レーウェンフック
顕微鏡の原点はメガネです。14世紀にはイタリアでレンズを磨く技術が発達し、よいメガネができるようになりました。1590年にはオランダのメガネ磨き職人だったハンセン父子が二枚のレンズを筒の中に固定して、顕微鏡を制作したという記録があるそうです。1667年にはロバート・フックが顕微鏡による観察結果をまとめて学術雑誌に報告しています。その中で有名なのは、教科書にもよくみられるコルクを薄く切ってみると蜂の巣のような六角形の繰り返し構造が見えるという結果です。
(肖像はウィキペディアより)
この六角形で囲まれた空間をフックは cell と名付けました。当時 cell というのは修道院で修道僧が修行する小部屋のことで、フックはそれをイメージして cell と呼んだようです。このことから細胞の発見者はロバート・フックであるとされています。ロバート・フックは弱冠27才で Royal Society of London の評議員に選ばれているほどのエリート科学者ですが、顕微鏡による生物学を大幅に進展させたのはアントニ・ファン・レーウェンフック(1632 - 1723)というオランダ人の織物商人でした。彼は若い頃から生物学に関心があり、かつレンズを研磨する技術を習得していたので、生涯の趣味として顕微鏡を自作し(500台以上制作したと言われています)、それでいろいろなものを観察し、するどい生物学的な考察を展開しました。
レーウェンフックは池の水に住むプランクトンや胡椒を浸した水にみられるバクテリアなどを観察して、結果を Royal Society of London に手紙の形で送りましたが、直ちには信用されず、真偽を確かめるためにロバート・フックが自宅までやってきました。もちろん結果が真実であることをロバート・フックは確認し、1670年代から50年間にわたってレーウェンフックは多くの報告を Royal Society of London に送ることになりました。48才のときに Royal Society of London のメンバーにもなりました。
レーウェンフックの業績は多岐にわたっており、寄生虫のアニサキス、アブラムシ(アリマキ)の体内に住む共生微生物や、乾燥させて仮死状態になった生物を水にもどすと生き返るという最近一部の生物学者に流行している現象の発見も行っています。当時昆虫は植物の種から発生すると言われていたのに対して、親の産んだ卵から発生するとか、微生物の誕生や接合の研究などから、パスツールが提唱するずっと前から生物の自然発生説を否定する考え方を発表していたそうです。パスツールもレーウェンフックの考えを引用しています。シュライデンとシュワンが細胞説を発表したのは1839年、パスツールが自然発生説を否定する学説を発表したのは1861年ですから、レーウェンフックがいかに先進的な生物学者であったかということがわかります。
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