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2008年8月31日 (日)

300年保証

300pxorion 目覚めると、目の前にはスクリーンがあった。しかしいつものようなニュースではなく映画が放映されていた。しばらくすると、アナウンスが流れてきた。

「皆様 申し訳ありません。ニュースを放映する予定が映画に変更になっておりますが、これは地球からの送信が途絶えているからで、まだ回復の見込みはたっておりません。もうひとつお詫びしなくてはいけません。今回、前回のお目覚めから8年経過してしまいました。週に一回の契約になっておりますところ、誠に申し訳ありません。これは太陽電池システムの故障によるもので、本社に修理を依頼しておりますが連絡がございません。恐縮でございますが、しばらくお待ちくださいませ。またお目覚めのインターバルの件につきましては、本社に連絡いたしまして契約金の返却について検討する予定でございますが、実は本社と連絡がつかない状況になっております。改善に努めてまいりますので、いましばらくお待ちくださいませ」

8年??? それは無茶苦茶だ。だいたいスペースライフ社との契約だと「最低300年間のシステム維持を保証します」ってことになっていたはずだ。毎週一日は目覚めて、ニュース、ドラマ、サッカーなど、あらかじめ希望した番組を満喫できるはずだった。これが最低300年続かないと契約違反だ。私と同様こんな300年+αの人生を選んだ人間が、ここには100人いるはずだ。すでにもう人間とは言えないわけだが・・・。私には手足がないので、こんなとんでもない事態になっても何もすることができない。

がっかりしていると、管理人の女がやってきて、腹からコードを引き出して私にプラグを差し込んだ。彼女はアンドロイドのようだ。これで話ができるのか。

「高田俊夫さん。あなたは昔パイロットをやっていたんですね」
「はい ブルーパシフィックエアラインに勤務しておりました」と私は答えた。
といっても音声で答えたわけではないが、なぜか意味は伝わったようだ。
管理人は「では今からあなたに運動装置を装着します」と言って私を棚からおろし、プラスチックの手足を装着した。これで私もインテリジェントボックス(スペースライフ社はそう呼んでいた)から一人前のアンドロイドに昇格だ。10年前にはアンドロイドは稀少で高嶺の花だった。

動けるというのはなかなかいいことだ。動くのは10年ぶりだ。しかしそれを楽しむまもなく、すぐに管理人の部屋に案内された。管理人はさっきより少し親密な感じで話しかけてきた。

「実は事態は深刻なのよ。太陽電池システムの故障で、あなた方にもなかなか目覚めてもらえる余裕がないし、修理の技術者がこないのよ。8年も! それどころか補給の船もここ5年くらい来ていないの。トラブルがあるという話なんだけど、だいたいその連絡もとれなくなって、私の充電もままならなくなってきたの。もうどうしようもないわね。高田さん、私と地球の様子を見に行ってくれませんか?」
「それは困りましたね。地球に行くのはいいとして、船はあるんですか?」
「一台緊急用の宇宙船があります。私は操縦できないのであなたにお願いしたいのよ」

宇宙船の英文マニュアルを渡されて読むと、内容はほぼ理解できた。月から地球へはプリセットプログラムによる自動操縦で行けるようだったが、そのことは管理人には伏せておいた。

「大丈夫みたいです。私でも操縦できるでしょう」
「そう よかったわ じゃあ早速乗り込みましょう」

やはり起動スイッチをいれて、成田空港にプリセットすると自動飛行を開始したようだ。地球への軌道に乗ると、彼女は私に話しかけてきた。
「どうして人間をやめて、こんな話にのっかったの」
「パイロットという仕事は家をあけることが多くて・・・。早い話 女房がよその男と出て行ったことがきっかけってことかなあ」

嘘をつく気にはならなかった。

「あらら・・・。 ところでまだ名前も言ってなかったわね。私は岡田洋子。スペースライフ社の社員だけどアンドロイドよ。こんな退屈な仕事をOKする人間がいなかったので、私が志願してアンドロイドになって、月で働くことになったわけよ」
彼女はさらにスペースライフ社や上司の悪口をしゃべりまくった。しかし私は彼女の話はあまり聴いていなかった。地球に帰ると、いつか出て行った女房と、驚いたことに女房について行ってしまった(つまり私から去っていった)娘に会うことになるだろう・・・・・。何とも言えない嫌な気分、そしてそれでも会いたいという気分とがないまぜになって混乱していた。

成田空港上空には、不思議なことに全く航空機がいなかった。レーダーにも全く機影がみえない。岡田と名乗るスペースライフ社のアンドロイドに管制塔と話をさせると、以外にもすんなりと着陸できた。おそらく管制官が彼女のことを知っていたのだろう。

空港に着陸して外に出てみると異様な雰囲気だった。周りはアンドロイドらしき兵士ばかりだった。私たちはいまや兵舎となっている北ウィングの小部屋に連行され、事情を訊かれた。きちんと説明すると、彼らは少しの間コンピュータで調査し、納得したようだった。

「ここにいるのはみんなアンドロイドの兵士だ。人間の過激派がプラスチックを食うバクテリアを撒いたために、アンドロイドは空港の外には出られない。過激派とわれわれは戦闘状態に入った。おまえ達はここで用が済んだら、さっさと月に帰ることだ」と司令官らしき男が指示した。

せっかく10年ぶりに地球に帰ってきたのに娘に会えないのかとがっかりしていると、岡田が「手がないわけじゃないんだけど・・・。電話がつながらないので、私もどうしても本社に行って、いったいどうなっているのか確認しないとお話にならないし。少し待っていてください」と言って姿を消した。しばらくすると彼女は戻ってきて笑顔で「会社のヘリがあったわ。ラッキー」と言って、私に手招きして車で空港の片隅に捨てられたように置かれてあるヘリのところに案内した。

