「捏造の科学者 STAP細胞事件」 by 須田桃子
毎日新聞の須田桃子記者が「捏造の科学者 STAP細胞事件」(文藝春秋社刊 2014年)を出版しました。この事件は生物学研究にたずさわる者にとっては、おぞましくも「痛い」事件でした。そして新聞記者にとっても、最初に思い切り賞賛していながら、次々おかしな話が出てきて誤報になってしまったわけですから、忸怩たる思いで忘れられない事件だったと思います。
須田氏は自らの行為と理化学研究所で行われていた行為を検証し、事件の始まりから今日に至るまでをこの本にきちんとまとめておきたかったのでしょう。内容は丁寧に事件を追って、理工系の大学院修士課程を修了している須田氏ならではの手堅い調査と記述でまとめられています。それは私たち研究者にとっては大変わかりやすいものでしたが、はたしてこれで一般市民が理解出来るかというと、図表も少なくなかなか根気が続かないのではないだろうかと心配になります。私の想像ですが、須田氏はそれは承知の上で、この事件について何か発信したい人、研究者、マスコミ関係者、事件の関係者や親族のために正確な情報を残しておこうと考えていたのではないかと思います。
笹井氏の研究室も若山氏の研究室も、小保方さんがかかわるまではうまく運営されていてよい研究室だったと思いますが、それがひとりのビッチのために、人間も研究室もボロボロになってしまったというのは恐ろしいことです。もちろん笹井氏や若山氏もうまく乗せられてしまったという罪は逃れることはできないでしょう。特に笹井氏はまるで彼女にマインドコントロールされているかのような状態になっていたと思われます。・・・合掌。
ただ須田さんも言っているように、この事件に小保方氏以外の何者かがかかわっている可能性も完全には否定出来ないわけで、まだ完全に解明されてはいないことは確かです。
須田氏は今の日本の科学界がかかえている問題も、この事件に関連してえぐり出し、提示しています。例えば理研CDBは日本では「発生・再生科学総合研究センター」となっていますが、英語では「Center for Developmental Biology」です。英語をそのまま訳すと「発生生物学センター」になりますが、どうしてそういう名前にならなかったのかといえば、発生生物学という言葉がお金を投入して研究すべき対象として日本人に認知されていないからです。日本では基礎科学(それが医学的応用につなげるためには必須のものであっても)に多額の研究費を投入するとバッシングを受けるのではないかという怖さで、外国と国内で別の顔にしているのです。つまり日本は科学の認知という意味では、まだまだ後進国なのです。なにしろ理研の上にいるのは、あの下村某というウソまみれの大臣ですから(泣)。彼が捏造の処断をするというのはまさしくブラックジョークです。
個人的に思うのは、発生生物学というジャンルにおいても、理研CDBに極端に資金が集中しすぎて(例えば笹井研は年間6億円とか)、細々やっている人たちとの研究費の差が100~1000倍にもなっていて、これでは学会で発表しても貧民と富者では別世界で、まともな議論も成り立たないような状況になってしまうわけす。CDBの不幸を喜ぶ向きも多いことは想像出来ます。事件発生から時を経ずして、ウェブサイトでの雨あられのバッシングが行われたのも、このような事情があることがバックグラウンドにあります。資金を集中させれば良い研究がうまれるだろうというのは、ありがちな素人のサル知恵で、ひとつのほころびから全体がガタガタになってしまうというリスクもありますし、大事な芽が育ちにくいという問題もあります。たとえば日本の芸能事務所がジャニーズと吉本だけになったら、どんな芸能界になるのか予想してみてください。
この本は手堅くまとめられていて私は高く評価しますが、一つ残念なのはタイムテーブルがないということです。これは画竜点睛を欠きましたね。特許とインサイダー取引の件もつっこみ不足でした。最後にひとつ感じたのは、須田さんもNHKに抜かれて残念だったことを何度も書いていますが、NHKというテレビ局が特ダネスクープ競争に狂奔するというのはかなり違和感があります。彼らは国民から搾り取った資金を豊富にかかえており、取材費も給料も破格の集団なのですから、もっと上品で堅実な報道に徹するべきだと思います。同じ土俵で戦うのでは民間放送局がかわいそうです。もちろん籾井のような政府の傀儡がトップというのはあってはならないことです。
笹井氏の輝かしい業績
http://www.cdb.riken.jp/news/2014/topics/0829_4980.html
文科大臣の発言
http://www.sankei.com/life/news/140617/lif1406170012-n1.html
解雇しなかった理研
http://www.j-cast.com/tv/2014/08/14213144.html
笹井氏の自殺には裏がある
http://ameblo.jp/usinawaretatoki/entry-11905403872.html
週刊誌の記事
http://matome.naver.jp/odai/2139526990336476601
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40262
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