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2016年7月23日 (土)

やぶにらみ生物論26: 白亜紀の生物1

ジュラ紀につづく白亜紀(Cretaceous period)は1億4500万年前から6600万年前までの時代です。ジュラ紀と白亜紀の境界には絶滅などのイベントはありません。この時代に有孔虫・サンゴ・貝類などが繁栄して、彼らが残した石灰石のために地層の色が白くなって、このような名前が付けられました。この時代にパンゲア大陸はさらに細かく分裂し、現在とほぼ同じ大陸が形成されました。気候が比較的安定していた上に、大陸が海で隔てられたことにより、生物の多様化が進行しました。生物にとって住みやすい時代だったと言えますが、それは総論であって、個体にとっては油断するとあっという間に他の動物のエサになってしまうという危険な時代でもありました。

生存競争を勝ち抜いて、地上を制覇したのは爬虫類であり、とりわけ竜盤類と鳥盤類が目立つ存在となりました。竜盤類のなかでも竜脚類は巨大な草食生物となり、獣脚類は雑食または肉食生物の道を歩むことになりました。一方鳥盤類は基本的に草食生物ですが、特異な武器や防具を進化で獲得し、獣脚類に対抗しました。

鳥盤類の系譜は図1のようになります。ただしこれはもちろんファイナルバージョンではなく、研究者の意見も異なりますし、数年後には科学の進展に伴って改良された分岐図が発表になるかもしれません。

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ピサノサウルスは三畳紀の最初期の鳥盤類とされていますが、骨格は部分的にしか発掘されていません。レソトサウルスはジュラ紀初期の鳥盤類で、植物食で2足歩行を行っていたようです。体長は1mくらい、体高は40cmくらいです。白亜紀には分岐図右下の鳥脚類がメインとなりました。鳥脚類を代表する恐竜イグアノドン(図2 ウィキペディアより 特に断らない限り以下同)は、19世紀から化石が発掘され、古くから研究されています。体長7~9mの巨大な4足歩行の植物食の恐竜で、巨大竜脚類と同様な生き方をめざしていたようです。竜脚類のような長い首はありませんが、歯は竜脚類より優秀な、すりつぶしに適した臼歯を多数持っていました。

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また周飾頭類を代表するトリケラトプス(図3)も白亜紀を生きた恐竜としては有名です。イグアノドンと同じくらいの大きさの4足歩行植物食恐竜ですが、大きく異なるのは顔面に巨大な角があることと、顔の周りにフリルがついていることです。角は人間で言えば鼻の頭と眉毛の部分に計3本あって、トリケラトプスの名前の由来となっています。この武器は肉食獣脚類と戦うのに十分役に立ったでしょう。フリルも防具として役だったと思います。

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さてもう片方のグループ竜盤類です。竜盤類は主に竜脚形類と獣脚類からなります。竜脚形類についてはジュラ紀のところで説明したので、ここでは獣脚類について述べますが、まず分岐図(図4)を見て下さい。初期の獣脚類の例として、三畳紀のコエロフィシスがよく研究されています(図5)。米国ニューメキシコのゴーストランチで大量の化石が発見され、彼らは群れで暮らしていたことがわかりました。この写真は親が子に1本の骨を与えているところのようで、彼らの社会性を強調するディスプレイでしょう。

コエロフィシスは完全2足歩行で(すなわち手が存在する)、手足の指は4本ずつあり、獣脚類を特徴付ける中空の部分がある脊椎骨と四肢骨を持っていました。すでに三畳紀において獣脚類の基本は確立されていたわけです。しかもこれらの特徴は、現在の鳥類にも受け継がれています。

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獣脚類の特徴として、後肢が体の真下についていて、まっすぐ前に踏み出せたということがあります。ファッションモデルの歩行のように、足跡が1直線になっている化石もあります。現在の鳥類にもこのような歩き方をするものは少なくありません。このような特徴によって、他の爬虫類より足が速いというアドバンテージを得ることができました。

図4を見ていただくと、コエロフィシスらと分かれてテタヌラエというグループがあり、その根元の分岐にスピノサウルスという名前があります。スピノサウルスは白亜紀に棲息した獣脚類ですが、かなりユニークで特筆すべき生物です。まずその大きさですが、なんと体長が15~17mもある、ティラノサウルス以上の巨大な肉食生物で、私も国立科学博物館で全身骨格をみて驚きました(図6)。

