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2008年6月29日 (日)

サンドロ・ルセー

Braugranaいよいよ来週日曜日(7月6日)にバルサ役員会の不信任投票が迫ってきました。私もカンプノウまで投票に行きたいのはやまやまなんですが、いまやエクストラのガソリン代だけでも数万円というご時世なので、とても旅行資金がありません。残念無念です。

ブラウグラナのコアニュース情報によると、サンドロ・ルセーがもし会長選挙になれば立候補することを表明したそうですね。私はルセーは裏交渉に才能があって、暴露本なども書いているそうですから(読んでいませんが)、組織のトップに立つにはふさわしくない人物のような気がします。今回の不信任投票の中心となったジラルトに立候補してほしかったですね。彼でなくても、もっとイノセントな感じの人間がトップに立って、ルセーは裏で動いた方がお似合いでしょう。

ルセーが言っている現執行部の不安定さは、多分モウリーニョ派とペップ派で監督選考のときに厳しい対立があったことが尾をひいていることと、ロナウジーニョを残すかどうかでも厳しい対立があると思われます。「切れ」と言っている筆頭はペップだと思いますが、その人物を監督として残すと言っているのは、ルセーは自分が悪者にならないような作戦で老獪ですね。

いずれにしても現執行部の商売の拙劣さは目に余りますし、とっくにチームをやめたクライフにコントロールされているような状態は正常とはいえません。

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2008年6月25日 (水)

サラとミーナ34: エキゾチック?

Mina Sarah サラとミーナは玄関ドアからドカーンと飛び出す性癖がなくて大いに助かります。サラはちょっとしたスキに建築用の足場を伝って家出したようなのですが、自分で帰ってきました。ただ彼女たちにもまずい癖があって、それは壁をひっかいて破壊するということです。家中にコルクを張りまくり、猫用の壁紙を張りまくりましたがついにギヴアップ。もうどうにでもなれって感じです。

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2008年6月23日 (月)

がん抑制のエース p53

Swan_cygnus 「がん遺伝子」というのは考えてみれば奇妙な言葉です。がんを引き起こすために存在する遺伝子などというものは、生物の生存にとって有害なので、そもそもそんな遺伝子ができるわけもなければ、進化の過程で保存されるわけもないのです。これはもともと医学関係者ががんに関係していると考えられる遺伝子をそう呼んで定着してしまった言葉です。

ウィキペディアによれば、「ある正常な遺伝子が修飾を受けて発現・構造・機能に異常をきたし、その結果、正常細胞の癌化を引き起こすようなもののことをいう」と定義され、「修飾を受ける前の遺伝子をがん原遺伝子 (proto-oncogene) 」と呼ぶということになっています。まあ「がん遺伝子」でも「がん原遺伝子(がん原因遺伝子ともとられかねない)」でもたいして変わりはないと思いますが・・・。がん責任遺伝子という呼称は、これらよりはいいかもしれません。

細胞の正常な増殖や分化には無数の遺伝子がかかわっており、どれが変異しても癌になりかねないと昔は考えていました。ですから50%以上のがんに p53 遺伝子の異常がみられるということがわかってきたときには大きな衝撃を受けました。p53 の研究はいまでもがん研究のひとつの中心であり、超巨大なサイトもあります↓。

http://p53.free.fr/

このサイトの p53 story http://p53.free.fr/p53_info/p53_story.html

の冒頭にアンデルセン童話の「みにくいあひるの子」が引用されています。このお話のあらすじは「アヒルの群の中で生まれたひな鳥が、他のアヒルの子に似ていないからという理由でいじめられる。アヒルの親は七面鳥のひなかも知れないと判断した。周りのアヒルからあまり辛く当たられるので逃げだし、他のところでやはり醜いといじめられながら一冬を過ごす。生きることに疲れ切ったひな鳥は、殺してもらおうと白鳥の住む池に行く。いつの間にやら大人になっていたひな鳥はそこで初めて、自分はアヒルではなく美しい白鳥であった事に気付く(ウィキペディアより)。」というものですが、なぜこんな引用があるかというと・・・。

