研究と特許
昔はそんなことはなかったのですが、現在研究者達は非常に細かい成果についてもパテントを取って、それによって評価されるというシステムができあがっています。これは全くUSA流のやり方を踏襲したものです。こういうやり方が主流になると、何か研究しようと思っても、無数のパテントが障害になって難しい問題が積み上がり、暗礁に乗り上げてしまうと思っていました。
今その本家本元のUSAで、予想されたパテント関係の深刻な問題が起こっています。事のはじまりは、スウェーデン変異という早期にアルツハイマー病になる家系がスウェーデンにあり、その遺伝子のDNA配列をマイケル・マランという研究者が解明して特許を取ったのですが、彼はその特許を1995年にAIA(米国アルツハイマー研究所)に売却したということです。
一方NIH(米国国立衛生研究所)は傘下のジャクソンラボラトリーに、動物実験によるアルツハイマー病の研究を促進する目的で、この変異遺伝子を組み込んだマウスを作成・販売させました。多くのアルツハイマー病研究者や製薬会社はこのマウスを購入して治療薬の研究を行いました。
これにブチ切れたのはAIAで、特許権の侵害だとしてジャクソンラボラトリーだけでなく、ペンシルベニア大学、ファイザーやイーライリリーなどの巨大企業などを提訴して争っています。AIAはさらにジャクソンラボラトリーに顧客名簿を提出させ、個人の研究者も提訴しようとしています。これが実現すると破産する研究者も出てくるでしょう。
この結果米国におけるアルツハイマー病の研究は遅滞し、一番被害をうけるのはアルツハイマー病の患者ということになります。私はそもそもDNAの配列に特許権を持ち込むというのは無茶な話で、この話に限らず、多くの研究者が利用するリソースにはなるべく特許権によるトラブルが発生しないよう法律で規制すべきだと思いますし、大学や研究所における研究が過度の拝金主義に陥らないよう国は配慮すべきだとも思います。
小泉・竹中路線によって、大学や研究所の自己裁量の資金は減少し、官庁や企業が選別するテーマでしか研究できないようになりました。この制度は小泉・竹中路線が破綻した後も変わっていません。しかも最近は大学の事務職だけでなく、教育職にも官僚の天下りが目立っています。企業への天下りが窮屈になってきたので法人化された大学が狙われているわけです。そういう連中がテレビに出演して、政府の批判をやって喝采を浴びたりしているわけですから、茶番もきわまれりです。大学の構内に交番があっても大学自治は破壊されると思いませんが、このような制度のなかでは大学の自治なんて無いも同然です。
Source: Patent disputes threatens US Alzheimer's research. EC Hayden, Nature 472, 20 (2011)
画像:ウィキペディアより
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