水中で獲物をとるワニのような生き方をしていたと考えられています。また背中に「帆」を持っていました。多くの獣脚類が羽毛をもっていたと考えられていますが、スピノサウルスの場合水中では羽毛は役立たないので、帆を進化的に獲得したものと思われます。あるいは、このような巨大生物の場合、温暖な環境で激しく動くと体温が上昇しやすく、熱を逃がすことが必要で、帆はラジエーターの役割を果たしていたのかもしれません。いずれにしてもスピノサウルスは完全な内温動物ではなかったと思われます。

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スピノサウルスなどと分岐したアヴェロポーダというグループが獣脚類のメインストリームです。コエルロサウリアに属する白亜紀の小型恐竜シノサウロプテリクス(図7 幕張メッセにて撮影)は、恐竜としてはじめて羽毛の化石が見つかった生物で有名です。それは1996年のことですから、そんなに古い話ではありません。

その後化石にメラノソームが含まれることがわかったり、メラニンの化学分析などがすすんで、図7の毛色には多少の科学的根拠があります。獣脚類は一般に肉食と言われていますが、ティラノサウルスやマニラプトルを分岐する前のコエルロサウリアは植物食だったそうです(1)。マニラプトルがすべて肉食だったわけでもないようです。

またシノサウロプテリクス以来、続々と羽毛の化石が発見され、コエルロサウリアやその子孫は一般的に羽毛恐竜であったと考えられています。私が2012年に幕張メッセでシノサウロプテリクスを見たときに書いた記事がありますので、参照して戴ければ幸いです(2)。シノサウロプテリクスの羽毛の化石を再掲しておきます(図8)。この過去記事の分岐図(2)と、ここで示した分岐図(図4)には違いがありますが、どちらが正しいかは今後の研究をまたなければなりません。

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コエルロサウルスの仲間から進化した生物の中に、最も有名な恐竜であるティラノサウルス(またはティランノサウルス 図9)がいます。スピノサウルスには及びませんが、体長は11~13mの巨大なハンターで、白亜紀後期における百獣の王に相当する生物であったことは間違いないでしょう。進化の系譜からみてティラノサウルスも羽毛を持っていたと考えられています。ただし巨体だったので、生体には無用の長物で幼体だけにあったという説もあります。白亜紀前期の地層からティラノサウルスをそのまま小型にしたようなラプトレックスも発掘されています。手が小さくて指が2本、頭が巨大というようなティラノサウルスらしい特徴を持っていました。

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ティラノサウルスが優秀なハンターだったかどうかについては意見が分かれていて、極端な例ではその走行速度は時速4kmだったという人もいます(3)。体が巨大なので、2本足で速く走るには物凄い量の筋肉が必要だそうです。それに彼らはハンターとしては異常に幅広く巨大な歯を持っていて、しかも3t~8tの異常に強力な噛み砕く力も持っていた事が知られています。しかも手にはエサを切り裂くような構造がありません。このことから、彼らはひからびてコチコチになった屍体を噛み砕いて食べていたのではないかと推測する人もいます(3)。

最近の研究によると、ティラノサウルスの仲間は知能は低いが、聴覚・嗅覚・視覚は優れていたとされています(3)。私の想像では、彼らは巨大草食恐竜のコロニーを襲って、幼体をエサにしていたのではないかと思います。獲物の親は鈍足なので、逃げる際に特に速く走る必要もありません。ただし尾によるムチ攻撃は避ける必要があります。そのためには就寝中に襲い、大きな口と歯で一気に幼体の息の根を止めて屍体をくわえて逃げれば、それほどリスクを背負わずに食事ができたのではないでしょうか。同じコロニーを何度も襲うのはリスクが大きいので、草原をさまよい、鋭い聴覚・嗅覚・視覚でコロニーを探知して新たな獲物をさがす毎日だったのでしょう。もちろん他の肉食動物が食べ残した骨をかじって飢えをしのいだこともあったのでしょう。

