透過型電子顕微鏡 その4 グリッド
ダイヤモンドナイフは普通ボートとよばれる器の端にとりつけられており、ボートには水を満たしておきます。この水の量が大変重要で、多すぎても少なすぎてもうまく切削された切片が水面に浮かんだ状態になりません。すり切りよりわずかに少ないくらいですが、実際は光の反射具合で精密に判定出来ます。
ナイフ上の切りくずを除去したり、ボートに浮かんだ切片を動かしたりするために、ひとつの道具を作る必要があります。それは睫毛を抜いて竹串にボンドで貼り付けたものです。自分の睫毛を抜くのが嫌な場合、市販されているものを購入することも出来ます。
ボート上の切片を動かすには、睫毛を公園のボートの櫂のように動かして水面に水流を作るという方法を使います。切片と睫毛を直接接触させると、切片が睫毛にまとわりついてくしゃくしゃになります。逆にボートの水面が混みすぎて、一部の切片を捨てたいときは、わざと接触させて水面から持ち上げ捨てることも可能です。
光学顕微鏡を使う場合、切片はスライドグラスで水面から引き上げますが、電子顕微鏡の場合グリッドという専用の丸い網をつかってすくい上げます。網を垂直に水に沈め、そのまま切片に近づけて引き上げます。グリッドは普通直径3mmで、極めて薄いので手では操作出来ませんし、脂質が付着するので触るべきでもありません。操作は専用のピンセットで行います。ですからまず自分が操作しやすいピンセットを選ぶ必要があります。
メーカーによって操作感はかなり違います。私はヴィガーの製品が好きですが、これはあくまでも好みです。ピンセットは左右の長さを正確に同じにするため、顕微鏡下で研がなければなりません。専用の小さな砥石も販売されています。操作しやすくても、うまく砥げないピンセットは使えません。左右の長さが異なると、グリッドをうまくつかめませんし、つかめても落下させてしまうかも知れません。
使うピンセットが決まったら、次はグリッドを選びます。ここで一つの決断が必要です。それは150メッシュ以下の疎なグリッドを使うか、200メッシュ以上の密なグリッドを使うかということです。大きな視野が必要な場合150メッシュ以下のグリッドを使うメリットは大きいですが、ある種の難しい技術が必要です。私の場合も毛根という、電顕レベルでは非常に大きいものを見たかったので、非常に150メッシュ以下のものを使いたかったわけで、実際使ってみたのですが、結局非効率だということがわかって断念し、200メッシュを使うことにしました。
150メッシュ以下のものは開口部が広いので、メッシュの中間部で切片が垂れ下がる可能性が高くなります。そうなると部分的にフォーカスが合っている部分とずれている部分が出来ます。高倍率の写真しかいらない場合は、それでもよいこともありまが、少しでも視野をずらすと、かなりフォーカスもずれることになり、これは好ましい状況ではありません。
このような状況を避けるため、通常はまずグリッドにフォルムバールなどの膜を張らなければなりません。私も最初は膜を作成していましたが、これが微妙に難しい上に、操作の途中で膜が破損する場合も多く、破損した部分に良い視野があった場合がっくりきます。
150メッシュ以下のグリッドを使う場合、高価ではありますが、フォルムバール膜を張った状態のグリッドも市販されています。一発勝負ならこれを購入する手もあるでしょう。膜の厚みの安定性とか、破損がないことを考慮すると高価なだけのことはあります。厚みが適切だと、破損する可能性も低くなります。膜が分厚すぎると、破損はしにくいですがバックが暗くなってしまいます。研究費が麗澤ならば、膜付きグリッドを常用するのもいいでしょう。
膜を張らないとすると、開口部が広い場合グリッドがメッシュと接する部分が少なく、操作の間にはがれやすくなります。したがってメッシュに糊を貼ることになりますが、これが結構やっかいです。糊にべたべた切片がくっつくことになり、ボートに浮かんでいる切片を理想的な状態でグリッドで拾い上げることがなかなか困難な作業になります。グリッドと切片は、近づけると少し反発して離れるくらいが切片の伸展がよくてよい標本ができます。
自分の経験では200メッシュの場合、操作の途中で切片が落ちることはほとんどありませんでした。100メッシュだと染色操作の時にパラパラはがれることがあります。150メッシュが境界線上です。そういうわけで私は200メッシュのグリッド(ギルダーグリッド ヘキサゴナル 200メッシュまたは Thin bar グリッド 200メッシュ)を使うことにしました。
ただやはり200メッシュだと、大事な部分が枠線にかくれて見えないということがしばしばありました。そこでなるべく枠線が細くて開口部が広いものを選びました。開口部が正方形ではなく、正六角形(ヘキサゴナル)になっているものが市販されています。枠線が細いとグリッドの強度は弱くなるので、それを少しでも防ぐため、一番外側の枠線が特別に太いものが市販されています(左図 Thin bar グリッド 200メッシュ、私のお気に入り)。
外側枠線が太いと、ピンセットでつかんだときや、後に説明するグリッドスティックにくっつけてはがすときにグリッドが変形しにくいという利点もあります。グリッドは使用する前の日以前にアセトンに一晩つけて洗浄し、濾紙の上に並べてシャーレに保管しておきます。使用直前にシャーレごと親水性処理装置に入れて、親水処理を行います。ダイヤモンドナイフも同じ装置で親水処理します(処理条件が違うので同時にはできません)。
切片がグリッドにくっつきやすい状態では、切片にシワができやすくて困ります。またダイヤモンドナイフが疎水性になっていると、うまく切片が水面に落ちていきません。
グリッドとナイフの親水処理には。例えば下記の様な器機が利用出来ます。その他にも様々な方法があるようですが、私はやったことがありません。
http://www.ipros.jp/product/detail/2000060368/
(つづく)
| 固定リンク | 0
「生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事
- 続・生物学茶話211:脳神経の入出力(2023.05.23)
- 続・生物学茶話210 脳神経整理(2023.05.09)
- 続・生物学茶話209 栄養と呼吸のために(2023.05.03)
- 続・生物学茶話208 脊椎動物の脳を比較する(2023.04.20)
- 続・生物学茶話207: われら魚族(2023.04.10)
コメント