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2008年2月10日 (日)

ホメオボックス・ストーリー

1 ホメオティック遺伝子群の構造と機能は動物発生学の基本となるものですが、これらの基盤になっているのは、英国の遺伝学・形態学者であるウィリアム・ベイトソン(William Bateson 1861-1926)の形態変異動物の収集と記載です。彼の本を私は読んでおりませんが、体節や足の数の変化、触覚が肢に、眼が触覚に変わるなど多数の記載をおこなって、これらをホメオーシスという言葉でまとめたとされています。

Photo この本「ホメオボックス・ストーリー」の著者ゲーリング博士は、ベイトソンは遺伝的変化と発生異常を区別しなかったという批判はしておりますが、やはりベイトソンの仕事についてはきちんと触れています。ホメオボックスという言葉もベイトソンの上記ホメオーシスという造語に由来するものです。ベイトソンは造語のセンスがある人で、genetics (遺伝学)という言葉も彼が作ったものですし、gene (遺伝子)という言葉も実は彼が学会で使用したのが最初だと言われています。

表紙の8本足の蝶は奈良の大仏殿にあるもので、ゲーリング(以下敬称略)が日本に来たときにこれを見て驚いたようです。日本には変わり揚羽蝶という8本足の蝶をあしらった家紋(図)もあり、ひょっとすると古代の日本にはこの8本足のホメオティック変異をもつ蝶が飛び交っていたのかもしれません。昆虫は胸からしか足は生えませんが、この蝶は腹の体節がひとつ胸の体節に変わって、足が増えるというホメオティック変異をもつものです。

ゲーリングはこのような変異を生み出す遺伝子のいくつかが共通の遺伝子配列(ホメオボックス)をもっていることを発見した方で、この研究には当初からの黒岩厚博士をはじめとして多くのゲーリング研究室に留学していた日本人研究者がかかわっています。この本の翻訳も彼らによっておこなわれています。共通の遺伝子配列がわかったということは、それを手がかりに類似遺伝子をいもづる式に検索することができるわけで、生物の形を決める基盤となる遺伝子群の発見にブレイクスルーをもたらしたという意味でゲーリング一派の研究は大きな意義を持っています。

ただし、ホメオティック遺伝子のひとつのグループであるバイソラックス遺伝子複合体の長期間にわたる広汎な遺伝子解析を行って、ホメオティック遺伝子の機能に関するモデルを提出したのはエドワード・ルイス博士です。23ページにホメオーシス研究関連分野での重要な出来事の年表がありますが、この本のオリジナル版が出たのは1999年であるにもかかわらず、年表は1989年まででおしまいで、1995年にルイス達がノーベル賞を獲得したことは記載してありません。おそらくゲーリングは自分たちがノーベル賞をもらえなかったことが非常に悔しかったのではないでしょうか。

ゲーリングはこの本を書くに際して、ホメオティック遺伝子の構造と機能、ひいては発生生物学についての教科書的なものにするか、自分の研究室の歴史を中心にするかで迷ったのではないでしょうか。結果的には後者でありながら、基礎生物学の教科書としても十分な内容になっています。

1.卵の成分のなかで発生に関与する物質(モルフォーゲン)が卵という一個の細胞の中で不均一に分布していること。これが卵に縦横の座標軸を与えていること.

2.モルフォーゲンの指示にもとづいて、ギャップ遺伝子群の働きで大まかな領域分割、下位のペア・ルール遺伝子に対する指示などがおこなわれる.

3.ペア・ルール遺伝子群の働きで体節が決められる.

4.セグメント・ポラリティー遺伝子群の働きで各体節の前後別に運命が決められる.

などがかなり順不同ではありますが、いろいろと詳細に述べられてあります。また遺伝学、分子生物学、発生生物学、細胞生物学、生物の進化の基礎についても、これまた順不同ですがそこここに述べられています。このようにきっちりと手を伸ばして記述したことが、この本の長所であり、また弱点にもなっています。丁寧に読めば教科書としても使用できる本ではありますが、整理が行き届いていないのでかなり根気が必要です。それでも実際大学でこの本を教科書に使っているところもあるようです。

ホメオティック遺伝子の生物の形を決めるという作用は、節足動物のようにはっきりとした体節のある生物だけではなく、人などの哺乳動物(椎間板があることが体節のなごり)や、全く体節がない線虫などでも重要な役割を果たしていることが明らかになっており、この観点からみると生物学に関心がある学生にはすべからく一読(というより根気が必要なのでお勉強としてじっくり取り組む)をおすすめしたい本です。

「ホメオボックス・ストーリー 形づくりの遺伝子と発生・進化」  著者:ワルター・J・ゲーリング  淺島誠 監訳  辻村秀信・黒岩厚・倉田祥一郎・古久保ー徳永克男・新美輝幸 訳

東京大学出版会 ISBN978-4-13-060211-2

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