iPS細胞 一般向けのおすすめ本
八代嘉美著 「iPS細胞 世紀の発見が医療を変える」
平凡社新書 2008年刊
iPS細胞とは induced pluripotent stem cell のことです。pluripotent stem cell(多能性幹細胞) すなわち様々な細胞に分化することができて、かつ自分自身を増やすこともできる細胞は、私たちの体内にもあって、例えば血液幹細胞という細胞は、毎日せっせと赤血球や白血球に分化する細胞をつくりつつ、自分自身も複製して枯渇しないようにしています。毛髪をつくる細胞もこの種の細胞のひとつです(毛髪だっていろんな細胞の複合体なのです)。
ただ上記の話題になっている多能性幹細胞は、ほとんど全能にちかい幹細胞のことです。この細胞が作れないのは胎盤など一部の胎児体外組織だけで、あとはほとんど卵のような能力を持った細胞で、腎臓でも肝臓でも心臓でも皮膚でも作ることができます。卵からできた他人の臓器を、自分に装着するのは臓器移植ですが、これは非常にエグい医療で、皆さんご存じのようにいろいろな問題が山積していますし、拒絶反応もおきます。
そこで自分の細胞に操作を加えて多能性幹細胞を作れば、それを利用して自分のとほとんど同じ臓器を作って移植することもできそうです。この「操作を加えて」というのが induced の意味です。iPS細胞は人工多能性幹細胞と訳されているようです。
どんな操作かといえば、ある遺伝子を細胞に移入して、細胞の性質を変えて多能性幹細胞にするという操作です。京都大学の山中教授らが実際に、Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc の4つの遺伝子導入により、マウスの iPS細胞を作成したときには、世界に衝撃を与えました。さらにこれ(遺伝子操作)をローマ法王が支持したわけですから、衝撃は増幅されました。
バイエル薬品神戸リサーチセンターでは、山中教授らの仕事を直ちに追試し、ヒトでもほぼ同様な方法で iPS 細胞ができることを証明しました(特許の関係で全貌はあきらかになっていない)。
このあたりの研究の進展と今後の展望などを、要領よくかつ分かり易くまとめたのが、この八代嘉美氏による「iPS細胞 世紀の発見が医療を変える」という本です。まだ大学院生にもかかわらず、研究の歴史的バックグラウンドもきちんと解説していて非常に好感が持てました。30過ぎて院生やってるわけですから、結構苦労人(またはボヘミヤン)だと思います。お茶の水の三省堂では売り切れてました。稼いどるやないかい。
ただ上記の4因子の名前が出ていないのは、いくら素人むけとはいえ不可解。nanog の名前は出ているのでなおさらです。このために、研究のその後の進展の説明が困難になっています。その他にもイルメンゼーが出てきたり、線虫の大きさが数マクロメートルだったり、オーガナイザー=アクチビンAだったりなど細かいつっこみはしたいところですが、全体的には著者の考え方も含めて共感できました。
この技術が本当に安全で確立したものになるには、まだまだDNAをいじる基本的技術や、細胞内での分子ネットワークの解析などが飛躍的に進展する必要があります。関係者にエールを送りたいと思います。
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