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2016年6月24日 (金)

やぶにらみ生物論23: 三畳紀の生物2

ペルム紀に出現したとされるサイノドンはP-T境界を乗り越えて、三畳紀に命をつなぎました。三畳紀が始まった頃は砂漠のような場所が多く、酸素濃度も15%以下に低下するなど、非常に厳しい環境で生きなければいけませんでした。彼らはリストロサウルスのようにもっぱら省エネ(穴居と長期睡眠)で生きるという徹底的に消極的な作戦ではなく、やや積極的な進化戦略を実行しました。それは、1)横隔膜を使う呼吸法の獲得・・・これによって積極的に空気を出し入れして呼吸が楽になりましたが、腹部の肋骨という内臓を防御する道具を捨てなければなりませんでした。

次に、2)トカゲやワニのように足を横に張り出して体をクネクネとひねりながら歩く方法だと、ひねるたびに肺が圧迫されて呼吸が妨害されます。腕立て伏せをしながら歩いている感じなので、体重を支えるのが大変でもあります。これを避けるために、サイノドン達は足をなるべく体の下にまっすぐつけて、前後に動かすだけて移動するという方法を採用しました。このことは歩行のスピードを上げるにも有効です。体をくねらせて移動するというのは、カンブリア紀以来魚類が獲得してきた遊泳技術に基づくものであり、地上の歩行には適さない方法です。

3)あごの骨の一部を進化させて、聴力を強化しました(図1)。これは危険を察知する上で、特に夜行性の動物には重要です。サイノドンはあごの奥の方ある様々な骨を徐々に、角骨→鼓室骨、関節骨→槌骨、方形骨→砧骨という耳の骨に変成させて、耳の構造を確立させていきました。爬虫類から鳥類のラインも聴覚を発達させましたが、サイノドンから哺乳類のラインとは全く別の進化過程であったことが判っています(1)。

Photo4)内温性を確立すると共に体毛と感覚毛を発達させ、温度が下がる夜の活動に備えました。感覚毛は暗闇でも目鼻を傷つけないために重要な役割を果たしました。サイノドンが生きていた時代のオルニソディラはおそらく外温性であり、クルロタルシも当然外温性(ワニはいまでも外温性)だったと考えられるので、夜間・冬期・寒冷地帯ではサイノドン達が優位に立てたのでしょう。

5)卵ではなく、子供を産んで親が授乳して育てるという繁殖方式を確立しました。食糧不足だった三畳紀初期には、成獣は夏眠・冬眠すればいいのですが、それができない新生仔に与えるためのエサを確保するのが困難だったため、授乳というのは非常に有用だったと思われます。サイノドンは三畳紀の環境圧力に耐えて生き抜くため、この5つの方向に進化していったわけです。

サイノドン達は三畳紀中期に出現した新興勢力である恐竜類や、それより前からの仇敵であるクルロタルシ達と弱肉強食の戦いを行う中で次第に劣勢になりますが、上記の5つの戦略をすすめて、ついに三畳紀後期には哺乳類を誕生させました。つまりサイノドン達は爬虫類から哺乳類へ進化するさまざまな中間点と言えます。ですから最初の哺乳類が何かというのは、学術用語の定義上は大事ですが、それ以上の問題ではありません。

サイノドンについてはすでに「三畳紀1」で、トリナクソドンとエクサエレトドンについて紹介しましたが、彼らのなかの1グループであるプロバイノグナシアが後に哺乳類を誕生させることになります。プロバイノグナシアに属する生物を一種紹介します。プロベレソドンです(図2)。これは中型犬くらいのサイズの生物です。三畳紀後期に、このグループから最初の哺乳類(不完全な哺乳類という意味で哺乳型類とよぶべきだと主張する人もいます)が誕生したとされています。

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最初期の哺乳類として、2億2500万年前の地層から発掘されたアデロバシレウス(図3)が知られています。モルガヌコドン(図4)やメガゾストロドン(図5)もよく知られています。いずれもネズミくらいのサイズの動物です。特にアデロバシレウスは、今生きているトガリネズミ(2)と外見がよく似ています。トガリネズミも白亜紀から生きている動物なので、関係があるのかもしれません。いずれにしても、哺乳類はネズミのような生物から出発したことは確かなようです。

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クルロタルシ(目と綱の中間の分類群)はサイノドンやオルニソディラをしのいで、三畳紀に繁栄したグループです。現在でもこのグループの直系子孫であるワニ類が生きています。クルロタルシの祖先はペルム紀からプロテロスクス(図6、体長1.5m)などが棲息していました。このグループはP-T境界を生き延びることができました。その理由は彼らが水中で多くの時間を過ごしていて、火砕サージをまぬがれ、また「噴火の冬」時代にエサを水中に求めることができたからだと思われます。

https://en.wikipedia.org/wiki/Proterosuchus

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もう一例ペルム紀のクルロタルシであるプロテロチャムサを図7に示しますが、見た目が現在のクロコダイルとほとんど同じです。三畳紀にはこれと近縁の種から生まれたクルロタルシ類が適応放散していろんなタイプが生まれましたが、結局現在まで生き残ったのは原型に近いもので、進化の過程ではよくある現象です。

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では三畳紀のクルロタルシをいくつかみていきましょう。ポストスクス(図8)は体長4~5mの肉食獣で、当時食物連鎖のトップにいたとされています。ワニよりも足が長く直立していて、以前には恐竜の祖先とされていたこともあったそうです。ワニのように待機していて一瞬のアクションでエサを仕留める感じではなく、エサを求めて歩き回り、追いかけて仕留めることができるような体型です。これと類似した種は世界各地に分布していて、三畳紀の百獣の王はまさしくこれらのクルロタルシでした。

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同じクルロタルシの仲間で草食獣も繁栄していて、例えばデスマトスクス(図9)などは強力なアーマーを装備して、そのスパイクで敵を倒せそうです。

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三畳紀の初期(2億5000万年前)には恐竜の祖先動物も登場しました。プロロトダクティルスという祖先動物の足跡は有名です。土屋健著「三畳紀の生物」(3)には復元図も掲載されています。猫くらいの大きさの足の長いトカゲという感じです。しかしその後2億2800万年前のエオラプトル(図10)まで情報がありません。同時代の地層からパンファギアやエオドロマエウスも発見されていて、後者はティラノサウルスにもつながる肉食恐竜(獣脚類)の始祖と考えられています。

恐竜は大きく分けて鳥盤目と竜盤目がありますが、上記の生物は竜盤目の根元に相当すると思われます。しかし2億2300万年前の地層からは、鳥盤目に分類されるピサノサウルスが発掘されています。三畳紀の半ばには、恐竜を構成するふたつの目が出そろったことになります。そして三畳紀の終わり頃には、レッセムサウルスという体長18mにも及ぶ巨大な草食恐竜が出現しました。三畳紀の後期には恐竜やクルロタルシとは別系統の爬虫類である首長竜も出現しました。これについてはジュラ紀で言及します。

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P-T境界の大絶滅の被害も癒えて、再び地球が活気を取り戻した三畳紀でしたが、2億100万年前にまたもや大絶滅が起こります。これはP-T境界のような破滅的なものではありませんでしたが、単弓類では哺乳類以外は絶滅し、クルロタルシ類ではワニ以外は絶滅しました。この三畳紀末の絶滅の原因は、まだ特定されていないそうです。そしてどうしてここで恐竜が優位を確立したかもよくわかっていません。

1) http://www.riken.jp/pr/press/2015/20150422_2/

2) こちら

3) 「三畳紀の生物」 土屋健著 技術評論社 2015年

(図はウィキペディアからお借りしました)








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