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2013年1月19日 (土)

菅直人 著 「東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと」

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「東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと」菅直人著 幻冬舎刊(2012年)

3.11のときに総理だった菅直人氏自身の著述です。もちろん意図的に書かなかったことや書けなかったことはあるでしょうが、まわりの人や評論家が書いたものより信憑性は高いでしょう。彼の支持者も批判者も一読すべき本だと思います。

彼にとって最初の誤算は、法律的にも実際的にも事故対応の中心となるべき原子力安全・保安院が全くあてにならない組織だったことです。最初に院長が説明にやってきたときに、怪しい説明だったので確かめたところ、実は院長は経済学部の出身で原発については素人だったことがわかりました。菅氏が不審を抱いたのは、院長が自分が素人なら専門家を帯同して来るべきところ、一人でやってきたことです。これではお話になりません。代わりにやってきた次長も専門家ではなく、結局3日後に経産省の専門家を異動させて対応するというありさま(はじめて知りました)では、もう官邸が直接対応するしかありません。

さらに大きな誤算は、法律で事故対応の中心として定められているオフサイトセンターが全く機能しなかったことです。まず現地で指揮するはずだった池田副大臣が交通渋滞のためになかなかたどり着けず、実働部隊となるべき近隣自治体の職員も被災とか道路寸断でたどり着けない上、センターが停電で通信設備が使えないとなれば、ある意味超法規的にやるしかないというところに菅氏は追い込まれたわけです。ここで文系の総理なら班目原子力安全委員会委員長あたりに丸投げということになったと思いますが、菅氏はなんとか官邸で対応しようと決断したのでしょう。

あと頼りになるのは当事者である東電しかありません。東電が言うにはともかく電源車が欲しいということで、電源車の手配を官邸がやるという信じられない事態になりました。ともかく電源車はたどりついたわけですが、プラグがつながらないという失態で、実は東電も原発の細かいところには詳しくないということが露呈しました。このときに菅氏が感じた孤独と戦慄はいかばかりのものだったでしょうか?

菅氏が福島第一原発のサイトに自らヘリで降り立ったことに批判がありますが、私は当時の状況や菅氏の心情を考えると、やむを得なかったことと思います。そこで吉田所長という唯一頼りになりそうな人物と会えたことが、菅氏にとって大きな支えになりました。なぜベントができないかという理由もわかったので精神安定剤にもなりました。このあたりの情報伝達も東電は頼りになりませんでした。

もうひとつ菅氏が批判されるのは、海水注入を遅らせるよう指示したという点ですが、彼はこの本の中で「私あるいは官邸の政治家が海水注入をやめさせる指示を出したことはない。むしろ私たちは早く注水するように指示していた」と述べています。しかしよくその後を読んでみると、菅氏が「海水を注入すると再臨界するのではないか」と質問すると、班目委員長が「その可能性はゼロではない」と言ったという記述があります。そこで菅氏は中座したわけですから、その場に居た人々は現場に海水を注入しろという指示はだせないでしょう。結果的に総理の指示がないから注入がおくれたということは事実でしょう。実際は官邸の一員だった武黒フェローの制止を無視して、吉田所長が海水注入を断行していました。ホウ酸をいれると再臨界は起こらないと判断したわけです。

東電本店に統合対策本部を作ったのは菅氏の英断だったと思います。ここから連絡で問題が生じることが少なくなりました。

菅氏が指示したことで疑問なのは、明らかに焼け石に水で実効性のないヘリからの注水ですが、この本から読み取れるのは国連や米軍の支持を得るためのプロパガンダだったということでした。これは私もどう評価して良いのかわかりませんが、あまり愉快な作戦ではありません。SPEEDIの件は官邸の事務職員と文科省の役人がにぎりつぶしたことが明らかになっていますが、もともと仮定の数値をいれて計算した値しか提供されていなかったので、彼らが重要な情報ではないと判断して上にあげなかったとしても、責任は感じるべきだとは思いますが、罪に問うというわけにはいかないでしょう。

この本を読んで一番驚いたのは、浜岡原発の停止については菅氏が言い出したのではなく、当時の海江田経産大臣と経産官僚が相談してシナリオを書いたものらしいということです。彼らのもくろみとしては、浜岡原発を生け贄として原発を拒否する国民に差し出し、他の原発の稼働を許してもらおうということだったという意味のことを菅氏は書いています。菅氏はその路線にのらず、すべての原発を止める方向に舵を切ったので、海江田氏と経産官僚=東電はあわてふためいて菅おろしに走り出したというわけです。

それからのマスコミの菅批判はおぞましいほどのものでした。国民に徹底的にアンチ菅をすり込もうという露骨な番組づくりで、多くの芸能人までこれに協力していました(彼らは今反省しているのでしょうか)。菅氏は総理として90点くらいのことはやったとおもいます。この本には書いてありませんでしたが、官邸はもっとヨウ素剤の早期配布について配慮すべきだったのではないかというのが残念な点です。<菅直人首相は12日午後の与野党党首会談で、放射性物質が漏出した東京電力福島第1原子力発電所の周辺住民らに、 ヨウ素剤の配布を検討していることを明らかにした>という報道があったそうですが、ソースがみつかりません。総理周辺が検討していたにもかかわらず、早期配布はうまくいかなかったか、誰かが握りつぶしたのでしょうか。

ヨウ素剤
http://nanohana.me/?p=5873
http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/e20eb55ee52fe951f1394956a703eb4d

最後に菅氏の言葉を引用します:
「まず。私たち日本人が経験した福島原発事故が、国家存亡の危機であったという共通認識を持ち、そこから再スタートすべきだ。それを忘れた議論、無視した議論はまさに「非現実的」な議論だ」

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