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2016年4月19日 (火)

やぶにらみ生物論16: デボン紀の生物1

デボン紀はシルル紀(http://morph.way-nifty.com/grey/2016/03/post-0149.html)につぐ4億1600万年前から3億5900万年前までの期間です。デボン紀にはあまりにも多くの生物にとって重要なイベントあったので、簡単にまとめるのは難しいと思います。生物の歴史における最大のキーポイントかもしれません。ここでは2回にわけて述べることにします。

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最初にふたたび図1の Sepkoski curve を見てみましょう。カンブリア紀からオルドビス紀にかけて順調に増加してきた科の数が、オルドビス紀とシルル紀の境界にある寒冷期に(数字1)ドカンと落ち、シルル紀(S)に元の数にもどして以降、デボン紀(D)・石炭紀(C)を通じて頭打ちになっていることがわかります。生物の多様性がデボン紀以降しばらく、どうして頭打ちになったのでしょうか? ジュラ紀以降にはまた増加していることから、この頭打ちは遺伝子の構造上の限界というものではなく、その時代の特殊な事情がかかわっていると思われます。

ひとつはオルドビス紀からジワジワと陸地への上陸をはじめていた植物が、デボン紀に至って森林を形成するまでに陸上で繁茂するようになったことでしょう。植物はそれまで地球に蓄積されていた温暖化物質である二酸化炭素をとりこんで利用してしまったため、地球寒冷化を招いてしまったかもしれません。バーナーのシミュレーション(1)によるとデボン紀後期から二酸化炭素は急減し(16%→7%)、石炭紀からペルム紀中期まで非常に低い状態(1%あるいは以下)が続いたそうです。一方酸素はデボン紀初期には25%ありましたが、中期には13%くらいまで落ち込みました。これは生物にとっても大きな影響があったに違いありません。

もうひとつの変化は、シルル紀に地殻変動がおこり、ローレンシア大陸とバルチカ大陸が衝突してひとつの大陸となったことです。衝突地点には山脈が形成されました。山脈には雲がかかり、雨が降って川が形成されます。麓には広大な湿地帯ができたと思われます。生物の多様性はトータルでは頭打ちになりましたが、デボン紀にこの湿地帯で生きるための遺伝子を獲得した生物のなかから、私たちの祖先となる四肢動物が生まれてきたことは間違いないでしょう。

四肢動物の話の前に、まず海洋の生物から話しを進めなければなりません。デボン紀は魚類が大繁栄した時代として知られています。この大繁栄は現代まで続いています。魚類の歴史は古く、拙稿でも触れたようにカンブリア紀から生きていて、素晴らしい筋肉や装甲によって、逃亡力や防御力を高めてオルドビス紀・シルル紀と生き抜いてきました。それでも海の主役になれなかったのは、攻撃力が不足していたからです。しかしシルル紀に登場した棘魚類(きょくぎょるい)・板皮類(ばんぴるい)は顎をもち、歯に相当するものもあって、デボン紀には海の主役に躍り出ました。

特に有名なのは板皮類のダンクレオステウスで、海の王者にふさわしい凶暴な面構えには圧倒されます(図2)。ダンクレオステウスの噛む力は、あの最強の肉食恐竜ティラノサウルスにも匹敵するほどだったそうです (http://ameblo.jp/oldworld/entry-11182339156.html)。5トンの咬合力があれば節足動物の外骨格や軟体動物の貝殻も破壊することができて、まさに海の王者にふさわしいステータスだったと思われます。

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顎と歯をもつ魚類の起源はどのあたりにあるのかという疑問について、大きなヒントが中国の朱敏らの研究によって提供されました。

彼らはエンテログナトゥス・プリモルディアリスというシルル紀末期の風変わりな板皮類の化石から、この魚類が私たちが持つ顎や歯の基本設計を確立したと推定しましたが、これにはまだ疑問の余地があるようです(http://yuihaga.blog.fc2.com/blog-entry-276.html)。デボン紀には板皮類の他に棘魚類・硬骨魚類・軟骨魚類・無顎類などいろいろな魚類が生きていましたが、これらの類縁関係は現在でもはっきりしていません。とはいえとっかかりがなくては困るので、系統図を描いてみました(図3)。この図の中央にいる棘魚類というのが、板皮類・軟骨魚類・硬骨魚類の中間的なグループで。考古学者を特に悩ませているようです。

