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2016年7月21日 (木)

オリンピックとドーピング問題

292pxolympic_flag_svg組織ぐるみのドーピングが発覚し、8月のリオデジャネイロ五輪にロシア陸上チームが出場できなくなった問題で、スポーツ仲裁裁判所(CAS)は21日、出場を求めるロシア側の訴えを却下したと発表しました。

http://www.asahi.com/articles/ASJ7P5W89J7PUTQP02T.html

選手ではなく、国家にペナルティーが与えられたわけです。この問題の根底には、本来アマチュアスポーツの祭典であるべきオリンピックが国家主義に汚染されていることがあります。ドーピングもいたちごっこで、テストでばれないものが次々と開発されて、テスト機関も限界に近い状態だそうです。

近代オリンピックは国威発揚ではなく、経済効果を狙ったものだという人もいます。確かに日本などではその要素が濃いと言えそうですが、そうではない国も多いと思います。論点が少しずれますが、経済効果というのは=富の移転ということです。すなわち税金を土建業者やオリンピックにぶら下がっている企業や団体にばらまくという意味です。

私が提案したいのは、オリンピックで国歌・国旗の使用を禁止したらどうかということです。ベルリンオリンピックがナチスに利用されたことはよく知られていますが、ロシアも国威発揚のためにドーピングを組織的に行ったのではないでしょうか。

国威発揚を抑制し、個人やチームの栄誉を讃えるようにすれば、ドーピングをやる意義が希薄になり、今回のような事態は避けられると思います。国家は参加者の旅費・宿泊費は支払っても、合宿費・コーチへの援助・メダル獲得者やチームへの金銭的援助は廃止すべきです。

私は一部の人々が提唱しているように「オリンピックは廃止すべきだ」とは思いませんが、「オリンピックからプロ選手を排除すべきだ」とは思います。そうなっても、意外にサッカーや野球も面白いと思いますよ。プロチームに所属していても、ほぼ無給なら立派なアマチュア選手として認めたらどうでしょう。

そしてどんな邪悪な行為を行った国家に所属する選手にも参加を認めるべきです。それが本来のオリンピック精神でしょう。

クーベルタン男爵が提唱したオリンピックの精神:
(日本オリンピック委員会のHPより 
http://www.joc.or.jp/olympism/coubertin/

「スポーツを通して心身を向上させ、さらには文化・国籍など様々な差異を超え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで、平和でよりよい世界の実現に貢献する」

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オリンピックへの疑義
http://nishidanishida.web.fc2.com/view_32.htm

オリンピックで国威発揚は、もう古い!?
http://okwave.jp/qa/q7631428.html

2020年の日本には発揚する国威もない
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20130911/1378858508

オリンピックは国威発揚のイベントか
http://odoratec.hatenablog.com/entry/2015/06/16/164247

オリンピックが決まった途端にこうなっちゃうの!?
http://blogos.com/article/69840/

ナチス・ドイツのオリンピック
http://inri.client.jp/hexagon/floorB1F_hss/b1fha621.html

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