p53 の p はプロテインのP、53は分子量53,000の意味ですから、誠に素っ気ない命名です。ゲノムの守護者ともいわれる重要なタンパク質なのでもっとかっこいい名前がついていても良いと思いますが、あまりに機能が多岐にわたり、紆余曲折もあったのでいい名前をつけるチャンスを失ったということかも知れません。1979年に発見されているのですが、当初研究に使われていた p53 遺伝子は、すでに変異をもったものだったので、それによってがんが引き起こされてしまい、「p53 遺伝子はがん遺伝子の一種である」という不名誉なラベルを貼られてしまいました。

その後、実は変異を持っていない遺伝子はがんを抑制するということが判明して、みにくいあひるの子が白鳥になったと言うわけです。もっともがん遺伝子もがん抑制遺伝子も、変異がなければ生物にとって重要な役割を果たしているわけですから、あひるだ白鳥だなどと差別する方がおかしい訳ですが、専門家向けのサイトでもこのような有様なので何をかいわんやです。

多くのがんで変異が見られるので、昨年から p53 の変異の検査が健康保険で受けられるようになりました。これは変な p53 が体内にできたときに、それに対する抗体が血中に現れるので、その抗体の有無を検査するものです。いまのところがんの疑いがなければ受けられないようですが、これが集団検診で受けられるようになれば、がんの早期発見におおいに有効、というかそうしなければこの検査の意味があまりないと思われます。

最近では p53 はアンチエイジングにも有効という報告があって、一部で注目されているようです(1)。

1: A Matheu et al. Delayed ageing through damage protection by the Arf/p53 pathway. Nature 448, 375-379 (2007)

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2008年6月18日 (水)

バルサ: 行く人 来る人 part 1

Braugrana もうバルサファンの方はご存じのことですが、これまでに決まった移籍の情報をまとめてみました。

まず行く人。

SBのジャンルカ・ザンブロッタがACミランに移籍しました。ACミランのザンブロッタというのは違和感ありますが、最後に一花というところでしょうか。

ジョバニ・ドス・サントスはトッテナム・ホットスパーに移籍しました。最後にハットトリックのプレゼントを残してくれましたが、移籍は残念です。プレミアでもまれて成長してくれることを祈りたい。

さて次は来る人。

まず目玉はセビージャから来てくれたブラジル出身のダニエウ・アウベス(1983生)。右SBですが、超攻撃的な選手なので、ひょっとするとMFで出場することもあるかもしれません。獲得に50億円以上を要したとのこと。素晴らしい選手であることは間違いありませんが、SBにこのお値段とは今のご時世で異様です。バルサが倒産しなければいいのですが。

同じくセビージャからMFのセイドゥ・ケイタ(1980生)も獲得しました。デル・ニド会長は大儲けです。まあお金のことはさておき、これでイニエスタやチャビが疲労困憊しなくてもすみそうです。めずらしいマリ出身の選手です。

マンUからはジェラール・ピケ・ベルナベウ(1987生)を獲得しました。バルサのカンテラ出身のCB(MFもできる)で、おじいちゃんが永年バルサの副会長をやっていた良血の里帰りです。プヨール、マルケスが故障がちになってきたので、頼る場面もあるでしょう。

同じくCBのホセ・マルティン・カセレス(1987生)をビジャレアルから獲得しました。ウルグァイの選手です。ウラゲーも故障から回復し、これでCBの層はかなり厚くなりました。

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7月6日にラポルタ政権の役員の不信任投票が行われるようです。しかしどれだけの人が休日を棒に振って投票にいくか疑問ではあります。もし不信任ならいよいよ会長選挙です。ラポルタとチキが移籍の話をまとめるなら7月6日までなのですが、ここであわてて、ロナウジーニョやエトオを売ったりしたら、怒るのは私だけではないでしょう。デコはモウリーニョとの信頼関係もあり、インテルに移籍でまとまるかもしれません。

