寄る辺なき記憶の断片のために4: 白いワンピースに黒のベルト
小学校6年生になった私は、はじめて受験勉強というのを経験した。私立の中学を志望したからだ。
しかしそんな忙しい毎日の中で、修学旅行は息抜きの楽しいイベントだった。伊勢志摩と伊勢神宮を巡ったと記憶している。伊勢神宮の玉砂利を踏みながら、どうしてこんなところに連れてこられたのだろうかと、疑問に思ったことを思い出す。
異変が起こったのは、修学旅行が終わった後だった。私の隣の席のDという女子生徒に、誰も話しかけなくなったのだ。
今でも同じだと思うが、女子生徒は2種類に分類出来る。男子と気軽に話すオープンなグループと、女子だけで閉鎖的なグループを作って、男子とはめったに口をきかない連中だ。Dは後者だった。だから隣の席でありながら、私は友人として話したことはなかった。彼女は少女コミックから抜け出してきたような、瞳が大きく、ルックスがとても可愛い感じの生徒だった。背も高くて、将来はファッションモデルかスチュワーデス(キャビンアテンダント)になるのではないかと私は予想していた。ただいつもボーッとしているようなキャラだったので(成績も下の方だったと思う)、男子に人気があって彼女の周りに集まってくるような人物ではなかった。
クラスでシカトされている彼女が淋しそうにしているので、私は何か話しかけてみようと思っていたのだが、なかなかチャンスがなかった。そのうち何の科目か忘れたがテストがあって、その最中に彼女の消しゴムが私の机の下に転がってきたので、私が拾ってそっと手渡してあげた。テストが終わったあと、彼女は「どうもありがとう」と私に礼を言った。
それで2人の間のバリヤが壊れたみたいで、以後はフレンドとして話すようになった。ただ彼女と話していると、まわりの女子がぎこちない感じになるのがわかった。理由はわからなかったし、誰かに問いただそうという気にもなれなかった。自分が弱者の味方をする似非ヒーローとしてみられ、クラスから浮き上がっているというのが実に嫌な気分だった。
しかしそれも束の間で、私は中学受験が目の前に迫って、そちらに集中せざるを得ない状況になった。首尾良く志望した私立中学の入学試験に合格して、卒業式も間近に迫った頃、ある男子の同級生に「いいこと教えてやろうか、Dのことだけど」と言われて、「えっ 何?」と答えると、「あいつは修学旅行中に出血して布団をよごしたそうだ」と教えてくれた。
その時はなんのことだかよくわからなかったが、今考えてみると、まだ生理が来ていない生徒にしてみれば、大人になった生徒に違和感を感じていただろうし、すでに大人になっていた少数の生徒はその雰囲気を感じて「完黙」したのだろうと思う。
卒業式の日、式も終わって校庭に出てこれでこの校舎ともお別れかと少しセンチメンタルな気分に浸っていると、Dが私のところにやってきて「○○中学合格おめでとう、すごいね」とお祝いを言ってくれた。
それから2~3ヶ月たって市営バスに乗っていたとき、ある停留所で彼女が乗り込んできた。純白のワンピースに黒いベルトという、素晴らしい制服だった(こちら)。それは南野陽子も通ったという私立女子中学の制服だった。私は彼女がその中学を受験したことも、合格したことも全く知らなかった。卒業式の日に私も「おめでとう」と言うべきだったのに、それを果たせなかったことが残念という思いが脳裏をよぎった。
何か話したかったが、彼女は同じ制服の生徒数人と楽しそうにおしゃべりをしていたので、割り込むのは遠慮することにした。彼女はおしゃべりに夢中だったし、結構混み合っていたので、終点で降車するまで私には気がつかなかったと思う。小学校時代の暗い雰囲気とは一変した、まぶしいくらいキラキラと輝くDをみて、本当に良かったなと思った。
(写真はウィキペディアより)
| 固定リンク | 0
「小説(story)」カテゴリの記事
- あの自動販売機まで せーので走ってみよう(2024.05.02)
- 「半島のマリア」はこんな物語です(2024.02.29)
- 半島のマリア 第14話:捜査(第1話 風穴 から続く)(2024.01.09)
- 半島のマリア 第13話:ドローン(2024.01.06)
- 半島のマリア 第12話:失踪(2023.12.21)
コメント