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2016年1月 5日 (火)

寄る辺なき記憶の断片のために2: 青い眼の人

A0782_001065今でも朝礼はやっていると思うが、私が小学校4年生の頃通っていた学校では、毎朝全校生徒が整列して校長先生の話を聞くという朝礼をやっていた。

あまりにも退屈な時間だったので、どんな話だったか少しも覚えていない。ただ毎回「気を付け」「前にならえ」「右向け右」「休め」などいろいろな号令をかけられて、そのたびに姿勢を変えたことは覚えている。先生の号令に従順な生徒をつくるためのトレーニングだったのかもしれない。校長先生の話は5分くらいで終わることもあれば、10分以上つづくこともあったように思う。毎日話す内容を考えるのは大変で、おそらく校長先生にとっては最も骨の折れる仕事だったのではないだろうか。

スチュアート達也(仮名)は米国人の父と日本人の母の間に生まれたハーフといううわさを聞いていた。強健なアングロサクソンの血が入っている割には日本人と同じような背丈で、しかも痩せて弱々しい感じの生徒だった。夏でもいつも長袖のシャツを着ていた。眼は灰色がかった青色で、いつも小さな声でボソボソと話した。朝礼の時はなんらかの基準(多分背の高さ)で決められた順にしたがって、私の前に立っていた。校長先生の話が長いときは、いつもつらそうにしていた。

その彼が蒸し暑い夏のある日、ついに朝礼中にバタッと音を立てて倒れたのだ。私はあわてて前の方に走っていって、先生に伝えた。生徒のひとりが意識を失っているにもかかわらず、朝礼は中止にはならない。担任の先生があわててやってきて、彼を抱きかかえて保健室に連れて行った。私も指示されたので、先生を手伝って保健室に行った。保健室で手当されているうちに、彼は意識をとりもどしたようだ。気がつくと、私の方を見て弱々しく微笑んだように見えた。その事件があってから、私たちはときどきふたりで話をするようになった。

ある時、彼は私を自宅に誘った。彼の家は米国人の家らしく、庭に芝生がある平屋で洋風のつくりだった。高さ1メートルくらいの、白いペンキを塗った柵がぐるりと庭をとり囲んでいた。柵の一部が開くようになっていて、彼は金属製のフックをはずして中に私を誘い入れた。庭に入ってまわりをよくみると、芝生は手入れが行き届いていないようで、かなり雑草が生い茂っていた。家の扉を鍵で開けると、中は暗くて寒々しく、誰もいないようだった。私の家は家族が多く、帰宅した時に誰もいないということはあり得なかったので、経験したことのない別世界に踏み込んだような不思議な感覚だった。

「誰もいないの?」
「うん」
「お母さんは?」
「仕事」
「お父さんも仕事?」
「わからない、しばらく帰っていないんだ」
「どうして?」
「わからない、1ヶ月位いないんだ。それより台所に行って何か食べよう」

母親が仕事をするというのは、当時珍しいことだった。しかし父親が1ヶ月も帰ってこないというのは、さらに尋常ではない。台所に行くと、見たことがないような、英語で文字が書いてある大きな缶がいくつか並んでいた。彼はそのうちの一つのフタを開けて、中からビスケットを取り出し、いくつかを皿に並べて私の前に置いた。2人は黙ってバリバリとビスケットを平らげ、水道の水を飲んだ。

彼は私を寝室に連れて行って、2人でベッドに座った。本棚に何冊か英語の絵本があって、私にはものめずらしく、少し英語を教えてもらったが、すぐに飽きてしまった。すると彼は突然シャツの袖をたくし上げて私に見せた。手首に数本の線状の傷跡が見えた。私は緊張で体が固まってしまった。彼は弱々しく笑って、さぐるように私の目を見ていた。少しためらった後、彼は引き出しを開けて両刃のカミソリを取り出し、ヒラヒラさせた。ここで切るのかと私は凍りついたが、結局私が動揺するのを楽しんでいるだけで、彼にその気配はないようだった。彼がカミソリを引き出しにしまったときに、私は「帰る」と宣言して、急いで家を出た。彼はベッドに座ったままだった。

それからお互いに気まずい関係となり、私は彼と話すのをやめた。そしていつからか彼の姿をみかけなくなった。彼をみかけなくなってから2~3ヶ月経過した日、私は怖い物見たさという気持ちを封印できず、スチュアート家をこっそり再訪した。

達也が私をテレパシーで呼び寄せたのだろうか。彼が窓から顔をのぞかせていたらどうしようと少しドキドキしたが、そんな心配は無用だった。もうそこに以前に訪問した建物はなかったのだ。白い柵も取り払われ、芝生だった庭はすっかり雑草生い茂る野辺となっていた。風にさやさやとゆれる雑草を、私は呆然とみつめていた。するとどこからかモンシロチョウが飛んできて、花を探すようにあたりを何周かして、薄曇りの空にふわふわと飛び去っていった。達也が空からいつもの弱々しい微笑みをうかべて、青い眼で私を見つめているような気がした。

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