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2008年6月15日 (日)

カタロニア賛歌

Photo ジョージ・オーウェルは1903年生まれのイギリス人で、名門イートンカレッジ出身の秀才ですが、若い頃はなぜか当時英領のミャンマーで警官をやっていたそうです。しかしその仕事に不満を抱いてイギリスに舞い戻り、ルポライター稼業をはじめるという変わった人物です。第二次世界大戦後「動物農場」という著書を出版して有名になりました。

スペイン内戦に兵士として参加したのも、ヘミングウェイのように国際旅団の一員としてではなく、個人的にPOUM(マルクス主義統一労働者党)傘下の民兵組織に身を投じたわけです。奥さんもすごい人で、バルセロナに移住して陰に陽に夫をサポートしました。彼が戦争に参加した理由は単純にファシストと戦う人民軍の一員として貢献したいということと、ルポライターとして命がけでいい仕事を残したいという目的もあったのでしょう。それはこの「カタロニア賛歌」で実現しました。

彼が到着した1936年末のバルセロナはすごい状態でした。バルセロナでは実際にサンディカリストの労働者が権力を握っていて、資本家や会社経営者を追い出し、会社を労働者の委員会で運営するというサンディカリズムが実現していました。彼らは民兵を組織し、富裕層や豪農達の家屋、教会などを破壊し、実際にフランコ派の本拠地サラゴサ近郊まで出撃して、主力部隊として戦闘を行っていました。オーウェルも興奮したようですが、街ではいたるところに黒と赤の革命旗がはためき、セニョールという呼称やブエノス・ディアス(おはよう)という言葉が廃止され、チップも禁止するなど、階級差別や貧富の差別がない本来の意味での政治・文化の大革命が実現していたのです。

私もこれほどまでに教会が労働者階層に嫌悪されてたことを知ってびっくりしました。この本には具体的なことは書いてありませんでしたが、おそらく教会は富裕層と密接に結びついていたのでしょう。ちなみにローマ教会はフランコ派に好意的でした。

オーウェルも民衆の大喝采の中で、英雄的に戦地に出発しました。戦争はお互いに武器が不足していて、膠着状態のことが多かったようですが、もちろん危険な場面もあり、命がけの戦闘場面の迫真的なルポもあります。そしてついに彼は銃弾がノドを貫通するという重傷を負いますが、九死に一生を得てバルセロナに帰還します。

しかし3ヶ月半後のバルセロナは、まるで別の街になっていました。POUMやCNT(全国労働同盟)と共に戦っていたはずのPSUC(カタロニア統一社会党)がソ連(ロシア)の影響で袂を分かち、POUM一派をトロツキストでファシストが裏で糸を引いている反革命集団として糾弾するという姿勢に転じていたのです。ランブラス通りの両側で、POUM・CNTの民兵と政府軍・PSUCが撃ち合うという戦闘がはじまり、電話局の攻防で500人が死亡するという歴史的事件もおこりました。スターリンのソ連にとって、サンディカリズムやアナーキズムは危険な思想とみられ、スペインからもこの勢力を掃討しようとしたのでしょう。コンティネンタルホテルにはソ連のエージェントが派遣され、毎日POUMはファシストの手先だというデマを流していたそうです。オーウェルはこの本の中で「マスコミ以外で嘘をつくのが仕事の人物を初めて見た」と書いています。バルセロナは革命に熱狂する街から死の街へと変貌しました。

ソ連の後押しの力は大きく、サンディカリスト、アナーキスト、そしてオーウェルの戦友たちも次々逮捕投獄されましたが、オーウェルは奥さんの機転もあって、危機一髪でスペインを脱出することができました。フランコ派はドイツ・イタリアというファシスト国家の援助で次第に力をつけ、結局ソ連が押す政府軍を撃退してスペイン全土を制圧しました。それによって革命軍の拠点であったバスクやカタロニア(カタルーニャ)では、現地の言葉や文化が禁止されるというひどい目に合うことになりました。

