やぶにらみ生物論31: 古第三紀以降の生物2 サル
サル目の別称に霊長目という呼び方がありますが。これはサルを生物の頂点と考える思想が根幹にあると思われるので、ダーウィン以降の生物学者にとっては不本意な命名でしょう。つまり今生きている生物はすべて、生命の起源から命を連綿と続かせている者達で、すべて同じ長さの歴史を持っているという意味ではそれぞれ同一線上にあるという見方にたつと、霊長という名は排除すべきなのでしょう。というわけで、ここではサル目という呼称を採用します。まずサル目の進化についての分岐図(図1)を示します。
DNAの解析などからサル目の生物は白亜紀から存在したとされていますが(図1および文献1)、実際にサルと非常に近いとされるプルガトリウス(図2、ウィキペディアより)という生物の化石が、6600万年前の白亜紀地層から発見されています。プルガトリウスは体長10cmくらいの一見トガリネズミのような生物ですが、歯の種類と配列(上下顎骨それぞれに6本の門歯、2本の犬歯、8本の小臼歯、6本の大臼歯 = 全部で44本の歯)がサルと同じなので、サル目の始祖と考えられています(2)。
また5500万年前の地層からは、メガネザルと極めて近いサルの化石が発見されています(3、4)。この生物はオマキザル上科に属するマーモセットの特徴も兼ね備えていることから、メガネザルのグループと、ヒトなどのグループ(オマキザル・オナガザル・テナガザル・ヒト)の分岐点に位置する生物と考えられます(図1参照)。
さて図1をみると、サルはもっともおおざっぱに分けるとヒト・メガネザル系とキツネザル・ロリス系に分かれます。キツネザル・ロリス系の共通祖先は白亜紀に他のサルと分岐したと考えられています。彼らの共通祖先として、化石生物であるアダピ形類(5)が知られています。キツネザル・ロリス系のグループを曲鼻猿類と呼称することもあります。曲鼻とは鼻腔が屈曲して鼻孔が左右に離れて外側を向いていることを意味します。
キツネザルは現在マダガスカル島にしか住んでいませんが、ロリスは世界各地に分布しています。ワオキツネザルの写真を貼っておきます(図3 市川動物園で撮影)。ワオキツネザルの顔をみていると、プルガトリウスがサルからかけはなれているとも言えないような気がしてきます。
アイアイも曲鼻猿類のひとつでマダガスカル島の特産です。絶滅が危惧されていますが上野動物園の小獣館で見ることができます。完全空調でライトコントロールもされていてかなり元気です。ただし非常に暗いところで飼育されているので、写真撮影は困難です。キツネザルは競合種や天敵が少ないことから大繁栄していたようですが、人間が上陸してからは地上から追い払われ、絶滅が危惧される状態にまで追い詰められました。
曲鼻猿類は私たちがイメージする「猿」とはやや異なる風貌をしていて、最近まで猿とはされていなかったものも含まれています。また以前はメガネザルもキツネザルやロリスのグループに入れられていましたが、最近の分子生物学的研究の成果によって、オマキザルやヒトなど真猿類に近いことが明らかになりました。
メガネザル類と私たち真猿類を合わせて直鼻類と呼称します。直鼻とは鼻腔がまっすぐで鼻孔が左右そろって前方ないし下方を向いているという意味です。曲鼻猿類・直鼻猿類ともに、分類学上は亜目ということになります。
フィリピンメガネザル(図4 ウィキペディアより)は体長わずか12cm程度の世界最小の猿です。「スターウォーズ」に出てくるヨーダのモデルといわれています。手の指が妙に人間ぽい感じです。古第三紀にはいってすぐという非常に古い時代(約6000万年前)に他の直鼻猿類と分岐したので(図1)、風貌はむしろ曲鼻猿類に似ています。夜行性です。
絶滅危惧種ですが、セブ島近郊のボホール島で観光名物にされていて、ツァーもあるようです。ただそれで得たお金で保護されているというので致し方ありません。
再び図1をみますと、4000万年前を少し過ぎたあたりでオマキザル上科が分岐しています。新世界猿とも呼ばれるグループで、主に南米に分布します。サキ(図5 シロガオサキ フリーフォトサイト「足なり」より)、クモザル、オマキザルなどがこのグループに所属します。
オマキザル科には、マーモセット、タマリン、オマキザル、リスザルなどが所属します。特にオマキザル属のサルは、チンパンジーにも匹敵するくらい知能が高いと考えられています。道具を使ったり、絵を描いたりすることもできるそうです(6)。
ナキガオオマキザル(7)は、5才の少女(マリーナ・チャップマン)を仲間の一員として迎え、彼女に教育をほどこして共同生活をしていた記録があります(8)。この本は私も購入して読むことにしました。
オマキザル上科と対照的にオナガザル上科のサルはアジア・アフリカに分布していて、旧世界猿とも呼ばれます。おなじみのニホンザル(図6)もオナガザルのグループに所属しています。尻尾が短いじゃないかといわれるかもしれませんが、それは彼らが北限の猿と言われているように寒い地域で生活するうちに適応したと思われます。長くてあまり使わない尻尾はしもやけになってしまうかもしれません。
オナガザルはニホンザル・マンドリル・マントヒヒなどオナガザル亜科のグループと、テングザル・キンシコウ・コロブスなどのコロブス亜科に分かれています。オナガザル上科とヒト上科(ヒト科とテナガザル科)が分岐したのが、2600万年前あたりとされています。
