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2014年4月 5日 (土)

毛髪夜話1 毛髪科学のスタート

Hitsujiヒトは進化の過程で体毛をほとんど失ってしまいました。その理由はいろいろ推測されていますが(1)、本当のところはわかりません。クジラやイルカに体毛がないのは、水中では毛の保温機能と紫外線からの保護機能が無意味になることから納得できます。水は比熱が大きいのでそれ自体で高度の保温機能がありますし、紫外線を吸収することもできます。クジラやイルカは一生をほとんど水中で過ごすので体毛が必要ないわけですが、さらに音波や超音波で周辺の状況を把握できるので、感覚毛(=ヒゲ)も不要になったのでしょう。しかし地上で生きている哺乳類や、エサは水中で採るが地上でも生活する海獣タイプの哺乳類についてみると、毛が退化している種はきわめて少ないですし、霊長類ではヒトだけです。

私は(1)のジャブロンスキー教授の説:ライフスタイルの変化による体温上昇を防ぐため毛が失われた・・・には納得できません。草原で狩りをするために走ることが必要で体温上昇が困るというなら、チーターに毛があるのはおかしいと思いますし、狩りをするのは男性だけと思われるので、体毛形成の遺伝子が壊滅するというのは考えにくいと思います。紫外線によるダメージについても、森林より草原の方が大きいでしょう。むしろ衣服をまとうことが日常化したため、大きなエネルギーが必要な体毛形成をサボタージュすることになったのだと思います。

毛が退化してきたヒトは衣服の材料をいろいろ探したと思いますが、少なくとも紀元前3000年頃には一般的に羊の毛を利用することをはじめたようです(2)。ウィキペディアのヒツジの記事をみると、紀元前6000~7000年前にはメソポタミアでヒツジが家畜化されていたという記載があります。ただこれは食料として用いられていた可能性が高いと思われます。ヒトは体毛を持たないが故に、衣服に用いる毛については昔から大きな関心を持っていました。サイエンスの観点から見ると、1836年に Gurlt が毛は表皮から生じたものだということを報告しています(3)。さらに1850年には Koellinker が、表皮の一部が皮膚の内側に伸びて分化することによって毛ができることを報告しています(4)。

ヒトはよりよい衣服用の毛を求めてメリノ羊を作り出しました。メリノ羊は最初トルコのアナトリアで作られたとされていますが(5)、その後スペインに持ち込まれて14世紀以降大量に生産されました(2、ただしメリノ羊はスペイン王家が管理し、18世紀に至るまで国外持ち出しは禁止されていた)。ヨーロッパ全体にメリノ羊が普及すると、その品質改良のための研究のひとつとして、毛の構造解析が進みました(6)。一般にラテン系の人々は学術研究にはあまり関心がなく、ゲルマン系・ユダヤ系の人々は研究が好きなようです。

毛には普通独自の寿命があって、一定期間が過ぎると抜け落ちて生え替わるという性質があります。例えばヒトの場合数年のサイクルで抜けて生え替わります(7)。毛が抜け落ちるというのは、異常に毛が長くなって動きにくくなるとか、気温が上がったときに暑苦しいとかの不都合を防ぐためのメカニズムと考えられます。ところがメリノ羊の場合、毛はどんどん伸びるばかりで抜け落ちることがないのです。このような性質は生存には不都合ですが、ヒトが毛を生産して利用するには便利な性質です。

1)http://www.nikkei-science.com/page/magazine/1005/201005_030.html
2)http://www.numei.com/aboutmerinowool.htm
3)Gurlt EF: Untersuchungen ueber die hornigen Gebilde des Menschen und der Haussaeugethiere, Magazin fuer die gesammte Thierheilkunde, Berlin, II, 201-216 (1836)
4)Koellinker A.: Ueber den Haarwechsel und den Bau der Haare, Zeits. wiss. Zool. II 71-84 (1850)
5)http://www.ansi.okstate.edu/breeds/sheep/karacabeymerino/
6)Sticker A.: Ueber die Entwicklung und den Bau des Wollhaares, nebst einem Anhang ueber das Wollfett, Landw. Jb. XVI 625-657 (1887)
7)http://www.kao.com/jp/haircare/thining_01.html

(写真はフリーフォトサイト足成より拝借)

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