「カタロニア賛歌」はあくまでも戦争と革命の現場のルポですが、オーウェルは後に当時の政治情勢を分析して、非常に長い補論を出版し、それはこの文庫本にも掲載されています。資本主義の矛盾や限界は1930年代のスペインにおいても十分に認識されていたわけですが、資本家や経営者にとってもっとも怖いサンディカリストによる革命を圧殺したのが社会主義国家のソ連だったというのが、この本によってよくわかります。

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2008年6月13日 (金)

シューマンのシンフォニックエチュード

Tabe ピアノソロの曲の中から一曲だけ選べと言われれば、私はシューマンの交響的練習曲(作品13)を選びます。しかも私的には世界一のピアニストと仰ぎ見る田部京子さんが弾くというので、昨日浜離宮朝日ホールに聴きに行ってきました。CDもかなり聴き込んだ曲です(DENON COCQ-83259)。田部さんはシューベルトとは血縁関係にあるのではないかと思うくらいの方ですが、なぜかこのシューマンの曲のCDをよく聴きます。

指定したわけではないのですが、なんと4列目の中央というすごい席に当たって、スタインウェイ・フルコンサートのブィーンという唸りに全身をつつまれるという幸運。スタインウェイのピアノは鉱物・植物・ヒトの奇跡の co-ordination で、宇宙最高の音を発します。

主題の提示はCD同様ゆったりとしたもので、この大規模な曲を楽しむ旅におもむろに誘ってくれます。演奏はCDよりビシッとめりはりの効いた、エキサイティングな熱演・・・でありながら上品さや清潔な構成感を失わない、なんというか、メルセデス・ベンツに乗せられて、美しい夜景を眺めながら高速道路を疾走しているような感じでしょうか。

遺作の変奏5などは天国的な美しさで、ああ終わらないでくれと願わずにはいられません。そこから激しい練習曲10、そしてショパン風の練習曲11から壮麗な終曲へ。やっぱりすごい曲、そしてすごい演奏でした。

後半はカルミナ・カルテットと共演でやはりシューマンのピアノ五重奏曲。これは初めて聴きました。第一楽章はまるでフランス音楽みたいな柔らかい美しさに満ちた曲でびっくりしました。第一バイオリンのエンデルレさんは見るからに洒脱な感じの方で、古典派よりロマン派やラテン音楽の方が似合いそうでした。

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2008年6月10日 (火)

サラとミーナ33: 協調性あり

Img_16 今日は仲良しのサラとミーナです。サラはちょっと窮屈そうかな。

秋葉原のあの場所はよく行くところなので背筋が凍る思いがしました。日本は崩壊しつつあります。ナイフの規制なんて意味はありません。包丁があればいいのですから。散弾銃の規制は多少意味があるかもしれません。

昔日本の鉄道は時間通りに来るのが当たり前だったのですが、京急などは(したがって乗り入れている北総線も)ほとんど毎日遅延します。今日などは車両故障で、途中の駅で降ろされてしまいました。東横線などもひどいらしいです。人身事故も頻繁になっているように思います。コストダウンのために、ホームの駅員や保守・清掃の人員を減らしていることが影響しているのでしょう。

高級官僚は小学校からすべての競争に打ち勝ってきたエリートです。彼らの処遇が間違っているのです。天下りしてから怪しい役割(ときには違法な役割)を担わせ、それで厚遇を得ているような状況はいけません。エリートは各官庁においてエリートにふさわしい給与、仕事、スペース、アシスタントを与えて、きちんと良い仕事をさせなければいけません。それなしで天下りをなくせば、おそらく事なかれ主義とサボタージュだけが残るでしょう。

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2008年6月 7日 (土)

