メタゲノミクス(うんちの話)
パスツールやコッホ(写真 ウィキペディアより)の昔から、微生物の研究は菌をシャーレなどで培養し、純粋なコロニーをとりだして分析するという方法に変わりはありませんでした。しかし10年くらい前からメタゲノミクスという言葉を聞くようになりました。
ゲノミクスとはゲノム学ですが、まあDNAの研究を中心とした遺伝学でしょう。メタはいっしょくたという意味です。いっしょくたというのは菌の純粋培養により、単一の菌種を分離して研究するのではなく、ある特定の環境にいる生き物全部のDNAをまとめてとりだして研究するというものです。
細菌のなかには、人が大腸菌などの培養で最適と決めた培養液などの中では生育できないものが数多く存在し、むしろそれが普通なのです。人の腸の中に住んでいる細菌ですらそういうものが多いようです。まして特殊な土壌の中に生息している菌などを培養するのは困難です。
ウィキペディアによると・・・かつては子供の本などで、「大便は食べ物が消化しきれなかったかすである」という記述が多かったが、便を構成する成分のうち、食べ物の残滓はおよそ5%に過ぎない。大半は水分(60%)が占め、次に多いのが代謝された腸壁細胞の死骸(15%~20%)である。また、細菌類の死骸(10%~15%)も食べ物の残滓より多く含まれる・・・と記述してあります。
細菌の体積はわれわれの細胞の千分の1くらいしかありませんから、うんち1本(の10-15%)に含まれる細菌の数たるやまさに天文学的なものです。このなかには私たちが知らない種類も信じられないくらい多数あるに違いありません。
米国のNIH(National Institute of Health)では Human Microbiome Project というのがあって、人の各種臓器に寄生している微生物についての包括的な研究をサポートしているようです。日本でもこれをある意味やや矮小化した戦略プログラム 「生体ミクロコスモスによる健康評価」(科学技術振興機構)というのがあって、腸内の細菌のパターンと健康の関係などについて調査しているようです。
メタゲノミクスによると、培養できない細菌がそのDNAのなかに、思っても見なかった変わった酵素やタンパク質などの隠された情報を持っていた場合、それらの機能が明らかになるかもしれません。また微生物の研究といっても、その住んでいる環境や共存する菌などを含むエコシステムの研究は遅れているので、この分野の進展が期待されます。
もっとすごいかも知れないのは、未知の細菌にとりついている無数の未知ウィルスです。これらはほとんど知られていないので、研究の処女地です。こんな分野はなかなか見つかるものではありません。まあ何の役に立つかわかりませんが、ファンタスティックな分野でしょう。
参照:P Hugenholtz and GW Tyson, Nature 455, pp.481-483 (2008)
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