しかしいくらなんでも、戦時下(?)に勝手に発着するのは危険すぎるということで、二人で司令官に話しに行った。司令官は最初は渋っていたが、結局東京の状況を偵察してくるという条件で、軍事用のヘリと兵士一人を貸してくれた。さらに消毒用のスプレーと自動小銃まで持たせてくれた。兵士に打ち方を教えてもらい、さらに軍事用ヘリの操縦法を教えてもらって、私たちは東京に飛び立った。兵士によると、過激派は異常にアンドロイドを嫌っているということだった。彼らの司令部は地下にあるそうだ。驚いたことに、東京の中心部は廃墟のようになっていた。かなり激しい戦闘があったようだ。スペースライフ社の本社ビルも倒壊していた。岡田は呆然としていた。

次にヘリは娘が住んでいる(ハズ)の世田谷に向かった。私が地球を離れたとき10才だったので、今年成人になったはずだ。会いたい。世田谷は比較的家屋がそのままの形で残っていた。目的地の近くの広場で集会が行われていた。兵士に双眼鏡を借りてのぞいてみると、どうも演壇でわめいているのは元女房らしく、その隣に娘らしい人物が寄り添っていた。確かめたくなって、兵士の反対を押し切り、少し離れた場所に着陸した。

私一人で地面に降り立ち、拡声器の音をたよりに集会場に近づいた。聴衆のはるか後ろから双眼鏡で壇上を見ると、拡声器を持ってわめいているのはやはり元女房だった。軍服のような服装だ。隣の若い女はやはり女房とよく似ている。年格好からして、私の娘だろう。

「本来の生命体を否定するアンドロイドを絶滅しよう」などとアジっている。娘らしい女がシュプレヒコールの音頭をとっている。彼女たちは私がアンドロイドになっていることは知るよしもない。少し近づいてみたが、あまり接近すると聴衆に気づかれて殺されるかも知れないので、長居はぜずヘリにとって返して早々に離陸した。

成田空港に帰る途中で、地上で倒壊したビルの蔭での撃ち合いを目撃した。念入りに消毒して北ウィングに戻りゲストルームに案内された。私は頭が混乱して立ち直ることができなかったが、岡田はもう冷静になっていた。

「こんなにひどいことになっているとは・・・。これじゃあ何も連絡が来ないのも当然ね」
彼女はアンドロイド用の携帯電話と社員名簿を出して、次々と電話をかけ始めた。なかなかつながらなかったが、何十回か目に知り合いの社員につながったらしい。携帯電話用に発する声ではじめて岡田の声を聴いた。といってもコンピュータの音声ではあるが。

「ダニエル どうなってるの。私は月に置き去りよ」
・・・・・
「ええ うちはアンドロイドへの転換を仕事にしている会社でしょう。そんな連中なんて、すぐにクビにしてたたき出せばよかったのに」
・・・・・
「ええ うちのコンピュータシステムをぐちゃぐちゃにされたって? 信じられなーい」
・・・・・
「ええ 会社そのものがもうないの? アメリカ支店でも撃ち合い?」
・・・・・
「わかったわ 元気で頑張ってね。私もなんとか生きていくから」

「高田さん 大変よ。世界規模で抗争が起こっているみたい。これは国と国との戦争じゃなくて、アンドロイド派とアンチ・アンドロイド派の抗争で、人間にも両派あるし、アンドロイドにも人間絶滅派と人間保存派があるそうよ。人間の過激派が細菌兵器でアンドロイドの絶滅を計ったのがきっかけで、一部のアンドロイドが武器をとって立ち上がったのが抗争のはじまりだとダニエルが言っていたわ。兵士にはかなりアンドロイドがいるのよ。ああ ダニエルって言うのは昔日本で働いていたアメリカ人の社員よ。ってもう会社はないみたいだけど」

「会社がないってことは、ボクが支払った3000万円もボツってこと? マンションを売り払い、退職金もつぎ込んだのに? 300年保証はどうなるのって言っても意味ないわけね」
「まあ そういうことね・・・」

さすがの岡田も言葉が出なくなり、しばらく沈黙が続いた。

・・・・・
・・・・・
・・・・・

私が切り出した。

「で これからどうする?」
「お金なし、会社なし、家なし、知り合いなしよ」
「帰るしかないってこと」
「まだあそこには99人いるしね」
「ボクも地球にはもう居場所がないし、帰るしかないでしょう」

私たちは船に積めるだけのものをかき集めて司令官に礼を言い、また重い気分で船に乗り込んだ。そのときに近くで爆発音がした。空港の兵士達があわてて持ち場に走っている。ここでも戦闘がはじまったようだ。私はあわてて起動スイッチを入れ、地球から飛び立った。

もとの倉庫のような場所にもどって棚を見上げると、99個のボックスが並んでいた。それぞれいろいろな理由があって、こんな人生を送ることになったのだろう。彼らにも運動装置を持ってきてあげたかったが、空港のスペースライフ社の倉庫には2個しかなかったので、空港で戦っている兵士達のために残してきた。地球では営業している放送局をみつけられなかったので、地球から持ってきたビデオ装置を使って、岡田と私で番組をつくるしかない。私たちもそれしかやることがなかった。

ここ月世界の小さな建物は静寂と絶望の地だが、地球よりは好ましい場所だ。私たち101人はここで朽ち果てるまで、静かに、意味もなく、ほんの少しだけ楽しみをみつけて暮らす。地球の連中は勝手に何でもやってろってことさ。

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