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デボン紀後期には、軟骨魚類(特にサメ)が全盛を誇っていた板皮類を脅かす存在として台頭してきました。代表的な当時のサメ、クラドセラケを図4に示します。体長は2mに達していました。彼らはスマートな体型、大きな腹びれと尾びれ、強力な筋肉によって破格の遊泳能力を獲得し、しだいに板皮類を圧倒していったのだと思われます。板皮類は絶滅しましたが、軟骨魚類は現在でも繁栄しています。

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では現在脊椎動物の中で最も繁栄しているグループである硬骨魚類はどうしていたのでしょう? 硬骨魚類もすでにシルル紀から現れていたことがわかっていますが、デボン紀にはまだまだマイナーな存在でした。硬骨魚類には2つのグループ(綱)が存在し、ひとつは条鰭類(じょうきるい)でいわゆる現在普通に見られる硬骨魚類、いまひとつは肉鰭類(にくきるい)という私たちのご先祖様です。条鰭類は薄くて硬いヒレでスマートな泳ぎをめざし、肉鰭類はヒレに筋肉をつけて自在さとパワーを重視した方向をめざしました。

当時生きていた条鰭類に極めて近い魚で、現在でもみられるのがポリプテルスとチョウザメです。チョウザメはサメではなくれっきとした硬骨魚類です。ポリプテルスは肺呼吸ができる魚類です。肉鰭類で現在でもデボン紀と同様な形態のものは、シーラカンスが有名です。しかしもうひとつの肉鰭類である肺魚というグループが現在も見られます。一時期東京タワーの1Fにある水族館にすべての現存種が飼育されていましたが、現在はみられません。ただ養殖が成功して、容易に入手できるものもあるようです。

肺魚の特徴は肺呼吸する以外に、鰭が筋肉質であることです。これが陸上で生活する四肢動物の起源となりました。デボン紀には肉鰭類はそこそこ繁栄していたようです。板皮類やサメとは棲み分けていたのかもしれません。特に肺魚は繁栄していたようです。

彼らはおそらくローレンシア大陸に形成された広大な湿地帯で生きていて、乾燥に備えて肺呼吸が必要だったと思われます。また浅瀬では泳ぐと岩などに体をぶつけてケガをするので、底を這うような生き方の方が有利だったのかもしれません。

硬骨魚類はデボン紀にはまだマイナーな存在であり、海洋ではサメや板皮類に追われる存在だったようです。彼らの中に、ローレンシア大陸の河川や湿地帯に移住するものが出現しました。しかしこれらの淡水域には雨期と乾期が存在し、乾期には酸素の不足が顕著になります。その結果彼らの中で肺を持つものが出現し、適者として生存することになりました。

その後海洋での大絶滅などがあって、ふたたび海にもどったのが現在の魚類となりました。肺を獲得した硬骨魚類が海にもどるに際して、肺は不要になり浮き袋となりました。これは進化の妙で、浮き袋のおかげで彼らは眠ることができるようになりました。魚類は体の比重が海水より大きいので、何もしないと沈んでしまうのですが、硬骨魚類は浮くことができます。一方サメなどはいつも沈まないように泳ぐことが必要で、骨も密度の低い軟骨でがまんしなければならないということになりました。つまり硬骨魚類はいったん海洋での生存競争に敗れましたが、河川で肺を獲得したことによって思わぬアドバンテージ=浮き袋を得て、いまや軟骨魚類を圧倒するような繁栄に至ったわけです。

硬骨魚類の中で泳ぐのが得意な条鰭類は、中生代のはじめに多くが海に戻ってしまったのですが、肉鰭類のなかには泳ぐのが困難な浅瀬や湿地帯に適応して生き延びる種があらわれました。やがて筋肉質のヒレは手足に進化し、四肢動物が誕生することになりました(つづく)。

1.Robert A. Berner, GEOCARBSULF: A combined model for Phanerozoic atmospheric
O2 and CO2. Geochimica et Cosmochimica Acta 70 (2006) 5653–5664

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