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2010年1月17日 (日)

阪神大震災の思い出

幸いにして新幹線で新大阪までは到達することができました。JRで大阪駅まで行き、そこから阪急電車は兵庫県にはいったあたりまで動いていました。15年前のことです。私は水や食料をつめこんだ旅行バックをゴロゴロひいて、徒歩で神戸へと急いでいました。西宮あたりから倒壊した家が増えて、震災のひどさを次第に実感させられました。歩いたことのない道でしたが、神戸に向かう人がぞろぞろ歩いていたので、同じ道をたどりました。

国道は歩道が瓦礫で埋まっていてバッグを引いて歩けず、かといって車道を歩くのは非常に危険でした。裏道を歩いていると、倒壊したビルや線路脇の道に転落した阪急電車などが放置されてあり、背筋が凍り付きました。倒壊した家の前の庭に犬小屋だけがポツンと置いてあって、その横に呆然と犬が立ちすくんでいるのが強く脳裏に焼き付いています。すべての商店が開いていなかったので、空腹にも耐えなければなりません。たっぷり半日歩いて、夜遅くやっと東灘区の実家にたどり着きました。

神戸の家はなんとか倒壊を免れ、家人も無事だったのでホッと安心しました。翌日近所の家の屋根にブルーシートをかけていた人がいたので、「うちにもお願いできませんか」と声をかけてみると、そういう仕事の人だったので、うちもやってもらえることになりました。これがないと屋根瓦が落ちているので、雨が降ると家が使えなくなります。まあ最終的には柱が曲がっていたりして、家は取り壊すことになりましたが、しばらくは使えたので有難いことでした。

食料は配給があり、数日後には商店も開き始めたので、それほど困りませんでしたが、本当に困ったのは水です。飲料水もさることながら、最大の問題はトイレの水です。これを確保するために午前中をすべて使い切るくらいでした。震災に備えるインフラは何にもまして井戸です。これは経験したものとして断言できます。そのうち姫路の親戚が車に大量の食料と水を積んで運んでくれたので、非常に助かりました。電気だけは比較的はやく復活しましたが、水とガスはかなり回復が手間取りました。

私の実家も含め、多くの木造住宅やビルが使用不能になる中で、積水ハウスは一軒も倒れなかったというのは示唆的でした。柱でささえる家より壁で支える家の方が、圧倒的に震災に強いことが証明されました。東京であのような地震が発生したら、大変なことになると思います。いろんな訓練などはやっていますが、井戸を増やしたと言う話は聞きませんから、地域によってはいざというときに水がなくて本当に困ると思います。

最近の電車をみていると、冷房効率を良くするためか、窓が開かない仕様の車両が増えています。あれは地震で脱線したときなどは怖いですよ。近くの窓から脱出できませんし、火が出たら万事休すです。オウム事件もまったく教訓になっていませんね。驚いたのは都営地下鉄大江戸線です。一番前と後ろにしか脱出口はなく、列車の横は壁までぎりぎりなので通れないという話です。運転手が失神して列車が暴走してきたら、そちらの方向におりた人は全滅です。大昔に作られた銀座線や丸の内線にも劣るような安物の地下鉄をどうして作ったのか?都の良識を疑います。

東京に帰るときには芦屋あたりまでは阪急電車の線路を歩きました。脱線した電車は除去されていました。夙川あたりで開店していたパン屋さんがあり、久しぶりで食べたパンがとてもおいしく感じました。パンが焼けるにおいもとても懐かしく感じました。西宮まで来ると、阪急電車で梅田までいけることがわかってやれやれでした。

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