中にはティラノサウルスは時速50kmで走ることが可能だったと言っている人もいて、まだまだティラノサウルスの謎は未解決です。

ティラノサウルスの化石の中に、生化学的に解析可能なコラーゲンが残っていたらしく、アミノ酸配列を解析した研究者がいて、彼らによるとそれがニワトリとよく似ていたと報告しています(4)。しかし解析した領域が少ないことから異論も多く、まだ賛同者は多くはありません。DNAを解析すればいいのではないかと思いますが、さすがにこれだけ古い時代のDNAは信頼できる形で残ってはいません。あるとすれば、ジュラシックパークでやっていたように、恐竜の血を吸った蚊がコハクに閉じ込められたのをみつけるとか、かなり特殊な方法でないと解析はできません。

コエルロサウルス類の子孫の中で、ジュラ紀に上記のティラノサウルス類という巨大肉食恐竜に進むグループとは別の道を選んだグループがマニラプトラです。マニラプトラはティラノサウルスとは逆に、小型の体型で雑食性の生き方を選びました。ジュラ紀の生物2(5)で示したアンキオルニスはマニラプトラの基部に近い生物のひとつだと思われます。マニラプトラはオヴィラプトラとエウマニラプトラに分岐します。オヴィラプトラを代表するオヴィラプトルは体長2mくらいの生物ですが、抱卵している状態の化石がみつかっており、しかもその卵にはヒナが認められることから、現在の鳥類と同様卵を温めて孵化させていたと考えられています。そのためには彼らは当然内温動物だったということになります。しかし彼らは鳥類の直系の祖先ではなく、もう一つの分岐であるエウマニラプトラが鳥類の直系の祖先です。

図4の分岐図を見ていただくと、エウマニラプトラはふたつのグループに分岐し(おそらくジュラ紀に分岐したと思われます)、片方はトロオドン・ドロマエオサウルス・デイノニクスらのグループ、もう片方は現在も繁栄している鳥類のグループです。前者を代表する生物のひとつがデイノニクス(ドロマエオサウルスと近縁)です。私が幕張メッセで撮影したパネルの写真を貼っておきます(図10)。上は羽毛恐竜説が一般的になる前の復元で、下が現在の復元です。デイノニクスは白亜紀前期に生きた体長2.5~4mの中型恐竜ですが、時速50kmで走ることができたと考えられています。デイノニクスと近縁で白亜紀後期の生物にヴェロキラプトルというのがいて、ジュラシックパークにも登場しますが、実は映画でヴェロキラプトルという名で登場する生物のモデルはデイノニクスです。

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2009年に中国のジュラ紀の地層から風切羽をもつトロオドン類の生物が発掘されました。このことはエウマニラプトラがふたつのグループに分岐した頃から、一部の生物は風切羽を持っていて、滑空・飛翔の方向に進化し始めていたことが示唆されます。図11は白亜紀前期のトロオドンの一種(ジンフェンゴプテリクス)ですが、きわめて鳥類に近いことがわかります。このような絵をみると、素人目には分岐図においてトロオドン類をもっとアーケオプテリクスに近い位置にしたほうがよいのではないかと思いますが、さてどうなのでしょうか。最後に残った鳥類の進化、そして哺乳類については次稿にしたいと思います。

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1) こちら

2) http://morph.way-nifty.com/grey/2014/04/post-fcbc.html

3) 「恐竜学入門-かたち・生態・絶滅-」 Fastovsky, Weishampel 著 東京化学同人 2015年刊

4) http://news.nationalgeographic.com/news/2008/04/080424-trex-mastodon_2.html

5) http://morph.way-nifty.com/grey/2016/07/post-6720.html

分岐図は文献3)を参考にして作成しました。

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コメント

個人的な見解ですが、スピノサウルス半水棲の動物であったと考えるのならば
放熱するために十分な環境を手にいれた上であのような放熱器官を発達させたところを見ると
実はかなり発達した内温動物だったように思えてきます。
体重に関しては諸説ありますが、T.rexと同体重であるとすると
体重辺りの体表面積は遥かに大きい訳ですから、生涯を通じてかなり活発な生き物だったのではないでしょうか?

投稿: | 2016年8月 5日 (金) 12:23

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