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2009年8月21日 (金)

DNAポリメラーゼ:Yファミリー

200pxdna_replication_split_svg_2 ヒトの体は約60兆個の細胞からできていますが、もともとは1個の受精卵だったわけですから、気が遠くなるほどの細胞分裂が繰り返されたことになります。しかも体が完成された後も、細胞は新陳代謝され、特に血液、皮膚、毛髪、腸の細胞などは頻繁に置き換わっています。例えば「うんち」の成分は、水を除けば半分近くが腸壁の細胞の死骸で、毎日それだけの細胞が死んで新しい細胞と入れ替わっているわけです。

細胞が増殖するには、その細胞が持っている遺伝情報すなわちDNAも倍加しなければなりません。このコピーはコンピュータのように簡単にはいきません。多くの酵素がかかわって行われる複雑な化学反応が必要な芸術的プロセスです。なかでもその主役はDNAポリメラーゼという酵素です。もちろんすべての生物はDNAポリメラーゼを持っています。

DNAポリメラーゼには進化上関連がある、AーE, X,Y,RTのファミリーがありますが、私たち真核生物ではB,X,Yが重要です。DNAポリメラーゼが反応を開始するには2番目の図の1のように-OH基と鋳型DNAが必要で、鋳型DNAに対応するDNAを合成していきます。DNAの情報とはATGCの4種の文字(実際には4種の有機塩基)からなり、それぞれ相方が決まっていてAにはT、GにはCという組み合わせになっています。例えばATGCを鋳型とするとTACGというDNAが合成されます。

DNAは最初の図のように2本鎖からできていますが、DNAを複製するにはまず2本鎖を開いて1本鎖にし(2番目の図の3)、それぞれに-OH基を作らなければなりません。ところがDNAポリメラーゼは鋳型があっても-OHがないと働けないので、-OH基をつくることができないという矛盾が生じます。ここで巧妙な技が使われます。RNAポリメラーゼという酵素は-OH基なしでRNAを合成できます。これを利用してとりあえずRNAを作って(2番目の図の4:緑色の部分)RNAの端の-OHからDNAポリメラーゼによってDNAを合成し、あとで余計なRNAをDNAと置き換えるという手順でDNAを複製します。この過程にDNAポリメラーゼα(Bファミリー)が関与します。

Dna_2 鋳型DNAの片方は素直に端からDNAポリメラーゼε(イプシロン Bファミリーに所属)によって複製されていきますが、DNAには方向性があり、もう1本のDNAは逆方向に不連続的に合成されていきます(2番目の図の3)。こちらはDNAポリメラーゼδ(デルタ Bファミリーに所属)によって複製されます。これらのプロセスは特別なシステムで校正しながら行われ、コピーにミスが生じる可能性は極めてまれです。

しかし今日の本題はこれらの通常のDNA複製を担当するDNAポリメラーゼについてではありません。DNAは細胞内で生成される化学物質や、外界から照射される紫外線や放射線によって絶え間なく損傷を受けます。哺乳類では1日に約30,000ヶ所ものDNA損傷が発生するといわれています。これを放置すると細胞は増殖できなくなり、特に幹細胞が損傷を受けると致命的です。単細胞生物では即細胞死につながるかもしれません。そこですべての生物はこの損傷を修復する機構をもっています。

この修復機構には2種類あり、ひとつはXファミリーの酵素群がおこなうもので、エラーが生じた部分を切り取って正しいものに入れ替えたり、2本鎖ごと切れたDNAを修復します。もうひとつはYファミリーの酵素群がおこなうもので、DNAの損傷を乗り越えてDNA合成ができるという特殊なプロセスが可能です。このプロセスでは、基本的にはエラーを正確に修復しないで無視します。おそらく緊急に修復しないとBファミリーによる通常のDNA複製が行われなくなって困るときなど、エラーを無視してもDNA複製を続けることにメリットがあるのでしょう。しかしその結果突然変異が増加することは避けられません。癌になることもあるでしょう。

主要なYファミリーDNAポリメラーゼはRev1とPolζ(ジータ)で、酵母からヒトに至るまでの真核生物で保存されている超重要な酵素です。紫外線などさまざまな損傷から修復なしでDNAの連続性を維持するために使われます。もしこれらの酵素がないと、DNAの断点を含む長大な染色体領域に、他の部分の染色体を持ってきて入れ替えるなどの無駄に大がかりな修復が行われ、これは細胞死や癌化の確率を飛躍的に高める結果になります。Yファミリーによる処理の場合は、その生物が環境の変化などによる緊急な突然変異を必要とする場合、逆に長い目で見ても有益な場合もあるようです。

同じくYファミリーのDNAポリメラーゼη(イータ)は変わった酵素で、Yファミリーでありながら突然変異を増加させない形でDNA修復を行う機能を持ってるようです。ヒトでこの酵素が欠損すると、紫外線で癌を発生するXPという病気になる(したがって一生太陽光に皮膚をさらすことができません)ことがわかっています。この酵素も酵母からヒトまで遺伝子が保存されています。このようにDNAをつくる酵素は一つの生物種について15種類くらいあり、それぞれ異なる役割を果たしています。またある酵素が欠損した場合、代役として作用する場合もあるようです。

1) Lindahl et al., Repair of endogenous DNA damage. Cold Spring Harbor Symp Quant Biology 65, 127-133 (2000)
2) Waters et al., Eukaryotic translesion polymerases and their roles and regulation in DNA damage tolerance. Microbiol Mol Biol Rev 73, 134-154 (2009)

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