パパラギ サモア酋長の講演

Papalagiおよそ100年前のことです。サモアの少年ツイアビはヨーロッパからやってきた宣教師が建てた教会でキリスト教の教えに感動し、成人になってその教えを生んだヨーロッパの諸国に視察旅行に行きました。しかしそこは彼が期待したような場所ではなく、恐ろしい場所でした。彼は後に村の酋長になったときに、サモアがヨーロッパの文化に感化されて、暗黒の世界に引きずり込まれてしまうのを恐れ、村人にヨーロッパ文化のバカバカしさを講義してその記録を残しました。そしてその後ツイアビの友人だったショイルマンがドイツ語に翻訳して、1920年にスイスから一冊の本を出版しました。

それから90年近く読み継がれているのがこの「パパラギ」という本です。2007年に英語に翻訳されましたが、講談社英語文庫でも出版されました(¥680)。パパラギとは西欧人のことで、この本はその西欧人の文明を素朴かつ真摯に批判したものとして評価が高まっているようです。ツイアビ酋長はまず服装から話を始めます。

「西欧人は分厚い洋服に身を包み、足も巻き貝のように周りを硬い皮で固め、しかも泥をこすりつけて光らせている。西欧人は肌を露出することは罪悪と考えている。女も乳房を隠しており、しかも赤ん坊は角の生えた醜悪な動物のミルクで育てる。処女の女も肌は出さないので、若い男はなんとか裸の女をみたいと頭がいっぱいでよからぬことを考えてしまう。体を見せないで結婚するので、男はあとでだまされたことに気づくこともある。男の足など朝から晩まで固い皮で固められているので空気が流通せず、腐った臭気が漂っている。西欧人は首から上だけが生き物で、体や手足は生き物と考えない。しかしサモア人は体や手足も生き物で、日光と風にあてることが自然なのだ。」とツイアビは話します。確かに肌を露出している地域の方が、隠している地域より性犯罪が多いという話はききません。現代の考え方ではオゾン層の破壊もあり、肌をむやみに露出するのは危険なのでやめた方がよいのですが、ツイアビの見方も理解はできます。

次は住居です。20世紀初頭のヨーロッパの諸都市ではもうビルが林立し、都市の住民はそこの集合住宅に住んでいました(現在の日本もほぼ同じ)。彼から見ればパパラギは溶岩の割れ目に住んでいるサソリのように見えたようです。「いろんなサイズの石の箱をヤシの木よりも高く積み上げ、一日中日が当たらず、風も通らず、すすや黒い砂(スモッグ)、調理のにおいがこもった不健康な部屋で過ごし、外に出てもビルの谷間に出るだけでやはり日は当たらない。私は彼らを「谷間の人(gully people)」と呼ぶ。西欧には彼らとは異なる「耕地の人(land people)」という、より健康的な生活を送っている人がいるが、彼らはたくさん食物を持っているのに、谷間の人にあこがれを抱いていて、そうなりたいと考えている。」とツイアビは指摘しますが、これはかなり当たっている感じですね。

ツイアビの舌鋒はますます鋭くなります。彼があこがれていたキリスト教は、実際に西欧に行ってみると全くのいかさまだったことが分かります。キリスト教では神の愛を説きますが、パパラギが愛しているのはコインと紙幣だけだったのです。何をするにも、食べたり水を飲んだり、踊ったり歌ったりするにもお金がかかるので、パパラギは日の出から日没まで、あるいは夜の間もお金のことを考えざるを得ません。このことがツイアビには我慢のならないことだったようです。パパラギはお金のために、健康、笑い、幸福、良心、妻子まで捨てているようにツイアビには見えました。

このあともどんどん鋭い文明批判が飛び出します。「新聞が各地の情報をみんな報道するので、知っていることはみんな同じだ。サモアでは別の島の知り合いと久しぶりで会うと四方山話で盛り上がるが、パパラギは遠い土地の知り合いと会っても話すことがない。」というのが面白かったです。私たちはニュース番組によって、おきまりの情報をおきまりの見方で受け取り、マインドコントロールされているのです。

読んでから気がついたのですが、すでに1981年に立風書房から日本語訳が出版されておりました。これも購入可能なようです。

パパラギ―はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集
岡崎 照男 (訳), ツイアビ (著)

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2008年6月 6日 (金)

