真核生物と古細菌
私たち真核生物は、古細菌(細菌より古い生物じゃないので名前がおかしいのですが、いまさら変えると混乱するのでやむなくこの名前を使っている)や細菌とどこが違うかというと、まず名前の通り遺伝子=DNAが核(脂質を主成分とする膜)というパッケージにつつまれて、細胞質と自由に行き来ができないよう隔離されているということです。
ですから核の中の情報を外に出したり、細胞質の情報を核に取り込むには輸送を行うシステムが必要になります。拡散という物理現象に頼らず物質を輸送するにはエネルギーが必要で、真核生物はα-プロテオ細菌を体内に取り込み、ミトコンドリアとしてエネルギーを作らせることに成功しました。真核生物の中にはミトコンドリアを持たないものもわずかに存在しますが、現在ではそれらはいったん得たミトコンドリアを、進化の過程で捨てたらしいということが判っています。
細胞核とミトコンドリアを得た真核生物ですが、それらが細胞の中を無秩序に転がったり、細胞膜にぶつかったりするのは好ましくありません。また細胞分裂の際には核と細胞質を均等に娘細胞に分けなければなりません。また細胞内の情報の移動には道があった方が良いに決まっています。それらに役立つのがアクチン線維と微小管(チューブリンの複合体)であり、真核細胞の内部はこれらが柱や梁や廊下(細胞骨格)をつくることによって頑丈で便利な家となります。
問題はこのような真核生物の細胞が、どのような過程を経て細菌または古細菌の細胞から進化したのかがわからないことです。サルからヒトへの進化は、中間的な類人猿・猿人の骨や化石が見つかっているので、ある程度理解できますが、真核生物と細菌・古細菌の中間的な生物はみつかっておらず、ミッシング・リンクとなっていました。確かに真核生物には古細菌に由来すると思われる遺伝子が存在するのですが、ではどのグループの古細菌から由来したかと問えば、まちまちであって、これというものがありません。ところが最近、この空白地帯を埋めるような発見が報告されました。
ナンセン・ガッケル海嶺はグリーンランドとスピッツベルゲンの間を走っている北極海の海底山脈で、ロシア東部の海岸に達するまで 1800km ほどの長さがあります。この山脈中のロキの城(またはロキの丘)という場所(地図の赤丸の地点)から、奇妙な古細菌が発見されました。ロキの城には多数の熱水噴出口があり、その周辺には熱耐性の古細菌が棲息しています。ウプサラ大学のThijs Ettema らのグループは、まずこの地域の生物のメタゲノム解析(生物を特定しないで、そのあたりの生物集団のDNAをまとめて収集して解析する)を行って、未知生物のゲノムらしきものを検出し、その持ち主をロキ古細菌と命名しました。彼らは真核生物の遺伝子ときわめて類似した遺伝子を持っていて、それらは他の古細菌ではなく、まさしく彼らと真核生物のルーツが同じであることを確信させるほどのものでした。つまり系統樹は下記のように書き換えられることになりました。
もちろんこの古細菌がどんな生物なのか、その形態や生活を見てみたいものです。どうやらこの古細菌はファゴサイトーシスを行うための遺伝子を持っているようです。
原著:Complex archaea that bridge the gap between prokaryotes and eukaryotes. Anja Spang et al, Nature 521, 173–179 (14 May 2015) doi:10.1038/nature14447
Dr. Ettema: http://www.ettemalab.org/people/thijs-ettema/
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