« バルサ: 不安なままチャンピオンズリーグに突入 | トップページ | iPS細胞 一般向けのおすすめ本 »

2008年9月16日 (火)

山行

Ore 山岳部やワンダーフォーゲル部に入部する人間が当時は全く理解できなかった。ひとときでも人間世界から逃れたくて山に行くんだろう? 部活で山に行くって、彼らにとって山は野球やサッカーと同じなんだろうか?

高校の頃はよく一人で山に入っていた。一人での山行は時に危険だったが、滝をよじ登って谷深い沢のテラスに腰掛け、少しだけのぞく青空を見ながら休んでいると、この場所が私だけのためにあるような気がしたものだ。

落ち葉を踏みしめて山道をゆっくりと下るのも至福の時だった。たった1日の山行でも、人里に下りてきて自動販売機で冷えたコーラを買って飲むと、ほっとして人恋しくなる。それが私の山行のリズムだった。

ところが大学に入ってから私の登山は全く変質した。ひとりでの山行がほとんどなくなり、あるグループで行動するようになった。それは一人暮らしの寂しさが引き金になって、友人といつもいることが心地よかったのだと思う。

マリエと高志と私がコアのグループで、よく3人で山に行ったものだった。特に好きだったのは櫛形山という、南アルプスの展望がきれいな低山だった。今では林道が山頂近くを通っていてほとんど観光地だが(アヤメが自生していて美しい)、当時はそんな林道はなく、山小屋も無人小屋しかなくて、そこで自炊しながら3人でレポートを書いたり、植物採集をしたり、ハモっているつもりで歌を唄ったりしてすごした。高志は一浪していたこともあって、私には兄貴風をふかせることもあったが、それなりにいろんなことを知っていて、私も一目おかざるを得なかった。マリエは仙台出身で、厳しい家庭に育ったらしく、東京に出てきてやっと獲得した自由を謳歌している感じだった。

私はマリエを女として意識はしていたが、特に恋愛感情があったわけではなかった。彼女も私とは少し距離を置いて接している感じだった。しかし高志は私と同様、彼女にとっても兄貴のような存在で、いろんなことを相談しているようだった。そのうち高志はマリエと下界でも付き合うようになっていた。

そうなった後でも3人で山に行ったが、微妙に感情のズレができていることは意識せざるをえなかった。ところがそれから数ヶ月で高志はマリエと別れることになった。結局マリエにとって高志は、友人以上のものにはなり得なかったのだろう。必然的にグループは自然解散となった。

高志ががっかりしている様子だったので、一度さそって二人で丹沢の蛭ヶ岳に行った。びっくりするくらい淋しい山行だった。単独行のときよりずっとだ。私は気を遣って、いや多分彼女のことを高志と話すのが嫌で、あえてマリエのことは話題にしなかった。彼もそのことにはふれなかった。本当はいろいろ訊いて欲しかったのかもしれない。

下山の途中で一休みしているとき、彼はポツリと言った。
「どうして山に行く?」
私は黙っていた。
そのまま小田急線に乗り、新宿まで来て別れた。

それからもキャンパスでマリエや高志をみかけることはあったが、会ってもちょっと声をかける程度で、友人とも言えないような希薄な関係になってしまった。卒業してからの二人の消息はまったく知らない。私は高志との山行を最後に、山に行くのをやめた。再開したのは大学を出て数年後、婚約者ができて二人でデートしたときだ。

結婚してからはネコを飼っていることもあって、ほどんど山には行かなくなってしまった。友人の中には犬を連れて山行している奴もいるが、まあネコでは無理だろう。山とは縁遠くなってしまったが、自分で決断したことだからそれでいいと思う。そのかわり毎日まぬけなネコの寝顔に安らぐことができる。

|

« バルサ: 不安なままチャンピオンズリーグに突入 | トップページ | iPS細胞 一般向けのおすすめ本 »

小説(story)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 山行:

« バルサ: 不安なままチャンピオンズリーグに突入 | トップページ | iPS細胞 一般向けのおすすめ本 »