SKミル

Skmill_s P教授と私はいわば戦友という間柄でしょう。昔お互い研究費がほとんどない頃に協力して研究し、国際誌に3報出版するという成果をあげました。すぐヒスをおこし激怒するという難点はありますが、なんとか慣れることは可能のようです。まあ若い頃は小悪魔などと言ってポジティブな意味もあるかもしれませんが、中年になると中悪魔ですから大変ではあります。とはいえ大変な努力家であることは認めざるを得ません。薬学の教育は4年から6年になったわけですが、だからといって教員数が1.5倍になるわけではなく、各教員の負担の拡大で大学側は乗り切ろうとしているのです。収入は50%増ですから、大学側はボロもうけってことです。

数年前に私があるウェブサイトで見つけてきたSKミルというアイテムを使って、昨日彼女の研究室でサンプルを調製してきました。このSKミルというのは優れもので、これによって凍結したサンプルを一回も融解せずに熱SDS変性(タンパク質の場合)にもっていけるので、分解産物の少ない良質なウェスタンブロットを行うことが可能です。実はいまでもブレンダーやホモジェナイザーでサンプルを調製している人達も居て、その場合ウェスタンブロットやイムノブロットのデータは、いくらプロテアーゼインヒビターを入れてみても、たいていもの悲しい結果になります。もちろんこのアイテムはRNAの調製の際にも極めて有用です。今ではフナコシなどのメジャーなディーラーでも取り扱っていて手に入れやすくなりました(<10万円)。

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2008年6月 3日 (火)

サラとミーナ32 そして石油と食料

Photo 本日のサラとミーナです。マンションの建物はメッシュで全体を覆われ、おまけに梅雨入りということで部屋は閉塞状態ですが、その割にはネコたちは元気いっぱい。阪神タイガースグッズが写っちゃいましたか。

Photo_3 話は変わりますが、アメリカとブラジルはバイオ燃料を推進しています。これが食糧危機の要因となっています。アメリカの都市は結構バスが走っているのですが、乗るのは貧乏人ばかり。鈴のついた針金をゆらして降車の合図というのが、日本から行くと実に貧乏くさいです。明らかに行政はバスに金をかけていません。車で通勤・通学・買い物をアメリカの中産階級はやめられないのです。日本でも誰でもどこでも農業をはじめられるという政策を実行できないものでしょうか?バスの数を増やす、鉄道を復活することも重要でしょう。

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2008年6月 1日 (日)

毛と羽毛

C_2 日本語だと繊毛、鞭毛、体毛、羽毛なんでも毛ですが、さすがに牧畜民族の欧米では毛にまつわる単語が多い。例えば産毛は lanugo, 陰毛は pube, 感覚毛は vibrissa などがあります。

鳥の羽毛をよくみると先端部分の規則的な部分と根元のもやもやした部分があります。規則的な部分は羽板、もやもやした部分はダウン様フェザーといいます。そのほか哺乳類の毛のシンプルな構造に比べて、分岐構造があるなど大変複雑な構造となっています(上図に示しますが、細かいところは描ききれていません)。

歴史的にみれば、哺乳類の毛が古生代のペルム紀あたりにできた(明確な証拠はない)と思われるのに比べて、鳥類の羽毛は中生代に出現した恐竜の仲間である獣脚類が発明したものとされています。ですからもともとは空を飛ぶためにできたものではなく、保温などの目的のものだったのでしょう。その後中生代のうちに急速に進化して、驚異的に複雑な構造を獲得し、空飛ぶ恐竜を生み出しました。現在の鳥類はその子孫だというのが学会の定説です。

B もともと起源が違うので発生の過程も異なっており、下図のように哺乳類で皮膚の一部が落ち込んで、そこから毛が発生するのに比べ、鳥類の羽毛はまず皮膚の一部が突出し、その後まわりが陥没することによって基部ができあがります。興味のある方は下記文献に詳しい記載があります。

Hair, scales, fur, feathers. Of all the body covering nature. Scientific

American, March 2003, pp.62-69

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