「ノックアウトマウスの一生」 八神健一著
いまや基礎医学や生物学の研究分野での実験動物としては、圧倒的にマウスが幅をきかせており、マウスを使っていない研究者は辺縁領域の変わり者とみられるくらいです。私的にはこのような状況はどうかと思うのですが、それにはそれなりの理由があることもまた事実です。その第一はノックアウトマウスの発明で、現代生物学を理解するにはこのマウスについて知ることが必須です。
「ノックアウトマウスの一生」八神健一著、技術評論社2010年刊。¥1,580
実験用マウスのルーツからはじまって、マウスの性周期や交尾、発生、トランスジェニックマウス、ノックアウトマウス、遺伝子の機能解析、癌研究、筋ジストロフィー、クローン動物、特許問題、倫理と、マウスを用いた現代科学の課題を全面展開した本です。よくこれだけの内容を200ページあまりの小冊子にまとめられたと思いました。
ただ「はじめに」に書いてあるような「一般向け」の本ではありません。理解するには分子生物学の正式な入門書を読み終えておくくらいの素養が必要です。図表に「胃に分化する」と書けばいいところ「胃に分化するよ」などとわざわざ記述してあるところをみると、著者はマジに一般向けのつもりだったのかもしれませんが、それは無茶というものでしょう。
マウスの身体検査・スポーツテスト・知能テスト・ras・p53・筋ジストロフィー・クローン動物などはそれなりに面白い話題ではありますが、そこまで手をひろげるより、分子生物学の基礎について少し解説しておいた方が、「一般向け」の本として考えるなら適切だったのではないでしょうか。最低でもDNAの組み換え機構とか、遺伝子の発現制御などについては解説が必要だと思いました。
一方分子生物学の基礎知識があり、他分野の研究を行っている学生などにとっては、知識を整理する上で有意義な書物だと思います。このような読者にとっては、いろいろ手を広げて書いてある部分も、非常に興味深く感じられるでしょう。本書の中心的テーマではないと思いますが、p53ノックアウトマウスのホモとヘテロ、ヒトのリ・フラウメニ症候群で発生する癌の種類が違うとか、アンチセンスmRNA を使って筋ジストロフィーの治療ができる可能性とかは興味深く読ませてもらいました。
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