ヒ素生物の驚異
12月2日のサイエンスにびっくりする記事が出ていました。新聞でも報道され大騒ぎです。その内容はリンの代わりにヒ素を利用して生きている生物が、カリフォルニアのモナ湖に生息していることが判明したというものです。この生物は好塩菌の一種でGFAJ-1とよばれています。
モナ湖というのは水の出口がなく、ヒ素が高濃度に濃縮されているそうです。そのような環境に長年暮らしているうちに、リンをヒ素で代替するように進化したのでしょう。トレーサー実験でヒ素はDNAにも取り込まれているらしく、そうするとDNA・RNAの構造は図のようになります。
DNAというのはバクテリアからヒトまで、あらゆる生物が遺伝の担い手として持っているもので、たとえばひとりの人間が持つDNAの長さは1000億キロメートル以上にもなります。地球と太陽の距離が1.4億キロメートルですから、この長さがどんなものか想像できます。
DNAを発見したのはフリードリッヒ・ミーシャーなのですが、彼は死ぬまでDNAをヌクレインと呼んでタンパク質の一種だと考えていたので、本当の発見者は共同研究者のリヒャルト・アルトマンだとも考えられます。アルトマンはミーシャーの死後、ヌクレインを精製し、これをリンを含む酸性物質として nucleic acid と名付けました。
このアルトマンという人は謎の人物で、私も永年彼の写真を探していますが、一度もみかけたことがなく、イメージを抱くことができません。彼はミトコンドリアの発見者でもあるようですが、その割には不当に低く評価されているように思います。彼は1900年に亡くなっていますが、幸いにして最近彼の著書がドイツで復刻されています。
そしてミーシャー&アルトマンのDNAはその後の研究により、RNAウィルス以外のすべての生命体の遺伝情報の化学的実体であることがわかりました。それが今回の発見により根底から覆されることになったのです。DNAはデオキシリボースという糖とアデニンなどの塩基の組み合わせがユニットで、各ユニットがリンでつながっているという構造になっています。そのリンがヒ素でもOKというわけです。
ヒ素はDNA・RNAのリンだけでなく、生物のエネルギーの根源であるATPのリンもヒ素が代替しているわけで、こんな根源的で大規模な変化がどのような進化のプロセスで実現したのか想像できません。DNA・RNAを加工する多数の酵素、およびATPを利用している多数の酵素がすべて変化しないとヒ素生物は実現しません。たとえばDNAポリメラーゼ1はリンDNAを合成し、DNAポリメラーゼ3はヒ素DNAを合成するということになると、生物は無茶苦茶になってしまいそうです。それを考えると、ひょっとすると生命の起源がふたつあったという考え方も、現時点では否定されていますが、あながち無視するわけにはいかないのではないかと思います。
参考文献:
Science
http://www.sciencemag.org/content/early/2010/12/01/science.1197258
NASA
http://www.nasa.gov/topics/universe/features/astrobiology_toxic_chemical.html
| 固定リンク | 0
「生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事
- 続・生物学茶話254: 動物分類表アップデート(2024.12.07)
- 続・生物学茶話253: 腸を構成する細胞(2024.12.01)
- 続・生物学茶話252: 腸神経(2024.11.22)
- 続・生物学茶話251: 求心性自律神経(2024.11.14)
- 続・生物学茶話250: 交感神経と副交感神経(2024.11.06)
コメント