ヌタウナギの発生
ヌタウナギという動物は日本では食べる習慣がなく、漁業関係者や一部の生物学者以外にはおなじみではないと思われます。しかし韓国では食材として用いられており、釜山などには専門の料理店もあるようです。ハンドバッグなどに加工もされているようです。
海底にひそんでいて、死んだ魚などを食べます。死魚の体内からみつかることも多いようです。深海の掃除人と言えますが、底引き網にひっかかったりすると、引き上げる途中で他の魚を食べてしまうこともあって(逃げられなければ、生きた魚も食べる)、漁師には嫌われています。
写真(ウィキペディアより)のようにトグロを巻くこともありますがヘビではなく、魚よりも原始的な生物で、脊椎動物の無顎類(または円口類)というグループに所属します。日本人が好むウナギは立派な魚類です。ヌタウナギの仲間にはヤツメウナギ、メクラウナギなどがあります。これらは学生の頃ポンとホルマリン漬けを渡されて、「解剖してレポートを書け」と命じられたことがあり、個人的には思い出深いものがあります。結構ヤツメウナギとは体の構造が違っていて、ヌタウナギとヤツメウナギにはかなりギャップがあるなあと思ったことを覚えています。ホルマリンの臭気がムンムンと立ちこめる中で1日中解剖をして、よくみんな病気にならなかったなあと思います。当時はシックハウスシンドロームなんて誰も知りませんでした。
問題はこの動物が進化上どの位置にあるかというのがはっきりしないということです。形態学でも、遺伝子を調べても曖昧な点が多いようです。こんなときに化石の情報は有用なはずですが、3億年前からほとんど同じ構造であまり役には立ちません(いわゆる生きた化石というやつ。 3億年もの間、上から落ちてくる死魚をひたすらに待つというシンプルなライフスタイルで生きてきたわけですから、ある意味感動します)。そこで発生の様子を観察調査すれば、何かヒントが得られるのではないかということなのですが、成体は結構たくさん採集できる場合もあるのですが、発生しつつある胚がはいっている卵はほとんどみつからないのです。ですから乱獲すると絶滅してしまいます。
この状況を突破したのは理研の太田博士らのグループで、彼らは島根県の沖合で多数のヌタウナギを捕獲し、低温に保たれた水槽の中に多数のオスと卵を抱えたメスを同居させ、メスが産んだ92個の卵のうち、5-7ヶ月後に7個の卵に発生しつつある胚(エンブリオ)があることを確認しました。ちなみにウナギの卵は2-3日で孵化するので、いかにのんびりと発生するかがわかります。
これらの発生途中の胚について形態学的、分子生物学的に検討した結果、いままで言われていたような不完全なポケット型神経堤ではなく、ヌタウナギでも他の脊椎動物と同様、きちんと脊索の誘導で完全な神経堤ができていることが判明しました(神経堤は脊髄や脳になるほか、体中にひろがって末梢神経、神経鞘、えら、色素細胞、平滑筋などに分化します)。脊椎動物の神経堤に特異的に発現するタンパク質も同定されました。
ヌタウナギの神経堤からこぼれ落ちた細胞は体内に広がっていきます。これは通常の脊椎動物とよく似た発生のパターンです。これでヌタウナギは立派な円口類であり、我々脊椎動物にぐっと接近したと言えるでしょう。ヌタウナギと他の脊椎動物に共通の祖先がいたことが強く示唆されており、それは5億年前のカンブリア紀だと考えられます(あるいはもっと以前かも)。
またこれは科学とは関係ありませんが、韓国の漁業関係者にとっては養殖の可能性ができたわけで朗報でしょう。
参照: http://www.cdb.riken.jp/jp/04_news/articles/070319_emo_nuta.html
文献: Ota et al; Nature vol.446 pp.672-675 (2007)
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