度らせん構造を考えてみようと説得に行き、ウィルキンスにフランクリンの学生であるゴスリングのX線回折写真を見せてもらうことに成功しました。それはまさしくらせん構造を示す回折像だったのです(3)。ところがこれはフランクリンの許可を得ていなかったため、後に問題になりました。

ウィルキンスに写真をみせる権限があったことはわかりますが、フェアーなやり方とは言えません。またフランクリンが書いた非公開の年次レポートを、閲覧する権限のあるペルーツが部下のクリックに渡したとされており(4)、これもさらにフェアーとは言えません。ただこのようなことは研究の世界では日常茶飯事であることもまた事実です。

ワトソンはアデニンとチミン、グアニンとシトシンがそれぞれペアで存在するために可能な構造を示し(図4)、それを見たクリックは鎖が逆向きの2重らせんの構造をすぐに思いついたそうです(図5)。このモデルは直ちに Nature 誌に投稿され、受理されました(5)。

ワトソン・クリック・ウィルキンスは、「核酸の分子構造および生体における情報伝達に対するその意義の発見」に対して、1962年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。ロザリンド・フランクリンは1958年に37才の若さで亡くなっていたので、受賞対象にはなりませんでした。

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ワトソンとクリックにしてみれば、フランクリンは執拗にDNAのモデル構築に反対して、まるで自分たちの仕事が妨害されたように見えたでしょうし、フランクリンにしてみれば荒唐無稽なモデルをもてあそんでいる彼らとまともにつきあう必要はないと考えたというのもうなづけます。ただフランクリンの写真を見なければ正しい分子モデルはできなかったはずで、DNAの二重らせんモデルはこの3人に等しく栄誉が与えられるべきだったと思います。

ロザリンド・フランクリンの業績については友人のアンネ・セイヤーが1975年に本を出版しており(6、図6)、最近ではきちんと評価されています。また最初に鮮明なDNAのX線回折写真を撮影したレイモンド・ゴスリング(1926~2015)は、当時博士課程の学生だったので蚊帳の外になってしまいましたが、その後も素晴らしい写真を撮影して、大いにDNAの分子モデルの作成に貢献しており、本当は彼もノーベル賞をもらうべきだったのかもしれません。

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参照:

1) 「ヘラクレイトスの火 (Heraclitean Fire)」 アーウィン・シャルガフ著 村上陽一郎訳 岩波書店 (1990)

2) Chargaff, Erwin; Chemical specificitiy of nucleic acids and mechanism of their enzymatic degradation. Experientia vol.6, pp.201-209 (1950)

3) DNA: The secret of Life. James D. Watson and Andrew Berry, Arrow Books, 2004.  邦訳:青木薫 講談社刊

4) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B6%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3

5) J.D. Watson and F.H.C. Crick: Molecular structure of deoxypentose ribonucleic acids. Nature vol.171, pp.737-738 (1953)
http://www.nature.com/nature/dna50/watsoncrick.pdf

6) Rosalind Franklin and DNA, written by Anne Sayre, W.W. Norton New York and London (1975)







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