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2013年6月 2日 (日)

生徒小沢一郎に小出裕章助教が講義+TPP

原発事故についての京都大学・小出助教の発言は、彼が発言した後に起こったことやわかったことを考えると、ほぼ正しいと思っています。その小出裕章氏が小沢一郎氏にめずらしくスライドを使わずに、言葉だけでわかりやすく原発事故と今後の事故処理について解説しています。

http://www.youtube.com/watch?v=lkVyQrT7sUU&feature=youtu.be

あれだけの事故を経験しておきながら、世界の趨勢は大量の原発建設の方向に動いており、日本のメーカーも安倍総理まで使って必死の売り込みです。原発建設は日本が作らなくても他の国がやってしまうのでどうしようもありません。こうなったらいっそのこと数百機の原発を世界各地にじゃんじゃん作ってしまって、さっさとウランを枯渇させてしまえば良いと思うくらいです。ウランが枯渇する前に中国・韓国・日本中西部の原発がメルトダウンしないよう祈らなければなりませんが。

諸悪の根源はグローバルレベルの自由競争です。原発建設もとりあえずグローバル経済戦争に打ち勝つためには、エネルギーコストをやすく上げなければいけないということなのでしょう(実は廃炉まで考えると、事故がなくても膨大なコストがかかるのですが)。

グローバル自由競争によって人間の欲望が自然環境を荒廃させ、それでも地球が保つような英智は人間にはありません。雨後の竹の子のような原発建設のことを考えても、人間のどうしようもない愚かさは明らかでしょう。他の生物と違って人間は管理されなければならないのです。特に新自由主義者にはこのことをよく考えて欲しいと思います。

京大佐伯教授はTPPの問題点を明確に述べています。
『経済学の犯罪』著者・佐伯啓思 講談社現代新書 (2012年刊)

Imgsaeki

このなかで著者が紹介している見方に興味を引かれました。それはエマニュエル・トッドのグローバル経済競争と民主主義は両立しないという予測です。TPPなどのグローバル経済システムによってこっぴどくやられた国の民衆は、そのような状況を打ち破るべく、国粋主義的な独裁政権を選択するであろうということです。グローバル経済競争で利益を得ているのは巨大なグローバル企業であり、政治にも大きな影響力があります。それに打ち勝つには独裁政権の選択しかないのかもしれません。

フランスではEUを脱退するという右翼ル・ペン一派や左翼メランションが勢力を伸ばしています。ル・ペンと関係深いのは日本では一水会だそうですが、その一水会の鈴木邦男が辻元清美の応援団になっていることから、日本でも(右翼+左翼)vs(グローバル競争支持者)という図式がはじまっているように思います。
http://www.kiyomi.gr.jp/supporters/

もっとも、日本ではあまりにマスコミによるマインドコントロール(自由主義経済=絶対の善)が行き届いているため、むしろ貧民(右翼・左翼)の言論を弾圧する傾向が増すだけだと思いますが・・・。

さらに佐伯氏は根本的に重要な指摘をしています。

(引用開始)

市場競争か安定重視か。この7月から日本は環太平洋連携協定(TPP)への交渉に参加することとなった。 昨年来、賛成、反対の両論がとびかい、世論は二つに割れており、与党の中にも賛成、反対の両論がある。 つまり、たいへんに判断しにくい問題なのである。 判断しにくい理由は、もっぱら議論が「利」のレベルで行われるからである。 つまり、利害得失がもっぱらの関心になっている。 利害得失からすれば判断は難しい。 それもそのはずで、まだルールが定まっていないのだから、利害得失を推定することはできるはずはない。 事態は交渉次第だということになるだろう。 では、この「利」の議論ではなく、もっと原則的な論点はないのであろうか。 私には実は、原則的な点で、きわめて重要な論点があるように思われる。 しかもそれはこの間、ほとんど論じられたことがない。

TPPは規模の大きさと影響力からすると日本の場合、米国との攻防が決定的な役割を果たすが、私には、この攻防の焦点は、 双方の「利」に関わるというより、両国の「価値」に関わる問題だと思われる。 米国社会にはいくつかの軸になる価値観があるが、こと近年の経済についていえば、基本的に市場競争普遍主義というべき立場にたっている。ここで「普遍主義」というのは、市場競争はすべての国や地域に適用されるべきだという意味であると同時に、 それはあらゆる分野、領域に適用されるべきだということだ。 ようするに農業であれ、医療であれ、教育であれ、労働であれ、それらを自由に取引される商品として扱い、市場を形成して競争させるべし、という考え方である。 原則としてすべてのものは市場競争という画一化されたルールのもとにおかれるべし、ということだ。

この市場競争主義が、衣服や自動車や電気製品やコンピューターなどといった「生産物」のレベルで唱えられている分にはさして問題ないが (もっとも米国は自動車には関税をかけろといっているが)、それが、労働や資本や土地や資源という「生産要素」や、 さらには食糧、教育、医療、福祉、さらには電力や水といった「生活関連財」にまで及んでくると深刻な問題が生じる。

雇用や労働の移動を過度に自由化して競争にさらすと所得格差が生まれ、社会がかえって不安定になる。 資本もあまりに自由化し過ぎると、まさに今日の世界のように、株価や為替の乱高下を生み出したり、投機資本によるバブルがつくりだされたりする。食糧にせよ、医療にせよ、教育にせよ、福祉にせよ、まずは、日本国中、どこであってもおおよそ同質のサービスが受けられるのが基本であって、 それは市場競争主義でなされるべき分野ではない。 それは、われわれの社会生活の基盤になるもので、自由競争になじむものではない。

ここには、「経済」についての二つの見方がある。 一つは、経済とは、個人が自由に競争して自己利益をめざす活動であり、その結果として効率性が高まり、経済成長が可能となる、という考えだ。 市場競争主義の立場である。 もともと個人主義、能力主義、競争主義をという価値を強く信奉している米国が、このような経済観を打ち出すのは当然であろう。

しかし、もう一つの見方は、経済とは一方で競争によって効率性を達成すると同時に、他方では社会生活の安定性を確保するものであって、 市場競争原理は必ずしも、「生産要素」や「生活関連財」には及ばない、とするものである。重要なのは、個人の能力の発揮よりも社会の安定であり、人々がつくりだす組織や地域であり、全体的な平等性の確保にある、という考え方である。 明らかに日本の価値観はこれに近い。

英語で「エコノミー」が節約や効率化を意味するのに対して、日本語の「経済」は「経国済民」であることからも、この違いは歴然としているだろう。TPPも煎じつめると、経済をめぐるこの二つの価値観の対立であり、どちらを取るかという対立とみるべきである。

(引用終了)

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最近、中国がTPP参加をちらつかせていますが、これは日本政府には想定外でしょう。一体何が起こるのか、想像もつきません。中国が参加すると、野菜はほとんど中国産になってしまうのか? 以前は中国産の残留農薬が問題になっていましたが、いまや放射能汚染のことを考えると中国産の方が安全かもしれないので・・・。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM3105H_R30C13A5FF1001/

最近パソコンを買ったときに気がついたのですが、日本では家内工業的に作っているパソコン用電源を、中国では従業員1万人の企業がつくっているということに驚愕しました。日本のパソコン部品メーカーは全滅するのではないでしょうか。携帯電話も同様でしょう。

白もの家電なども、日本のメーカーやサムスンなどはハイアールなどにやられて、拠点をミャンマーあたりに移さざるを得なくなるのではないでしょうか?

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