最後に残ったヒト上科はテナガザル科とヒト科からなっています。ヒト上科に属するサルを類人猿と呼ぶこともあります。テナガザル科とヒト科が分岐したのは2000万年前あたりとされています(9)。テナガザルは東南アジアに棲息する樹上性・昼行性のサルで、上野動物園などで見ることができますが、野生のものは絶滅危惧種が多い状態となっています。
ヒト科の現存生物はオランウータン・ゴリラ・チンパンジー・ボノボ・ヒトです。これらの系統分岐図を図7に示します。
オランウータンは他のヒト科グループと1300万年前くらいに分岐しました。オランウータン属はアジアに棲息するわずか2種(ボルネオオランウータンとスマトラオランウータン)からなります。ゴリラやチンパンジーと違って、手でこぶしを作って歩くナックルウォークをしません。樹上生活者ですが、地上を歩くこともあり、その時には指の腹側を地面に接触させて歩きます。
市川動物園でオランウータンの母子を観察したことがありますが、子供が段ボールをちぎって頭に乗せるという遊びを、じっと楽しむように見つめている母親が印象的でした(図8)。母子はずっと一緒にいて、とても親密な感じです(図9)。
ゴリラはヒト・チンパンジーのグループと700万年前くらいに分岐し、現在はアフリカに子孫を残しています。以前は1種だけだと考えられていましたが、(西ローランドゴリラ+クロスリバーゴリラ)ともうひとつのグループ(東ローランドゴリラ+マウンテンゴリラ)の遺伝的差違が大きいことから2種となっているようです(ウィキペディア、10)。ゴリラは地上に降りたサルで、しかも昼行性です。地上に降りた以上、猛獣に襲われることもあり得るわけで、実際ヒョウに食べられたという例も報告されています。
チンパンジーもアフリカのみに棲息する生物で、1属2種(チンパンジーとボノボ)です。樹上生活者で昼行性ですが、ボノボはかなり地上でも活動するようです。チンパンジーがヒトから分岐したのは、ミトコンドリアDNAの全塩基配列解析から487万年前±23万年とされています(11)。言い換えれば、このときから、ヒトという属あるいは種の歴史が始まったとも言えます。600-700万年前に生きていたとされるサヘラントロプス(トゥーマイ)は、年代から言ってヒト属ではありません。むしろヒトとチンパンジーの共通祖先かもしれません。
ボノボは非常に高い知性をもっており、ヒトと最も近い生物だと言えるでしょう。何しろパックマンでちゃんと遊べるそうですから(12)。ボノボはチンパンジーとは性行動が非常に異なるようです(13)。また争いを好まない平和的な生物だそうで、この点ではヒトよりも進化しているのかもしれません。
最近何万年かの間にヒトは大発展して、現在では環境破壊によって他のサルを絶滅に追いやっているような状況ですが、それまでの時代、ヒト科の生物はマイナーな存在だったと言えます。だいたいオランウータン・ゴリラ・チンパンジ-・ヒトすべて種の数が少なすぎます。それぞれ1属1種か2種という地味さで、これでは世界各地の様々な環境に適応して、各地で繁栄するというわけにはいかないでしょう。例えばオナガザル上科の生物の方が圧倒的に種も頭数も多くて、優位に立っていたと思われます。ヒト科の生物の骨が稀少なのは、それなりに理由があるわけです。ヒトが農業や工業を発展させて大繁栄したというのは、地球の歴史の中で非常に特殊な出来事です。
参照:
1) 「系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史」 長谷川政美著 ベレ出版 (2014)
2) http://www.seibutsushi.net/blog/2007/04/204.html
3) http://www.cnn.co.jp/fringe/35033430.html
4) The oldest known primate skeleton and early haplorhine evolution. Xijun Ni et al., Nature 498, 60–64 (2013)
5) https://en.wikipedia.org/wiki/Adapiformes
6) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%9E%E3%82%AD%E3%82%B6%E3%83%AB%E5%B1%9E
7) https://www.youtube.com/watch?v=DFV49Ko0o3k
8) 「失われた名前 サルとともに生きた少女の真実の物語」 マリーナ・チャップマン著 宝木多万紀訳 駒草出版 (2013)
9) 「人類歴史年表」 http://www.eonet.ne.jp/~libell/sinkakeitouzu.html
10) 「ヒト科の出現 中新世におけるヒト上科の展開」 國松豊 Journal of Geography 111(6) 798-815 (2002) : https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgeography1889/111/6/111_6_798/_pdf
11) https://www.nig.ac.jp/museum/evolution/02_c2.html
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